「うーん……どうしよっかなあ……」

ぱしゃん、と、お風呂の水面を波打たせてぼんやりと呟いた。
……困った、お湯が微妙にぬるい。
これが夏場だったなら、半身浴だーっとそのままだらだらと入浴していたかもしれないけれど、残念ながらいまは寒さ厳しい冬。
別に、このまま上がっても大丈夫かなって程度には温かさはある。
とはいえ日々寒さの続くなか、あっついお湯につかりたいという欲求もあるし……。
うーん、わたしの後に誰か入るんだったらまだしも、幸か不幸か今日はわたしが最後。
わたしのためだけにお湯を足すのは勿体ない気もする。
ううむ。
お湯に浮かべていたラッコのおもちゃを突っついて、どうしようかなあとその揺れ動くさまをだらだら、なんとはなしに眺めていたら。

「湯などとっとと足せば良かろうなのだ」
「お帰りください、カーズさん、呼んでないです」

バーンッとお風呂の扉を開けられ、カーズさんが現れた。
心でも読めるんだろうかこのひと。
吉良さんに怒られて以来、ちゃんとお風呂に入るときは髪を結べという命令に従って、長い深紫色の髪はゆるく結い上げてある。
なんか無駄に女子力の高い結び方をしてるな……いや落ち着け、重要なのはそこじゃない、そうだ、うわ、どうしよう、逃亡ルートが見当たらない。

ついこの前もDIOさんと一緒にお風呂に入り、のぼせて意識を失ってしまったばかりだというのに。
あの日はその後、いつもならちゃんとお布団に包まってゆっくり眠れていただろう深夜に、やっと目覚めることが出来たのが記憶に新しい。
全く悪びれる様子のないDIOさんに文句を言ったら、当の本人はいけしゃあしゃあと「お前も悦んで積極的にねだってきただろう」と言ってのけた。

あ、思い返していたら、また腹立ってぶん殴ってやりたくなってきた……って、いやいやストップ、いまはこんなことを考えている場合じゃない!
なんで目の前のこのひと……いや人じゃないけど、カーズさんは当たり前の顔をして湯船に入ってきているんですかね、ちょっ、ああ、もう!

「やめてくださいお湯が! なくなる! あああラッコちゃぁん……!」

ざばーっと盛大にお湯が溢れ、ぷかぷか浮かんでいたラッコのおもちゃまで流れ出てしまった。
さっきまで水道代や光熱費のことを考え、お湯を足すかどうか悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまう程に、大量のお湯は派手な音を立てて排水溝へと飲み込まれていった。
ああ……なんでただでさえ狭い浴槽に、規格外の屈強な肉体を持つカーズさんと一緒に入らなきゃならないのか……。
湯船は身動きが難しいほど狭苦しくなってしまった。
膝を伸ばすことすら満足に出来なくて、自力で立ち上がるのも不可能だ。

大量のお湯を惜しげもなく捨ててくれやがったご本人はといえば、わたしを後ろから抱き締めてきてご満悦ときた。
……怒って良いかな。

「カーズさん、突然どうしたんですか、――っ!」
「なまえ、」
「や、っ、ま、待ってくださ、……! っ、ぅんん、っ、ふ、ぅ、」

待ってだとか駄目だとか、本当にみんな聞いてくれたためしがないな!
後ろから抱き締めてくるカーズさんに文句を言おうと顔を上げたら、そのまま唇が降ってくる。
いつの間にかお腹に腕を回され、逃げられないよう顎も掴まれていた。
上を向いてのキスは、上手く呼吸が出来ないからいつもやめてと言っているのに、聞き入れてくれる気はさらさらないらしい。
唇の先で食むようにくすぐられ、小さく声が漏れた。

「あの吸血鬼とは共に風呂に入ったというのに、このカーズが駄目ということはなかろう?」
「なんでそんな変なところでDIOさんと張り合うんですか……」

もう、と唇を尖らせれば、あやすようにまた口付けられる。
このままごまかす気だなと察して、腹立たしいことこの上ない。
お風呂のお湯とは違う、少しだけ粘性を孕んだ、くちゅ、ぴちゃり、という水音が口の端から漏れて、じわりとお腹の奥が痺れるような感覚を抱いた。
我が物顔で突っ込まれ、動き回る舌。
ほんのささやかな仕返しに、それに強く歯を立てた。

