(※もしも4章で一緒に寝ていたら、というIFです)




「……別に取って食おうってわけじゃあねえんだが」

いや、この場合はそれで合ってるのか? と首を傾げた張維新チャンウァイサンの下で、なまえがきつく目を閉じていた。

他人と――あまつさえ異性とベッドを共にしたことなんぞ皆無なのだろう。
いまにも気を失ってしまいそうなほど硬直しているなまえを見下ろし、張は苦笑した。
怯えるさまは、まさしく処女のようだ。
がちがちに強張ったまま寝台に横たわる女にとっては初めて・・・なのだから、余儀ないことではある。
その気もない女にわざわざ手を出すほど飢えても困ってもいないが、一応、自己弁護するならベッドに誘ったのは当のなまえだ。
彼女は「そんなつもりはなかった」と否定するだろうが。
いまからでも解放してやって構わないが、さてなまえが大人しく自室へ下がれるだろうか――この状態で。

「ほら、なまえ、いつまでそうやって死んだふりしてるつもりだ?」
「んっ……ぅう、く、っ」

ワンピースは中途半端に脱がされ、緊張で粟立つ素肌を露わにしていた。
揶揄しながら素肌をなぞれば、なまえはちいさく声を漏らし、ひくりと跳ねる。
男の手に、不慣れながらも逐一反応する体は好ましい。
甘ったるい小鳥の嬌声さえずりに慣れた耳には、いまのくぐもった呻き声も新鮮ではある。
とはいえ他でもない「なまえ」の声で弱々しい呻吟しんぎんが続くのは、如何いかんともしがたいものがあった。

するりと胸元へてのひらをすべらせれば、また彼女は「っ、」と息を詰めた。
可憐な唇が噛み締められて赤く腫れていた。
血の滲んでいる唇を責めるように、張はなまえの細顎をつかむと、ちいさな口腔へ親指を突っ込んだ。

「ぅっ、んむ……!」
「こら、傷を付けてくれるなよ。誰のものだと思ってるんだ」

咎める語調はやさしく、文目あやめもわかぬ幼な子へ言い聞かせるようだった。
とはいえ純真な「お嬢さん」は、他人から無遠慮に口へ指を突っ込まれるなんぞ生まれて初めての経験だったらしい。
不安げに揺れていた瞳は驚愕に見開かれ、すぐに先程よりも濃い恐怖に染まった。
閉じることのできなくなった口の端から、嚥下しきれなかった唾液がだらしなく垂れた。

「あぅ、……っ、」
「ん、口開けろ、なまえ」

伝う唾液を舌でべろりとなぞり、そのまま口付ける。
清らかな口内へ潜り込む肉厚の舌は、怯えて逃げ惑う娘のそれを、恐ろしく練達した動きで絡め取った。

動物じみた猥雑な口吻と、男のひどく苦い舌に戸惑う隙もなく、口蓋をねぶられたなまえはびくっとふるえた。
唾液と唾液を交換するような下品な行為に、なまえは嫌悪感よりも、怪しい酩酊感に襲われた。
音を立てて舌を吸われると、頭蓋のなかで水音が響く錯覚に襲われ、じわりと頭の奥が溶けそうな気がした。
同時になぜだか目の奥がじんと痺れ、顎に力が入らなくなってしまう。
無意識にごくりと喉を鳴らしてしまい、彼女は羞恥でかあっと頬を紅潮させた。
初めての行為と味に気を取られていると、力の抜けた下肢に、男の指が這っていた。
ショーツの上からでもはっきりわかるほど、既にソコはしとどに濡れていた――なまえ当人の知らぬ間に。

「んんっ……や、やめてくださ、ぁ、そんなところっ……! ひっ、ああぁんっ」

爪先を引き攣らせ、びくんと大きくなまえの身体が跳ねた。
溢れる唾液と共に、堪えられない嬌声がほとばしる。
なまえは狼狽した。
自分の口から、いままで聞いたことの――出したことのない声が漏れている。
はしたない声を耐えようとするものの、しかし男の苦い指を口腔へ突っ込まれた恐怖は余程鮮明だったとみえて、なまえは血の滲む唇を懸命に開いては、眉をひそめてふるえていた。
てて加えて、悲鳴とは裏腹に、すんなりと張の指を受け入れた肉の割れ目は、ぐちゅっと淫らな水音を隠せずにいた。
飼い主から与えられる悦楽に従順であるよう仕立て上げられた肢体は、淫猥にほころぶまで時間を――そして自覚を、要さなかったらしい。

あっという間にショーツを取り払われ、困惑と羞恥でパニックに陥ったなまえは、我知らず逃げるようにシーツを蹴った。
彼女にしてみれば、誰の目にもさらしたことのない秘めやかな場所を、今日会ったばかりの男に暴かれているのだ。
あまりのはしたなさ、非常識、非道徳な状況に、気が遠くなってしまう。
途切れ途切れに「やめて」と訴えて腰をよじるものの、両足の間には男の体が割り込んでいるせいで閉じることは敵わず、熱くぬかるむ媚肉をなぶる手指も止まってくれやしない。
既にだらしなく愛液を溢れさせていた膣口や、固く張り詰めていた秘豆を指先がかすめ、視界がぱあっと白むような疼きが、なまえの全身を駆け巡った。

