どんどんっと大きな棺を叩く。
DIOさん、太陽が沈みましたよーと声をかけると、ギギッと扉が開いた。
そしていつものことなので無様に声を上げることなく、そのなかへとあっさり引っ張り込まれてしまった。
そういえば何度思ったかもう数えてすらいないけれど、本当にみんなパーソナルスペースがおかしいよなあ。
今更だけど。
……とはいえそのことを最近、気にしなくなっているわたしもいる。
多分わたし、世間一般の感覚とズレてきているよね……。

「何を考えている?」

DIOさんの濃い飴色に似た琥珀の瞳が強く光る。
ただただきれいだな、と見惚れた。
冷たい指先でそっと首筋を、その下に流れる太い血管を探すように撫でられ、くすぐったさに肩がふるえてしまう。

「……うーん、最近、価値観というか……一般の感覚とちょっとズレてきてしまっているかもしれないなあって。気を引き締めようかと考えていたところです」

自分でもよく分かっていないものを、人に伝えるって難しい。
心のどこかに確かに存在しているはずの違和感を、上手く表現する言葉が見当たらない。
自分でも何がどうって具体的には言えないんですけど、と、もやもやしたものを抱えたまま呟けば、ふいに有無を言わせぬ力でしっかりと抱きすくめられてしまった。

「……DIOさん? 急にどうし、っ、ん、ふぁ、あ」

突然キスで口を塞がれ、間抜けな声を漏らしてしまう。
ぎゅっと目を閉じてそれを受け止めようとすると、ふいにあっさりと解放された。
思っていたよりあっけなく離された唇に、無意識にもう少しと唇を追いねだってしまいそうになった自分に気付いて、火照った頬を押さえ、俯いた。
……ああ、わたし、こんないやらしい女なんかじゃなかったのに……。

「なまえよ」
「……なんですか」
「以前にも言ったように私は記憶しているが……下らぬ理性や常識などに囚われ続けるのは愚かだと思わんか」
「DIOさんたちはそれで良いでしょうけど、でも、」
「それよりも問題は、なまえ、お前が外に出たことだ……それだけじゃあない、よりによってジョースターの者に会ったな?」

言葉は疑問の形を取っているけれど、諾否を必要としていないもの。
いつの間にか鮮血のようなルビー色に変わっていた瞳が、射抜くように細められる。
うっ、このやりとり今日何回目だろう、もうやだ……!
嗅覚が鋭すぎる同居人対策に、いっそのこと今度から、ジョースター家にお邪魔したら帰宅してすぐにお風呂に入った方が良いかもしれない……。
いや、でも、証拠隠滅して何かやましいことでもあったのかなんて言われたら、わたし詰んじゃう。
ああもう、どうしろって言うんだ!
ええと、と、目が泳いでいるのが自分でも分かる。

ここ数日外出しなかった理由は、代わりにディアボロさんやドッピオくんが何でもしてくれるからだけじゃない。
DIOさんはわたしが外に出ることを極端に嫌がるから、というのも理由の一つである。
いやいやそんなこと言われても、と思うけれど、「日中、お前に何かあっても私は手を差し伸べることも、助けることも出来ない……この身になったことを悔いてはいないが。やはりお前に何かあったらと思うと気が気ではない」なんて、いつものDIOさんらしくない悲哀や憂いを含んだ目で乞われれば、少しは譲歩したくなるのは仕方ないことだと思う。
わたしは間違っていないはずなのに、なんだかわたしの方が悪いような気持ちになって、罪悪感まで沸き起こってきてしまうのだ。
それに、やっぱりDIOさんは人一倍ジョースター家と因縁が強い訳だし……一緒に住んでいる人が頻繁にそんな宿敵のところに出入りしていたら、不愉快になるのも当然だよね。

「あ、あの、DIOさん、ごめんなさい……ジョナサンたちのところだけじゃなくて、あんまり外にも出歩かないようにしますから、」

そう、みんなわたしのことを思って言ってくれているのだ、それに反抗するなんていけないことだよね、むしろ感謝しなきゃいけないくらいなのに。
ごめんなさい、と小さく繰り返せば、あやすように慈しむように、ゆっくりとキスをされる。
さっきの続きのような、甘くて優しい、まるで御伽噺のなかのような。

「良い子だ。さて、いつまでもこうしている訳にもいかんな。今日の夕食はなんだ?」
「えっと、わたし手を出させてもらえなかったから分からないですけど……ドッピオくんがまた美味しそうなご飯をつくってくれていましたよ」

会話しながらわたしを見つめるDIOさんの瞳はとってもきれいで優しい。
わたしは自分の選択が間違っていなかったことを再確認し、安堵の息をそっとついた。



正面からしっかりと抱き締め首元に顔をうずめれば、なまえの身体からは、遠い遠い過去に捨てた太陽の香りがした。
そのにおいで肺に満たせば、私の体になまえ以外のモノが入り込んだ不快感に、耐え難い程の激情と憎悪を覚える。
いっそ同じ吸血鬼にしてしまえば、こうしてこのか細い身からは太陽の香りもジョースターのにおいもしなくなるだろうか。
同じ体温、同じ香り、同じ種。
ああ、素晴らしく甘美な妄想だ。

「ね、DIOさん、はやくみんなのところに行きましょう?」

やわらかく微笑んで立ち上がるなまえを軽々と抱き上げる。
小さく声を上げ驚いてしがみ付いてくるなまえに、己れの口の端が上機嫌に歪むのが分かった。

なまえ、なまえ、人ならざる化け物たちに、連続殺人者、死に続ける人間など常軌を逸したモノたちに囲まれたこのおぞましい空間において、独りだけ「正常」であり続けようとしているお前こそが最もいびつだと、気付いていないならばそのままで良い。
ただし、このDIOから離れることだけは許さない。
もし仮にこの少女が私の手の届かないところへ行き、戻らないということがあったならば。
その時はなまえを吸血鬼にして、共に日の光を浴びようか。
百年あまり以来の太陽も、彼女が腕の中にいたならばこの目に美しく映るだろう。
明かりも付けぬままの薄暗い部屋で、白く浮かび上がる首筋に牙を立てた。




(世阿弥『風姿花伝』(1400頃)より)
(2014.11.15)
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