ご主人様の許可なしに自慰など許されていないなまえは、気も狂わんばかりの欲求にじりじりと苛まれておりました。
は、は、と期待に浅くなる吐息が、ひっきりなしに漏れ出てしまいます。
床に這いつくばった服従の痴態のまま。

「可哀想に……そのままだと身体が冷えてしまいますね」

拘束具のせいで上体を起こすことも出来ずなまえが昴さまを見上げていると、彼はなまえの脇に手を入れ、ぐっと抱き上げました。
一見すると線の細い知的な雰囲気を纏った方だというのに、そのスーツの下はどうなっているのでしょうか――、決して軽くはない成人女性ひとりを容易に抱き上げ、昴さまは自らの上に乗せてしまいました。
彼の座る一人がけの豪奢なソファは、なまえの身を受けても軋みすらしません。
なまえは膝立ちの姿勢で、彼の両足を跨(また)がされます。
なまえの両膝の間に昴さまの下肢があるため、彼女は脚を閉じることが出来なくなってしまいました。

きっちりと品の良いスーツを着込んだ紳士と、それに跨る一糸纏わぬ娘。
燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光を受け、きらりと金属の拘束具が光ります。
上に乗っているのはなまえの方だというのに、主従関係は明確でした。
それはなんとも淫靡な光景で、もしもここに見る者がいたならば、あまりの猥褻さにきっと目を逸らしてしまったでしょう。

しかしいまの状況に対して羞恥を覚えることが出来るほど、もうなまえには理性は残されておりませんでした。
肉体の奥から狂おしいほどの渇望が渦巻き、はやくはやくと急かしていたのです。
抱き上げられた際、昴さまの香水でしょうか、彼に相応しい穏やかな香りがふわりと漂い、毒のようになまえの肉体を巡ります。
嗅いだ鼻腔から頭に痺れが走りました。
なまえは、はあ、と陶酔しきった溜め息を漏らします。

「ああ、膝が赤くなっていますね……痛くはありませんか?」
「は、はいっ、大丈夫です……」

彼の言う通り、なまえの膝は少し赤くなっておりました。
硬く冷たい板張りの床に跪(ひざまず)いていたためでしょう。
しかしいま膝立ちしているソファは程良いやわらかさで、痛みや辛さは全くありませんでした。

いいえ、そんなことよりも、――なまえのことを心配してくださるとは、なんと昴さまはお優しいのでしょう。
なまえは心底そう思いました。
獣にも劣る性奴隷として扱われることに慣れ切っているなまえは感涙すら浮かべ、うっとりと自分のご主人様を見つめます。

いい子、とその繊細な手で頭を優しく撫でられ、なまえの黒い瞳から堰を切ったように涙が溢れました。

「あ、あ、すばるさまぁ……」
「ふふ……このままだとあなたの水分がなくなってしまいそうだ」

全身にしっとりと汗が浮き、双眸からは涙を、口腔からは唾液を、――そして膣粘膜をたっぷりの蜜液で濡らすなまえの痴態をくすくすと笑うと、昴さまは彼女の首から垂れた鎖を引き寄せました。
首を引っ張られ、く、と顎が上がります。
端整な美貌が近付いてきたかと思うと――

「ん、あふっ……!」

なまえは婬奔な吐息を漏らしました。
ずっとずっと待ち望んできた肉体に与えられた刺激は、甘美な口付け。
涎の溢れかかっていた唇は、歓喜してそれを迎え入れました。

「ぁ、は、んんっ……」

濡れた舌を差し出され、浅ましくも自分から咥えにかかってしまいます。
床を舐めたばかりの口唇であるため、なまえは数瞬ばかり躊躇いましたが――ご主人様はちっとも忌避することなく、なまえの口腔をねっとりと嬲ります。
ますますなまえは瞳をとろかせました。
時折、昴さまのかけた眼鏡のフレームが頬に当たり、それにすら興奮がいや増すのです。

昴さまはわざとちゅくちゅくと音を立て、やわらかな舌と舌をぬるぬると絡ませます。
我が物顔で口腔を蹂躙するそれが大好物のお菓子でもあるかのように、なまえは嬉しそうに舌にしゃぶりつきました。

「ンふ、あ、っんく……ん、ん……」

息を奪われるような口付けに、なまえも夢中になって自ら彼の舌を貪っておりました。
こく、こく、と恥知らずに大きく喉を鳴らして、なまえは与えられた粘液を嚥下します。
ご主人様の唾液が、自らの食道を通って胃に落ちていくさまを想像しただけで、カッと腹の奥が熱くなる心地がしてしまいます。