「ひぁあっ! なに、っ、なにこれ、やらぁっ……!」

くらむ意識のなか、男の指によって蜜孔を掻き乱される。
生まれて初めて肉体の内側・・を探られる異様な感触に、なまえはびくびくと全身をわななかせることしかできない。
涙が滲み、浅ましく息があがってしまう。
千々に乱れた呼吸を必死に繰り返すも、楽にならない。
それどころか淫らに声が上ずっていくばかりではないか。
怯えと恐怖だけに染まっていたなまえの瞳は、いつしか溶けそうなほど熱く潤み始めていた。

肉体は知っているのだ。
快楽を――そして、男の身を。
なにしろ記憶はなくともなまえの全身には、深く、深く、刻まれている。
なまえ自身よりもなまえの身体のことを知っている、ただひとりの男の手によって躾けられ、覚え込まされた淫蕩さが。
十年あまりの烏兎うとをかけて、張維新チャンウァイサンが開花せしめた姦濫かんらんな肉体は、なまえ自身の意思を裏切って、貪欲に快楽を求め始めていた。

「んんっ、ぅ、くっ……!」
「ナカがひくついてるな。わかるか、なまえ? 俺の指を締めつけてるのが。お前が俺を欲しがってる証拠だよ。そんなにお気に召したんなら、なによりだ」
「ち、ちがっ……」

自分でも知らない自分の膣内なかの具合を説明され、ますます惑乱が増してしまう。
なまえがせめてもの抵抗に、浮かんだ涙を散らしていやいやとかぶりを振ると、多分に揶揄を孕んだ男の笑い声に肌をくすぐられた。

「違う? そりゃ残念だ。それじゃあ気に入ってもらえるよう、せいぜい努力しようかね」
「ひッ……ぁああっ!」

なまえの鼻先で、ぱちぱちっと火花が散った。
浅ましいほど蜜液をこぼしている膣孔の上、痛いほどに勃起した肉芽を擦り上げられ、悲鳴じみた甲高い嬌声をあげて、彼女は縮こまるように背を丸めた。
清廉な娘には刺激が強すぎたらしい。
開脚させられた内腿が、感電したかのようにぶるぶるふるえる。
くちゅくちゅと淫靡な水音を響かせる媚襞と共に、神経の塊のような敏感な突起を転がされ、なまえは目尻に涙を溜めて、ひどくいやらしく腰をくねらせた。
うねる腰遣いはまぎれもなく発情したメスのそれだったが、彼女は自覚していまい。
気付けば隘路はとうに、ぐずぐずにほころんでいた。
主人専用の雌孔は、なまえ自身の意思とは裏腹に、男の節くれ立った指を三本も咥え込まされていた。

「ああぁんっ、んぅ……あ、ぁふ、らめ、おなかのなか、ひろげないでぇっ……ひぅ、あぁっ」
「はは、暴れるなとは言わんが……ベッドから落ちない程度にしてくれよ」

愛玩するようによしよしと頭を撫でられるものの、身も世もなく悶えるなまえは、男がなにを笑っているのかすら曖昧だった。
仮に理解できたとしても、まともな返答は不可能だっただろうが。

まったくもって容赦はないものの、彼は無理に追い詰めるような真似はしなかった。
なまえが抵抗すれば手を休め、呼吸が落ち着くまで待つ。
そうしてすこしずつ快感に馴染ませていると、なまえの肢体から過剰な強張りが徐々に削がれていった。
緊張で粟立っていた白肌は、雄の更なる蹂躙を待ちわびるようにいつしか桜色に上気していた。
しかしながらごく短い間隔で、喜悦を与えられ、一呼吸つき、また悦楽に浸されて、と繰り返されていると――限界を迎えてしまったのは、他でもないなまえの方だった。

なまえはなにもわからないままに、しかし淫蕩に躾けられた身体がなにか「足りない」と訴えかけてきていた。
なまえをさいなんでいたのは、腰の奥で甘く焦げつくような飢餓感だった。
平生ならとっくに絶頂に達しているほどの時間をかけて、丁寧に・・・淫楽を与えられているのだ。
強制的に焦らされているようなものだった。
それを「飢餓」と判ぜぬまま、求めるものの正体も、発散の方法もわからず、ただなまえのなかで焦燥ばかりが募っていく。
熟した肉体と、無垢な精神――追い詰めたのは飼い主ではない、享楽に慣れ親しんだなまえの肉体こそが、彼女を追い詰める正体だった。

「あぁっ……! やぁっ、こ、こわい、やだ、あぁっ、からだが変なのっ……」

自らをさいなむ本能と衝動に身悶えながら、なまえは虚勢などかなぐり捨て、涙まじりに「こわい」と濡れ声をあげた。
目元はとうに真っ赤に腫れている。
未知の快楽だけではなく、おのれをコントロールできないことそのものが、混乱に拍車を駆けているのだろう。
ぼろぼろと溢れる涙で、黒い瞳が溶け出してしまいそうだった。

