「そういえば悟としたんだってね」
「え、なにを?」
「セックス」

ぶえ、と名状しがたい音を立てて、飲んでいたジュースを噴き出した。

――好きな映画監督の最新作を、傑が借りてきてくれた。
ちょっと重厚な作風は、悟には「眠くなってくんだけど」と不評、硝子には「シュミじゃない」と一蹴されるものだから、結果、傑とふたりでああだこうだ言いながら何度か観賞会をしていた。
傑の部屋で、飲み物もお菓子も準備万端、さあ見るぞ! と意気込んでいたのに。
まさか突然、こんなとんでもない爆弾を投げ付けられると思う?

げほ、とむせていると、傑が「あーあ、ほら拭きな」とティッシュを手渡してくれた。
面倒見よくわたしの手からペットボトルを取り上げて、てきぱきと周囲を片付けている傑につい「ありがとう」と言いそうになって、いやそもそも原因はこいつだったなと感謝の言葉を飲み込んだ。
なんなの、まだ映画は再生ボタンを押して五分も経っていないのに。
既に冷静に観賞できる気がしない。

「なっ、なんで知って……そんなに声、うるさかった……?」
「いいや、悟本人から聞いた」
「ええ……」

男の子同士ってそんな情報まで共有するものなの?
それともこのふたりが並外れて親密であって、世の男子たちはそんなことないんだろうか。
あまりにもモデルケースが少ないものだから、一般的な感覚が分からない。
確かに女子会だなんだといって、わたしも硝子と明け透けな話をすることはあるけれど、さすがに同級生に自分の性事情まで把握されているのは、ちょっと、こう、……さすがに居た堪れないのが勝るというか。

「ちなみに声は聞こえなかったよ、少ししか」
「少しは聞こえてたんですね……」

なにが悲しくて、同級生に最中の声を聞かれなきゃならないんだ。
ただでさえ狭窄な呪術師界隈、たった四人しかいない同期。
誰が付き合っただの別れただの、狭い交友関係がぐちゃぐちゃになるのは避けたいというのに。

……わたしと悟は付き合ってはいないけれども。
というかあまりにも今更すぎるものの、付き合っていない男子とヤッちゃうのってどうなんだろう。
あれ以降、わたしは何度か悟とセックスしていた。
何度か、というには、少々……回数が多すぎるような気もするけれど。

わたし、都合のいい女ってやつなんだろうか。
でもわざわざわたしに手を出すほど、悟が飢えているとも思えない。
悟ならいくらでも選択肢はあるだろうに、どうしてわたしなんかとずるずる関係を続けているんだろう?
体の相性がいいってやつなんだろうか。
……その点は否めないな。

「それで、私には聞かせてくれないの?」
「え、なにが?」

もやもやぐるぐると考え込んでいたせいで、傑の言うことをまったく聞いていなかった。
へらへら笑いながら「ごめんごめん」と首を傾げた。
まさか「悟と体の相性が」云々考えていたなんて口が裂けても言えない。

わたしのごまかすような謝罪に、なにを思ったのか。
傑はさっき突拍子もない発言を投げ付けてきたのと同じように、至ってさらりと更なる爆弾を投下した。

「なまえの喘ぎ声、聞かせてくれないのかって」
「……びっくりするほど爽やかな笑顔で言われても、さすがに看過できないことはあるんだなあ……」
「そう? 勉強になったね」

目にした百人中百人が好青年判定をするだろう笑顔で、傑が肩をすくめた。
「悟ばっかりずるいと思わないか」と目を細めて笑っているその表情からは、本心なのか冗談なのか、はたまたただの嫌味なのか、察することは出来ない。
ずるいずるいと子供っぽく駄々をこねるのは悟の方が多いものだから、困惑してしまう。

本気? と問おうとした唇は、あっさりと塞がれた。
下唇を舌先でなぞられ、思わず「ふ、ぁ……」と甘えるような声が漏れてしまって恥ずかしい。
隙の突き方というか、視線や意識を逸らした瞬間に懐へ入ってくる具合が絶妙で、悟と同じく「とんでもなくモテてきたんだろうな」と思った。

