彼は鼻の頭にしわを寄せて不同意を示した。

「……俺が楽しいか、楽しくないかは別として。あんたがわずらわされることなんて、飼い主関連以外にそうそうないだろ」
「まあ、よくできました。おっしゃる通りよ、ロック。――なにに生きるか、なんのために生きるかは、そのひとの自由だもの。あなたの“趣味”に、わたしが差し出口をする道理がないようにね」
「驚いた。わざわざ繰り返させるほど暇なのか、あんたは。俺は口を挟む気は皆無だって言ってるでしょう」
「そうね、そういえば以前にもお聞きしたわ」

辟易しているのを隠そうともしないロックは、しかしきびすを返す素ぶりひとつ見せやしないのだから、なまえとしては苦笑を禁じえないところだった。
ちぐはぐに見えてとうに彼の隣に居並ぶ光景が当然とばかりに馴染んでしまったラグーン商会の女ガンマンなら、なまえの一声目で「付き合ってられっか」と吐き捨ててもっと有意義なことに時間を使っていたに違いない――たとえば、ぬるいビールを一缶買い求めるだとか。
この街でロックという名を授けられた男のそれが、どれだけ甘く見積もっても「やさしさ」と呼ばれるたぐいのものではないとなまえもよく知っていた。

もあらばあれ、いまのところ益体もないおしゃべりをやめるよう求められてはいないのだから、口をつぐむ理由もなければ、開くのも同じほどないなまえは、ぼんやりと「こだわっているのはわたしかしら」と呟いた。

「ひとは形而上のものに名前を付けたがるものね。行動理念……もしくは衝動でも良いわ。正義って言葉は万人受けが良くて好まれやすいけれど、主義主張、矜持、イデオロギー、宗教――ミス・バラライカの“教義ドクトリン”、あなたのところの“趣味”、そういうものにこだわっているって、ふふ、……おかしい」

歌うように綴られるセリフはなまえの言う「あの夜」を彷彿とさせてなめらかだった。
べて一場の春夢、乱暴に握れば粉々に砕け散るかもしれないと危惧する頼りなげな手が、ひらりと眼前の海を示した。

「人生は、そう固執も悲観もするものでもないのにね。ひとの命なんて、あの徒波あだなみと同じだもの。波が寄せては返すのを、ロック、あなたは不条理だと思う?」

剣を増した男の眼差しに、なまえは慈しむような笑みを寄越した。

「でもわたしの命は違う。天秤がね、傾くの。わたしは、わたしの命を、わたしの身を第一にして動く。どうしてだかわかる?」
「……自分の命だからだろ」
「うふふ、残念。今度は不正解。――この命はね、“金糸雀カナリア”の命は、“あのひと”のものだからよ」

女の口ぶりは内緒の話をするようにこっそりと、それでいて秘密を打ち明ける快楽に侵されたいやに熱っぽいものだった。

「いつだったか覚えていて? お話ししたでしょう。わたしはあのひとの所有物モノだけれど、あのひとはわたしのものではないって。旦那さまのものを無断で損ねるわけにはいかないの。あなたならわかってくれるでしょう? ロック。あなたと初めて会ったとき・・・・・・・・からずっとそう。あのひとの掌中のものを、わたしはすべて同じようにいとおしんでいてよ。どんなものでも、どんなひとでも、この髪から芥子けしの香りがしてしまいそうでも……」

風に揺れる黒髪をあやすように白い指がすいた。
促されるようにこうべめぐらしたロックは、この場所で初めて彼女に相対した折節を、「あのひとが小鳥を逃がしてしまったの」と嘯いていた女の姿を、つぶさに思い返していた。

鶯舌おうぜつは退潮するようだった。
あるいは意図してのものでなかったかもしれない。
滔々とうとうとこぼした彼女に、ならばその「香り」は「御衣などもただ芥子けしの香に染み返りたるあやしさ」かと理解して、ロックはやはり馬に蹴られるたぐいの与太話だったと呆れて笑った。

「おっかない女」
「まあ、か弱い小鳥になんてこと言うの、ロック。立ち上がるときに偶然あなたの方へよろけて、助けていただいても良いんだけれど」
「はッ、“金糸雀カナリア”が脅迫に手を染めるとは」

嘆かわしいとばかりに皮肉っぽく言った彼を――見上げていた女の目の下が、不随意に痙攣した。
ほんの一瞬、虚を衝かれたなまえのありさまは、先程抱いた違和感の比ではなかった。

「……なまえさん?」
「いえ、気にしないで。なんでもないの」

さすが悪名高き金糸雀カナリアというべきか、声だけは平生の典雅さをかけらも損ねてはいなかった。
しかし正面を向いたなまえの為様しざまは、疑問を与えるには十分すぎた。
心当たりがないわけではなかった。
なにせ小鳥が動揺を露わにするなど、やはり飼い主絡みのこと以外にありえないのだから――最前、彼自身がそうのたまったように。

