「すまない、降谷くん。君の部下の……みょうじくんのことなんだが」
「とうとうあいつ、直接何かやらかしたんですか」

部下の不始末は自分の責任だと思っている。
それが上に立つ者の責務だろう、だからこそ部下たちも自分を信じて着いてきてくれる。
……が、しかし、赤井に絡んだときのみょうじなまえには絶対に関わりたくなかった。
アレをどうすれば是正できるというのか、むしろこっちが教えてほしい。
とうとうあの奇行の数々が赤井当人に露呈したのか、と降谷は肩をすくめた。

喫煙所近くの休憩所で、偶然赤井と顔を合わせてしまったのが運の尽きだ。
唐突に声を掛けてきた奴に、なんの用だと不快感も露わにしていたが、用件が自分の部下のことと知りなんとなく殊勝な面持ちになってしまった。
日頃からみょうじの赤井に対する数々の奇行、もといストーカー行為を目の当たりにしているからか。
微妙に負い目があるように感じられるのが極めて腹立たしい。
それもこれも当のみょうじなまえのせいである。

「やらかし……?」
「いえ、違うならいいんです」

不思議そうに首を僅かに傾げた赤井が鸚鵡返しに呟いた。
よし、バレていないのなら良い。
せいぜいそのままみょうじのストーカーっぷりを知らずにいてくれ。
面倒くさいから。
降谷は内心溜め息をついた。
みょうじもみょうじだ、公安たるもの、せめてバレないよう完璧にやれ。

「先日、他人宛のメールをどうやら間違えて、俺に送ってきたんだが……」
「あいつクビにしたいですね」
「そう言ってやらんでくれ、職務に関することではなかった」
「いや、危機管理能力に欠けすぎでしょナメてんのか公安を」

のんきに笑うみょうじの顔が思い浮かび、げんなりする。
表情を取り繕うのが億劫になりつつあるのを自覚しながら、で? そのメールがどうしたんですか? と水を向けた。
赤井は非常に珍しく言い淀む素振りを見せたかと思えば、歯切れ悪く呟いた。

「その……俺が、最高すぎて殉死すると」
「は????」

What??? と思わず口にしかけた。
言った当人である赤井も理解できていないんだろう、怪訝そうに眉をひそめていた。
口元を手で覆い、困ったように小首を傾げる。
こいつこんな顔も出来るんだな、とそこそこ(不本意ながら)付き合いの長い男の新たな面を発見する。
……こんなことを考えるなんて現実逃避だ、自覚はしている。

「悪意のあるものではなく、その、恐らく好意的な文面ではあったんだが……。すまない、こんなことを相談するのははばかられたが、君以外に適任が思い当たらなくてな……」
「……いえ……本当にうちの部下がすみません……」

あの女ッ……! と吐き捨てそうになったのを寸でのところで堪える。
ストーカー行為を本人に見せ付けるような真似をしてどうする。
嫌がらせかよ。

「……驚いたかと思いますけど、まあ、あいつもそう悪気があってのことじゃないんで……」

なんで僕、あいつのフォローをしてるんだ。
ずきずきと痛むような気のする頭を押さえて、深々と溜め息をついた。

「……あんなんでもそこそこ使えるやつなので、多少の奇行には目を瞑ってもらえると助かります」
「奇行……と言う程ではないと思うが……。だいたいそう思っているなら、」
「どうにか出来るならとっくにやってます」
「……そうか。確かに、俺も彼女は優秀な捜査官だと思ってるさ。君の部下だけあってな」
「そりゃどうも。本人が聞いたら泣いて喜ぶでしょうね」

優秀な捜査官かどうかはさて置いて、確かにみょうじという部下はすこぶる理解が早い。
一を指示して正しく十を把握できる人間は、重大な現場の切迫した状況下で大層重宝される。
ごちゃごちゃと説明をせずともこちらの意図を察知する部下は、確かにありがたい。
警察学校時代は主席で、同期のなかでは一番の出世頭と目されている。
――実物はアレだが。
コナンくん……いやいまは新一くんか、彼もみょうじに一目置いているらしく、傍目から見れば共通点などないバラバラな集まりだが、あれでなかなか会話が白熱することもあるらしい。

赤井が褒めてたぞ良かったな、とはた迷惑な部下のことを思いつつ、腕時計に目を落とす。
そろそろ戻ろうかと考えていたところで、赤井が「休憩中に手間取らせて悪かったな」と苦笑まじりに暇を告げた。
いまの動作でなにを考えているのか理解したのだろう、外見や仕草で他人の性質や思考を読むのを得意としたかの名探偵気取りか、と肩をすくめた。

「……食事にでも誘ってやってください、絶対に喜んで着いてきますよ。そのときにどういうつもりなのか、直接あいつに聞いてみたらどうですか」

その後のことは知らん。
真っ正面からぶつかって気持ち良く玉砕すれば、みょうじも少しは大人しくなるだろう、となまえ本人が聞けば号泣しそうなことを考えながら、投げやりにそんな軽口を叩いてきびすを返した。

「――あっ、降谷さん、お戻りですか。風見さんが探していましたよ」

自分のデスクへ戻れば、当のなまえが駆け寄ってきた。
こうしていればまともな部下なんだがなあ、と顔をしかめる。

「お前クビにしていいか」
「突然なんです。公務員はクビに出来ませんよ」
「うるさい。お前のせいで赤井と世間話みたいなことする羽目になっただろ」
「はああああ!? 降谷さん、赤井捜査官とお会いになってきたんです!? どこでですか! 行ってきます!」
「……僕はお前が羨ましいよ……」
「どうしたんですか、降谷さん。お疲れですね」
「君のせいでな」
「すみません」