それにしてもそんなに軽々しくほいほいキスしないでほしい。
ほんのつい先日まで処女だったわたしの唇、そう安いものではなかったはずなんだけど。

「っ、……本当に許可を取らないよね、傑も悟も」
「悟とは合意の上じゃなかったのか」
「んー……結果的に合意になっちゃったっていうか……なし崩し的な……」

爛れてるなあ、と苦笑している傑は、自分は違うとでも言いたいのだろうか。
口調や表情とは裏腹に、シャツの下を大きな手が這い、脇腹をなぞられたわたしは「は、」と息を詰めた。
映画は開始五分ほどで一時停止されたままだった。



「っ、も、むりだから、傑っ……んぅ、終わりにして……」
「いつも授業で手合わせしてるから分かるよ。なまえならまだ付き合ってくれるって」
「いやわたし本人がむりっていってるんですけど」
「うんうん」

聞いちゃいないなこいつ!
こっちは息も絶え絶え、必死に訴えかけているというのに。
傑は挿入したまま、平然と「ナカ、ぎゅうぎゅう締め付けてきてて気持ちいいよ」と微笑むばかり。
なにしろわたしばかり何度も何度もイカされているのとは対照的に、傑はといえばまだ一度も達していないんだから、「もう終わりにして」と懇願してしまうのも道理というものだった。

「ん、あぅ……なんでそんなに焦らすの……」
「なまえが可愛いから」
「かわいいならもっと優しくしてよ」
「してるじゃないか」
「ちが、――ッ、ひぁあっ……!」

反論を封じるように、ぐっと奥を突かれて、思わず媚びるような声を高くあげてしまった。
でもそれもたった一度だけ。
処女相手だってこれほど焦らしたりなんかしないだろうと確信できるほど、傑はゆっくりとしか動いてくれない。
れたまま馴染ませるようにゆるゆると内壁を捏ねられているせいで、勝手に性感が徐々に高まっていって泣き出したくなる。
自分の意思とは関係なく、急かすように腰が揺れてしまうのを止められない。

はやく奥を突いて、理性も思考もぐちゃぐちゃになるほど揺さぶってほしかった。
そうやって追い詰められるのに慣れた体が、戸惑いつつも強い快感をねだって疼いている。
――仕方のないことだった。
初めてが悟だったから、比較対象が悟になってしまうのは。

悟みたいに、もっと、いっぱいしてほしい。
正常位の体勢でわたしを見下ろしている傑を、涙が溢れそうになっているのを自覚しつつ、懸命に仰いだ。

「も、やだぁ……それ、やらしい……」
「そんなにお気に召さない? 乱暴にされる方が好きかな」
「ひ、んん……わかんない……っ、悟は、いっつも"なまえがイッてる最中にガンガン突くの、すっごい気持ちいい"って……。いっぱいされて、わたしも、良すぎて……わけわかんなくなる」
「あいつは……」

呆れたように眉を下げて、傑はわたしへ覆いかぶさってきた。
前傾姿勢を取られて、もう無理だと思っていた奥を更にぐっと圧迫される。
思わず「ああっ!」とみだりがましい声をあげると、傑は相好を崩して至近距離でわたしを見下ろした。
汗の浮いた顔は、見たことがないほど雄っぽい表情をしている。

「それじゃあ、私とゆっくりするのも、好きになってもらおうか」

変なところで対抗意識を燃やさないでほしい。
悟との違いを明確にするように、傑に優しくキスされる。
これは、わたしに「優しくしたい」っていうより、「いま誰が抱いているのか教え込むためのもの」だと理解して、溜め息のひとつやふたつ……三つや四つくらいは吐きたくなってしまった。
わたしを抱きながら、悟のことを意識するのやめてほしい。
……ひとのこと言えないけど。
仲が良すぎるのも問題だな、と文句をぶつけたかったものの、口を開けば馬鹿みたいに喘ぎ声しか出ないものだから、わたしはだらしなく口の端から涎を垂らしながら傑の良いように焦らされるしかない。

「あ、あ……ぅー……もっと、もっとして、傑、おねがいだからぁ」
「可愛いおねだりには応えてあげたいけどね。優しくしてって言ったのはなまえだろ」
「だって、こんな、……っ、いじわる、ん、んぅ……」
「はは、自覚してる? 味わうみたいに動いてるよ、なまえのなか」

