「ようこそお越しくださいました。なまえをお見初めくださいまして、ありがとうございます」

手枷を首輪に繋がれたまま、なまえは恭しくこうべを垂れてお客様にご挨拶いたします。
展示の「お部屋」でなまえをお選びになったのは、この館へいらっしゃるのは初めて、というお客様でした。

「沖矢昴」と名乗ったお客様は、眼鏡をかけた知的な雰囲気のお方でした。
一人掛けのソファへゆったりと腰かけ、挨拶をするなまえを眺めていらっしゃいます。
ハイネックのシャツに品の良いスーツ、バーントアンバー色の革靴をお召しでした。
落ち着いた容貌によるものでしょうか、細められた目元のためでしょうか、年齢のほどは推察するのが難しそうです。

「はじめまして。お会い出来て光栄ですよ、なまえさん」

お客様は――なまえのご主人様は、そつのない所作で紅茶を一口啜り、カップを置きました。
陶器の触れ合う、控え目な音がかちりと鳴りました。

僕のことは昴と呼んでくださいね、と彼は柔和な表情で呟きました。
形の良い唇からはうっとりするような甘いテノールが響き、声音や口調はとても穏やかなものです。
ご主人様にそうして接せられることなどあまりないなまえは、恐縮して曖昧な笑みを浮かべました。

「こちらこそ……昴さま」
「ああ、良いですね。あなたの可憐な声で呼ばれると、聞き慣れた自分の名前も清新に聞こえます」
「そんな……勿体ないお言葉です」

場所が場所ならば、和やかなティーサロンでの会話のようです。
しかし一方はきっちりとした上等のスーツを着た紳士、そしてもう一方は首輪と手錠で拘束された娘、――その場の状況の異常さに頓着する者は、ここにはおりませんでしたが。

続く牧歌的な会話に、なまえは愛らしく頬を染めて応対しておりました。
会話の合間、ちらと窺えば、昴さまのお手元のティーカップはもう底を見せています。
なんということでしょう、いつものなまえならばごく自然と気付き、おかわりを差し上げるというのに。
それほど会話は弾んでおりました。
ティーポットからおかわりをお注ぎするため、彼女が申し出ようとしたときのことです。
やはり世間話の延長線とでもいわんばかりの穏やかさで、昴さまが微笑みました。

「では、なまえさん。脱いでください」
「えっ……」
「脱いでくださいとお願いしたんです。出来ますね?」

やはりやわらかな声音のまま、昴さまが二度目のご命令をくださいます。
ご主人様に同じ言葉を繰り返させてしまうなどあるまじきこと。
しかしその端正に整ったご容貌や口調のためでしょうか、咄嗟になまえはお言葉を理解するのに一拍遅れ、次いで肩をふるわせました。

「ああ、その手では大変でしょう。お手伝いしますね」
「えっ、あ、お客様っ……」
「意地悪ですねえ、昴と呼んでくださいとお願いしたでしょう?」
「も、申し訳ございません、しかし、昴さまっ、あっ……!」

彼が座するのに相応しい、精緻な意匠が施されたなソファから立ち上がったかと思えば、昴さまはなまえの身に手を伸ばしました。
強引さはあれど、しかし指先からはいやらしさやなまえを貶める意図は一切感じられません。
蹂躙されることに慣れたなまえが、思わず困惑してしまうほど。

しかし服の上から、あっという間に背中のホックをぷつりと外されてしまいました。
ホルターネックのワンピースに合わせ、ブラジャーは肩紐のないデザインのものを身に着けておりました。
ストラップレスのブラは、ホックを外せば簡単に脱げてしまいます。
昴さまは、大きく開いた背中側から、それをするりと抜いてしまいました。