素直に頭を下げ謝罪するなまえに毒気を抜かれる。
こいつ、なんで自分が叱られているか分かっていないな。

「次メール誤送信したら僕が殺すからな」
「ヒエッ」

なぜそれを、と顔を真っ青にして狼狽えるなまえを放置し、降谷はさっさと仕事へ戻った。


・・・



それから数週間経ち、そんな他愛もない会話なんて記憶の片隅に追いやられていた。
朝、ゆらゆらとおぼつかない足取りで登庁してきた部下の姿を見るまでは。

「……おはようございます、風見さん、わたし生きてます……?」
「多分」
「わああああああやっぱり死んでるかもしれないあんなことがあって生きてるはずがなかったんだ!」
「降谷さーんこいつ殴っても大丈夫ですか」
「頭は狙うなよ、これ以上おかしくなられると困る」
「任せてください」
「いやあああああ助けてお巡りさん!」
「ここにいる全員がそのお巡りさんだな。ちなみに君も含め」
「そうだった……こわい……」

なにがあったのか、いつも以上に様子のおかしいなまえに、周囲もなんだなんだと寄ってきた。
おいお前ら仕事しろ。
面倒だったが一応何があったと尋ねれば、なまえはぼんやりと呟いた。

「夢だけど、夢じゃなかった、みたいな……」
「ハァ?」

何言ってるんだこいつ、という顔を思いきり隠さず見せてやれば、なまえは泣きそうに顔を歪めた。

「いえ、あの、赤井捜査官が……」
「また赤井か。君も飽きないな」
「はあ、正直降谷さんには言われたくないですけど。そしかい前のねちっこい執着具合とか特に」
「おいその言い方やめろ」
「事実です」
「……それでそのクソFBIがどうした」
「降谷さんのプリティーフェイスでクソとか言うのやめてくれませんか。安室さんはそんなこと言わない」
「僕は降谷だ。いい加減さっさと本題を言え、無駄に話を逸らすな」
「うう……あの、その、ええっと、大変申し上げにくいのですが……。昨夜、赤井捜査官からお食事に誘っていただきまして……、いえそれ自体は実は初めてではなかったんですが、」

そわそわと両手を握り合わせたり解いたりと、分かりやすく狼狽したなまえ。
職務中は忌憚なくはっきりと意見を述べることの多いこいつにしては珍しいな、と赤くなったり青くなったりと器用な顔色を眺める。

要領と方向性を見出せない呻きにいい加減痺れを切らして舌打ちをひとつすると、ビクッと震えたなまえがとうとう口を開いた。

「あの、えっと……わたしにもよく分からないんですが、……赤井捜査官とお付き合いしていた、らしく……」
「……は!!??? 誰が!!!????」
「わたしが。たぶん。そういう関係だと思っていたなんて、朝チュン真っ只中におっしゃってましたけど、たぶん聴覚もダメになっていたんでしょうね。やっぱり夢ですよね知ってましたいま降谷さんとお話してるこれも夢なんですかね、そうだきっと夢だはやく起きて登庁しないと降谷さんにまた怒られるうえぇ……」
「おいしっかりしろお前いまここにいるだろうが」
「ここに実存する証明ってどうやったら出来るんでしょう? 現実とは? 存在とは?」
「哲学の話を始めるな」

いつの間にか人だかりと呼んでも差し支えないほど集まってきていた周囲の部下たちも騒然としていた。
だからお前ら仕事しろ。
うろんな眼差しで、この場合ご報告すべきなんでしょうか、と首を傾げるなまえに、深々と溜め息を吐く。

おい赤井、食事にでも付き合ってやれとは言ったが、俺の部下を食えとは言ってないだろうが!!!
現実を受け止めきれず、みょうじはおかしな方向にポンコツ具合が加速していた。
これいつも以上に使えなくなってるだろう何してくれたんだ赤井秀一ィ!

「ふえぇ……やっぱり夢だったかもしれない怖い……なにが現実なのかわかんない助けて……」
「……おい、赤井のところに行くぞ」
「えっ、降谷さんとご一緒にですか嫌です無理ですいま赤井捜査官と顔を合わせたらわたしは絶命します」
「命令だ」
鬼!!!!!!!!!!

さてその後どうなったかは、僕のあずかり知らぬところだ。
願わくは部下が奴とまともな人間関係を築いてくれるように、と思わなくはないが、やはり不可能なのではというのが公安部一同の見解だった。

「なまえ、顔を見せてくれないのか? どうして降谷くんの後ろに隠れるんだ」
「ぎえぇ……まじ無理しんどい……尊みが深すぎて目が潰れる……」
「みょうじ、頼むから僕を巻き込むな」
「降谷さん離れないでくださいお願いします」
「俺を嫉妬させたいのか、なまえ? なら成功だ、はやくこっちにおいで」
「ふああ……しんだ、これ絶対しんだわ……しゅごい、しゅぱだりしゅごいぃぃ……」
「こいつ置いてくんで後はふたりでどうぞ」
「アッ、やめて降谷さん見捨てないで」
「捕まえたぞ、なまえ?」
「ヒッ」


(2017.10.15)
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