「……なまえ、腹が減った」
「……。……へえ、そうなんですかー、それは困りましたねえ」

バッと立ち上がろうとしたら、ガッと肩と腰を捕まれた。
はい、万事休す。
早々に詰んだ。
わたしがなにをしたっていうんだ神様。

いつものように図書館で借りてきた本をDIOさんとふたりで読んでいただけなのに。
どうしてこうなってしまうのかと、わたしを後ろから抱き抱えているDIOさんのきれいな顔を振り向いて睨みつけた。
わたしが借りてきたその本は、まだ3分の2くらい未読のページを残しているというのに。
もう飽きてしまったのかと、睨まれても涼しい顔を崩さずに人の腰を撫でる指を掴んで抗議した。

「もー! まだこの本、読み終わってないじゃないですか! 待って!」
「ならば読み終えた後なら良いのか」
「嫌です」
「……」

肩と腰を掴んでいた腕を容赦なく引き、今まで収まっていた腕の中へ、はい、あっけなく逆戻り。
先程までの後ろから抱えられていた体勢とは反対向き、対面で顔を合わせるように引っ張られ、腕の中に閉じ込められてしまう。
腕力で敵うはずもないのだから、せめてもの抵抗にぷいと顔を背ければ、反抗的な態度のわたしを咎めるように名前を呼ばれた。
誰が好き好んで貧血になりたがるというのか。
……わたしは悪くない、うん。

自分の思う通りに物事は全て進む訳じゃないんですよと当たり前のことを諭してあげたいところだけれど、ただ残念ながら、言って簡単に聞いてくれるひとではないことは自明のこと。
抵抗してもどうせ逃げ切れず捕まってしまうのは、経験的によーく知っている。
そして何より、睨みつけていたわたしが諦めて溜め息をつきつつ力を抜くのを嬉しそうに笑んで目を細められてしまえば、仕方ないなあと絆されてしまうのもまた、仕様のないことなのだと思う。
そこら辺にいくらでもいるような平々凡々なただの人間のわたしに対して、執着しているのを全く隠さない、飴色に似た琥珀の瞳。
そんな目を向けられてしまえば、容易く頑なな心もほどけてしまうというものだ。
特別わたしが流されやすいということでは、ない、はず。
……たぶん。
そんな特別な能力も何もない至って凡庸なわたしが、古今東西女性を篭絡するのに長けると相場の決まっている吸血鬼に抗うすべを持つ訳もなく。

一緒に読んでいた本を遠くへ追いやられて、上機嫌に弧を描いた唇が落ちてきた。
戯れのように、ちゅ、ちゅ、といっそ可愛らしいくらいのリップ音を立てて唇を重ねられる。

「……ん、ん、……っ、」

触れるだけの口付けを繰り返し、最後に下唇をやわらかく唇ではさまれて、舌先でなぞられる。
戸惑うほど優しいそれに、ゆらゆらと瞳が揺れるのが分かった。

繰り返されるキスの合間に、は、と息をつけば、その吐息すら飲み込もうとするかのように、今度は強く深く口付けられる。
強引に舌を吸われ、ぬるぬると擦り上げられ、全身に甘い痺れが走って力が抜けていく。
DIOさんの脚を跨いで膝立ちしていたわたしは、執拗に与えられるキスにくらくらしてしまう。
いつの間にかずるずると腿の上に座り込んでしまっていた。
ぐっと力強く腰を引き寄せられ、ますます深く舌を絡ませあう。
喉奥まで舌を押し込まれ、唾液を流し込まれる。
苦しい、と思う前にそれよりも、とろん、と、はしたなく目が潤むのが分かった。
わたしの好きなその行為。
ただのキスがこんなに気持ちよくて、幸せになれるなんて。
唇を重ねて舌を絡めるだけなのに、どうしてこんなに気持ちよくなっちゃうんだろう。
気付けばねだるように、こくこくと喉を鳴らして嚥下していた。
自分の浅ましい醜態に羞恥を覚える暇もなく、与えられるどうしようもない心地よさに抗えずに溺れていく。
懸命に呼吸をするけれど、それすらも許してくれないほど絡められ、吸われ、くすぐられる。
あたまが、溶けそう。

「っ、んんぅ、ふ……はあっ、は、」

ようやく離された唇はわたしたちの唾液でぬらりと光っていて、それを舌先で拭うDIOさんの仕草に目を奪われた。
心臓が早鐘のように打つ。
わたしばかり翻弄されている。
それが悔しくて、恥ずかしくて、睫毛を伏せた。

まるで締め上げるように強く抱きすくめてわたしの首元に顔をうずめたDIOさんは、上機嫌にうすく微笑む。
首筋に当たる吐息にすら、ぴく、と肩が揺れてしまった。
血の流れている太い線を唇の先でゆっくりとなぞられ、甘噛みされる。
まるで淫らなことを彷彿とさせるような、行為。
ゾクゾクと背筋を駆け上がってくる衝動を感じた。
それと同時に、お腹の奥がぎゅっと重たくなるような心地がして、泣きたくなってしまう。
わたしのそんな浅ましい昂りなんかDIOさんはとうにお見通しなんだろう、ぐ、と更に腰を強く抱かれ、鎖骨の少し上、どくどくと血の流れるそこに鋭い牙が突き立てられた。
――意識が、白む。

