ちかちかと視界に星が舞う。
わたしは自分の身体をコントロール出来ずにいた。
溢れた自分の唾液を飲み下すことすら危ういほどに。
まさか自らの唾液で溺れてしまいそうになるなんて。
まともに呼吸を整えることすら許されず、ただただ直接的な喜悦を与えられる拷問のような時間はどのくらい続いているんだろう――ずっと果てを見せてくれなかった。
「ひっ、――ぁ、っ」
「ン、……んく、っふ、」
喉は嗄れ、声をあげることすら困難で。
ぐちゅ、びゅく。
ちゅぶぶ。
ぢゅーっ。
代わりに、到底聞くに耐えない下品な音がひっきりなしに響く。
わたしの知る透兄さんはいつも朗らかで、明るくて、爽やかな好青年だった。
バイト先の喫茶店では女子高校生からも人気が高いのだと、バーボンから教えてもらったことがある。
そんな透兄さんの形良い唇から、これほどはしたなく、淫らな音が出ているということすら信じられなくて、けれど途方もなく苦しくて、――気持ち良くて、気が狂いそうだった。
やわらかな唇で陰核を挟まれ、痛いほど張りつめたまあるい先端を舌先でちろちろとなぶられると、浅ましく腰がくねり、がくっがくっと痙攣してしまうのを堪えきれない。
にも関わらず同時に身体中がふわふわしていて、酸欠のせいだろうか、思考に白く靄がかる。
甘ったるい絶望で、意識が混濁する。
――ああ、こんなことが前にもあった。
あのときは口付け。
初めて、唇と唇を触れ合わせるキスをしたときの。
いまは、――こんなにもいやらしい粘膜同士の口腔愛撫。
あのときは、わたしがぐったりと気を失ってしまうまで、透兄さんは許してくれなかった。
無意識に、ゆるゆると口角がとろけていく。
口の端から嚥下しきれなかった唾液を垂らしながら、だらしなくゆるんだ笑みが顔中に広がる。
――ああ、兄は許してくれない。
ああ、兄はきっと、わたしを離してくれない。
涙がこぼれる。
それは――まぎれもない、幸福だった。
ぢゅるるるるっと粘ついた水音が一際大きく鳴る。
包皮から剥き出しにさせられた突起を甘噛みされる。
感電したように背を弓なりに反らせて、わたしはもう何度目か分からない――もしかしたら、一度目のものがずっと続いていたのかもしれない――絶頂に、またも強制的に跳ね上げられた。
「ぁあ……ん、ふ……おにいちゃ、――ぁ……っ、っ……」
「ン……っ、ふ、かわいい……なまえ……」
嗄れた喉は嬌声もあげられない。
透兄さんの愉しそうに細められた瞳が、ぎらぎらと光っていた。
鮮烈な青いきらめきは、快楽でとろけた脳裡にも印象強く残った。
ちかっちかっと鼻先で火花が飛び散る。
頭のなかが真っ白に弾けた。
・・・
――どれくらいそうして、拷問のような快楽の渦に飲み込まれていたんだろう?
いつの間に意識を手放したのか、また、戻ったのかも判然としない間も、透兄さんは優しくわたしの髪をすいてくれていた。
「ああ、起きたね、なまえ。大丈夫?」
「……とーる、おにいちゃん……?」
ぼんやりと兄を呼ぶ。
かすれた声は舌ったらずな発音を隠せず、わたしは緩慢にただぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「……ふふ、意識、まだはっきりしていないのかな。そんなに気持ち良かったの? 気を失っていたのはほんの数分だよ。無理させてごめんね……なまえが可愛くて」
やわらかく明るいいつもの透兄さんの声。
伏し目がちにわたしを見下ろして微笑む兄の睫毛は、蜂蜜の髪よりもわずかに色が濃く、褐色の頬にくっきりと影を落としていた。
電気も付けていないのに部屋は明るい。
透兄さんの言う通り、まだ昼の中頃くらいなんだろう。
世界で一番安心できる、兄のまるで子守歌のように穏やかな声音に、またうとうとと微睡みに落ちてしまいそうになっていると、――突然、ひやっとした感触を覚えた。
「っ、あ」
思わず身を強張らせる。
透兄さんのベッドのシーツは、……わたしの身体から分泌された粘液や兄の唾液で、びっしょりと濡れていた。
まるで粗相でもしてしまったかのように濡れたシーツは、ところどころ染みの濃さを変え、淫らな粘液にまみれ、妙にてらてらと濡れ光っている。
