「ねえ、赤井捜査官が格好良すぎて辛抱堪らんつらい死にたい」
「まだ病院行ってなかったの?」

都合良くそしかいした後、FBIの皆さんは残党対策や残務処理のため、警察庁に場所を移して活動していらっしゃる。
そんななかたまに見かける赤井捜査官のせいで、日々わたしはとっても困っているのだ。

赤井捜査官が!!! 格好良すぎて!!!! 無理!!!!!!!!

ていうか仕方なくない???
あんな雄オーラが半端ない最上級のスパダリがいるんだよ???
あてられて頭がどうにかなるのも至極当然では????
遠目からでもすぐに彼と分かる、見惚れるほどの長身と泰然とした雰囲気。やばい。尊い。
引き締まった身体は逞しく、黒いシャツの上からでも分かるほど、肩も、胸も、分厚い。やばい。合掌して拝むしかない。
アンニュイに影を落とす目元も、世界、いや宇宙一きれいな緑の瞳も、神に愛されすぎてまじでやばい。
いやむしろ赤井捜査官こそが神なのでは……???

先日、恐ろしく長い脚を組んで気怠げに煙草を吸っていらっしゃる光景を偶然見かけたときは、廊下で泡吹いて引っ繰り返るかと思った。
実際は床に崩れ落ちて呼吸困難に陥っただけで済んだ。
ただ、隣にいた先輩の風見さんにドン引かれた。

外見だけではなくて、声も最の高である。
あの低い硬質な声を聞くだけで脳みそが溶ける。
以前、会話中に勝手に録音してわたしだけのボイスCDを作ろうとしたら、データごと上司の降谷さんに消去された。
あのときはショックで鼻水垂らしながら号泣した。

それだけじゃなくて、冷静な判断力だとか、捜査官としての能力だとか、銃の技術だとか、ああ〜無理〜〜〜これ言い出したらキリない。
語り出したら少なくとも三日はかかるけど大丈夫???

「あんなの直視したら孕むしか……赤ちゃんできちゃう……ふえぇ……ねえ、どうしたら良いと思う?」
「あんたに直視される赤井捜査官が気の毒だから視界に入らないようにしたら良いと思う」

なに言ってるの!? と声を荒げたら、うるさい! と怒鳴られた。
宮子さんの方がうるさい。
宮子さんは警察学校時代の同期生だ。
空いた時間にわざわざ庁舎近くのカフェまで呼び出したわたしに、付き合ってくれる程度には女神である。
というのもどうしても女性の少ない業種、しかも同期ともなれば非常に数は限られてくる。
そしてこんな話に付き合ってくれるのは宮子さんしかいない。
ありがたい限り……とはいえ、ここ全部わたしの奢りというのは少々厳しいのではとは思うけれども。

「だ、だって、赤井捜査官が折角視界に入る場所にいるのに、凝視せずにいるなんて……正気の沙汰……?」

勿体ない。
勿体なさすぎて、天罰が当たるのは確定的に明らか。

ご本人をじっとりねっちょり視姦するのがダメなら、せめて網膜に張り付けていつでも視界に彼が映っているみたいな技術が……ハッ、わたし天才かな!!???
絶対に需要がある、少なくともわたしは必要としています開発お願いします!!!
世界に誇る日本の技術力でなんとか!!!

「……あんたいま何考えてるの」
「網膜に常時赤井捜査官のお姿を映せたら一緒に生活してる感覚になるかなって」
「ごめん聞いといてなんだけどやっぱいいわ黙って」

う〜〜んいやしかしそれが実現したら、日常生活で赤井捜査官がチラついて発狂の恐れがあるな。
普段からあんまり凝視しすぎるとトップオブワールド雄オーラにあてられてわたしの肉体が爆発するので、まだ技術が追い付いてなくて良かったのかもしれない。
おかげで今日もわたしの寿命が延びるというわけだ。
良かったあんまり本人に会えなくて。
……良くない!!!!!

やっぱりせめて同じ場所にいるときくらいは凝視すべきだ。
いや、同じ空間に存在しているってことは、広く捉えればもう結婚していると言っても過言ではないかもしれない。
むしろ同じ日本にいるんだから、もうこれは同棲しているのと同義では……?