「――張さんに、同じような文句、言われたことがあったとか」

答えはなかった。
まったく。
あたかも打ち寄せるさざなみに遮られて彼の冗語が耳に届かなかったかのように、女はおっとりと海を眺めていた。
白い日傘に隔てられて面差しは窺えなかった。

「……あんたほどシンプルな生き方はないと思ってたけど、随分と面倒な考えごとが多いようで」
「ああ……前にレヴィにも言われたわ。“ゴチャゴチャ考えすぎなんだよお前は”って」
「暇を持て余してるとろくなこと考えないってことだ、人間」
「ふふ、あのひとのことを思うのに忙しくて、小鳥にそんな暇はなくってよ」
だからでしょうよ・・・・・・・・、あんたは」

似たことを自分も聞いた覚えがある。
上機嫌にグラスを掲げて「人生ややこしく考える程に損をするんだよ」などとぶち上げたのは、金糸雀カナリアも面識のある、暴力教会の尼僧だったか。
遠いことのように思われるが、金勘定に極めて厳しいエダが進んで酒をおごってきたのは、後にも先にもそれっきりのことで、ロックの記憶によく残っていた。
あのときの彼女の一家言は、どうやらなまえにこそ向けられてしかるべきだったとみえる。

大廈高楼たいかこうろうの天辺、山嶺さんれいの鳥籠に大事に仕舞い込まれてきた小鳥ならば、余儀ないことかもしれなかった。
無聊ぶりょうかこつ彼女にその思考を手放せと迫るのは、なんとも趣味の悪い・・・・・「飼い主」と同じ穴のむじなといったところか。

なんにせよ選択肢なんぞありはしないのだ。
まるきり無関係であるロックにも、それどころか当のなまえ本人にさえも。
かつて「いわく、他人事・・・だ」などとのたまった男の言はけだし正鵠を射ていたのだろう。
街全体を巻き込んだ、伸るか反るかの大博打、おのれの命すら賭けしろとしてベットさせられた「あの夜」。
血腥ちなまぐさい損耗が伴わだけ大過ないよう思われるが、畢竟、個人の感情と「都合」という点において、等しく鼻が曲がらんばかりに生臭いことに変わりはない。

生きている場所や環境、境遇によって、人間は重要なものとそうでないものの区分、基準を、いくらでも変転させられる――いま、遠方で鳴った銃声に、ふたりがまったく介意しなかったように。
岡島緑郎として生まれ育ち、安穏と暮らしていた故国で信じていた価値やら常識やらは、この街ではなんの役にも立たない形而上のまぼろしである。
ロックが生きている世界はいまロアナプラここだ。
この街と住人における不文律と道理を呑み込み、掃き溜めを掃き溜めとして、過不足なく正見して生きている場所。
ならばみぎわに立つなまえの様相もまた、当然のものだった。
なにしろなまえの世界は飼い主のみで構成されているのだと、局外の徒である彼ですら知っているのだから。

はあっといささか大仰に白靄まじりの溜め息を吐き出し、ロックは相も変わらず海を眺めているなまえを見下ろした。
あぶくじみた贅言ぜいげんには相応だったかもしれない。
それこそ馬に蹴られて死んだ方がマシだと呻きながら「これは仮定の話だけど、」と先程のなまえの物言いをそっくり真似た。

いまだからこそ・・・・・・・見えるものもある。言えることも。誰かに復讐だとか意趣返しだとかを望むんなら、そいつのものをひとつくらい壊しちまうのも手じゃないかと――まあ、無責任に口を出せるくらいには。すくなくとも一考をわずらわすに足る与太さ。いや、しっぺ返しっていうには生ぬるいな。なんせ、壊すのがその本人だっていうんなら……なまえさん、あんただって言っただろう。自分の欲に忠実になって、どうして他人から咎められることがあるのかって」

見晴みはるかす埠頭の眺望を紫煙で霞ませて男は嘯いた。
砕ける横波じみた投げやりな語調だった。
なんぞ図らん、詳細もなにも知らないくせに妙に確信めいた声音で吐く彼に、なまえはぱちぱちとまじろいだ。

「そう……それも、そうね……。わたしは誰かに復讐もしっぺ返しも、望んでいないけれど。そんなおっかないこと、小鳥は思いつきもしなくてよ。……ふふっ、もう、おかしい、ロックったら。感慨深いっていうのかしら。“金糸雀カナリア”をそそのかすなんて――あなた、随分と悪いひとになってしまったのね。初めてここで会ったときは、やさしそうなひとだと思ったのに」
「お陰さまで。あんたも良くも悪くも裏切ってくれたよ、俺の第一印象」
「あら、勝手にわたしにどんな印象イメージを抱いていたの」
「白い手の……汚れた街の暗がりじゃなくて、こういう昼間の浜辺が似合うひとだなって」

