天国のお父さん、お母さん。
そんなにわたしは日頃の行いが良くないのでしょうか……。
なんて現実逃避を試みるも、目の前の状況が好転する訳でもなく。

「一人なんでしょ? いいじゃん、大丈夫、遅くならないうちにオレらも解散するからさあ〜」などとわたしを囲んでのたまう軽薄そうな三、四人の男たちに、深々と溜め息をついた。
神さま、贅沢は言わないから、さっさと早いところ助け出してもらえませんか。

ことのはじまりは、マライアさんたちとショッピングに出かけた帰り。
送ってくれると何度も言ってくれた彼女たちの言葉に、素直に従っていればこんなことには……! と今更悔やんでも遅い。
久しぶりに女の子だけでわいわい騒ぎ、楽しい時間を過ごすことが出来て、いつもより浮かれていたのかもしれない。
一人で歩いていたところ、唐突にかけられた声に愛想よく返事をしてしまった結果がこれだよ! と、少し前の自分の軽率さに、頭を抱えたくなってくる。
というか今までの人生において、こうして声をかけられるなんて経験がなかったものだから、どうすれば上手く対処出来るのか分からない。

深々と吐いた溜め息に「どうしたの〜? なんか悩み?」なんて言いながら、へらへらと笑いながら顔を近付けてくる男たちから顔を背ける。
今まさにあなたたちをどう切り抜けるかで悩んでいますけどね! と叫びたいのを堪えつつ、じりじりと後退した。

家に帰れば、度を越えた美形やらイケメンやら、果ては人外までも揃うある意味贅沢な空間に住んでいるいるわたしは、残念ながら目の前の軽薄そうな男性たちに対して格好良いなんて感情は(失礼だけど)、全く、これっぽっちも、一切、微塵も、浮かんでこない。
途方もなく見目だけは麗しい同居人たちに慣れてしまったわたしの目は、以前よりも随分と肥えている気がする。
というか、絶対に気のせいじゃない。

なんてつらつらと考えていると、反応の薄いわたしが気に食わなかったのか、それとも、強く押せば簡単に扱える気の弱そうな女だと判断したのか、男の一人がふいにわたしの腕をつかんだ。
ひゅっと喉の奥で息を飲む。

「っ、ひっ……!」
「あーあ、その子怯えてんじゃん。ごめんねー? こいつ手が早くってさあ」

にやにやと笑いながら、別の男が反対側の腕をつかむ。
腕を触れ、次いで肩に触れた知らない男の手に、ゾッと爪先から冷たいものが這いあがってくるのを感じた。
服の下でふつふつと肌が粟立ち、鳥肌に覆われるのが分かる。
気持ち悪い。

ぐっと喉を押さえつけられたみたいに、声も出せず、呼吸すら上手く出来ない。
頭の中はただただ嫌悪の文字だけが占めていて、なにも考えられなかった。
得体の知れないものにぞわぞわと脚の裏側をなぞられるかのような気持ちの悪さに、気を抜けば脚が崩れ落ちて、ぺたんと座り込んでしまいそうになる。

「どーしたの? 気分悪そうじゃない? オレらが具合見てあげよっかあ」
「ひっ、あ、や、やだ、はなして、」

言葉に出来ない嫌悪感と恐怖に、上手く拒否すら出来ずにいると、――ふいに、つかまれていた不快な圧迫と熱が消えた。
いつの間にか滲んでいた涙で不明瞭な視界のなか、慌ててまばたきを繰り返す。

「じょ、承太郎……?」

見上げるほどの精悍な体躯に、秀でた容貌。
意志の強そうな濃い青磁色の瞳は、怒りで不機嫌そうに細められていた。

承太郎はわたしに無遠慮に触れていた男の腕をつかみ、そのまま捩じり上げた。
痛みに堪らず膝を着いた男の肩に、腕を捻り上げたまま体重をかける。
男はさっきまでの威勢はどこへ行ったのか、顔を泣きそうに歪め何度も謝罪しだした。
無様なことこの上ない。
その情けないその姿を見て、少しは溜飲の下がる思いがする。

というか放っておくと、そのまま殺してしまいかねないほど承太郎さんがお怒りのご様子なのが正直よっぽど怖い。
待って、スタープラチナさん出てる。
さすがに一般人に対してスタンドを持ち出すのはどうかな……とおそるおそる声をかけた。

「承太郎、あの、もう……」

学ランの裾を小さく引けば、良いのか、と静かに問われる。
うん、と頷けば、ぱっと解放された男はダッシュで逃げて行った。
ちなみに他の仲間たちはわりと早い段階で逃走していた。
まあ分からなくはないかな、鍛えぬかれた195cmの長身の美丈夫にあんなに睨まれたらそりゃあ恐ろしいに違いない。