「ど、どうしよう、宮子さん……わたし赤井捜査官と同棲してたかもしれない」
「どうしてそうなった」
「この広い世界で、同じ日本、同じ東都にいま住んでるってことは、つまりそういうことでは?」
「なまえ、頼むからはやく病院行って」


・・・



「お疲れさまです、赤井捜査官」
「ああ、君は降谷くんのところの……」
「はい、お世話になっています。書類をお持ちしました」

はああああんかっこいいいいいいい!!!!!!
脳内で何度も何度もリピートしていたよりも数億倍レベルの高い実物の赤井捜査官ご本人に、危うく白目を剥きかけた。
はああ〜〜尊い〜〜〜まじ無理しんどい。
セクシーすぎてむり。
意味わかんない。
お父さんお母さん、わたしを生んでくれてありがとう。

書類を手渡しながら、脳内で般若心経を唱える。
そうでもしないと「しゅぱだりしゃいこぉ〜〜!!!!」と叫びながら万歳三唱しそうだったからだ。
ふああ……いま同じ酸素吸ってりゅ……。
これ以上まともに目を合わせていたら物理的に爆死するので、さっと目線を落とす。
爆発して飛び散ったわたしの肉片で彼を汚しでもしたらいけないからだ。
リスク管理は大切である。

しかし目線を下げると、服越しにもはっきりと分かる厚い胸板や、きゅっとくびれた腰が目に入ってしまい、思わず脳漿がビチャァッと弾け飛びかけた。
グッ、さ、さすがFBIの切り札ッ……! 二段構えとは! ずるい! 嘘! 最高!!!!
メジャーで胸囲とかウエストとか計りたい!
はあああんシャツの下なにも着てないのかなああああうっすら乳首とか透けちゃったりなんかしないかなあああああ!!!
留まるところを知らない濃厚な色香に襲われ、わたしはもう既に瀕死だ。

「確かにお渡ししました。それでは失礼します」
「ああ、ご苦労」

ああああやだああああ帰りたくないよおおおおおお!!!!
赤井捜査官と同じ酸素を摂取したくて、FBIの皆さんのところへ関連書類を運ぶパシリ係は、全てわたしに一任してある。
そもそも大抵のやりとりはメールや内線で事足りるから、書類を手渡しする機会自体が少ないのだ。
その貴重な時間が……あっという間……。
ちなみにその書類運びという至上最高の任務をゲットするために、降谷さんに土下座した。
フロアのど真ん中でパンツスーツの女が床に頭をこすりつける様は、たぶんかなりアレだったと思うけど仕方ない。
降谷さんはドン引きしていた。

「そうだ、君、」
「はい? なんでしょう」
「連絡先を教えてくれないか」
「正気か」
「は?」
「いえ、なんでもありません失礼しました」

危ない、うっかり心の声がそのまま外に出た。
赤井捜査官はわたしに興味もないだろう、早口に謝罪するとすぐに流してくれた。
はああああんクールッ……!
その冷淡さでわたしを氷漬けにしてくれないかな!!???

「降谷くんが連絡先を教えてくれなくてな。しかしそちらと直接繋がるものがひとつくらいあれば、面倒な取次を頼まずに済む。部下の君からなら、彼もそう突っかからずにこちらの言い分にも耳を貸してくれるかもしれん」
「なるほど、そういうことでしたか。うちの上司がすみません」
「いや、彼の性格は少しは把握してるつもりだからな」

赤井捜査官は、ふ、と苦笑してアメリカ人っぽい仕草で肩をすくめた。
あああああかっこよすぎる〜〜!!!
スパダリオーラで目が潰れる!!! 助けて!!!!
赤井捜査官の目の前でスプラッタ映画さながらのグロ映像を見せるわけにもいかないので、やっぱりさっと目線を足下に落とした。
危なかった……爆裂四散するところだった……。
さすがイケメンスパダリカンストスナイパー……落とすのがお上手である。
主にわたしの寿命とか。
ここ最近、確実に縮まっている。
助けて彼に殺される。
……えっ、死因が赤井捜査官……?
ご褒美かよ……二階級特進どころじゃない……。
葬儀でダンスパーティー開催するしかない。

電話番号とメールアドレスのやりとりを終え(最中何度か心臓が止まった)、わたし史上最高の笑顔でスマートフォンを渡した。

「はい、登録できましたね」
「ああ、手間取らせてすまなかった」
「いえ……それでは失礼します」

はああああ〜〜神さま仏さま降谷さま〜〜! ありがとうございます!!!
背を向けて退出する間、脳内ではわたしの殉死を偲ぶ葬儀を終え、大規模なお祭りが開催されていた。
背景でドンドンバーンと花火が上がりまくっている。
今日を国民の休日に指定したい。

かくして完全に合法的に赤井捜査官の連絡先をゲットしてしまったわたしは、その日ずっと携帯電話の電話帳の画面を眺めてはニチャニチャと顔面を溶かしていた。
電話帳の一番上に! 赤井捜査官の! 名前が!
夢かと思って顔を殴ってみたけどすごく痛かった。
夢じゃなかった。
風見さんには物理的に距離を置かれ、降谷さんには書類をまとめたバインダーで頭を殴られた。
めちゃくちゃ痛かった。
夢じゃないんだ!!!