その冷たさが、朦朧としていたわたしの意識を否応がなしに引き戻した。
あ、と間抜けな声が漏れ、ざあっと血の気が引いた。
一気に意識を手放す前のことを思い出す。
怯えた顔でふるえるわたしがどういう状況なのか、透兄さんは察したんだろう。
浮かべた笑みをじわりと深めた。
「は、っ……とおるにいさん、」
「ふふ、かわいい……なまえ……」
とろけるような表情と声色で、透兄さんがうっとりとわたしの名前を何度も呼ぶ。
ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音を立てながら、透兄さんはわたしの髪や頬へキスをたくさん降らせた。
日の射すこんなに明るい兄の部屋で、わたしはついさっきまで……大きく脚を開いて、透兄さんに――、
「うう……」
思わず呻く。
少しでも身じろぎすれば、内腿や下腹の倦怠感に、まるで自分の身体ではないような違和感を覚える。
わたしはぐったりと横たわったまま、到底耐えられそうにない恥ずかしさで身を縮こまらせた。
羞恥のあまりまたじわじわと滲んできた涙は、機嫌よく笑う透兄さんの唇によって吸い取られ、流れ落ちることはなかった。
そろりと下腹部へ視線を走らせれば、ずっと強く押さえ付けられていたせいだろう、腰や下腹の辺りには、透兄さんの指のあとがくっきりと残っていた。
ジンジャーやシナモン、たっぷりのスパイスを加えたミルクティーを思わせる兄の褐色の手。
まるでその色がうつってしまったような痣に、どくりと胸が高鳴る。
……兄と同じ色。
幾度となく付けられた赤い噛み痕やキスマークではない、浅黒いそれがわたしの肌にある――ただそれだけで、ぎゅう、と胸の奥が握られるような、不思議な息苦しさを覚えた。
「……にいさん、」
「なあに、なまえ。少しは落ち着いたかな」
優しくわたしの黒い髪をすきながら、透兄さんが微笑んだ。
うっとりとその微笑に見惚れていると、――そのときふいに、太腿に熱い感触が触れた。
思わずぴくりと肩が跳ねてしまう。
それは兄の勃起した陰茎だった。
無意識に、は、と荒く息が漏れていた。
いつも爽やかで、朗らかな物腰の兄と、グロテスクなほど勃起したソレは恐ろしいくらいに不釣り合いで、脳内で結びつかないほど。
火傷しそうなくらいにひどく熱く、そして大きく硬い肉塊の感触に、ざわりと肌が粟立つ。
「あ、……っ」
「……ごめんね、なまえ……やめてあげられない」
どう反応して良いか分からず、困惑して兄を見上げると、形の良い眉を下げて透兄さんは困ったように苦笑した。
空を連想させる明るい瞳は、なにか痛みを堪えるような光で揺れている。
「僕はね、なまえ。……お前が、妹じゃなければ良かったって思うことがあるんだ」
「に、にいさん、」
「……悪い兄でごめんね。なまえが妹じゃなければ……こんなに触れるのを躊躇ったり、離れるのを怖がったりしなくて済んだかもしれないって、いままでに何度も思っていたんだよ」
――同じだ、と思った。
ほんの数時間前、零兄さんに泣きながら言ったわたしと、同じだと。
「……兄妹だから、ずっとなまえが産まれたときから一緒にいられて嬉しいって思っているのに」
相反する気持ちで暗く微笑むその顔は、幼い頃からよく知る透兄さんの笑みとは遠くかけ離れていた。
本当にこれが透兄さんなのかと目を疑うほど。
透兄さんがこんなふうに、暗く、冷えた表情で笑うことなんてなかったから。
――透兄さんにこんな顔をさせているのは、わたしのせいなんだ。
そう思うと快楽でとろけた胸が苦しく、――けれど、それほどまでにわたしのことを求めてくれているんだ、という、ひどく後ろ暗い喜びがふつふつと沸いてくるのを堪えきれなかった。
いつも朗らかで明るい透兄さんが、こんなに苦しんでいる。
わたしのせいで。
こんな妹でごめんなさい、と心から思う。
透兄さんにそんな顔をしてほしくなかった。
透兄さんの望むこと、わたしに出来ることなら、全て応えたかった。
――嘘ではない、けれど、そんな兄を慮るような従順な、殊勝な心持ちから来る感情ではなかった。
純粋な、わたしの欲望だった。
