(※メタ発言しかない。とにかく深く考えてはいけません。遺書です)




「なんだか、まばたきしているうちに一年が過ぎた気がする……」
「なに年寄りみたいなこと言ってるんだ」

呆然と呟く。
四月中旬の頃特有の陽光は、どこか心の奥底がほんのり浮き立つような、落ち着かないそわそわした気持ちにさせる。
朝晩はまだ肌寒さはあるものの照る日は暖かく、木々の濃い緑が目に気持ち良い。
薄い雲がたなびく、うららかな日だった。

「カウントダウン、"ゼロ"を聞いたあの日から、一年が経ったんだね」

わたしは澄み切った空の青さに目を細めて、ゆっくりと振り返った。
少し遅れて後ろを歩く恋人は――降谷零は、やれやれとでも言いたげな、呆れた顔をしてわたしを見ている。
グレースーツに深緑色のネクタイがよく似合っていた。

一年前のあの日、わたしには想像できなかっただろう。
彼の青い瞳にわたしが映っているのが、こんなにも幸せだとは。

「……思い返すと、いろんなことがあったね」

「恵みの雨」というより、「供給の滝」に打たれた一年だった。
早バレから全力で逃避して、映画タイトル大喜利で賑わったTL。
11月29日、「ゼロの執行人」というタイトルと一緒に、ポスターが解禁されたよね。
覚えてる? あのとき、TLが「零………………………………………………」で埋め尽くされたの。

12月5日、あれは確か平和な週初め、月曜日の朝だった。
特報動画が公開されて、まさかこんなタイミングでッ……! と血ヘド吐いたの、まだ覚えているよ。

年末はとうとう紅白デビューしてしまって……年が明けて、1月6日。
アニメでジャンバリの衝撃で記憶がぶっ飛んだのは……本当に許してないからな沖矢昴もとい怪盗キッド……!!!!!
ちなみに赤NGクリスマスカードも、公安の犬年賀状も来ませんでした。
泣いた。

2月10日からは、「純黒の悪夢(ナイトメア)MX4D/4DX」上映があったね。
わたし、本当に嬉しかったの。
迫力ある大画面、圧倒的なサウンドで、あなたに会うことが出来て。
揺れ続ける座席と顔にかかる水しぶきで、わたしはわりと瀕死だったけど。
……いやでもあの特典映像なんだったの? なんであんなえっちな感じだったの??? 国民的アニメの予告動画なんだから「映画"ゼロの執行人"、お楽しみにー!」みたいなやつ想像していたら、まさかの、あんな、あんな、

「えっちすぎるわ!!!! なんで肌蹴ていたの? あの部屋なに? どう見てもホテルだったよね???」
「そんな前のことまだ言ってるのか、なまえ……」

2月13日からはユニバであむレスがいまも開催している。
まじでやばくない? なにあれ? トオルの女にならない人間いる?????
脱出ゲームで唐突に安室透に遭遇したら、心臓が止まるって運営は理解していなかったのか?????

その間にも毎週毎週、水曜日に新グッズやイベントの情報が公開されて、なにがいつ発売なのか、どこでなにが開催されるのか、きちんとスケジュール帳で管理しないと手に負えないし、それでも把握しきれないほどたくさんのことがあった。
まだ水族館にもコラボカフェにもくら寿司にも科学捜査展にも行かなきゃいけないし。

そうやって――息つく暇もない公式からの怒涛の供給に、サンドバックもかくやってほど殴られるたび、思ったんだ。

「絶対に、百億の男にするんだって」
「なんだ百億の男って」
「お前のことだよ」

待ってろよ、と笑うと、零は呆れたように肩をすくめた。
内側にくるりとカーブした蜂蜜色の髪が、さらりと揺れる。

ハア〜〜〜時間にしてほんの3秒、約90フレームでこの美しさ!!!!
たったこれだけの仕草が、こんなに尊いってことは、映画で無事に済むはずがない。
上映時間110分=6600秒だぞ!!!???? 何フレームだ!!!???? 新規絵20万!!???? 正気か??????