宣言通り、傑はわたしの腰をつかんで、こちらが焦れったくなるほどゆっくりと抜き挿ししてくる。
大きなモノが膣内を、ぬぷ、ぐぷ、と出入りする動きは、まるで自分の形をじっくり教え込むみたいだった。
ゆるやかな、けれど無視なんて絶対に出来ない快感が、少しずつ、確実に、蓄積していく。

きもちいい、きもちいい、頭がどうにかなってしまいそう。
脳髄が沸騰して、ぐらぐらと煮崩れてしまいそうだった。

――でも、イキそうで、イけない。
いまにも達してしまいそうな状態が強制的に引き延ばされているみたいで、お腹から下がどろどろに溶けて流れてしまいそうな錯覚に襲われる。
怖いくらい気持ち良くて、もうだめ、となりふり構わず泣き喚きたいほどだった。

「っ、あぁ……傑ぅっ……」
「なんだい、なまえ」
「も、やだぁ……ひ、あぁっ、きもちいい、っ、けど、」

イキたい、と傑の腰へ足を回して、つかまえるように交差させる。
下肢に力を入れてぐっと引き寄せると、ナカも締め付けてしまったらしい。
傑はわたしの腰をつかんだまま、眉をひそめて低く呻いた。
余裕を崩すことが出来たみたいで、なんだか嬉しくなってしまう。
駄目押しとばかりに、至近距離で供された薄い唇へ噛み付いた。
――傑ももっと乱れてしまえばいいんだ、わたしみたいに。

「ッ、君な……」
「ね、すぐる、はやく、我慢できないっ」

これも悟に仕込まれたんじゃないよな、と傑が顔をしかめて呟いた。
腰に指の痕が付いてしまうんじゃないかってほど強く握られ、引き攣れるように肌が痛んだ。
それでもいまのわたしにはその痛みすら心地好くて、ねだるように腰が揺れるのを堪え切れない。

「あ、あぁっ、すぐる、すぐる……! ね、傑も、いっしょに、きもちよくなってぇっ」
「なまえっ、う……ぁっ、ん」

いままでのゆるやかさが嘘のように、荒っぽく最奥を突かれ、とっくに限界だったわたしはあっという間に昇り詰めてしまう。
ぎゅう、と強く傑に抱き締められて、あまりの快感に飛んでしまいそうなわたしを留めておこうとしているみたいだった。
イッてしまってびくびくと波打つ体を、そうして息苦しいくらい抱きすくめられるのが大好きだということは、悟しか知らないはずなのに。
無意識かもしれないけれど、傑もそうしてくれて嬉しい。

傑の荒い息はすぐには治まらず、薄いゴム越しにどくどくと射精しているのがリアルに感じられそうなくらいわたしのなかで脈打っていた。
焦らされていたのはわたしだけではないという当たり前のことに気付いて、つい口元がゆるんでしまう。

「っ、は……なまえ、大丈夫?」
「ん、きもち、よかった……」

眉根を寄せ、傑が大きく肩を上下させている。
乱れた黒髪を雑に掻き上げている所作を見上げていると、絶頂直後の余韻とは別に、またどきどきし始めてしまうくらい――傑の姿は色っぽかった。

ぼんやりと見惚れていると、おざなりに避妊具の後始末をした傑が倒れ込んできた。
押し潰されて、ぐえ、と呻く。

「は、っ、はぁっ……っ、すぐる、おもい、どいて……」
「……なまえ、もう一回」
「えっ、もうむりってさっき言ったじゃん……」
「おねがい、なまえ。きもちよかったんだよ、ものすごく」

なだめるようにキスをされ、ぐずぐずにとろけているソコを指で掻き混ぜられる。
びくっと膝が揺れ、意図せず傑の指をきゅんと締め付けてしまった。

「ふふ、こっちは素直なのにね」
「……すっごく性格がわるそうな顔してるよ、傑」
「なまえはすっごくやらしい顔してる」

もう一度「お願い」と耳の穴へ吹き込むように囁かれる。
傑の前髪が一房二房、わたしの頬を撫で、たったそれだけのことにぞくぞくと全身の肌が粟立った。
最早わたしの思い通りにならないわたしの下肢を抱え、傑はまた「いっぱい気持ちよくしてあげる」と微笑んだ。

……本当にふたりとも全然わたしの言うこと聞かないな!


(2021.02.01)
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