(※「夢主は気付いていないけれど、もしみんなヤンデレだったら」というifです)
(※ifです! 大事なことなので2回ry)




「ただいまぁ」

最近ぐっと寒くなったなあと、秋風に吹かれて冷たくなってしまった両手を擦りあわせる。
そろそろこたつを出そうかなあ、でも一回入ると出られなくなっちゃう魔の魅力があるから……! なんて手を洗いながら葛藤していると、後ろからやんわりと抱き締められた。

「あ、カーズさん。ただいまです」
「遅かったな。……む、ジョースターのところにいただろう」
「そうですよ、徐倫と約束があったからおうちにお邪魔していたんです」

髪に顔をうめ、すんとにおいを嗅いだカーズさんが不機嫌そうな声で言う。
後ろから抱き締められているせいで分からないけれど、多分きれいに形の整った眉は、不愉快げに歪められているかもしれない。

「……ふふ、外、寒かったからあったかいです」

くるりと反転して正面から抱き着けば、ぎゅうと抱き締める腕の力が増した。
これで少しはご機嫌が治れば良いのだけれど。



帰宅したなまえの体からは、秋特有の空気と、不快なことにジョースターの人間の香りがした。
機嫌を取るようにすり寄ってくる少女は、この世界にやって来たばかりの頃、私の生態を既に知っていたため手を伸ばせばびくりとその身をすくませたものだった。
その怯えが薄れていったのは、いつの頃からだっただろうか。
暢気に「そろそろこたつを出しましょうか」と微笑む、やわらかそうな頬を撫でた。
吸収される恐怖などとうに忘れてしまったかのように無防備に、嬉しそうに目を細める薄い皮膚の下には、熱い血が巡っている。
耳を澄ませばその血の流れる音まで聞こえるだろう、やわらかな頬を咀嚼すれば、きっと甘く馨しく蕩けるような舌触りを感じることが出来るだろう。
吸収するのではない、この舌に乗せ強く味わいたい。
この少女の肌を、肉を、眼球を、舌を、髪を、――齧り、口に含み、噛み砕き、嚥下するその一つ一つの行為を想像する。
私のなかに、なまえが。
どくり、と、性的快感にも似た陶酔が沸き起こる。
なまえが私の血肉となり、永久に離れることはない。
その想像はひどく私を昂ぶらせた。
やわらかな肉がこの喉を通る感触を思い浮かべると、背筋を這い上がる喜悦に、射精間近かのようなもどかしさと耐えがたい渇望を覚え、爛れた息を薄く吐いた。

「カーズさん……?」

何も言わない私をどうしたのかと不思議そうに見上げる瞳は、どこまでも無垢に澄んでいる。
この欲と、吐き出す場所もなく内を燃やし続ける焦燥は、お前を喰らえば収まるだろうか。




「あ、ディアボロさん、ドッピオくん、ただいまー」
「お帰りなさい、なまえさん」
「お帰り、なまえ」

外出するというカーズさんをそのままお見送りして部屋に入ると、いつものようにテーブルに乗っけたパソコンをいじっていたディアボロさんが顔を上げる。
ただいまのキスを頬にもらうと、そのままぐいっと痛くない程度に腕を引っ張られ、胡坐をかいた両脚の間に座らされてしまった。
なんとも手馴れたことで、と、溜め息をつく。
とはいえそういうわたしもいつものことだと慣れてしまって、無意識のうちに上手く受身が取れていたけれど。
ああもう、慣れってこわい。

くすくすと小さな笑い声がして顔を上げると、ドッピオくんが微笑ましげに笑いながらわたしたちを見ていた。
干していた洗濯物を畳みながら。

「あっ、ごめんね、取り込んでくれたうえに畳ませちゃって……!」

手伝うよ、と、腰を上げかけたところで、お腹にするりと回された腕によって、すとんと元の位置に戻り収まってしまった。
う、うん……?

