死んだ兄を探してください



「その……お恥ずかしい話ですが、生家は家庭環境があまり良いとは言いがたくて。幼い頃、養護施設に兄妹ふたりで移ることになったんです」

お願いしたいのは、人探し――兄のことなんです。
そう言って俯きがちの顔を上げたのは、スーツを着た二十代半ばほどの女性だった。

そのタイミングで、ひょこっと顔を出しているのがバレてしまったらしい。
真面目腐った顔をしていた小五郎のおっちゃんが、「こらボウズ!」と目を吊り上げた。

「依頼人がいらっしゃるときに入ってくるなって言っただろ!」
「だってボク、お仕事のひとが来てるって知らなかったし……」

怒号に臆することなく首を伸ばせば、ぱっとしない事務所のソファに、女性がひとり腰掛けていた。
驚いたようにまばたきしながらオレの方を見ている。
子どもらしい声音で「ごめんなさ〜い!」と謝罪すれば、女性は苦笑しながら「毛利さん、構いませんから」と微笑んだ。
ずっと思い詰めたような表情していたせいで気付かなかったけれど、笑うと結構、美人だった。

「ボク、お名前は?」
「江戸川コナン! 小学校から帰ってきたところなんだ。お姉さんは?」
「わたしはみょうじなまえ。毛利さんにお仕事のお願いをしにきたの」

みょうじさんとニコニコしながら「そういえば小学校ってこんな早い時間に授業が終わるんだったねえ」などと話していると、ズンズン大股で歩き寄ってきたおっちゃんに、ぺいっと部屋から摘み出された。
幸いなことに、依頼人の前とあってか、ゲンコツが飛んでくることはなかったが。

事務所横の階段に腰掛けたまま、こっそり聞き耳を立てる。
――「失礼。ウチで世話してる子どもでしてね」、「まあ、お忙しいでしょうに。お優しいんですね」、「いや〜、それほどでも!」云々。
デレデレと鼻の下を伸ばして調子に乗っているのが見えるようだ。
社会的に庇護下にいるのは事実なので、内心「へーへー」と辟易していると、気取った調子でゴホンと咳払いしたおっちゃんが「お話の続きをどうぞ」と促した。
とはいえ依頼は人探しらしいし、事件性は高くなさそうだけど。

「わたしだけあるご家庭に引き取られたんです。そのとき、苗字も変わって……みょうじという姓になりました。それでもわたしたち、ずっと定期的に連絡はしていたんです。でも、ここ最近は危ないひとたちと交友が増えたみたいで、不安に思ってはいたんです。――連絡が取れないなんて……おかしいんです。こんなこと、いままで一度もなかったのに……」
「お兄さんから最後に連絡があったのは?」
「ひと月近く前です。杯戸中央病院に入院したと聞きました。首を痛めたらしいんです」
「お見舞いへは?」
「それが……あの病院、この間、爆弾騒ぎとかあったでしょう? いまも一般の面会は受け付けていないんです」

兄のことが心配で……と俯き、声がくぐもる。
どうやらハンカチで口元を覆ってしまったらしいみょうじさんに、美人に弱いおっちゃんは慌てて身を乗り出した――直接見なくても、その様子は手に取るように分かった。
次いで、「この名探偵、毛利小五郎にお任せください!」と文字通り胸を叩いて頷いているところも。
オイオイ、大丈夫か? 安請け合いして。
ひくひくと口を引き攣らせていると、声ばかりは至って真剣かつ生真面目に、おっちゃんが問いかけた。

「で、そのお兄さんのお名前は?」

そこでようやく捜索対象について語り落としていたことに気付いたらしい。
みょうじさんは「すみません、わたし、気持ちばかり先走ってしまって……」と恥ずかしそうに苦笑した。

――次の瞬間、オレは目を見開いた。
緊張を含んだ声音で告げられたその名前を聞いて、もしも驚かずにいられる人間がいたなら是非とも教えてほしかった。

「探してほしいという、兄の名前は――楠田陸道です」



このお話だけパロディではありません。内容的にここ「酷暑」内に置いた方が良いかしらと思って。
意味が分かると(コナンくんにとって)怖い話。
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