うつくしい景観を顎をしゃくって示され、なまえはとつおいつ揺れる波間になにかを探すように目を細めた。

「昼間ではなかったでしょう。あなたたちと同じように・・・・・、わたしだって一度死んだ身だもの。生まれ育ったホームへ帰ることができるなら、あなた、そうして?」
「返答は“ノー”ですね。一分の迷いもなく」
「良いお返事ね。実際に試してみる機会でもあったみたい」
「ご名答、そんなところさ」
「試すことができるだけ、選択肢があるだけ、幸運だったと――そう言われるのは業腹でしょうね。差し出された手をつかまないのは選択だけれど、そもそも差し出される手がなかったら、結果は同じ無手むてだとしても、きっとまったく違うものだわ。……いまの小鳥は、文字通り、あのひとがつくったの。どちらかというと、あなたの夕闇と近いのではなくて?」
「そうだな、あんたは夜だよ。すくなくとも夕映えって呼ぶべき領域の一歩手前で足踏みしてた俺よりも、ずっと」
「ふふ、あなたには負けると思うけれど」
「いまだからこそ見えるものもあるって言っただろ。騙くらかされてたのに気付けることもあるさ。――ここで初めて会ったとき、あんた、家出の原因を“飼い主が小鳥を逃がして”云々言ってたけど……どうせあれも嘘だったんだろう、とか」
「あらあら、そんなことまで見通せるようになってしまうなんて。いつだったかな、ロック、シスターに千里眼だなんて言っていたのはあなたの方だったのにね? ふふ、もしかしたら金糸雀カナリアって思いのほかわかりやすい被造物だったのかしら。居丈高に囀っていた手前、気恥ずかしいわ」

窒息してしまいそうなほど詰め込まれた虚飾と比喩は、迂遠な言葉遊びに他ならない。
視線も合わせずに交わされる、しようもない応酬の徒消としょうに、真意も含意がんいも曖昧になり果てていたが、ふと軽やかな文藻ぶんそうに苦いものが混じったことには、誰も気付かなかった。
女のかんばせに滲むのが、さながら百年をけみした者のような倦怠だったのを、誰も見ていなかった。

「そうね、あのときも……いまと、同じ・・・ ・・……。ふふ、懐かしい。逃げた小鳥なんてただの口実だった。あなたのご想像通りにね。ロック、いまあなたと話している女はね――……はっきりしたお題目でもないと、わがままのひとつも口にできないの」

一際強い海風がざあっと吹き抜けた。
ロックは定位反射に従い、夜を連想させる艶やかな黒髪がなびくのを見下ろした。
かすかに白百合の香りが漂った。
潮風に促されるようになまえはおっとりと立ち上がり、下に敷いていた白いハンカチを品良い挙措きょそで畳んだ。

「くだらない独り言に付き合ってくれてありがとう、ロック。おしゃべりしていたら、なんだかすっきりしちゃった。そろそろ鳥籠へ戻ろうかな」
「は、お役に立てたんならなにより。――まあ一応クギを刺しとくが、なまえさん、俺は関与できない。どんなろくでもないことを考えてるかは知らないけど、なんであれ――あんたの“旦那さま”を敵に回すわけにはいかないんでね」
「ふふ、もう釘はお腹いっぱい・・・・・・・・・・。今日、わたしはあなたと会わなかった……それで良いでしょう? 彼にもそう言い聞かせるわ」

部下へ視線をやったなまえは貞淑そうな笑みを絶やしはしなかった。
白い日傘を手に、白いワンピースドレスを纏った女の微笑は「少女と見まがうほど」とはとても言えまい。
背景の空と海は天国のようにうつくしい。
しかしその偉観いかんをもってしても到底救いがたいほどに、微笑は至りて暗く、淡く――。

「さようなら、ロック。せいぜいあなたの“趣味”を楽しんでいてちょうだい」
「さようなら、なまえさん。せいぜいあんたの“復讐”が上手くいきますように」

さながら白昼夢、あるいは走馬灯とでもいうべきか。
彼は短くなったマイルドセブンを海へ投げ捨てた。
紫煙越しの見慣れた風景は、やはり見慣れた死人たちの街でしかなかった。






交わされる声は至って密やかだった。
睦言に相応の低い囁き声は重厚な扉に遮られて判然としないものの、どうやら室内にいるのは大廈高楼たいかこうろうの主人ひとりではないことは窺い知れた。

折しもあれ、ドアを開けようとした彪如苑ビウユユンおのれの不運に薄い頬を引き攣らせた。
自分ひとりであれば無警戒にノックして、なんら問題なく抱えた報告書をボスへ呈していた。
もしこれまで頻繁にドアの向こうで、性根の悪い白紙扇と飼い鳥との戯れに遭遇するという他愛ない頻繁にこうむっていた彼でなければ、遠慮なく開扉してしまっていただろう。
問題は、斜め後ろを歩んでいた後者の存在だった。
おもむろに腕を引っ込め、これ以上ないというほど眉根を寄せてそろそろと背後を覗えば、彼がドアを開けるのを大人しく待っていたなまえが静かに細首を振った。