わたしが、兄を求める、欲望だった。
こんな妹でごめんなさい。
透兄さんに向けてもう一度、胸のなかだけで呟く。
許されなくて構わない。
許しなんて請わない、要らない、……兄がいれば、それで。
「……兄さん、わたしね、……透兄さんの妹で良かった」
明るい晴れた日の空を連想させる天色の瞳が、わたしだけを映してぬらぬらと澱み、熱っぽく潤んでいた。
――ああ、透兄さんが苦しんでいる。
わたしだけに向けられる、その目をうっとりと見上げる。
「わたしが妹じゃなかったら、兄さんが……こんなに苦しむ顔、見れなかったから」
全部、欲しい。
妹を抱き締める穏やかな顔も、誰にでも見せる明るい笑顔も、兄と妹だと思って苦しむ顔も、悲しむ顔も、――男として恍惚に歪む顔も。
零兄さんに「兄妹であること」を肯定され、諭されたわたしが、辿り着いた答えのひとつだった。
妹だからこそ、兄だからこそ。
全部全部、わたしのものにしたかった。
兄を見上げ、両手を広げる。
きらきら輝く蜂蜜色の髪へ指を通し、透兄さんの頭を引き寄せる。
抵抗なく、透兄さんはわたしのしたいようにさせてくれた。
わたしが知っている誰よりも整った顔が眼前に迫る。
――どうしてわたしの兄は、こんなにきれいなんだろう。
呼吸を忘れてしまいそうになるほど端麗な若々しい顔、見るひと全てがつい追わずにはいられなくなるだろう天色の瞳、思わず縋り付きたくなってしまう鍛えられた体躯。
透兄さんが、わたしを求めている。
その事実だけで、未だぐちゃぐちゃにぬかるんでいる腹奥がずくりと重たくなっていくような心地がした。
――空っぽのそこが、はやく兄が欲しいとわめいている。
「……わたし、透兄さんが、……欲しい」
囁くような小さな声音は、自分でも驚くほど欲にまみれていた。
誰のためでもない、兄のためですらない、わたしの、わたしが兄へ向けた、欲望。
虚を突かれたように目をしばたたかせた透兄さんは、――次いで、ゆっくりと微笑んだ。
いつものような太陽のような眩しい笑顔ではない、けれど慈しむような、心の奥底から滲むようなやわらかな微笑。
恐ろしく強欲なわたしを許すような笑みに、また涙が溢れた。
もう何も要らないと、わたしのように、兄以外は要らないと、妹以外は要らないと、透兄さんも思ってくれるなら。
「……力、抜いていてね」
「う、うん……っ、は、ぁ」
ぐずぐずに濡れほころんだ膣口に熱い切っ先が触れ、くちゅりと秘めやかな水音が鳴った。
浅いところをにゅぷにゅぷと遊ぶようになぶられ、無意識にお尻を振ってしまう。
お腹のなかをもっともっと満たしてほしいと、涎をこぼしてねだっているかのように、蜜液がしたたった。
「あ、あ、……にいさぁん……」
「……ふふ、わかったから、そんなに急かさないで……」
笑みまじりに兄にそうなだめられ、かあっと熱が増す。
恥ずかしくて身をよじろうとすれば、逃がさないとばかりにまた腰を抱えられた。
――ゆっくりと、兄が挿入(はい)ってくる。
やはり零兄さんとのときのようにかすかな鈍い痛みはあるものの、それよりもずっとずっと大きな愉悦で泣きたくなるほど心地いい。
つい数時間前まで処女だったというのに、もう、狭いソコを押し拡げられていく感覚が堪らなく良い。
「ひぅっ……!」
「ッ、は、ぁ、狭いね、なまえっ……」
ゆっくりと、火傷しそうなほど熱く逞しい兄のものが押し進んでくるたび、尾骨や腰骨が抜けてしまいそうな堪らない気持ちにさせられる。
ナカの肉襞の感触を味わうように、狂おしいほど時間をかけながらの挿入。
じりじりと孔を拓かされていく生々しい肉感は、まるでわたしの方が焦らされているような心地すらする。
異物の挿入に息を飲んだのはほんの数瞬のこと。
膣襞をめくり上げられ、ずっぷりと満たし尽くされた胎内は、兄のグロテスクなほど膨張した褐色の肉棒を歓喜して迎え咥え込んだ。
お腹のなかの空洞を、埋められ、満たされるのが、これほど気持ちのいいことだったなんて。
あまりにも強すぎる喜悦に、挿入(いれ)られただけでまたもぼうっと意識が朦朧としてくる。
まだ二回目なのに、……こんな。