「おや、可愛らしい下着ですね」
「っ……」

服に合わせた純白のブラを持ち、にっこりと昴さまはなまえを見下ろします。
レースの飾りが繊細なそれは、心もとないなまえの気持ちのように、ゆらゆらと揺れています。

「さ、下も脱いでしまいましょうね」

幼い子供に言い聞かせるような丁寧な口調すら、いまのなまえにとっては羞恥を煽る要因にしかなりません。
小さくふるえる彼女を愉快そうに見やりつつ、昴さまはなまえの前に跪(ひざまず)きました。
ご主人様を見下ろすような体勢になり、なまえは慌てます。
しかし昴さまは有無を言わさず――抵抗できないほどどこまでも穏やかに――、ワンピースの裾の中へ手を突っ込みました。

「ホォー……紐ですか」
「う、ぁ……っ、はい……」

もし両の手が自由だったなら、きっと顔を覆っていたに違いありません。
なまえの意思とは関係なく、熱く火照って仕方のない顔を隠すために。
いくら肉体が浅ましく快楽を求めてしまうように躾けられているといえども、理性や羞恥心はしっかりと彼女のなかに根付いているのです。

昴さまは裾を捲り上げるのではなく、スカートに手を入れて下着を脱がせようとなさいました。
下腹部に手を伸ばしたところ、それに触れて形状に気付いたようです。
ショーツは腰の両サイドで結ぶタイプのものでした。
色はブラジャーと揃いの純白です。
昴さまが両側の紐を引っ張れば、羞恥に苛(さいな)まれるなまえの心とは裏腹に、呆気ないほど簡単に床へ落下してしまいました。
そのクロッチ部分が湿っていることは、わざわざ指摘されずともなまえには分かり切っておりました。
――勿論、昴さまにも。

「あっ……」

ショーツの紐をほどく途中、昴さまの指先が、するりとなまえの肌を引っ掻きました。
思わず彼女は声を漏らしてしまいます。
引っ掻いたといっても、それは触れるかどうかのごく些細なもの。
常ならば気にも留めない程度の触れ方でした。
――しかし館の者によって時間をかけて仕込まれ、そして日々食事と共に催淫剤まで投与されているなまえの肉体は、その刺激だけでゾクゾクと肌を粟立たせてしまいます。

腰の奥が、ぎゅう、となにかを求めて収斂する心地がいたしました。
しかしそのことを告白することはなまえには出来ませんでした。
昴さまは「服を脱ぐこと」だけをお命じになったのです。
たったそれだけのことで、喜悦を感じ、あらぬところを濡らし、ヒクつかせているなどとは、到底口に出来るはずもありませんでした。

羞恥によって潤んだ瞳をなやましげに細めつつ、なまえは、ご主人様が下着たちを投げやるのを諾々と受け入れるしかありません。
そんな彼女に、昴さまがやはりやわらかく、いっそ薄ら寒いものを感じるほどに穏やかに微笑みます。

「さて、僕のお手伝いはここまです」

後は自分で出来ますね、と慇懃に囁いたさまは、まるで教師が生徒に言い含めるのに似ていました。
それほど声音は落ち着いていて、献身的でさえありました。
しかし浮かぶのは、相手が逆らうことを許さぬ笑みです。
感情の窺えぬ薄い目が、じっとなまえを見つめます。
彼のお言葉は絶対的な響きを持っておりました。

傍目には、なまえの姿は数分前となんら変わっていないように見えるでしょう。
しかしなまえが身に着けているものは、文字通り、白いワンピースと首輪、手枷のみになってしまいました。

なまえが立ち尽くしていると、昴さまは先程まで腰かけていた豪奢なソファへ、またお戻りになってしまいました。
ゆったりとその長い脚を組み、頬杖をついてなまえをご覧になっています。
身の置きどころがない思いでなまえは彼を見つめました。
とくとくと心臓が逸(はや)ります。