手を翻せば雲となり、手を覆せば雨となる。
ふたりしてさっさと部屋前どころか最上階のフロアから退散した。
速やかな降壇は、その手際の良さから称賛されてしかるべきだっただろう、すべて無言のうちになされた。
昇降機の狭いかごのなかで、ようやく呼吸できるとばかりになまえがふうっと息をいた。

「ありがとう、彪。よく気付いてくれたわ……。あなただけならともかく、わたしまでお邪魔してしまうのはさすがに気が引けるものね。ご指示は受けていないから、どんな対応をすればいいかわからないし。ああ、その報告は後で旦那さまへお願い」
「……はい」

彪はことすくなに首肯した。
鈍く頭を鳴らされる錯覚は、降下するエレベーターに容赦なく揺らされる三半規管だけが原因ではあるまい。
彼は、いつだったか、夢応むおう金糸雀カナリアを横にはべらせたボスが、彼女を指して「余所の女をここに連れ込んだところでコレがどういう顔をするか」などと談じたことを思い出していた。

「……ふふ。もう、あなたがそんなお顔をする必要はないでしょう? 心配になってしまうわ、彪。あなた、お顔に出すぎよ。彼女とはもう会った? わたしはご挨拶だけしたけれど」
「ええ、まあ。……大姐、俺の精神的ストレスに配慮してくれる気が爪の垢ほどもあったら、その話題は避けてもらいてェんだが」

サングラスでは到底隠しおおせないほど顔をしかめている彼に、なまえは「それは失礼」とくすくす笑った。
そのさまからは曇りも陰りも見出だせなかった。
しかし欣々然きんきんぜんとした「白い手の女」の笑みは、だからこそ彼に疑念を覚えさせるには十分だった。

「大姐、なに考えてんですか。浮かれた顔してますよ。気味悪いくらい」
「あら、そう? そんなにわかりやすかったかしら……。ふふ、ちょっとね、思うところがあって」
「……大姐、まさか、」

さすがに「ろくでもないこと企んでるんじゃ」とは口にしなかったものの、鋭い眼光にはありありと不審の色が見て取れた。
厄介事も悶着も勘弁願いたいと、なにより雄弁なしかめっ面を見上げ、なまえは「もう、あなたたちったら、揃いも揃ってみんな心配しすぎよ」と苦笑した。

「きっとね、考えていることは杞憂よ。“彼女”は旦那さまのものだもの、あのひとのものを勝手に損ねるはずがないでしょう? わたしがわたしの身を大事にするようにね。まあ、あなたがそう思うのも仕方ないかな。大丈夫、さすがに小鳥はそこまで愚かではなくてよ、彪」

本人がそこまで言うのなら、一介の部下がこれ以上、懐疑の念を重ねられるだろうか。
いくら斟酌しようと、細い指を頬に添わせて奥床しげに笑っている金糸雀カナリアの食言を見破れるとは彪も端から思っていなかった。
それこそ飼い主ではあるまいし。

「ああ、そうそう、“おつかい”でね、すこし本国へ戻らなきゃいけないの。手配してちょうだい」
「……了解です」

エレベーターが一階に到着して「別邸に下がっているわ。他のひとに送ってくれるよう頼んでくれる?」とめいじた女主人に、彪はそっけなく首肯した。

なまえの、深い森の奥に取り残された沼めいて静かな瞳、その黒い目が諦念に浸かりきっていたことを誰が知り得ようか。
気付く者はその場にはいまい――ただし飼い主ならば、あるいは?






糖蜜を連想させる甘やかな声が、男の耳朶を打った。
電話口で「万事、つつがなく。皆さまあなたのご不在を残念がっていらっしゃいましたが」と告げるなまえに、張はのんびりと「量才録用っていうだろ。爺さん連中のご機嫌取りにはなあ、俺よりお前の方が余程向いてるぜ」と応えてやった。

表向きの実務は、租税対策を始めとした正邪曲直、諸々事由のために独立させている傘下やら下請け企業やらへ丸投げしているものの、行政、執行関連の会合に「本社」から誰ひとり寄越さずにいるわけにもいくまい。
その場合、ていよく駆り出されるのは、公々然たる肩書きを持つなまえへお鉢が回ってくるものだった――無論、あくまで「社長」の臨席が不要であるレベルでの催しに限ったが。
本人はかつて「巡り巡ってあなたのお役に立てるから尽力いたしますが……旦那さま以外のひとのために笑顔をつくるのは、気が滅入ってしまいます」などとは言いじょう金糸雀カナリアは社交の場に出させれば如才なく振る舞う女だったため、その点で案じてなどいなかった。