「何してるんですか、ディアボロさん」

放してくださいと声をかけてもお腹に回された拘束は緩むことはない。
むしろ一層力が強まったように感じられる。

「ドッピオがしたくてしているのだから、好きにさせろ。それにもう畳み終わるだろう」
「そうですよ、なまえさん。気にしないでください」

駄々っ子のようにわたしを抱き締めたまま唇を尖らせるディアボロさんと、それを微笑ましげに見るドッピオくんに、そう言われては仕方ない。
二人がそう言うならと諦めて、首元に顔をうずめるディアボロさんのやりたいように、大人しくされるがままになっていた。
もういいや、ディアボロさんが満足げだし。
あっ、そうだ。

「じゃあ、夕飯の買い物はわたしが行ってくるね!」
「駄目だ」

そ、即答だと……!? なんでですかと声を上げるも、ぎゅうぎゅうと抱き込まれてしまう。

「ドッピオよ、代わりに行ってくれるだろう」
「勿論です、任せてください、ボス!」

わあ良いお返事……って違うそうじゃない。
そう口にするディアボロさんとドッピオくんに上手いこと丸め込まれて、昨日も一昨日もおつかいに行っていない。
しかも、ずっと家に居る間せめて家事をきちんとこなしているならともかく、なんと何もしていない。
料理、洗濯、掃除、その他もろもろ、文字通り、なにも。
正直もともと面倒くさがりというか自堕落なものだから、甘やかされたらそれに甘えてしまうんだ……いや、人のせいにしちゃ駄目だけど。
昨日なんかディアボロさんと一緒にお風呂に入っていたら、髪まで洗ってもらいました。
今まで娘のトリッシュと一緒にいられなかったからって、もしかしたら構いたい欲求をわたしで晴らそうとしているのかもしれない。
うう、そう思ったら簡単に無下に出来ない……。

そうはいっても、目の前でわたしの代わりに家事をこなしてくれるドッピオくんを目にしていると、申し訳なくもなるのだ。
贅沢かもしれないけれど、そのジレンマに悩む。
それだけじゃない、このままだと、わたしはなんにも出来なくなってしまうんじゃないの……。

「もう、ディアボロさん、あんまりわたしのこと甘やかさないでくださいよ。今日は外出したばっかりでまだ部屋着に着替えていないし、このままお買い物に行ってきます!」

そう宣言し、お腹に回された腕をやんわりとはずして、頬を重ねて耳を掠めるようにキスを落とす。
お前がそう言うならと、優しくキスを返してくれたディアボロさんにほっと安堵した。
わたしのためを思って言ってくれたのに、気を悪くさせちゃったかなと少し不安だったのだ。
せめてドッピオは連れて行けとの言葉に素直に従い、二人で家を出た。

「……気を悪くしないでくださいね、なまえさん」
「え?」

なんのこと、と、二人並んで歩きながら首を捻ると、申し訳なさそうに苦笑したドッピオくんがボスのことですと呟いた。

「気を悪くするなんて、そんなことないよ! むしろ折角わたしのことを思って言ってくれたのに、反抗して申し訳ないって思っていたくらいだったのに」

わたわたと両手を胸の前で振って否定すると、隣を歩くドッピオくんはほっとしたように笑ってくれた。



いつだったっけ、ボスが小さく呟いていたのは。
確かいつものように二人で押入れにこもっていた時のことだったと思う。
熱に浮かされたように高揚した表情で、それでいてどろりと濁り過ぎていっそ一途に澄み渡った瞳を暗く光らせながらボスが囁いた言葉は、今思い出しても震えがはしるほどに興奮するものだった。
内緒話をするようにボクの耳に口を寄せ、囁いたあの時。

「ドッピオよ、もしなまえが私たち無しでは生きていけなくなってしまったら素晴らしいと思わないか」

あの時、ボクはまるでずっと会いたいと願っていたボスにとうとう初めて対面出来た時のような感動と高揚を覚えた。
それはなんて素晴らしいことだろう。
優しく愛しいなまえさんが、ボクたちのために生きて、ボクたちがいなければ生きていけなくなってしまったら……。
ボクが全部全部、なまえさんがしたいと思うことをしてあげよう。
ああ、そうだ、良いことを思い付いた!
もしなまえの両手両足首を切断でもして使うことが出来なくなってしまったら、きっとなまえさんのために出来ることがもっともっと増えるだろう!
でも痛い思いをさせたい訳じゃあない、どうしたら良いんだろうか。
なまえさんが痛みに襲われて泣いてしまうなんてことがあれば、きっとボクは自分を許せないだろう。
手首と足首を切断している間、ボスのスタンド、キング・クリムゾンでその過程を飛ばしてもらえばあるいは……。

ああ、早く帰ってこの思い付きをボスに伝えたい!
きっと喜んで褒めてくれるだろう。

「ふふ、ドッピオくん、どうしたの? 楽しそう」

にこにこと微笑みながら、何か嬉しいことでもあったの、と、覗き込んできたなまえさんのきれいな瞳に映ったボクは、あの日のボスと全く同じ顔をしていた。



(2014.11.15)
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