犠牲の分量


二人の男と一人の女。
ほぼ同時に目を覚ました三人は周囲を見渡し、やはりほぼ同時に舌を打った。

彼らが閉じ込められた部屋はおおよそ八メートル四方の正四面体、以前バスルームだったのだろうか、バスタブ等の設備は乱雑に撤去されたらしくその痕跡が醜く残っており、タイル張りの床と壁がわずかな光源を反射して時折ぬらりと光った。
密閉された「部屋」――と呼んでも良いのだろうか、辺りにはカビ臭いにおいが立ち込めている。
薄汚れた床にいまのいままで横たわっていたのかと思うと不快極まりなく、なまえは顔を思い切りしかめた。
湿気てよどんだ空気に胸が悪くなりそうだ。
壁の上部に一か所、窓らしき形状のものはあれど、外側からコンクリートで隙間なく埋め固められており、到底そこからの脱出は叶いそうにない。
ひとつだけあるドアも同じ状態。
壁を覆うタイルを剥がしてみても、その裏側は無骨なコンクリートの面がのっぺらと広がるだけだった。

この異常な空間には、彼らだけが存在していた――いいや正確には、部屋の中央にはノコギリ、斧、鉈(なた)、大型の包丁や木鋏(きばさみ)、チェーンソー、エトセトラ……触れればそれだけで傷が付いてしまいそうな鋭利な刃物たちが、彼らと共に無造作に散らばっていた。

「これはまた物騒な……。うーん、確かそういう映画があったよね」
「アレは閉じ込められた男ふたりと死体だっただろう」
「うわあ、意外……ライもサイコスリラーとかスプラッタ見るんだね。状況的には似てない?」
「コイツが死体? いくらなんでも活きが良すぎるだろ」
「そりゃあそうだけど」

そして壁には一枚の小さなメモ用紙が、鋭利なナイフによって磔にされている。
掲示された簡素な白いメモには、これまた簡素に一文だけが記されていた。

「な、なんだよここは!? お前らが切れよ、俺は絶対にやらねえからな!」

口汚いスラングと共に唾液まで飛ばしながら、男が絶叫する。
目覚めてからというものずっとぎゃあぎゃあと喚く男を鬱陶しげに一瞥し、なまえは壁にピン留めされていた紙片を破り取った。

「"左腕と右腕を一本ずつ切り落とせば、部屋のドアは開く"かあ……趣味が悪い」
「同感だ」

目を覚ませば突然別の場所にいたなどという異常事態にも関わらず、ライとなまえは比較的、いっそ穏やかなほどに周囲を検分していた。
むしろ犯罪組織に属している自分たち三人を同時に昏倒させ、ここまで運んできた手腕に賛辞を――鉛玉と共に贈りたくなるほど。
無様にパニックに陥ることでここから脱出できるならば、またそれもやぶさかではなかっただろうが。
――この男のように。

「あんたら幹部なんだろ!? なんか聞いてねえのかよ! こ、これも上からの指示なのか!?」

組織のなかでもコードネームを持つ彼らふたりと、今回任務において使う予定だった、末端の末端に属する男。
血走った目は落ち着きなくぎょろぎょろ辺りを見回し、未だ口からは聞くに堪えないスラングと唾が溢れていた。
任務に関連する人物にツテとコネがあるからと随伴させることになったが、今回の仕事を完遂するまでこいつと付き合わなかければならないのか。
ライとなまえは、共にここへ放り込まれた男にとうに辟易していた。

「ねえ、そんなに早く出たい?」
「あ、当たり前だろ! あんたらみたいなおかしい奴らと、こんな所でちんたら悠長に構えてられる訳がねえ!」

密閉された部屋には、酒ヤケした男の濁声(だみごえ)が反響して不快に響く。
なまえは深々と溜め息を吐いた。

「あんたらがさっさと腕を切れよ! そこに並べてあるやつどれでもいいから!」
「はいはい、分かったからそんなに大きい声出さないで……」

ぶつぶつと独り言を吐きながら、彼女はノコギリを手に取った。
既に何度か使用した形跡のある刃には、べっとりとなにかしらの肉片がこびり付いている。

「どうせなら、もっとロマンチックなのが良かったなあ……。そういうものでしょ、"○○しないと出られない部屋"って……」

ライもまた近場にあった斧を手に取り、無意識に片手を懐へ伸ばし――舌打ちした。
いつもそこに携帯している、愛用のマッチと煙草がない。
そこそこ重度のニコチン依存の傾向を自覚している彼は、鈍く光る斧を忌々しげに一瞥した。

「……さっさと終わらせちゃおう。早く出たいのは全員一致してるしね」
「気が乗らんが……仕方ない。俺は左腕を切ろう」
「助かるわあ、ライ。でも確かあなた左利きでしょ? 切るの、右腕が良くない?」
「そうだな、その方がやりやすい」
「でしょう? じゃあわたしは左腕ね」

恐ろしくすんなりと了承してみせたふたりに男は戸惑いながら、しかし脂汗で光る顔をニタニタと笑みの形に歪めた。
ライとなまえが斧とノコギリを振り上げた。

その後、それまでびくともしなかった扉が開いた。
密閉された部屋からふたりが出てきた。



部屋を出る条件は「左腕と右腕を一本ずつ切り落とすこと」。ふたりは男の両腕をそれぞれ切断した。
加えて、出てきたのは「ふたりだけ」

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