張は苦く笑わざるをえなかった。
人形のようだったなまえの顔貌や為様しざまが、混乱であれ快楽であれ崩れていくさまは、眺めていて悪くない。
とはいえ、頬やこめかみを伝い落ちる涙をぬぐってやりながら、浮かぶ苦笑は深まるばかりだった。
――結局、また・・泣かせてしまったなあ、と。
そのとき彼が感じていたのは、もしかしたら悔恨と呼ばれるのに似た情動だったのかもしれない。

下肢をなぶるのと反対の手で、胸の前で祈るように握り締めたなまえの両手を、そっといてやる。
ちいさなてのひらには爪が食い込んでいた。
ねやでの作法は言うに及ばず、拳を握ることすら禁じられ、どこへ腕をやれば良いのかすらわからないと、なまえは潤んだ視線を覚束なげにさまよわせた。
張は、落ち着かせるように「なまえ、」と少々間延びした声で呼んでやった。
濡れてあやふやになった視界のなか、なまえは必死に手を伸ばしてくる。

「捕まってられるか? ほら、俺の背に腕を回せ」
「ひ、ぅ……は、はい、っ」

か弱い腕を背へ促してやると、なまえは幼な子のようにしがみついてきた。
他でもない彼のせいでこんなありさまになり果てているというのに、すがるのが張しかいないのは憐れなことだと、薄く唇をたわめた。
なにもいまに限ったことではない・・・・・・・・・・・・が。

はっと思わず笑い声がこぼれた。
ささやかな鋭い感触が、張の背をかすめていた。
女の爪による引っ掻き傷など、痛みと呼ぶには愛らしすぎる。
その感触は久方ぶりのものだった。
小鳥は、飼い主の身へ傷を付けない――どれだけ法悦に呑まれようと、いかに意識を飛ばそうと。
しかしいまのなまえは、お構いなしに張の逞しい肩へ爪を立てていた。
余裕などこれっぽっちもない彼女は、男の背を引っ掻いている自覚すらないだろう。
それだけのことがなぜだか妙にむず痒く、張はなまえの身をやさしく抱きすくめてやった。

「んっ、ぁあ、だめぇっ……! いやぁっ、なにこれっ……なにか、なにかきちゃうぅ……! あぅ、やらぁ、こわいのぉっ……いや、やぁあんっ」

抱き締める腕の穏やかさとは裏腹に、濡れ襞を暴く男の手指は一層淫らさを増していた。
きつく収斂する蜜壺を良いように掻き混ぜられ、敏感な肉芽の裏側辺りを擦り上げられ、なまえは一際あられもないみだりがわしい媚声をあげた。
腹から下が熱く溶けていってしまいそうな恐怖と、それを圧倒的に凌駕する心地好さ、ふわふわとした妙な虚脱感。
荒げた呼吸による酸欠と相まってか、頭が煮え立ちそうなほど朦朧としていた。
自らの身体から溢れる、ぬちゅぬちゅと粘性を帯びた下品な水音も、浅ましいメスの濡れ声も、恥じる余裕など最早なかった。

「ひぁあっ、も、らめ……こわいの、いやぁッ……ぅ、くぅっ」
「大丈夫だ、そのまま気持ち良くなっていい。なまえ、ほら、怖くないだろう?」
「〜〜ッ……は、ぁっ、ああぁっ!」

視界が明滅する。
やさしく降ってくる男の声に誘導されるように、なまえは狂おしいほどの高みへ跳ね上げられた。
それは初めての絶頂だった――いまの彼女の記憶にある限り。
過去に張が残した噛み痕や吸い痕の散らばる白い喉を大きく反らせながら、がくがくっとなまえの総身が大きくのたうつ。
それでも彼にぎゅうとすがりついた細腕は、離れはしなかった。

「ぁあ……っ、は、あぅ……」

焦点を失った瞳が、虚を見上げてゆらゆら揺れている。
真っ白なしとねに落ちたなまえの四肢は、先程までの強張りが嘘のようにくたりと弛緩していた。
いまにもそのまま眠ってしまいそうな彼女を見下ろし、今日はここまでにしとくか、と張は息をついた。
滅多にない初心うぶな様相に、彼も昂揚を覚えてはいたものの、さすがにこれ以上無体を強いるつもりはなかった。

これに懲りて記憶が戻るまでは大人しくしていてくれないかと、汗で額に張りついた黒髪を除けてやっていると、ふとなまえがその手にすがりついてきた。
こちらの気も知らないでと顔をしかめる張を余所に、心細そうに泣きながら「おなかのなかが熱くて、なにか足りないんです」「わたしの体、どうしたら治りますか」と訴えてくるなまえに、盛大に煽られてしまった彼が、結局、最後までシてしまったのは別の話だった。
後日、主人の背へ残された女の爪痕を発見した金糸雀カナリアが、それはもう不機嫌そうに眉をひそめたのも――また、別の話である。


(2020.11.25)
(2024.02.06 改題)
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