「いっ……! う、あ、……ひっ、」
「は、っ、なまえ、」
「ぅ、……DIOさ、あ、痛っ、ぅく」
「なまえ、なまえ、っは、お前の血は本当に美味いな、っ、」

肌を破り、僅かに裂く音。
聴覚に程近いところで発されたその音は、容易く少女の体を強張らせた。
あやすように舌でくすぐり更に深く貫けば、なまえは痛みに顔を歪めながら、首元にうずめられた頭を掻き抱く。
ゴールデンブロンドに輝く髪をくしゃりと乱されるその感覚すら愛おしく、DIOは噎せ返るような血の香りにどくりと突き上げるような高揚を覚えた。
濃密な蜜のように甘い血液。
舌、口腔、喉を通るそれに、無意識に息が上がった。
彼女の負担になり過ぎぬようセーブしようとする意思すらも朧気に霞んでしまいそうになる甘露を、思うがままに飲み干してしまいたいという欲求、衝動に襲われる。

冷たい肉体の隅々まで熱がまわる感覚。
噎せ返るような馥郁たる芳香。
嚥下するたびに性的快楽に似た陶酔が全身を駆け巡り、DIOは熱く爛れた息を吐いた。

じゅる、と溢れた血を啜る音と、少女が必死に繰り返す細い呼吸の音すら、彼を煽る要素になった。
無防備に差し出された白い喉は、雄を誘うようにふるえ続けている。

「は、あ……DIO、さん、……やっ、ぁ、」

彼の頭を強く抱き込むようにしてその痛みに耐えていたなまえが、涙の滲んだふるえる声で名を呼んだ。
その途端、度数の高い酒を一気にあおった時のような、体中をカッと熱くする酩酊感に襲われる。
知らず知らずのうちにDIOの形良い口の端が上がっていた。

熱に浮かされたように繰り返し己れの名を呼ぶ唇。
常ならばそれを指摘して少女を言葉で嬲り、羞恥を煽るよう追い詰めるため饒舌に動く彼の口は、口腔や鼻腔を満たす血の香りに余裕をなくして、代わりとばかりに噛み付くように唇を塞いだ。

「んんっ……! ふ、んぅ、っ、DIOさ、ん、っ」
「っ、なまえ、」

まるで行為の最中のような潤んだ瞳、濡れた唇、紅潮した頬、か細く揺れる肢体、そして極めつけは噎せ返りそうなほど濃密な血の香り。
そうなるのは必然のこと、しっかりと躾けられたなまえは、服の下を這う冷たい手に抵抗なく従順に反応を示した。

きちんと脱ぐ余裕もなく、乱雑にシャツを捲り上げられただけの状態で、期待に色付き淫らに熟れた乳房を揉みしだかれる。
たわわに実った乳肉は、DIOの大きな手の中でやわらかく形を変えた。
ハリのある白い肌に指が埋もれ、むにゅむにゅと彼の手に甘美な感触を与える。
下腹の奥から痺れるような恍惚が昇り、なまえは湿った熱い息を繰り返した。

ずきずきと熱を発する首筋の痛みに霞む視界のなか、身悶えながらなまえは甘ったるい声をこぼす。
いつの間にか少女が無意識に擦り合わせていた太腿の間、DIOがいつものように慣れた手付きで指を差し挿れると、ソコからくちゅりと水音がはっきり響いた。

「っふふ、なまえ、まさかお前が血を吸われてこれほど興奮する淫乱な女だったとはな」
「うぁ、っん、ちが、違うの、DIOさ、DIOさんっ、だ、だめ、あぅ……」
「何が違う、いつものように泣いておれを求めろ」

指に絡む蜜液に、女の香りがますます濃く匂い立つ。
汗の浮かぶ首筋に顔をうずめ、未だ滲む血液をじゅるじゅると舐め取り嚥下すれば、悦楽に塗れた甲高い嬌声がなまえの喉をふるわせた。
抱きすくめられたまま粘性の水音を立てて淫唇を割り開かれ、なまえの下肢がわななく。
しとどに蜜を溢れさせる膣粘膜をぐちゅぐちゅと掻き回され、首元に牙を突き立てられたまま、なまえはかろうじてほんの少しだけ残されていた理性がゆるゆる崩れ落ちるのを頭の片隅でぼんやりと覚えていた。
余裕なく求めあい、殆ど脱いですらいない衣服のせいで動きが制限される。
それすらももどかしく感じられて少女はふるりと身悶えた。

普段は高みから余裕を持って眺めるような支配的なDIOの瞳が、その余裕を捨て、息を荒げながらなまえだけをただ求める色に染まり塗り潰されていく。
体を重ねるときにだけ見ることの出来るその瞳が、なまえにはひどく嬉しい。
その目を見ているだけで、ぞくぞくと背筋をふるわせてしまうほどに煽られてしまう。
独占欲に似たその喜びは、向けられる彼女だけに許された、秘め事。
肌を裂かれる痛苦に顔を歪めながら、少女は自らを貪ろうと昂りのままに動く吸血鬼を見て、幸せに潤む笑みをうっすら浮かべた。

鋭利な牙を突き立てられたまま、長く優美な指で蜜壁をなぞられ暴かれる。
淑やかな膝丈のスカートの下、淫らにぬかるむ隘路は興奮のまま、きゅうきゅうと収斂している。

「っ、あぁふ、うああぁんっ……やぁっ、ぅあ、きもち、いいっ……! DIOさん、もっと、もっとぉ……!」

感じる刺激、これは痛みなのか、快楽なのか。
ともすれば、その境すら混濁してしまう。
血を吸われながらという常人離れした疼痛と愉悦を、なまえは代わる代わる強制的に与えられ続けた。
血液を啜るじゅる、と熱のこもった水音が響くたび、膣口は物欲しげに締め付けをひどくする。
まるで痛みすら興奮を掻き立てる材料のひとつであるかのように。

なまえは涙に咽びつつ、首元にうずめられた頭を縋るように強く抱き締めた。

ブローディアの蜜
(2015.01.12)
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