さて、「お部屋」へ向かいましょう。
深紅の絨毯が敷かれた廊下を、バーボンの後ろに続きなまえもしずしずと進みます。

廊下に沿って大きく取られた窓からは暖かな陽光が入り込み、上等な絨毯にふたりの影をやわらかく形づくっておりました。
前を歩くバーボンのシャンパンゴールドの髪が、陽射しを受けてきらきらと美しく輝いています。
歩くたびさらりと揺れる金糸になまえは見惚れ、次いで、眩しげに空を見上げました。
花園の向こう、青い空には雲がひとつふたつ浮かぶばかりで、今日も心地よい晴天のようです。

そうして注意散漫にぼんやり歩いていたなまえが悪いのでしょうか――突然のことでした。
唐突に、なまえはぐっと腕を引っ張られたのです。
声を上げる間もなく、物陰に連れ込まれてしまいました。
そこはいまは使われていない部屋のひとつでした。
カーテンが閉められているため薄暗く、少々埃っぽい空気に満ちていましたが、こんなところにも微かに薔薇が香っています。

「っ、あっ」
「久しぶりだね、なまえ、」

なまえが目を白黒させていると、男の体に強く抱きすくめられました。
以前、幾度かお遊びいただいたことのあるお客様です。
無理に彼女の顔を上げさせ、無礼にも口付けようとしてきます。

「会いたかったよ、最近僕が会いに来られなくて寂しがっていなかったかな」
「お、おやめください、お客様っ」

なまえたち「商品」は「お部屋」で展示され、お客様に選んでいただかなければなりません。
その後、館の者と諸般の手続きを済ませ、ようやく直接お会い出来るのです。
このような暴挙は到底許されることではありません。
そもそも屋敷の東側のこの近辺は、館の者しか入れぬ場所だというのにどこから忍び込んできたのでしょう。

客としての領分を逸脱したこの男が原因とはいえ、折檻されてしまったらどうしようと、なまえは目眩がいたしました。
「お仕置き」は過酷なのです。
恐怖でなまえは目を潤ませました。
焦って身をよじるものの、しかし両の手首は拘束され、手枷は首輪と繋がっているのです。
間の鎖は短く、腕を伸ばして男の体を突っぱねることすら出来ません。

そんななまえの懸命な、とはいえささやかな抵抗など全く意に介さず、男は熱っぽく彼女の名前を呼び、身体をまさぐってきます。
誘うように開かれたなまえの淡い桃色の唇を、指先でねろりとなぞりました。
くずれそうなほど柔らかなそれは、無遠慮な男の指先を従順に受けとめました。
男はぐっと腰を強く抱き寄せたまま、熱に浮かされたようになまえ、なまえ、と繰り返しています。

男の性急な手がワンピースの裾を捲り上げ、――薄暗い部屋で淡く光るように美しく白い太股が、男の目に晒されてしまいました。
既に熱く猛っているソレを、服越しにぐっと腹へ押し付けられ、その硬さになまえは手指をわななかせました。
男の手が肌をなぞるだけで、彼女はうっとりと目をとろけさせます。

「なまえ、」
「っ、あ……」

小さな、けれどはっきりと甘さを孕んだ嬌声をこぼすなまえ。
知らず知らずのうちに、は、は、と息が上がっています。
男はゾクリと背筋を何かが駆け抜けるのを感じ、喉をごくりと上下させました。
無遠慮な手が、彼女の首の後ろ、ホルターネックの結び目に伸びたところで――

「まったく……これから仕事だというのに、あなたは何をしているんですか」
「ば、バーボン……」

冷淡さを音にしたような、鋭利な声色が降ってきました。
潤んだ瞳でなまえが見上げると、冷やかな青い虹彩とぶつかりました。
いつものようにうっすらと微笑を浮かべてはいますが、バーボンの双眸はどこまでも冴え冴えと光っています。
なまえがぎくりと身を強張らせていると、同時に、男が憎々しげに顔を歪めました。

「……君は"お世話係"か」
「ええ。これから"商品"を展示するところでしてね」

お遊びは「商品」を選んでからお願いいたします、と慇懃無礼に冷笑しているバーボンの後ろには、いつの間にか警備の者が二名、控えておりました。
黒いスーツにグレーのシャツが彼らの制服です。
威圧感を与える警備の者たちに怯んだのか、男はようやくなまえの体を離しました。

「さあ、行きますよ」
「っ、う……」

すぐにバーボンに首輪と手枷を繋ぐ鎖を引っ張られ、なまえは部屋から出されました。
息苦しさになまえが咳き込むものの、彼はちっとも頓着してくれません。
ふたりの背後でガチャリと重たいドアの施錠音が響き渡りました。
残された男がどうなるのか、それはなまえには預かり知らぬことでした。
つんのめるようにして、深紅の廊下をまたふたりで歩きます。

「ば、バーボン……ごめんなさい」
「それは何に対しての謝罪ですか? "お仕置き"から逃げたいだけなら、無駄な言葉は慎んだらどうです」
「ち、違うの、そうじゃなくて……」
「まあ、良いでしょう。あなたは優秀ですねえ、その調子でせいぜい誑かしてください」
「っ……」

嘲りの言葉も、それが彼の吐いたものだと思うと、終ぞ嫌な思いは出来ませんでした。

厳粛な面持ちの、暗い飴色の扉の前に立ちます。
少々乱れていた髪や衣服はバーボンによって完璧に直されました。
バーボンは、緊張した面持ちのなまえの愛らしさに目を細め、扉に手をかけます。

「さ、今日も頑張ってくださいね」

耳朶をくすぐる、バーボンの甘やかな声音。
堪えられないとばかりになまえは、はあ、とあえかに息をこぼしました。


(2018.11.16)
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