「っ、ふふ、なまえ……」

唇を離し、ごく至近距離で愉しそうにペロリと舌なめずりするカーズさんは、わたしなんかが到底及ぶべくもないほどにきれいで、いやらしい。
わたしが本気で噛んだとしてもどうせ傷一つ付けられやしないんだから、もっと強く噛み付いちゃえば良かったかもしれない。
細められた瞳はわたしの知る言葉なんかじゃ到底言い表せないほどに美しくって、同時に猥雑な色を溶かし込んでいて。
単純かもしれないけど、その目を向けられただけでぞくりと背筋がふるえた。

「望み通り、手酷くしてやろう」
「……わたしの望みではないってことは確かですけど」

口の減らんな、と吐息混じりに笑われ、形良い唇がまた重ねられる。
口蓋をなぞり、舌を吸われ、呼吸すら許してくれないそれにくらりと眩暈がした。
貪る、という言葉がぴったりなほど深く舌を搦め取られ、浴室に充満している湯気のように視界が霞んでいく。
いつものように大きくて逞しい身体に縋り付きたい衝動を感じるけれど、後ろから抱き締められているこの体勢では難しい。

「ん、んんっ……は、ぅ、ふ、ぅあ、んくっ」

胸元を這い回っていた手から逃げようとすると、身じろぎ出来ないほどに後ろから強く抱きすくめられる。
背中に感じる厚い胸板や、腰に当たっている大きく硬いものに、は、は、と口付けの合間にどうしようもなく熱い息がこぼれ出てしまう。
お湯につかった脚を水の中で撫でられながら胸を揉まれ、噛み締めた唇からは甘ったるい声が出るのを堪えられない。
わたし自身よりずっとわたしの身体を知っているカーズさんに、与えられる快感から逃げようとするなんて徒労も良いところで。
いつの間にかわたしの口からは、わたしのものじゃないくらいに高く、みっともないほどねだるようないやらしい声がひっきりなしにこぼれていた。

カーズさんの深紫色の髪からぽたりと落ちてきた水滴。
肩に落ちて胸の膨らみまで伝っていったそれにすら、ますます興奮してしまう自分に気付いて、ぎゅっと手を握り締めた。
恥ずかしい。
けど、それよりもずっと、気持ちよくて。

そうして乱され続けていると、ぴく、ぴく、とわたしが動くそのたびに、お湯がぱしゃん、ちゃぷん、と音を立てる。
理性なんて手放してしまいそうな快楽に溺れているのに、ふいに耳に届くその水音。
それが聞こえると、また強制的に現実に引き戻されてしまう。
まるで、聴覚も犯されているみたいだと思った。
いっそ何も分からなくなってしまうほど溺れさせてくれたら良いのに。
多分わざとだろう、カーズさんはそうしてくれない。
恨みがましい気持ちになっていると、また、きれいな指先に痛いほど張り詰めていた陰核をゆっくりと撫でられ、びくっと腰が揺れた。

「ひぅうっ! ん、あっ、か、カーズさん、も、もう、」

気持ちいい。
でも、与えられる刺激は、達するほどは強くない。
痺れるようなもどかしい疼きがお腹の奥を中心に全身を襲って、じわりじわりと熱に浮かされて、正常な思考が出来なくなってしまう。
はやく、達してしまいたい、いつものように理性を飛ばさせてほしい、ずきずきと疼くナカを埋め尽くしてほしい。
全身を苛む痺れから助けてほしい、はやくこの昂りをどうにかしてほしい。
欲しくて欲しくてたまらない。
なのに。
わたしはまだ一度も達していない。

ゆるく結い上げられていたカーズさんの深紫色の髪が、一房、二房、わたしの顔にかかる。
一生懸命顔を上げ、その髪にふるえる指を絡ませて、こく、と喉を鳴らして唾液を飲み込んだ。
恥ずかしい気持ちを必死で堪える。
ひとつ、ふたつ、呼吸を繰り返す。
小さく、イカせてください、と、揺れる声で懇願した。
羞恥で、じわりと勝手に涙が浮かんだ。