「戻ってくるのは明後日だったな?」
「ええ、すべて予定通りに運べば。お言いつけの件を含めて、諸事済ませてまいります。重ねてご指示はありますか?」
「そうだな――……強いて挙げるんなら、先日の、小鳥の蛮行についての申し開きを伺いたいところかね。どうしてまた厄介な女の真似事なんざしてみせたのか」

セリフはいかにも詰問じみていたが、腹に据えかねているというほどでもないらしい。
その証拠に、夜闇を思わせる深い声は平生の洒脱さを損なうどころか、揶揄の気配すら漂っていた。

さかしげに口止めまでして――やっぱり“釘”が必要だったってことか。避けたのは面倒か不興か、どっちだろうな」
「ふふ、どちらも。……嘘がつけない子だと思って、“できるだけ内緒に”とお願いしましたの。申し訳ございません、旦那さま。必要に駆られなければ、なまえも、彼女のいらっしゃる邸へまでお邪魔することはありませんでした……。どうかお許しください。わたしがお暇したあと、彼女、お気に病んではいませんでしたか?」
「ああ、随分と金糸雀カナリアに好意的だったぜ。――余所で信奉者を増やしてくるのは構わんが、イロまでたらしこんでくれるなよ。まったく。信じられるか? あいつ、お前に“また会いたい”とまでぬかしやがった」
「あらあら……光栄です。そう簡単に他人に心を許さないように、おっしゃってあげてくださいな」

鈴の転がるような声が「気苦労が絶えませんね、旦那さま?」と笑った。

「は、俺がただしてやるまでな、部下あいつらも口を塞いでやがったんだから始末に負えねえ。誰が主人か教えてやらなきゃならんが……教育が足りてないにしても、たかが小鳥一羽に手懐けられてんのにはこっちの口が閉じるってもんだ。ったく、お前も手間かけさせるなよ」
「ふふ、申し訳ございません、あの子たちは巻き込まれただけです。どうかご温情を。わたしが彼女とお顔を合わせたとき、護衛の皆ね、まるでこの世の終わりみたいなお顔をしていました」
「その元凶が言うか。お前がなんかしら仕出かすと思われてる証左だろうよ。せいぜい顧慮するこった」
「まあ、そんなはずないでしょう? あなたが万事ご承知おきくださっているなら、なまえはそれで構わないもの」

心外とばかりに拗ねてみせる女に、張は「どうだか」と笑い、静かに横で眠っている女の髪を撫でた。
短めのやわらかな髪は男の指先からするりと逃げ、いくらさわろうともいっかな目覚める気配はない。
張は上体を起こしてベッドのヘッドボードにもたれかかっていたが、彼女は熱を求めるみたいに無意識に擦り寄ってきた。
電話機を持ったのと反対の手で、剥き出しの肩を撫でてやった。

「……ああ、そういや今回お集まりの御仁方のなかに、身の程知らずの若造がいただろう? 前々からお前に粉かけていた」
「まあ、とんでもない。あなたのものに手を伸ばすような不埒者に、心当たりなんて。どなたでしょう……決済局の通訊メディア関連の方? 国営放送の権利関係の方かしら。それとも、」
「おいおい、まだ候補がいるのか。“穢れなき処女”とやらが聞いて呆れるぜ、隙あらば色目使いやがって」
「……ちゃんとなまえのご機嫌取りまでしてくださるなら、そのままどうぞ、旦那さま」
「そう拗ねなさんな。お前以外の奴を寄越すわけにもいかなかっただろ。――どんなツラして吐けるのか是非とも伺いたいもんだ。“心当たり”なんざ空とぼけたこと」
「ふふ、ご覧に入れてさしあげたいです、なまえの顔」
「せいぜい戻ってからの楽しみにしとくさ。――前者な、家柄とポストはそう悪かねえんだが……そろそろ切って・・・やる頃合いだ。危機感の欠如と時勢も見極められない曇り眼は、若さゆえの無謀ってえ御為ごかしだけじゃ、そろそろ補えんな」
「あちらの紐帯パイプはよろしいんです?」
「ああ、爺の方だろ? 地方の私腹を肥やしまくってたのが目に余ったそうでなあ。手を回すための金のくつわが回らなくなってきているらしい。頃合いだろうな」
「仰せの通りに。とはいえ、初対面よりも破鏡のご挨拶の方が、ずっと難しいです……」
「おっと、そいつは初耳だな。そこまで入れ込んでたとは。若いい鳥によろしく頼むよ」
「更々思ってもいないことをおっしゃらないで、旦那さま。鏡をプレゼントしてくださっても良いんですよ。……本国まで“おつかい”をお命じになったんだもの。戻ったら、どうかなまえのことも甘やかしてくださいね」