まるで自分が自分ではなくなってしまいそうな本能的な恐怖で、思わず全身が揺れた。
無意識にいやいやと逃げるように身体をよじると、兄さんは目端をゆるめた。
「……なまえ、いいこ」
幼い頃のように髪を優しく撫でられる。
そのやわらかな手付きに、幸せで目が潤む。
ああ、兄は、わたしが小さな子供のときからずっとなにも変わっていないんだ、と思った。
兄と妹でいけないことをしている――ほんの数時間前、零兄さんとの交わりでもちらりとよぎった罪悪感は、けれど、いま感じている幸福や愉悦の前では涙よりも淡く些細なことだった。
「ふぁあ、ああぁっ……あ、はぁっ、とおるにいさんっ……!」
「あ、はあっ、ねえ、なまえっ、きもちいい?」
言って、と明るい天色の瞳がねだっていた。
いつもは澄んだ明るい兄の目も、快楽でどろどろにとろけていた。
ああ、わたしが、わたしのせいで、兄が。
「ぁ……き、きもち、いいっ……!」
素直にそう言えば兄は嬉しそうに顔をゆるませた。
どくりと身体の奥から新たな悦楽が沸き起こる。
その満足そうな笑みを見て、胸が甘く疼く。
――きもちいいことをきもちいいと言うのは、良いことなのかもしれない。
いままで兄弟たちに触れられても、ずっと我慢していた快楽を伝える言葉。
またゆっくりと引き抜かれ、今度はずぷっと勢いよく最奥へと突き立てられる。
膨れた切っ先がずんと子宮口を突き上げ、脳髄までじいんと甘く痺れてしまう。
「ぁ、ああぁあッ……! とおるにいさん、ああっ、きもちいいっ……!」
「ッ、なまえっ、」
はしたないから、嫌われたくないから、とずっと閉じ込めてきた言葉を、素直に吐き出してみる。
すると告げた言葉は、兄ではなく、反響してむしろわたしのなかに響いてきた。
比例するようにわたし自身の声や言葉に興奮の度合いが増して、ますます昂ぶっていくのが分かった。
「おにいちゃんっ、ひああぁっ、すごいっ、きもちいいっ! ふああっ、おにいちゃんので、おなかのなかぁっ、ぁううぅっ……突かれるの、ッ、なまえ、きもちいいよぉっ……!」
「っ、は、……最高」
見たこともないほど雄臭く、兄が笑った。
透兄さんの額からしたたった汗がわたしの頬に落ち、それにすら兄を咥え込んだ媚肉は悦んできゅうきゅうと収斂した。
なんて浅ましい、なんていやらしい。
なんて――罪深い。
けれどどうでも良かった。
兄がわたしを欲している。
わたしが兄を欲している。
与え、与えられる。
これ以上の喜びが、存在するだろうか。
「は、ぁっ、おにいちゃ、おにいちゃんっ」
「ッ、なまえ、なまえっ、名前、呼んで」
「あ、ぅ、とおる、っ、とーるおにいちゃんっ……!」
ひと突きごとに、最奥を、子宮口を、思考を揺らされる。
髪を振り乱し、兄の下で見も世もなく泣き、声をあげる。
透兄さんにも気持ち良くなってほしい、わたしがいま感じているように、いいやそれよりも、もっと。
わたしで気持ち良くなってほしい。
――一緒に、狂ってしまうまで。
うっすら滲んだ涙のせいで不明瞭な視界のなか、それでも必死に透兄さんを見上げて名前を呼ぶと、どこかが痛そうな、それでもとろけるくらいに甘く潤んだ青い瞳で見つめ返される。
言葉よりもずっと雄弁に伝えられる、「愛している」に、胸を刺されるような心地がした。
気持ちいい。
堪らない。
――透兄さんと、ずっと、こうしたかった。
「すき、とおるおにいちゃん、すきぃっ……!」
「は、ぁっ、なまえ、なまえッ、ぼくも、愛してる、」
零にもバーボンにも、お前を渡したくないくらい。
耳元で爛れた吐息まじりにそう囁かれ、わたしはうっとりと微笑んだ。
荒々しく息を吐いて、透兄さんが余裕なくわたしの名前を呼ぶ。
いつもは朗らかで柔和、爽やかな青い虹彩が、ぬるりとのたうち潤んでいる。
至福に満ちた顔貌は、まるで知らない男のひとのように嫉妬と執着で歪みとろけていて、けれどそれは紛れもなく透兄さんのもので。
至近距離で見つめあって、火傷するほど熱い呼吸を交わしあって、狂おしいほど名前を呼びあって、――わたしの身体のナカで透兄さんの膨れ上がったものが、どくりとふるえたのを感じた。
(2018.06.03)