しかしご主人様がくださるご命令は絶対なのです。
拒否することなどありえません。

拘束された両手を、祈るようになまえは組んで握り締めます。
白々しく昴さまが首を傾げました。

「なまえさん? どうしましたか」
「い、いえ……なんでもございません……」

なまえは真っ赤な顔で、窓の横で立ち尽くしておりました。
己れのあまりの淫蕩さに、目眩がしていたからです。
ああ、いまや、白いワンピース越しに――まだ一度も触れられていないのに、刺激らしい刺激すら与えられていないというのに――つんと頭をもたげているものがありました。
充血し、ぷっくりと勃起してしまった乳頭です。
既に赤く色付き、触れられるのを待ち侘びているかのようにつんと尖っておりました。
じんじん痛みすら覚えるほど張りつめたそこは、淫らに白い布を押し上げています。
きっとこれだけ離れていても、昴さまにはようく見えていることでしょう。

泣き出したいような心地で、しかし健気にもなまえは唇を、きゅ、と噛み締めました。
拘束されたままの両手を、ゆっくりと首元へ伸ばします。
ふるえる手で首の後ろの結び目を握り、引っ張ると――やわらかく上質な布は、するりと彼女の肌を滑り落ちました。

「っ……」

憎らしいほど軽やかな音を立て、ぱさり、とワンピースが落ちなまえの肉体を露わにします。
無遠慮な視線が肌を這う感覚がいたしました。
とうとう、白日の下になまえの肉体が晒されてしまいました。

羞恥で顔から火が出そうです。
伏せたなまえの睫毛が細かく揺れています。

「おや、誰が隠して良いと言いましたか」
「……も、申しわけ、ございませんっ……」

ぴしゃりと窘められます。
頬だけではなく耳元や首まで紅潮させたなまえは、叱られた子供のように涙ぐみました。
言い付け通り、胸元を隠すように上げていた腕を下ろし、ぴたりと閉じていた両脚をそろそろと開きます。
緊張で太腿の内側がひくりと引き攣りました。
とっくに濡れそぼっていた秘裂を、すう、と空気が撫でる感触がして、なまえはますます涙で潤んだ瞳を細めました。

――大きく取られた窓からは、館を囲む花々がよく見えます。
開放的な窓から穏やかな陽光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、首輪と手枷のみ施されたなまえの従順な肢体を明々と照らしております。
それは、いっそなにも身に着けない全裸の方が、余程マシに思えるほど淫靡な光景でした。

「ああ、きれいな身体ですね……とても雄の精を啜る淫婦には見えませんよ」
「ふ、ぁっ……」

昴さまのお言葉に鞭打たれたように、なまえはびくっと背筋をふるわせました。
唇からはひっきりなしに浅い息が。
瑞々しい肌がほんのりと上気しているさまは、得も言われぬ美しさ、そして生々しい奸濫(かんらん)さに満ちております。
どこか酷薄な色を滲ませて、感情や思考の読めぬ細めた微笑のまま、昴さまはなまえのしどけなく淫らな姿を鑑賞していらっしゃいました。

見ている。
見られている。
視線にも熱があるのだと、目を閉じたまま、なまえは理解いたしました。
なまえの紅潮した顔や首筋、鎖骨から肩にかけて、粟立った腕や手指、たぷんと弾む乳房、恥ずかしげに揺らめく腰、秘められた薄い叢、艶かしい曲線を描く臀部や太腿――太陽に照らされた生白い肢体に、這うように視線が絡みついています。
視線によって、肌をねっとりと擽(くすぐ)られている心地さえいたしました。
緊張のあまり、かたかたと膝が揺れます。
なまえは硬く目をつむり、耐えがたい羞恥にうちふるえておりました。

「は、あ……」

思わず熱っぽい溜め息を漏らします。
相変わらず腹の奥底がきゅうっと引き攣れるような、狂おしいほど熱い疼きに苛(さいな)まれておりました。
ぞくぞくっと足の爪先からなにかが駆け上がってくる感覚に襲われ、微かに膝が揺れるのをなまえは堪えきれませんでした。


(2018.11.18)
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