いじらしく口をとがらせているのを隠そうともしない媚態とり言に、飼い主は普段通り悠揚迫らぬ声で「わかったわかった」と嘯いた。
通話を終えて、ベッド横のナイトテーブルへ電話機を放った。

「ん、うー……張さん?」
「起こしたか?」
「っ、……ううん、寝る……」

目を閉じたままむにゃむにゃと不明瞭な声を漏らす女に、張は苦笑した。
ふれられようとも、隣で会話していようとも、健やかな寝顔をさらしてはばからない彼女は、ぐずるみたいに彼の身を腕のなかに囲い込んだ。
一糸纏わぬ素肌はあたたかく、抱き寄せられていると同じ眠りに手招かれるようだった。
熟睡しているまるい頬が、むっと潰れているさまはひとしお慕わしく感ぜられ、張は声に出さず低く笑った。

――切れた受話器を手にしたままなまえは目を伏せた。
ロアナプラあちらとの時差は一時間であり、夜降よぐたち、きっと燦然たる夜景を一望するペントハウスの一室に張はいるのだろう。
そう思いたかったが、しかし飼い主の機微に比類なく聡い金糸雀カナリアは、声音から、それかあらぬか、要らぬ啓示を得ていた。
ぽつりと呟いた。
ただの勘だった。

「……おひとりではなかったでしょうね」






もうずっと、夢を見ているような気がする。

すべて、なまえの弱さが原因だった。
主のそばにいたいという「欲望」より、ひとりで迎える朝に耐えられないという「弱さ」――別の欲望が勝っただけのことだった。
げてなにも感じないふりをして、あるいは努めてこの感情を忘れてしまって、耐えることができるかもしれない。
しかしいつかまた、もし同じことが起こったら?
二度目、三度目は?
なまえより愛らしい、なまえよりうつくしい、なまえより聡い、なまえより清らかな、なまえより健やかな、なまえより秀でた誰かが、彼の隣で微笑むところを、なまえは目の当たりすることができないと、なまえは考えた。
ひるがえって、なまえより醜い、なまえより性根が悪い、なまえより愚かな、なまえより卑賤な、なまえより劣った誰かが、彼の隣にいることも、同じようにだ。
落ちた薄いガラスのように、きっとなまえは砕けて粉々になってしまうだろうという確信があった。
人生は苦悶するにはあまりにも長く、喜ぶにはあまりにも短かった。

「自分の考えたことを自分でするのって、久しぶり。ふふ、こんなにわくわくすることだったかな。ロックの言葉だと“復讐”になってしまうみたいだけれど……。お許しくださらないかしら。最後の“わがまま”くらい」

ティッシュオフした唇にもう一度紅を塗り直して、彼女は呟いた。
平生よりずっと時間をかけ、完璧に化粧を施した顔をとっくりと眺めた。
繊細な蔦飾りに縁取られたアンティークの鏡台のなかで、桃色の唇が描くのは至上の弧であり、誰も見ていないのが惜しいほどうつくしい微笑だった。

誰かから復讐という名目を示されずとも、なまえは早晩すべからく辿り着くべきだった。
使う機会には幸運にもいままで一度たりとも恵まれなかった銃が、傍らで冷たく光った。

復讐という語は正しくはない。
とまれかくまれ誘惑に抗うだけの気概をなまえは持たないのだから致し方なかった。
安易に行方をくらまそうものなら探す手間をかけてしまいかねないのだから、その面倒を省いてやった方が良いだろう。
いまこの瞬間にも、街のどこかで、世界のどこかで、まばたきより安易に人間の息の緒は絶えているにもかかわらず、ことしもあれ、おのれが死ぬのは思いのほか、容易ならぬことに気付き、なまえは苦笑した。
あれでもないこれでもないと、どうやって命を断とうか徒々あだあだしい妄想にふけるのは、このところ他にさしたる楽しみも気晴らしもなかった彼女にとってぴったりの暇潰しであり、ひどく心が浮き立つものだった。
飼い主ならともかく、部下にまでいぶかしまれてしまう塩梅だとは思ってもみなかったが。

最後に化粧道具をすべてまとめて靴を脱いだ。
ヒールのないフラット・シューズに履き替えれば、これほど歩くという行為は容易いものだったかと戸惑いを覚えた。
元来あれもこれもと物を欲する性質たちではなかったが、それでも幾年いくとせも生活していると私物というものは呆れるほど増えるものだ。
すべてを片付けるとなると、それなりに重労働だった。
まとめてゴミ袋に放り込んだ。
そのなかに自分の肉体も詰めてやりたかったが、さすがにひとひとりを収めるのは、薄いポリエチレンの袋には荷が重いだろう。

