(※20000hit企画ピトーさまリクエストの「秘する病みを花と呼べるか」の続きで、「もし夢主洗脳済み、闇堕ちしてしまったら」というifです。先にそちらをご覧になってからお読みください)
(※ifです! 大事なことなのでry)

(※欠損注意)




「あっ、吉良さん、忘れものですよ」

朝、いつものように玄関で靴を履いていた吉良さんに駆け寄り、きれいにアイロンのかけられたハンカチを手渡した。
そのまま伸ばした手を引かれ、ありがとうと指に口付けられる。
そんな気障ったらしい行為も、吉良さんにかかればお手のものだ。
指を這う舌先のくすぐったさに、くすくすと笑みがこぼれる。

「良い子にしているんだよ、なまえ」
「はい、勿論です」

従順にそう言えば、満足そうに吉良さんの形良い口角が上がり、その背後にキラークイーンが現れる。
今日もキュートだなあと口元がゆるみつつ、わたしも自分のスタンドを見上げた。

みんなが何を考えているか、わたしに何をしたいのか。
いつのことだっけ、それらを聞いて理解したそのとき、怖いと微かに思ってしまった。
だけどそれはほんの一瞬のことで、そんなことよりもそれだけわたしのことを思っていてくれたなんて、と嬉しく思ってしまう気持ちが大きすぎたわたしは、多分もう手遅れだったのだろう。
その次の瞬間、初めて現れた「わたしのスタンド」はそんな浅ましいわたしの性根をとてもよく体現していた。

「……あなたも、キラークイーンみたいに可愛げがあったら良かったのに」

ね? と苦笑しながら、わたしのスタンド――「デュレス・マリア」を見つめる。
喪服のような白い服に、全身を覆う黒ずんだ鈍色の鎖。
頭部にもびっしりと巻かれた鎖のせいで、その下に目や口があるのかさえもわたしは知らない。
がんじがらめに拘束された四肢を不気味にふるわせて、マリアはわたしにそっと寄り添った。

「もう、拗ねないでよう。あなたのこと嫌いだなんて言ってないでしょ?」

苦笑しながら、慰めるようにその鎖を指先でなぞった。

「なまえ」
「はい、吉良さん」

わたしとマリアのやりとりを微笑ましげに見ていた吉良さんが囁く。
そろそろ家を出なければならない時間だ。
それに気付いて、いつものように従順に両手を差し出す。
吉良さんはうっとりした表情でわたしの両手を握り締めた。
――その、瞬間。

焼けるような、というか文字通り焼け爛れた腕が恐ろしく熱く痛んだ。
肘から10cmくらいだろうか、切断された断面からはぼたぼたと醜く血が吹き出した。
それすらもキラークイーンが焼き消して、デュレス・マリアが痛みを麻痺させる。
腕の先にまるで心臓があるようにどくどくと断面がひどく疼き、悲鳴を堪えるために強く強く噛み締めていた奥歯がギリッと音を立てた。
ザザッと砂嵐のように視界が霞む。
血の気が引いてぐらりと揺れる体は恍惚に微笑む吉良さんに抱きとめられる。
半分吸血鬼となったわたしでもやっぱり痛みは言葉に出来ないほどで、もしマリアの「痛覚を麻痺させる」能力がなかったら、毎日繰り返されるこの行為にとっくに発狂していたかもしれないと毎回思っている。

「なまえ、大丈夫かい」

不安げに顔を覗き込んできた吉良さんに、一生懸命笑みを浮かべた。
痛みは感じなくさせたとはいえ、突発的に両腕を切断されたことによるショックで肉体が軋んでいるようだった。

「っは、はあっ、ふ……だ、大丈夫です、だからそんなに心配そうにしないでください……わたしは、吉良さんのお役にたてて、うれしいです。この腕じゃ、着替えもできないですし、ドアも開けられません。っ、ちゃんとここで、いい子にしてますから、はやく、かえってきて、くださいね……」

定まらない震える声で懸命に囁けば、とても満足そうに頭を撫でられた。
わたしを甘やかすような優しい笑みに、きゅうと胸が締め付けられるほどの多幸感を覚える。
最後に涙の滲んでいた目尻に小さく口付けられ、上機嫌に扉を開けた吉良さんに、行ってらっしゃいと笑みを返した。

「……あ、カーズさんもおはようございます」

いつものように吉良さんをお見送りすると、これまたいつものようにカーズさんが後ろから抱き着いてきた。
いつの間にか滲んでいたらしい首筋の脂汗をべろりと舐め上げられ、脚がふるえた。
血を失いすぎてしっかり立つことも出来ないわたしを軽々と抱き上げたカーズさんは、さすが半分吸血鬼と言うべきか、もう傷の塞がりはじめているわたしの腕の断面をじゅくりと舐めた。

「んっ、ひ、あぅ……ふふ、まだたべちゃダメですよ、ごはんが先です。このままいつもみたいに食べられちゃったら、わたし死んじゃいます、っ」
「だから完全な吸血鬼にしてやろうと言っているのだ。痛みも酷いだろう」
「っ、はあっ、うぅん……でも、そうしたらお昼のあいだ、こうして……一緒にいられなくなっちゃいますよ?」

ふむ、と考え込んでしまったカーズさんに苦笑する。
抱き上げられた体勢のまま、あやすように惜しげもなく晒された胸板に頬を寄せると、じっとりと脂汗の滲んでいた額に軽く口付けられた。
カーズさんのことだ、もしかしたら太陽を浴びても大丈夫な吸血鬼になる方法でもそのうち作り出してしまうかもしれない。
半分吸血鬼の体はなんとも都合の良いことに、外に出ることは難しいものの、日中屋内にいる際の日光程度なら問題なく活動できた。

「おはようございます、なまえさん」
「おはよう、ドッピオくん」

ぐったりとカーズさんに抱き上げられたまま部屋に戻ると、なくなってしまったわたしの腕の断面を眺めて、ドッピオくんが幸せそうに微笑んだ。
今日もお世話になりますと言うと、ドッピオくんはとろけるような笑みを浮かべ、喜んで、と囁いてくれた。
ふふ、と笑みがこぼれる。
ああ、しあわせだなあって。

「どうした、なまえ?」
「ふふ、いいえ、なんでもないですよ、カーズさん」

くすくすと独りで笑っているわたしを不思議そうに首を傾げて見つめるカーズさんの目には、うっとりと微笑むわたし自身が映っていた。
カーズさんの瞳に映るわたしの目は、みんなと同じように泥のようにどろりと濁ってのたうっている。
みんなと全く同じそれがひどく嬉しくて幸せで、自然と口元がほころんだ。

腹の底に沸く仄暗い感情、ぬかるんだ泥濘にゆっくりと沈み込んでいくような幸福。
ふふ、と笑い続けながら、爛れた息をうっとり吐き出して、暗く澱んだ瞳をそっと閉じた。

果てに花は歪んだ
(2014.12.27)
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