(※つみより注記:こちらは「インスリン」てけさまより賜りました。ありがとうございます!)




あなたとずっとどこまでも

きっかけはジョセフの一言だった。

「‥‥あ〜、セックスしたいなァ。」

がしゃん、

「うわ!?」
「あ、」

は、と自分の手からスプーンが落ちたのに気づき慌てて取り上げようとすれば、ジョセフの大きな手が先にいく。

「駄目だあってば、お腹押さえちゃ。ね?」
「う、うん。ごめん、ありがと、う。」
「いーのよン。待ってて、洗ってくるから。」

私を起こして椅子に座らせ、自分は流し台に向かうジョセフの背中を見て、じわりと滲む涙を慌てて扇いだ。
セックス、したいんだってさ、ねえ?
それってつまり、でも、やっぱり、そういうこと、なのかな。

「はい、どーぞ。どうかしたの?急にがばって、意識飛んじゃってたみたいにみえましたよォ?あっ、もしかして変な味した!?」
「いや!とっても美味しいよ。ジョセフちゃん、また腕上げたでしょう、すごいね。」

ぽぽぽぽっとジョセフの顔に朱が混じる。

「ほんとォ〜!?やだ、俺すっげえ嬉しい。」

照れて頭を掻きはにかむジョセフと、私の夢だったこの幸せと。壊したいなんて、まさか思うわけがないでしょう、やっと気づけたものなのだから。でも私の存在が、ジョセフを縛るものに、なっているのだとするならば?

「‥‥ね、ジョセフちゃん。」
「なあに?」
「私に気、遣わなくて、いいからね。」
「ん?」
「だからその、だってジョセフはまだ若いし、そういう欲があって当然だよ、ね。ジョセフちゃんならカッコ良くて本当に素敵だから、‥‥お金なんて払ったりしなくても、向こうから寄ってくるっていうか、可愛い女の子も選び放題でしょう。」
「え?エート、え?」
「ね、遠慮しなくていいし、ジョセフの好きにしていいからね。ね?だってもう私幸せだから、だ、大丈夫だよ。」

目頭がぎゅーっと熱くなったから、慌てて下を向いたけれど間に合わない。ぽたりと、スカートの上に落ちる。ジョセフが似合うと褒めてくれた若草色がじわり滲んだのを見て、いつかの彼の泣き顔をふと思い出した。

「なまえちゃん。」

「ん、?」

顔を上げる。すぐに目の前が真っ暗になって、背中に回った腕が強く私を抱きしめていた。

「ごめん、また俺が泣かせた。でも、お願い、泣かないで。なまえちゃんが泣いてるの見るの、俺、ほんとつらい。」

「うん。」

私も、もう泣かないって、決めたはずなんだけどなあ。やっぱりジョセフのことになると、私は途端に、極端に弱い。すぐにぐらついて、あの日のことを、どこかで信じられなくなりそうになってしまう自分を見る。それが嫌だ、まるでジョセフのことを信頼していないようで。

不意にぱっと、ジョセフが離れた。
ジョセフの体温が徐々に消えていく。それが堪らない。うろうろと視線を惑わしていると彼が私の目をじい、と見つめてくるので、まるで自分の考えた汚いことを見透かされるようだ、私は目を逸らす。だけれどジョセフにくいと顎が捕まって、それは叶わなかった。

「なまえちゃん、ちゃんと話そう。ね、何がそんなに悲しくて、何がそんなに辛かったのか、俺に教えて欲しい。」

何が辛いの、悲しいの。
辛いのは、悲しいのは、ジョセフがあの時、あの言葉で、他の誰かを見ていたかもしれないことだ。
こんなのは醜くて面倒臭い、ただの私のワガママだ。

だから、出せない。
出しちゃいけない。
だってジョセフに、嫌われる、

「い、いやだ。」
「うん、」

「いやだ、ジョセフ、他の人と、そういうことしないで。ジョセフがしたくても、私は、して欲しく無いんだ。」

震えた語尾は情けない。
けれど、言葉が消えることは無かった。
私は知っているから。言いたいことは言わなきゃ、表に出さなきゃ、伝わらないしわからないままだ。すれ違うままだ。
だから、ちゃんと言え。


「そういうこと、って?」
「えっ、だからさ、さっきのジョセフちゃんの、」
「‥‥あ、」

形の良い眉が、緩く下がった。
困ったように笑う顔。その腕が私を掴んで、椅子に座ったジョセフの足の上へ、向かい合うように座らせる。

「しないで、ってそういうことか。ごめん、俺の言葉が足りなかったみたい。正確には、なまえちゃんと、‥‥、したいってことですねッ!」

自分で言った言葉に、みるみるジョセフの顔が下から赤くなっていく。私と、したいってこと、何を、‥‥え?

「あ、えっと、私とはできないよね、」
「ンなこたわかってるよ!!」

沸騰したジョセフが膝をがっくんがっくん揺らすせいで舌を噛みそうだ。あばばば。ぺしぺしジョセフの頬を叩くと、恨みがましそうな目と目が合う。

「だって、だってさ、なまえちゃん、さっきも俺の作ったメシ美味そうに食べてくれたりとか、そういうの見ると、ああ可愛いなあ、好きだなあって、‥‥したいなあって思っちゃうものなの!男は!」
「そ、そうなの。」

勢いに気圧され頷いて見せると、じとりと視線を向けられた。

「あとね、なまえちゃん、可愛いオンナノコ、とか言ってたけどよ、なまえちゃん以上にきゃわゆい女の子なんて、世界中どこ探したっていねえワケ。何をわざわざ、他のどーでもいいヤツと俺がやると思うの!?」
「う、うん。」
「わかってくれた?」
「うん。」
「は〜、‥‥もう、はずかぴー!俺ってば、ほんとどうしょうもない。」

私の肩に顔をうずめ、ぐりぐり額を押し付けるジョセフ。その髪を、わしゃわしゃ撫ぜる。

「‥‥へへ。」
「ん?」
「あー、えっとね、ジョセフちゃんや、‥‥子供はどのくらい欲しい?」
「‥‥、サッカーチーム、組めるくらい。」
「それは、頑張らないと、だね。」
「だ、な。」
「うん、うん。」
「あー、」
「うん?」
「大好き。」
「うん、私も。」
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