身に馴染んだ白いワンピースドレスを脱ぎ、クローゼットにあった色物の服を纏った。
鏡に映る自分からは、「服装こそ人生だ」というクウォートもむべなるかな、見慣れない装いからどこかちぐはぐとした印象を受けた。
金糸雀カナリア」という僭称せんしょうや立場にすがる自分に気付いた女は、鏡に映るおのれをつくづくと睨みつけた。
いまのなまえは「三合会の金糸雀カナリア」という立場、ポジションのために生きているようなものだった。
すがるものなんぞ、元来、張維新チャンウァイサン以外にありはしないにもかかわらずだ。

朝戸風あさとかぜを取り込むため開けていた窓辺から、小鳥の囀りが聞こえた。
なまえは気もそぞろに庭へ出た。
朝の空は雲ひとつなく澄んでいた。
彼女が選んだのは本国の別邸のひとつだった。
張と共に多くの時間を過ごした本邸ではなく、警備も手薄な深山みやまのこのちいさな門戸を選んだのは、なまえの行動によって、警護していたはずの部下たちが職務怠慢のそしりを受けないようにと配慮したから――というのは建前だ。
本音は、後々、張が本邸をおとなうたびに、なまえのことを思い出してしまうことを避けたいだけだった。

爪痕など残したくなかった。
飼い主たる張維新チャンウァイサンには、永劫、思い出してすらほしくなかった。
万が一手から離れたあとに、ほんの僅かでも、爪の先ほども惜しむ情を持ちうるのなら、はじめから掌中からこぼさなければ――そもそも「金糸雀カナリア」などというものを仕立て上げなければ良かったのだ。
名に負う「張維新チャンウァイサンの女」、「三合会の金糸雀カナリア」、示す名は多々あったが、指すものは彼のために生きていたただの女だ。
その存在を指す折、必ず全き主の名を冠せられる女は、それ以外の生き方を知らなかったし、今更知るすべも持たなかった。

だから誰かから入れ知恵された復讐でも意趣返しでもなく、これはなまえの「わがまま」だった。
嫌われたくない。
捨てられたくない。
こんな恐怖を抱くくらいなら、はじめから好かれたくもなかった。

「人々に知られず、真意をはからるることなく、かかる月夜に心の迷路を、通り行く思いを楽しむ者は幸いなるかな」――死んだように生きていたなまえは、自我というものを自覚した瞬間から共に、恋心を抱いて生きてきた。
他者から見れば失笑ものの人生と情緒だろう。
しかし有害であっても人体には酸素が不可欠であるように、彼女にとって自我と恋心は切っても切り離せないものだった。

彼に出会うまでのように無為に生きられたなら、実に平らかでいられたに違いなかった。
この世には喜びも悲しみもなく、あるのはただ生理的な快か不快だけだったのだ。
しかしながらなまえは彼と出会う前のなまえには戻れなかった。
戻り方もわからなかった。

窮境から拾い上げられ、外界から隔絶され、鳥籠で愛玩された少女ひとりなんぞ、価値観も人格も、刷新、あるいはつくり変えるのは容易だったに違いない。
他者から遮断し、極端に情報を統制するのが、拷問、あるいは洗脳の常套手段であることを、ある程度世故せこに長けたいまならなまえは知っていた。
結果的にそう・・なってしまっただけで、かの男が意図してのことでなかったのは自明だが。
なまえは頬をゆるませて「ガス燈が暗くなったり、物を紛失したりはしなかったものね」と苦笑した。
もあらばあれ、無防備な幼な子じみて可塑かそ性に富んだ娘を容鳥かおどりたらしめたのは、遠い日、掬い上げた張維新チャンウァイサンに他ならなかった。

彼に出会わなければ幸福というものを知らなかった。
幸福を幸福だと知ることもなかった。
彼と出会ったことにより、幸せを、喜びを、いとおしいと思うことを、うつくしいと感じることを、知り、得られたのだから、後悔はなかった。

「……ふふ」

――なんて、ぜんぶ、嘘。

飼い主を責めるつもりもあらばこそ、こんな苦しみも、悲しみも、はじめから知りたくなどなかった・・・・・・・・・・
我ながら不思議なくらい、久しぶりに晴れやかな気持ちだった。

今頃、彼らはどうしているだろうかとなまえは考えた。
なまえのことなど忘れ、戯れ、睦言のひとつでも囁き交わしているのだろうか。
こんなときくらい彼以外のことでも考えてみたかったが、なかなかどうして難しかった――なまえは、飼い主、張維新チャンウァイサンのために生きてきた女だったから。
安堵する点を挙げるなら、高閣につかねられた小鳥一羽を失ったところで、いまの彼ならさして気にはしないだろう点だろうか。
そして彼を抱き締めるやわらかい腕があることだ。
ならばそれで充分ではないだろうか。

恋心、あるいは欲望はなまえという人格を生み、育て、生かした。
ならば終わらせることもまた欲望ではないだろうか。
できることならなまえの顔を、声を、香りを、肌を、体温を、二度と思い出せないようになってほしかった。
英邁なる主にそれを望むのは難しいことかもしれなかったが、ならばささやかながら努力するだけのことだった。