「降谷さん、こいつ気持ち悪いので隔離しておきたいです」
「君の言いたいことは分かるが堪えてくれ。他部署に恥を見られたくない」
「降谷さん!」
「なんだ不審者」
「わたし、今日とっても元気なのでお仕事がんばります!」

なんて口走ったのがいけなかった。

日もとっぷり暮れ、そろそろ人もまばらになってきたにも関わらず、わたしのデスクには山積みの書類が鎮座していた。
そもそも始業時間や就業時間があってないような部署だから仕方ないとはいえ、さすがにこれは鬼か。
とはいえわたしよりもずっと忙しい上司に「無理疲れた帰りたい」なんて言えるわけがない。
殴られる。
我が上司はその大変お可愛らしいご尊顔に似合わず、大変男らしい現実主義、合理主義者なのだ。
加えて、男女平等パンチが出来ちゃうおひとでもある。
潜入先の喫茶店で安室透さんと顔を合わせたときは、「女性をエスコートするのが大好きなんです」みたいな微笑をまともに向けられて、めちゃくちゃゾワッとした。
モロに顔に出ていたのか、その後庁舎で再会したときに「お前、公安のくせに顔に出すぎなのはどうなんだ」と道端のゲロを見てしまったときのような表情で吐き捨てられた。
全くもっておっしゃる通りです。

「うう……ちょっと休憩しよう……」

そういえば、宮子さんに赤井捜査官の連絡先をいただいてしまったと報告もしていなかった。
そんな報告要らない、とばっさり切り捨てられる?
いーや、そんな未来見えませんね。
時間が合えば、明日にでも夜ご飯とかご一緒させてもらえないかな。
この激情をひとりで大人しく持て余すことなんて出来そうにない。

ご飯のお誘いと、赤井捜査官への思いの丈をブチ込んだ長文メール(これでもかなり削った)を送って、仕事に戻る。
しかし、いくら待てども宮子さんから返事は来ない。
彼女も忙しいんだろうか。

喉も乾いたし座りっぱなしで脚もむくんできたし、キリの良いところまで進めたところで、休憩がてら少し離れた自動販売機まで足を延ばした。
ら、

「赤井捜査官。お疲れさまです」
「ああ、君か。お疲れ」

いええーーーい! あいむはっぴーーーーー!!!!!!!
偶然、喫煙所から出てきたばかりの赤井捜査官と遭遇した。
今日のわたしは超絶ツイているらしい。
数年分くらいの運を使い果たしているに違いない。
でもそれで構わないんですいま最高に幸せだから、ってああああちょっとだけ煙草の香りがああああ!
こ、呼吸、いや、空気を、空気を吸引したい……肺いっぱいを赤井捜査官から漂ってくる煙草の香りだけで満たしたい……。
バレないように必死ですーはーしながら頑張って笑顔をつくる。
こんな時間まで残っていらっしゃったんですね、と会釈しながら本日二度目のお祭りと花火大会を脳内で開催していると、唐突に赤井捜査官が……なんというか……困ったように眉を下げた。

ヒエッッッ(呼吸が止まった音)

えっ、なにその表情!!??? 初めて見た!!!????
いやそもそも親しい間柄でもないから、そうたくさんの顔を見たことがあるわけじゃないけれども。
それにしたってかなりレアな、弱ったような表情。
か、かわいい……なにこれかわいいやばい……。
むり……オメガバース世界観ならアルファみ溢れすぎて会う人間全てオメガに作り変えちゃいそうな雄が……こんな、こんなバブちゃんみを感じさせる表情を見せてくるなんて……ボウヤだからさってことかな!
罪深すぎるわ逮捕しちゃうぞ!!!!!

「囚人服も似合うと思う」
「……なにか言ったか」
「いえなんでもないです。お忘れください。それよりどうかなさいましたか」
「その……気を悪くしないでほしいんだが……これは、君が送ってきたものかな」

これ、と差し出されのは、今日既に一度目にした彼のスマートフォン。
液晶画面にはメールボックスのページが光っている。
失礼します、と覗きこめば、先程わたしが宮子さんへ送ったはずのメール(冒頭には「赤井捜査官が最の高すぎて殉死する」との文章)がそこに表示されていた。
差出人は勿論わたし。

間違えて宮子さん宛てのメールを赤井捜査官に送り付けちゃったのか〜! と、優秀なわたしの頭は即座に推理した。
真実はいつもひとつってか!

「もし君じゃなかったらすまない」
「…………………………………………いえ、わたしです」

これわたし死んだわ。


(2017.09.27)
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