(※「またあなたに恋をする」の続きです。引き続きメタ発言しかない。深く考えてはいけません)




「無理」
「第一声がそれか」
「いや、だって、無理じゃん……わたしはなにを見たんだ……? 腐の方々にまで、安室透の夢女さんたち大丈夫なの……?って心配されてんだよこっちは! 大丈夫じゃないです冥界からこんにちは!」
「戻ってこい」
「無理」

初めて執行されてから、早二か月近く。
日ごとに暑さが増し、太陽の眩しい時間が長くなっていく。
吹き抜ける湿気を帯びた風は軽やかとは言いがたいものの、あちらこちらで咲く紫陽花が美しい季節だった。

傘をたたく雨粒がぱらぱらと音を立てている。
零の傘は暗い紺、わたしのものは淡い黄色。
ちなみにこのお気に入りの傘は、彼の髪色に似ていて一目惚れから購入してしまった……というのは本人には内緒である。

小間よりも色濃いハンドルを握り、わたしはがっくりと項垂れつつ呆然と呟いた。

「くっ、まさかここまでとはな……」
「やめろ」

不快そうに顔をしかめて、零が呟いた。
形の良い眉が、ぐ、と寄せられ、苛立った表情でにらまれる。

あ、無理。
そのお顔、雄みがしんどい。
いまなら彼のどんな些細な表情でも頭がぱーんっとなってしまうので、そんな顔をしないでほしい。
しんじゃう。
映画で「人が死んでもいいのか!?」ってコナンくんも怒ってたでしょ!
軽率にそんなに格好良い顔しないでほしい! 死にかねないんだよこっちは!!!

「ふえぇ……ころさないでください……」
「冤罪もいいとこだな」

はあ、と心底面倒そうな溜め息をつかれてしまった。
すみません、その吐いた息、どうにかして集めて保存できませんか。

な〜んて考えているのがバレてしまったのか、また零に一睨みされてしまった。
うう……その表情もかっこいい……すき……無理……。

「はあ……まともに映画の感想を書けるようになったの、執行7回目くらいからだったんですけど……」
「6回目まではなにしてたんだ」
「呆然と涙が流れるままに任せていた」
「うわ」
「すごいものを見たってことしか分からない……語彙は死んだ……」
「元々生きていたかのような物言いだな」
「嘘ついた、元から息はしてなかったです」

1800円であんな浴びるように降谷零を摂取できるなんて、実質無料では。
確定で最高の降谷零に会えるんだよ、実質じゃないわ完全に無料だわ。
むしろもっとお金出したい。
映画館に住みたい。

もっと執行されたいけど、執行された直後、執行されたいと欲してしまうし、だからまた執行されて執行されたらもっと執行されたいという感情しか湧いてこなくて仕方なくすぐ執行されるんだけど、いざ執行されたらアッ執行されたい!と思うからまた執行されに行って、執行されて、執行されたい、

「ああ〜〜〜気が狂いそう」
「……まるでいままで正常だったみたいな言い方をやめろ」
「すみませんでした」

素直に謝って、けれどすぐにぐったりと目を伏せる。
とんでもないものを見てしまった。
それしか言葉が出てこない。
まさか、あんな……あんな……、

「無理」
「それ以外の感想はないのか」
「いやね、いっぱいあるんですよ。推理パートは真面目に犯人を考えていたし、司法制度だとか警察組織だとか、正義とは、愛とは、とかいろんなことを一生懸命考えたり、考察してみたりなんかしちゃったりしたんですよ。でもね、ラスト30分くらいで記憶が消える。……全部零のせいだ!!!」
「だから冤罪だって」

傘をたたく雨粒は勢いを弱めていた。
この様子だともうじき雨も止むだろう。

そういえば雨といえば、日本橋でのシーン、どうして零は傘を差していなかったんだろうか。
冷たい雨から傘によって守られている周囲のひとたちと、それを持たない彼の立場との対比……とか考え出すとしんどみが増すのでウンやめよう!!!
どうしてあんな儚げな笑みを浮かべていたんだ!!!!
「ご褒美だよ」ってなんだ!!!!
どうしてそこでウインクしたんだ!!!!!!
水も滴る最高の男でしたありがとうございました!!!!!!!!

「冤罪じゃないです〜! あんまりにも執行人の降谷零が格好良いというか、至高というか、尊すぎて、こちとら自分自身と解釈違い起こして苦しんでいたんです〜!」
「解釈違いってなんだ」
「あんなに尊い降谷零を自分の妄想で汚して良いのかっていう葛藤だよ! 全部零のせいですありがとうございます!!!」
「なんだこいつ、面倒くさいな……」
「でもね、なんでもかんでもぶっちゃけちゃう中の人のラジオとか、本誌のあざとすぎる安室透とか、an・anのドスケベバーボンとか、安室透/降谷零/バーボン シークレットアーカイブスのぶっちゃけトークとかのせいで、なんていうか、吹っ切れてきた」
「……それは……良かったな……?」
「ありがとう、わたし、零のことが好き」

