ある日突然、この世界にトリップしてきたのが一番驚いたこと。
その後にもなんやかんやあって、わたしの「非日常だと思う出来事」のハードルはとても高くなっていると思っていた。
なんの前触れもなく、朝起きたら自分以外の住人が全員女性になっていたり、はたまた自分の体にうさ耳やしっぽが生えていたりすれば、そりゃあ、まあ。
大概のハプニングには耐性がついていると思っていた。

けど。
さすがに、これは。

「意味分かんない……ほんと、もう、なんなの……」
「……あの、なまえさん、そんなに気を落とさないで……」

頭から毛布をかぶって部屋の隅で体育座り、というディアボロさんスタイルでぐちぐちと弱音を吐いた。
毛布の上から優しく頭を撫でてくれているドッピオくんには申し訳ないけれど、暴風雨レベルで荒んだ気持ちが浮上することはなく。
わたしの周りだけじめじめしているような気がする。
だって仕方ないだろう、

「なんでわたしがっ、男になってるの……!」

そう、今度はわたしが男になっていた。
あああぁ、聞こえる「自分の」声が低い! 変な感じ!
それ以上自分の体から出てくる男の声を聞きたくなくて、ぐっと詰まって顔を伏せる。
前に座ってよしよしと頭を撫でてくれるドッピオくんにそのまま甘えつつ、また溜め息をついた。

「だがなまえ、以前我々が女になったときは随分と楽しんでいただろう」
「あのですね、カーズさん、絶世の美男子やイケメンが、傾国の美女美少女になったら誰だって喜びますけど! なんの特徴もない普通の女子が、これまた普通の男子になったところで! 誰得ですか! もう!」

ご丁寧に男の子らしく短くなっていた髪に手をやりつつ、首筋を撫でる空気に違和感を覚える。
これ、ちゃんと元の長さに戻るんでしょうね……と歯噛みした。

どう違うのか理解しかねると言わんばかりに首を傾げるカーズさんをじっとり睨む。
うう、同じ性別になってますます強く感じる……本当にみんな見目麗しすぎる。
整いすぎている美貌から目を逸らしつつ、はやく元に戻りますようにと、体育座りした両膝に額を乗っけた。
ああ、膝もいつもより硬い……どこもかしこも角ばっていて、自分の体ながら改めて男なんだと大きな手をぼんやり眺めた。
すると。

「――ふむ。考えていたより愛らしい出来になったな」
「……は?」

ザ・ワールドがいそいそと雨戸を閉めたと思ったら、ばたんと棺桶からDIOさんが現れた。
世界最高水準のハイスペックスタンドを、雨戸を閉める程度のことに使うなんてと呆れて……いや、違う、そんなこと重要じゃない、いま、DIOさん、なんて言った……?

「……DIOさん、わたしがこうなったのって、」
「先日、我々が女になっただろう。そのスタンド使いを部下に捕まえさせて、少々な。折角だからお前で試してみたが、なかなか満足の行く仕上がりで何よりだ」
「捕まえさせて少々って……肉の芽?」
「needless to say……言うまでもなく、だな」

僅かに肩をすくめて微笑したDIOさんに、かぶっていた毛布を振りかぶってぶん投げた。
ちくしょう、涼しい顔して受け止めやがって。

「なーにが言うまでもなくですか! 格好つけて! 満足の行く仕上がりって、そもそもなんでわたしを男にしたんですかぁぁぁ! 殴らせろ!」
「断る。まあ、私が飽きるまでは付き合え」
「っ……!」

余りの腹立たしさで言葉も出ないわたしを、ドッピオくんがよしよしと慰めてくれるものの、怒りは収まりそうにない。
吉良さんが帰宅したら遠慮なく爆破してもらおう、わたしが元に戻してもらえるまで、この部屋に「女性の手」は一つも存在しないわけだから、ストレスで存分にやってくれるに違いない。
いまに見てろよ……と睨んだ。
ちなみに自分でどうにかするという選択肢はない、だって無意味なことになるのは明白だ。

また溜め息をついていると、元凶にふわりと抱き上げられる。
身長も伸びて体重だって増えているだろうに、いつもと全く変わらず正面から抱き上げられ、すとんと腿の上に座らされる。
ああ、四肢が伸びたせいで収まりが悪いし落ち着かない……それもこれもDIOさんのせいなのに。
……やっぱり一発くらい殴っておきたい。
たぶん無駄だけど。

当の本人はといえば、短くなってしまったわたしの髪を撫でながら、ちゅ、ちゅ、と頬や鎖骨、いつもより浮き出た喉仏に唇を落としてくる。
感触がいつもと違うもののように感じられて、どうしようもなくぞわりと何かが背筋をかすめた。

「うー……DIOさんのばか……」

上機嫌なDIOさんに何を言っても無駄だと分かってはいるものの、現状を甘んじて受け入れるには、まだこの体に慣れていない。
というか慣れてたまるか。

視界の端で心から同情するような表情をしたディアボロさんと、わたしと同じく涙目のドッピオくん。
うん、助けを求めるには酷というものだよね、分かっているよ……。
カーズさんはといえば、いつも見ている某教育番組のためにテレビの前にしっかりスタンバイしていた。
そうですね、いつもの時間ですもんね、――そんなことより助けろ!

DIOさんの冷たい手が服の中に忍び込み、すり、と脇腹から腰を撫でられる。
びくっと体が跳ねた。

「ンッンー、反応は変わらず良いな、喜ばしい」
「……もう、泣きそう……」

自分の低い喘ぎ声なんて絶ッ対に聞きたくないので奥歯を強く噛み締めて、DIOさんを睨みつけた。
あ、なんか視界が滲んでいる。
本当に涙がこぼれそう。

「喜べなまえ、男の快楽を教えてやろう」
「断固拒否します。触らないでください」
「何が不満だ? 後ろも開発してやったから、その身でも問題ないだろう」
「ああああ! 黙って! そもそもいまわたし、男なんですよ!?」
「性別や姿かたちが変わってもお前はお前だろう、なまえ」
「えっ……! なんてときめくとでも思いましたか! ばか!」
「良いノリツッコミだな」
「ディアボロさんっ、そんなに暢気にしてる暇があったら助けて!」
「悪い、他を当たってくれ」
「うわぁああん! もう誰も信じられない!」

元に戻ったらジョースター家に家出して、ジョナサンやジョセフに頼み込んで波紋の修行でもしようかなんて本気で考える。
首筋に顔をうずめて、はっきりと浮き出た喉仏に噛み付いてくるDIOさん。
肉もついていない薄っぺらい胸を触って何が楽しいというのだろうか。
どう逃れようかと身じろぎしながら、涙で歪む視界のなか、背筋を這う冷たい指先にふるえた。

神様どうにかしてください
(2015.01.27)
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