「もう! ひじょうじたいなんですよ!」

楚々とした小さな唇が、舌っ足らずな声を上げる。
その愛らしさは言葉で表しきれないほどで、叱責された面々はだらしなく口の端をゆるめた。

ラスボスの威厳もない……となまえがひとり溜め息をつくのをスルーして、カーズはその壊れてしまいそうなほど華奢な体をひょいと抱き上げた。
いつもより一回りも二回りも小さな耳朶に、軽やかに唇を落とす。
やめてくださいと幼く甲高い声で制止する様子もまた愛らしい。

少し鼻にかかったあどけない声音は否応がなしに庇護欲をかきたて、細くやわらかな夜色の髪は傷みなどなくつややかに背に流れている。
すべらかな頬は子供らしく内側からぽっと色付き、一見しただけでやわらかい触り心地の良さを察するに余りあるほど。
年の頃は5、6歳ほどだろうか。
真ん丸の瞳はあどけなく澄んでいるが、しかしその目に浮かんでいるのは年不相応な呆れや怒り、憮然とした色である。

口蓋や舌が未だ発達しきっていないため大人びた口調とは裏腹に、発音は拙くたどたどしい。
触れたら崩れてしまいそうなほど繊細で小さな唇は、不機嫌げにへの字に曲げられているものの、その表情は寧ろ、背伸びしたがる生意気な少女のように見えてしまい、愛くるしさに拍車をかけていた。
そのことになまえ本人は気付いていない。

「みんなが、ろりこんだなんて知りませんでしたよ……」

げっそりとしながらなまえがこぼすと、腿の上に彼女を乗せて好き放題していたカーズは首を傾げた。

「私にとっては、その年頃だろうと元の年齢だろうとあまり変わりないがな。愛らしいことに変わりはないのだ」
「よろこんでいいのか、びみょうなんですけど……」

疲弊して溜め息をつくなまえは、力なく固い胸板に背を預けた。
指示された通り従順に、手は伸ばしたままだったが。

「きらさんは、こどもがにがてだと思ってました。だいじょうぶ、だったんですね」

ふくふくとした小さな右手は先程から、熱心に握ったり絡めたりする彼にされるがままである。
きれいでも、整っているという訳でもない手でも良いのかと言いつつ首を傾げると、吉良は心外だとでも言いたげに肩をすくめた。

「確かにうるさいだけの子供なんて嫌いだが、今の君のように常識や礼節を弁えた子は好ましいよ」

子供の手に興味は全くないが君の手ならば愛おしいと思うし、この状態からどう美しく育てていけるかとても興奮するね、と続けて告げられれば、彼女の背筋にぞわっと冷たいものが走る。
なんとも言いがたい苦笑いをうっすら浮かべつつ、なまえはわずかに彼から距離を取った。

好意を持ってくれること自体は嬉しい。
そうは思いながらもなまえは、吉良さんに常識やら礼節やらを言われても、と視線をさ迷わせた。
少なくとも女性のきれいな手だけに執着して本人を殺してしまうような人物は、絶対に常識の範囲外だと言わざるをえない。
小さくやわらかな掌に口付けている彼に微妙な苦笑いを滲ませたまま、なまえはぐったりと肩の力を抜いた。

……なるようになれ。
どうせ自分に現状を打破する手立ても能力もなく、更に腹立たしいことに誰も本気で心配していないのだ。
この状況を楽しめたなら良いのだろうが、いかんせん許可も心の準備もなく突然自分の体を変化させられ、おもちゃのように好き勝手に扱われていては機嫌を損ねるのも無理はない。
せめて彼女に出来ることといったら、こうしておもちゃにされているのを、甘んじて受け入れること以外にないだろう。

「……おいなまえ、顔が死んでるぞ」
「でぃえごくん、もし、じぶんの同意なくとつぜん、こんな状況におかれたとして、こころから、たのしそうなかおができると思う……?」
「……オレが悪かったからそんな目で見るな、なけなしの良心が痛む」

よっぽど、悲愴な表情をしていたらしい。
ぐったりしていると、今度はヴァレンタインがなまえを膝上に抱き上げた。
突然の浮遊感に、ひゃあ、とこぼれる鈴の転がるような声もまたあどけなく可愛らしい。
後ろから抱き締められ、やわらかな髪に顔をうずめられる。
そのまま耳元に口付けが降ってきて、なまえはびく、とふるえた。

「……うう、身のきけんをおぼえる……」
「安心したまえ、私のストライクゾーンはもう少々上の年齢だ」
「それをきいて、あんしんできるほうがおかしいと思うんですけど」

やんわりとだが決して逃げられない程度にヴァレンタインに抱き締められる。
なまえは憮然とした表情を崩さぬままくるくるとロールした金髪を引いた。
小さな手が髪をゆるく引っ張るのをそのままにさせてやりながら、上機嫌に低く笑う。
それは聞き分けの悪い手のかかる子をあやすような笑みで。

「なかみはそのままだってこと、わすれてません?」

たっぷりの爛漫さを含んだ可憐な唇を、むう、と尖らせてなまえがそう毒づく。
いたいけな怒気がくすぐったい。
愛くるしく膨らんだ頬に口付けながら、ヴァレンタインは、しかし、と続けた。

「こうなった心当たりはあるのだろう?」
「うーん……たぶん、でぃおさんの部下に、こういうのうりょくのひとがいるはずですけど……。でも、たしかそれ、せいしんも幼くなるはずなのに、わたし、なかみはそのままです」
「……またDIOか」

げんなりしながらディアボロが呟くのに対し、なまえも苦笑を返す。
つい先日も、性別を変えられてしまうという事件が起こった。
あの後きちんと元に戻ったとはいえ、飄々として全く反省もしていなかった彼に憎たらしい思いをしていたのも事実である。

なにか一矢報いることは出来ないか。
なまえは、むう、と唇を尖らせたまま、真剣な顔をして考え込んだ。
幼い少女が一生懸命に思い悩んでいる様子は、えもいわれぬ微笑ましさに溢れている。

なまえはぐるぐると考え込んでいると、なにか思い付いたのか、ふいにぱっと顔を上げた。
小さな両手を重ね合わせ、ぱんっと音が響く。
顔いっぱいに喜びを表し、愛くるしい瞳をくるくるときらめかせた。
いとけない唇を開いたかと思えば、

「あのっ、しゅとろはいむさんに、しがいせんしょうしゃそうち、借りてきていいですか! でぃおさんのかんおけのとこに、おきたいです!」

散滅! と、はしゃいだ鈴のような声、曇りなき澄んだ瞳、小さく無垢な唇。
良いことを思い付いたといわんばかりにうっすら上気した頬は、年相応な純真さに溢れていたが、出てきた言葉はどこまでも辛辣だった。

「……なまえ……これ以上、部屋が狭くなるのは困るから諦めてくれないか……」

震えながらプッチが言うと、それもそうですね……となまえは肩を落とした。
このところその身に降り注ぐハプニングの数々を、余程腹に据えかねていたらしい。

可憐な手をやわらかな頬に添えながら、こまったなあ、なにかしらふくしゅうしてやりたいんだけど、と愛らしく舌足らずに呟くなまえに、周囲の住人たちはほんの少し恐怖を覚えていた。

やわらかな真珠色の爪先
(2015.02.01)
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