「ふ、ふふっ……あなたに出会わなければよかった・・・・・・・・・・・・・・・
旦那さま・・・・

一碧万頃いっぺきばんけいの空は果てなく、なまえは声をあげて笑った。
大きな口を開けて笑うなんぞ、かれこれ数年来覚えがないことだった。
おもむろに銃把ごと祈るように両手を組んで肘を曲げた。
邸から持ち出した銃は硬く、重く、とても二度とは握ろうと思えなかった。
顎の下へ銃口を当て、胸元でしっかりと固定した。
空を仰いだ。
鳥籠から解放される、ただのひとりの人間として死を選ぶことのできる自由わがままに、なまえは晴れやかな笑みを浮かべる。






「おかえりなさい」と笑んだ女の腕のなかで、愛らしい男児が泣き声をあげる。
ここ最近、たどたどしくも意味のある言葉を口にするようになってきていたが、どうやら相当ご機嫌斜めらしい。
耳をつんざく叫声に、眉を下げた張維新チャンウァイサンは、咥えているだけの煙草を口の端で揺らしながら「ただいま」と答えた。

「……火のついたようにって言うくらいなら、この煙草に点けちゃくれんかねえ」
「もう、この子の前じゃだめって言ったじゃない。お帰り、予定より遅かったみたいだけどなにかあった?」
「――ん、ああ、墓に寄ってきた。命日だったからな」

誰のと言わずとも、彼女は察したようだった。
細腕で我が子を揺らしてあやしながら、感慨深げにゆっくりと頷いた。

「もう何年経ったっけ……。きれいなひとだったね。一度しか会ってないけど……私にもやさしくしてくれて」
「……やさしく、ねえ」

張は「他の対応を知らなかっただけだろ」と嘯いた――思い出話なんぞにはされたくねえだろうなあ、と考えながら。

金糸雀カナリアの死後、片付けは拍子抜けするほど容易だった。
なにしろ元々すくなかった私物はあらかた処分されており、飼い主がすることといえば、業務上の引き継ぎ程度だったためだ。
その業務といってもあくまでいくらでも取り替えのきく表向きのものがメインであり、かつ小鳥一羽如き欠いたところで不都合が生じかねない采配を「金義潘の白紙扇」が振っていたはずもない。

最早、声すら思い出せなかった。
涼やか、鈴を転がすようなといった形容は覚えていても、具体的な月日星つきひほしは消えて久しかった。
とく嗅覚の記憶は最後まで残るというが、果たしてどうだろう。
し仮にあの女が纏っていた香水を他の者につけさせたとしても同じ異香いきょうにはならないことは知っていたし、なによりそれほど悪趣味でもなかった。

――飼い主を置いてひとりで死ねないほど、自我も意識も奪い、躾けておけば良かっただろうか。
否、まがう方なく確かにあの女はそう・・であるはずだった。
主以外なにも要らないという顔をしてはばからなかったくせに、案に相違してなかなかどうして思い通りにならない女だった。

ことすくな、かつ一見冷淡な夫のぼやきに、彼女はいかにも嘆かわしそうに眉をひそめた。

「あなたがそんなだからなまえさんも苦しんだんじゃないの、“旦那さま”!」
「その呼び方はやめてくれ。ガラでもねえ」
「昔ちょっと憧れてた女のひとの真似もダメだなんて、心が狭いお父さんですねぇ」

憎まれ口を叩く女の頬を指先で撫で、張は次いで彼女の腕から息子を受け取った。
父親に抱き上げられ、ぐずっていた息子はすこしく落ち着いたようだった。
母親の顔で「最近重くて、だっこしてると肩が外れそう」と苦笑する彼女は、化粧けのない唇で、幼な子のまんまるい頬に口付けた。
子の体温は高く、抱いていると熱が移ってくるようだった。
父に抱かれ、母に頭を撫でられ、ようやく泣き止んだ子は幸福のかたちをしていた。
こんなことを正直に白状するとなじられてしまいそうだが、張は自分の血を引いた生き物というものに、未だに慣れない心地がしていた。
まさかちいさくやわらかい命を抱き上げるたび、おっかなびっくりしているなんぞ口が裂けても言えやしないが。

ふと、眼前の牧歌的な光景に口角が歪むのを禁じえなかった――金糸雀カナリアは「女」ではあったが「母親」にはなれなかっただろうな、と。
失せ物を懐古する感傷的な性質を張維新チャンウァイサンは持ち合わせていなかったが、飼っていたペットの命日くらい、脳裏によぎるのも致し方ないものだろう。

ふっと自嘲した男は、息子ごと、日向ひなたの香りがする妻を抱き締めた。


(2021.03.17)
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