「おや、奇遇ですね」
「あ、こんにちは、ジョルノ!」
「なまえ、こんにちは。お一人ですか?」
「うん、ジョルノも?」
「はい」

持ちますよ、と、流れるような動作で、手にしていたエコバッグを奪われてしまった。
さすがの手際に遠慮する気も失せて、大人しく荷物を預ける。
うーん、さすが。
美人すぎて今までわたしが持っていたただのエコバッグすら高級品であるかのような錯覚を覚える。
持っているものはスーパー帰りの主婦感あふれんばかりだというのに、美形ってすごい。

珍しくみんな出払っていて一人でお買い物へと出ていた帰り、学校からの帰りだろうか、偶然ジョルノと出会った。
会うことが出来た偶然にありがとう神さまと心のなかでこっそり感謝する。
にこにことわたしに向けるには勿体ないような笑顔を浮かべていたジョルノは、太陽の下でまぶしい程の金の髪を揺らして「それにしても、」と首を捻った。

「また随分と買い込んだんですね」

不思議そうに首を傾けて手にしたエコバッグを少しだけ持ち上げる。
わたしが一人、両手でやっと運んでいたそれを軽々と片手で持つジョルノに、ちゃんと男の子なんだなあと感じる。
周囲の規格外な人たちのせいで感覚がおかしくなっていてなんだか華奢に見えるけど、認識を改めなきゃいけない。
それにまだ15歳なんだし、これからもっと大きくなるんだろうなあ……っていやいやストップ!
現実逃避している場合じゃない!
しどろもどろに「そ、そうかなあ……」と、なんにも上手いことも言えずに、何と言い訳しようか必死にぐるぐる考える。

ええっと、荒木荘のみんなはジョルノたちジョジョが近くに住んでいることを知っている。
だけど、ジョルノたちはラスボス勢がいるってことを知っているのかな……?
そこら辺、きちんと把握しておくべきだった!
というかわたしがみんなと一緒に暮らしているって知ったら、反対される気がする……。
いま目の前で、ものすごい至近距離でわたしのことを見つめてきているこのギャングスター様は、特に!

わたしは少女マンガに出てくるような、他人の好意に異常に鈍感なヒロインじゃない。
そんな可愛らしいキャラクターじゃあるまいし、あれだけあからさまにアピールされていれば、さすがに好意を抱いてくれているんだろうなあって察することくらい出来る。
出会いがしらに毎回熱心に口説かれれば、そりゃあ。
女性になら誰にでも言っているんだろうなあ、でも原作を読んでいてジョルノってそんなキャラだったっけ? と疑問に思っていたのも懐かしい。

顔を合わせるたびに向けられる甘い言葉の数々に耐えきれず、ある日、免疫のない日本人になにか対抗策はありますかとディアボロさんに尋ねたら、イタリア人全員が全員そんなに口説くと思うな、危機感を持て、と、なぜか怒られた。
ジョルノ程のひとなら、美女も可愛い子も引く手あまたのより取り見取りだろうに、どうしてわたしなのかという疑問は拭えないけれど。
そもそも好意と言っても、恋愛としての感情なのか、それとも思春期にありがちな年上に憧れる一過性のものなのかも判別出来ていないし……っていまはそんなことを考える場合じゃない。

ど、どうしよう、神さま模範解答を与えてくださいタスケテ! と祈ってみるも、日頃不信心なわたしに救いの手が差し伸べられることもなく、「ええと、ジョルノのおうちみたいに、結構大人数で一緒に住んでいるから、買い物の量が多くって……あ、あはは……」と乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
どうしろって言うんだ。
というか折角ジョルノに会えたっていうのに、どうしてわたしはこんなに焦っているんだろうか。
当のジョルノさんはふむと顎に手を添えて、優雅な仕草で首を傾げた。

「つまり、ご両親などご家族で、という訳ではないんですね?」
「……え?」
「普通もしそうなら、家族と暮らしていると答えるでしょう? 家族以外の誰かと同棲……いえ、同居しているんですか? 交際している方でもいるんですか?」
「いいいいやいや、ちょっと考えすぎじゃないかな? ね? ジョルノさん一旦落ち着こう、ね、目が怖いよ?」

じりじりと後ずさるものの、一向に距離は開かない。
むしろ狭まるばかりである。
なぜならわたしが後ずさるスピードよりジョルノが問答無用で詰め寄ってくるから。
ああ、獲物を前にした距離の詰め方が、少しDIOさんに似ているなあ、やっぱり親子だからかなあって……ちょっ、待って、もう後ろは壁だから!
本当に助けて神さま!

「あ? こんな所で何してんだ、ジョルノ」
「チッ……ミスタですか」
「おい待て、なんでオレ今舌打ちされたんだ」
「気のせいです」

ミスタだー! 救世主!
あやうくジョルノは、こんな道端で乙女の憧れである壁ドンを、わたしなんか相手に披露してしまうところだった。
偶然通りかかったらしいミスタは、げんなりした表情を浮かべて引き剥がしにかかってくれる。
た、助かった……!

それにしても、ジョジョキャラたちの行動範囲はどうなっているんだろうか。
これじゃあ、おちおち荒木荘のみんなと一緒に出掛けられないんじゃないの……。
例えばひきこもりがちとはいえディアボロさんと一緒に外出しているときに、この二人と、というかジョルノと遭遇してしまったら、ディアボロさんは最悪の場合ショック死してしまう可能性だってあるんじゃないだろうか……。

「おっ、もしかしてこの子がウワサのなまえちゃん?」
「う、うわさ……?」
「余計なことは言わなくて結構です。その顔面、再起不能にされたくないでしょう」
「オイ、挨拶くらい」
「許可しません」
「……えーと、あの、なまえと申します」
「ああ、ジョルノから聞いてる。オレはミスタ。よろしくな!」
「アンタ人の話聞いていました?」

握手しようとしたのを阻まれ、ケチだなボスさんはよォ〜と呟きつつ離れたミスタは、よろしくとウインクをした。
こんな仕草が嫌味にならなくて自然に決まるんだから、本当にイケメン外国人はすごい。
そのウインクに惚けていたら、それが気に食わなかったのか、不機嫌顔のジョルノにぐいっと肩を引き寄せられてしまった。
強引でいて、それなのに力加減は全然痛くなくてむしろ優しいくらいの拘束に、うっかりほんの少しだけときめいてしまったのは仕方のないことだと思う。

「じょ、ジョルノ、」
「僕の前で、あなたをあまり他の男の目に触れさせたくないんです」

分かりますね? と、DIOさん譲りのそりゃあもうきれいなお顔で微笑まれたら、ただの一般人のわたしには白旗を挙げることしか出来ない。
おーおーお熱いことで、とニヤニヤ笑うミスタに苦笑を返す。
笑っていないで、正直助けてほしい。

思っていたより存外たくましい胸板に引き寄せられながら、ふう、と、バレないように小さく溜め息をつく。
さて、これからどうやったら荒木荘まで二人を連れずに、帰宅出来るだろうか。
秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、空の端はわずかにうっすらと色が変わりはじめている。
ああ、どうしようかなあと現実逃避しながら、その空を見上げた。

wisteria's suffering
(2014.10.18)
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