ついさっきまでうんうん唸ったり騒いだりしていたのは置いておいて、とりあえず一番伝えたかったことを言葉にする。
彼の目を見据えてはっきり断言した。

こいつ突然なにを言い出すんだと思っているんだろうな、零はぱちくりとまばたきをした。
アッ、その表情、最高に可愛い。

傘の下、いつもより色を濃くする青い瞳は、こんなときでもはっとするほど美しかった。

「……だってね、どんな"降谷零"に会えるんだろうって、ずっとずっと、楽しみにしていたの。でも、もし期待しすぎちゃって裏切られたらって思うと、怖かったのも本当で……」

くるりとハンドルを回すと、遠心力でぱたぱたと水滴が跳ねていく。
重たく垂れ込めていた雲の隙間から、太陽の光がうっすら射し込んできていた。
細く降りてくる太陽の光を反射して、小さなしずくがきらきらと輝いている。

「……零の正義をわたしは受け入れられるんだろうか、公安の捜査官としての降谷零に対して、……ネガティブな感情を持つようなことがあったら……どうしようかって」

安室透として、バーボンとしての彼なら、原作やアニメでいままで見てきた。
けれど、公安に所属している「降谷零」をしっかりと描かれるのは、これが初めてで。
どんな彼に会えるんだろう、どんな彼を知ることが出来るんだろうという期待と、興奮と、……かすかな恐怖を抱いていた。

「ねえ、零。前に言ったこと、覚えてる? ……また、きっと、零のことを好きになる、って」

けれどやっぱり何度見ても、彼は強くて、美しくて、そしてこの国のためただ真っ直ぐにひたむきで。
どうしてこのひとはこれほどまでに、揺らがぬ信念を持って前を向くことが出来るんだろうと……戸惑うくらいに。

零は目を逸らすことなく、ひた、とわたしを見つめていた。
吹く風のように涼やかな瞳は、ただ静かに凪いでいる。

……ああ、このひとは、なんて美しいんだろう。

「いままでこれ以上ないってくらい、大好きだったのに。もっともっと、……あなたのことを好きになれるんだねって」

雨は止んでいた。
傘を差したまま、奇跡のような彼の瞳を見つめる。

「やっぱり、思ってた通り。……もっともっと、零のこと、好きになったよ」

ありがとう、わたしと出会ってくれて。

いつかも言った感謝の言葉を、また繰り返す。
何度口にしても、伝え足りないと悔しく思う。
何十、何百、何千と言葉を重ねても、この気持ちを彼に伝えきることなんて、きっと出来ないんだろう。

そう考えると、目の奥が熱くなってきてしまった。
すん、と鼻をすすれば思ったよりもずっと湿っぽい音がする。

ああ、またあのときみたいに泣いてしまいそう。
そんなわたしのことなんてとっくにお見通しなんだろう、零はくしゃりと相好を崩して笑った。

「……"降谷零"は格好良かっただろ?」
「さいっっっこうにかっこよかったですこの国に生まれてよかったぁ……」
「泣くなよ」
「こちとら初見時からずっとエンディング泣いてるんです最高のイメソン主題歌をありがとう福山雅治、ファンクラブ入会しました」
「お前……」

呆れた顔をしながら傘を畳む零に、だって! と声を荒げる。

「お布施したかったんだもん」
「映画館で聞けば良いだろ」
「それはそれ。これはこれ」
「浮気か?」
「恋人はこの国さ、なんて言っちゃう気障ったらしい男に言われたくありません」

つん、とそっぽを向いて傘を畳んだわたしに、零がまた笑う。
深く胸に染み渡るような彼の声は、いつまでも聞いていたくなってしまう魔法のような力を持っている。
低い囁きは、地に満ちる福音のようにやわらかく響いた。

「……お前も、降谷零に……俺に、出会ってくれてありがとう」
「うううずるいぃ……いまそんなこと言われるとほんと泣いちゃうからやめてよぉ……」

はは、と笑ってわたしの頬を撫でた零は、また、泣きたくなるほどきれいな目を細めた。
雨上がり特有の涼しい風が吹き、彼の蜂蜜色の髪をさらりと揺らしていった。

雨によって色みを増した木々の緑と、きらきら輝く水滴たち。
雲の合間から細く射し込んでいたはずの太陽は、いつの間にか空を地を、わたしたちを明るく照らしていた。
完璧な円を描く眩(まばゆ)い日の下、彼の屈託ない笑顔にまた涙がこみ上げてくる。

――あなたに出会えて本当に良かった。
いつもこの国を、わたしたちを、守ってくれてありがとう。
あなたの守るこの国で、わたしはこれからも生きていく。

わたし、だってね、

またあなたに恋をした

遺書のアンサーです。アンサー、答えが出せたということで、自分のなかでやっとひとつの区切りが付けられたような気がします。わたし自身、執行人が原因で、ここまで限界が極まってくるとは思っていませんでした。拗らせすぎていて一時期なにも書けなくなっていましたが、本当に……なんて映画を……見てしまったんだ……。
降谷零が高潔、孤高、至上なのが全ての原因です。責任取って、降谷零には世界で、いや宇宙で一番幸せになってもらわないと困る。


(2018.06.05)
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