さっきまでの、人一人くらい簡単に殺せそうな鋭い眼光はどこへやら。
大丈夫かと言葉少ななものの声をかけてくれる承太郎の目は、とても優しい色をしている。
ありがとうと心からの感謝を述べつつ、ああ、これはモテるはずだわ……とうっかりときめいてしまうけれど、これは不可抗力だよね。
承太郎が男前なのがいけない。
うん、と人知れず頷いていると、ふいに「承太郎!」と呼ぶ声がした。
彼の体越しにひょいと向こうに顔を出せば、こちらに走り寄ってくる、一方的に見覚えのある青年の姿が。

「……遅かったな、花京院」
「君がいきなり走るから驚いたこっちの身にもなってくれよ。ああ、ちなみに残りの奴らも、ちゃーんと懲らしめておいたから」

具体的にどうしたとはとても言えないけど、と楽しそうに笑った青年と目があう。
彼は承太郎に庇われるようにして立っていたわたしを見て、驚いたようにまばたきした。
か、花京院だ! とまた新たなジョジョキャラに会えたことに興奮する。
承太郎はその「懲らしめておいた」の具体例がだいたい想像出来るのか、いつものヤレヤレだぜ……の言葉と共に、帽子を目深にかぶった。

「承太郎のお友達ですか? はじめまして、花京院典明です」
「は、はじめまして! なまえと申します。あの、ありがとうございました……!」

ぱっと見ると奇抜な格好をしているのに、優等生っぽい雰囲気が崩れないのはその物腰の柔らかさからだろうか。
大丈夫でしたか、と微笑まれ、少々上ずった声で返事をする。
着々とジョジョキャラの知り合いが増えていくなあと頬がゆるんでいると、承太郎が「……行くぜ」と踵を返した。

「えっ、あ、承太郎、お礼……!」
「要らねぇよ」

そのかわり気を付けて帰るんだな、と去り際に流し目で告げられ、本日何度目かのときめきを感じた。
なんで人によっては気障ったらしいくらいの仕草がこのひとはこんなに似合うの……!

それじゃあ、と二人連れ立って歩き出した背中を見送る。
さっきは嫌な思いをしたけれど、承太郎や花京院に助けてもらえたのだからプラマイゼロ……いや、寧ろプラスだな! と思っていると、少し進んだところで花京院が二言三言承太郎に話しかけて一人で引き返してきた。
どうかしたのかな? と首をひねっていると、わたしの戸惑いを察したのか、花京院は突然すみませんと申し訳なさそうに言う。
そして内緒話をするように口元に手を添え、身を屈めた。
ええと、少し遠くで待っている承太郎さんの眼光が、さっきみたいに怖いんですけど気のせいだよね……?

「あの、なまえさん」
「は、はい」
「さっきは無事で何よりでした。それにしても、突然承太郎が走り出したときは驚きましたよ」

なんでも、わたしと取り囲む数人の男性を見付けた瞬間、隣にいたはずの承太郎がスタープラチナで時を止めたのかと見紛うくらいに俊敏にわたしたちの所に向かっていたらしい。
その時のことを思い出してか、またおかしそうに花京院が笑う。

「ふふっ、それほど長い付き合いという訳じゃあないんですが、あんな承太郎は初めて見て、新鮮でした」
「そう、ですか……」

特徴的なピアスを軽く揺らしてくすくすと笑う花京院に、何が伝えたいのだろうと首を傾げる。
そんなわたしを楽しそうに見て、花京院はまたこっそりとわたしの耳に唇を寄せた。

「なまえさんは承太郎にとって、大切な人なんですね。もしかしてお付き合いされているとか」
「えっ!? いやいやまさか、そんなことないです」

ぱたぱたと胸の前で手を振って否定すれば、花京院はまた特徴的な前髪を揺らして微笑んだ。
あれ? 原作を読んでいたときには、こんなに初対面の人に対して愛想よく笑うイメージはなかったんだけどな。

「安心しました。じゃあ僕にもなまえさんを狙うチャンスがまだあるってことですね」
「は、」

承太郎といい、花京院といい、よくもまああんな気障ったらしい言動が様になるものだ。
それでは、とまた嫌味にならない程度に緩く会釈して、軽い足取りで承太郎の元へと戻って行った花京院の背を茫然と見送った。
天国のお父さん、お母さん、いまのは、わたしの聞き間違いでしょうか……。




「……あいつと何話してたんだ」
「別に大したことは話してないぞ。ただ、以前から君の執心している女性がどんな人か気になっていたから、会えて嬉しいっていうくらいさ。それにしても、さすがの君を射止めた女性なだけあるな、僕も惹かれてしまいそうだ」
「……テメェ……」

そんな会話を二人が繰り広げていたことなんて、ぽつんと独りで立ち尽くすわたしが知る由もない。

as if he were a prince
(2014.11.27)
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