そんなわたしを愉しそうに笑い飛ばして、カーズさんは撫でていたソコからあっけなく手を離す。
必死に縋るように見つめたカーズさんの瞳は、こんなときなのにふるえるほどきれいで、それでいて憎たらしいほどに愉しそうで。

「手酷くしてやると言っただろう?」
「ぅ、い、いじわる、いじわるぅっ……!」

強制的に快楽の沼に溺れさせるのはきっと簡単で、タガが外れて良くも悪くも素直になれるその感覚を、恥ずかしいけれどわたしも望んでいた。
でもそれは許されず、手酷くという言葉とはまるっきり裏腹に、焦れったいほど優しく、ゆっくりと追い詰められていく。
わたしの理性をしっかりと残させたまま。

全身を燻る焼けるような疼きに唇を噛み締めながら堪えていると、肩に顎を乗せられ、さっきからゆるゆると嬲っていた下腹部を覗き込まれた。
なにをするつもりなのかと無意識に強張ったわたしの太腿を撫で、カーズさんは耳の後ろにも口付けた。
次いでちくりと小さな痛み。
アトを付けられたのだと理解する。
意識がそちらに向けられていると、ふいに両手で、ぐ、と脚の付け根を割り開かれた。
熱くほころんでいたソコを、ぐぷ、と襲うお湯の感触に、わたしの意思とは関係なくがくがくっと腰がバウンドする。
一際大きく、ばしゃん、と水が跳ねた。
もう、やだ、恥ずかしい、少し動くだけで上がる水音と、わたしの甘ったるい喘ぎ声が耳に刺さって、浴室を埋め尽くす湯気のように頭に靄がかかる。

「やぁああぁっ、カーズさ、やだっ、それ、だめっ」

ぐぷぐぷとお湯を含ませながら、カーズさんのきれいな指が膣壁を擦り上げる。
あまりの感覚に大きく見開いた目からぼろっと涙がこぼれた。
その雫もお湯に混じって、すぐに分からなくなってしまう。

「あああぁっ、はあっ、は、カーズさ、カーズさぁんっ、あぁっ! 指がっ、あ、奥っ、そんな、ひ、広げちゃ、ぁ……! やあぁっ、ひ、あうぅっ」

狭い膣孔を広げるように、指を挿れてぐじゅぐじゅと掻き回される。
カーズさんの細くて長い指が、わたしのナカを抉るようになぞっているのを痛いほどに感じる。
体内を無理やり拓かれ広げられる感覚に、背中が弓なりに反った。
お湯のなかのことだから実際は聞こえることはないけれど、広げられているその狭い孔から音が聞こえてきそうなほどぐぷぐぷと指を飲み込んでいた。
行為自体はいつもと同じ。
なのに、いつもとは違う、肌に纏わりつくお湯の感覚にひどく頭が混乱している。
身体は熱く、茹だるような火照りが収まらない。
少し前まで悩んでいたお湯のぬるさなんて頭からきれいさっぱり消え去っていた。

「そう締め付けるな、まだ指しか挿入していないだろう、この後どうするつもりだ」
「ひぃ、んっあぅ、ごめ、なさ、ぁ、ごめんなさいっ、あ、あああぁっ」

締め付けるな、その言いつけを守りたいけれど、どうしてもナカはカーズさんの指をもっと奥に飲み込もうと、浅ましくきゅうきゅうと蠢いて止まらない。
きもち、いい、もっとこの幸せに沈んでいたい。
わたしの頭のなかにはそれしかなくて。
ごめんなさいと繰り返しながら、下品なくらいにばちゃばちゃとお湯を波打たせて、絶頂へと至った。
待ち望んだ喜悦と衝撃。
気持ちいい、ふわふわと浮かび上がるような錯覚に、溺れそうになる。
ごめんなさいと口走りながらも、もっともっととねだるようにゆるんだ笑みを浮かべていたなんて、意識が白んだわたしは気付いていなかった。

溺れると囁いた唇に噛み付いた
(2015.01.22)
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