「っ、は……ああ、口の中までとても熱いですね」
「あ、ぁふっ! ぁ、熱いんですっ、なまえ、からだじゅう、ンッ、う……!」
「そうですね、僕まで火傷してしまいそうだ……」

口腔を男の舌で埋められ、なまえがびくっ、びくっ、と汗みずくの背を波打たせました。
熱い舌が口内で暴れるたび、間接的に下腹の奥深いところをも舐(ねぶ)られているかのような錯覚に襲われているのです。

口蓋の奥、鼓膜や三半規管に近いところで、じゅるじゅる、ぐちゅぐちゅと下品な音がひっきりなしに鳴ります。
それは肉体の内で、聴覚から脳髄まで犯されるような悦楽でした。

「は、ぅ……んッ、んぅ……は、ぁん」

甘えた子猫のような鼻にかかった嬌声を漏らし、脳に近いところで感じる喜悦になまえは意識も遠のかんばかりでした。
剥き出しの乳房が荒い息と共にたぷんと揺れます。
彼女の吐息や汗の香りは、雄の劣情を否応なしに掻き立てる甘ったるさで辺りに漂っておりました。

脳髄を快楽神経のみに支配され、軽く絶頂に達してしまったかのように、なまえがぴくんぴくんと痙攣していると、――昴さまは、やはり思考や感情の読みにくい薄い微笑を浮かべ、ようやく口を離しました。
その唇は互いの唾液によってぬらぬらと濡れ光っています。
端整な美貌がそうして乱されていると、ひどくいかがわしい印象を与えました。

「おやおや、これは困ってしまいましたね」
「ぇ、あ……? ――ッ、ああっ……も、申し訳ございませんっ……!」

ちっとも困っていない声音で、昴さまが笑みまじりに囁きます。
脳ごと犯されるような淫らな口付けに耽溺していたなまえは、はじめ、なんのことか理解できませんでした。
ぼんやりとろけた瞳がゆらゆらとさまよっています。
昴さまの声に導かれるように下方へ視線を向け、それを目にした瞬間――濡れた双眸がぎょっと見開かれ、彼女は息を飲みました。

「あ、あ……」

なまえはかたかたとふるえます。
ぎゅっとてのひらを握り締め、胸元へ押し付けているせいで、やわらかな乳房がむにゅりと形を変えていました。

なんということでしょう、昴さまのお召しになっているスラックスが、ところどころ色を濃くしていたのです――なまえの淫らな体液によって。
膝立ちして彼の両足を跨いでいた姿勢のせいで、蜜壺から垂れた愛液が、卑猥な染みを作ってしまっていたのです。
品の良いグレージュ色のスラックスは、体液による汚れがひどく目立っていました。
いまもまた、粘性を帯びた淫汁が、ぽた、とそこへ落下します。

「お、お許しください、昴さまっ……!」

甘ったるい口淫に没頭していつの間にか止まっていた涙が再びこぼれ、なまえのまるい頬をはらはらと伝っていきます。
真っ赤な顔で、彼女は懺悔と謝罪を繰り返しました。
お優しいご主人様は、お薬を飲めた「ご褒美」だとなまえの身体に触れ、快楽に溺れるような口付けまでくださったというのに。
お召し物を汚してしまったはしたないなまえにお怒りになって、もう二度と触れてくれなくなってしまうかもしれません。
絶望と羞恥でなまえが悲嘆に暮れていると、優しい手付きで昴さまが伝う雫をぬぐってくださいました。

「ああ、構いませんよ……確か替えの服はありましたからね。――しかし、」

昴さまは片方の目を開き、じっとなまえの双眸を射抜きます。
白い目蓋の下から現れたのは、総毛立つほど美しいグリーンの瞳でした。

「――お仕置きは必要ですよね?」

思わず、はあっ、と恍惚の溜め息が、なまえの唇から落ちました。
ぞくぞくっと全身を駆け抜けた鮮烈な愉悦。
ふしだらな彼女はしとどに濡れた身体をもてあましながら身悶えました。

「は、はい…… はしたないなまえを、どうか、罰してください、昴さま……」

「お仕置き」の内容を想像して、なまえは陶然と微笑み、罰をねだります。
嗅覚を塗り潰すかのようななまえの淫香が、部屋に充満しておりました。


(2018.12.01)
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