奇跡のようなそのさまに見惚れていると、零は苦笑をひとつこぼして遠くを見つめた。
丁度、GOSHO神が描いたポスターのような感じで。

空を見上げるその青い瞳は、なにを思っているんだろう。
なにを見て、なにを考え、なにを守ろうとしているんだろう。
この国のため――「正義」のため、日夜職務にどっぷりと身を浸している彼が、どれだけの重責、負担を課せられているのか。
――わたしはそれを、「降谷零の正義」を、理解することが出来るんだろうか。

突発的に吹き抜けた強い風に視線を攫われたように、遠くへ目を向けていた零が、ぽつりと呟いた。

「……いままでの"降谷零"はいなくなるぞ」

明るくなんでもそつなくこなす私立探偵「安室透」として登場し、黒の組織随一の探り屋「バーボン」として主人公たちを苦しめ、……そんな彼をわたしたちはずっと追いかけてきた。
わたしたちは、まだ、「降谷零」を知らない。
もしかしたら、国家の犬として、その手を汚しているかもしれない。
「個」より「国」を優先させるべき彼が、誰かを騙したり、利用したり、――苦しませたり、涙をこぼさせたり、そんな、醜い所業に手を染めていたなら。
初めて目の当たりにする「降谷零」が、わたしたちが夢見て思い描いていたひとと違ったなら、それは。

「……この一年、いろんな"降谷零"を見たよ」

目を閉じて思いを馳せる。
脳裡を走馬灯が駆け巡る。
――ああ、この一年、本当に楽しかった。
わたしたちは、「降谷零」をたくさん知ることが出来た。

「電話番号流出のときは、スマホ落として液晶画面の右上が割れたし、」
「あれそのときに割ったのか」
「can・camのふろくや裏表紙を飾ったのを見たとき、なんて可愛いんだろうって涙がぼろぼろこぼれたし」
「情緒不安定すぎるだろ」
「瞳孔開いて雄の顔して運転している、例のフォトギャラリー(11)が出たとき、口から泡吹いて卒倒したし」
「こっわ」
「主題歌発表のために4時起きしてその日使い物にならなかったし」
「ほんとにな」
「ソシャゲ苦手だったのにグラブルに登録したし」
「最近ずっとスマホ見てたの、そのせいか」
「まさかこのタイミングで原作再開が来るとは思わなくて油断していたから、引っくり返って床で痙攣したし」
「日付が日付だけに、エイプリルフールかと思ったな」
「並居るバニーガールのなかで一番えっちで可愛かったよ」
「なまえも着るか? バニー」
「絶対に嫌。零がバニーボーイしてくれるならやぶさかじゃないですけど」
「やめておくか」
「えええ〜見たい……。アニメでケーキが作れることが判明したと思ったら、びっくりするほどあざとさMAXで白目剥いたし」
「安室透はあんなもんだろ」
「……ねえ、零……いろんなことが、あったね」

目を開いて、零に向けて微笑む。
彼は目を逸らすことなく、ひた、とわたしを見つめていた。
吹く風のように涼やかな瞳は、ただ静かに凪いでいる。

……ああ、このひとは、なんて美しいんだろう。

「"降谷零"の新しい面を知ることが出来る、それがどんなに嬉しいか分かる?」

自然と浮かんだ微笑は、時間が経つにつれ、気を抜くと泣いてしまいそうになるのを耐えるものになっていくのを自覚していた。
彼から肯否の返答はなく、髪より色を濃くする繊細な睫毛がかすかに揺れた。

「また、きっと、零のことを好きになるよ。いままでこれ以上ないってくらい、大好きだったのに。もっともっと、……あなたのことを好きになれるんだね」

ありがとう、わたし、あなたに出会えて良かった。

祈るような気持ちで呟く。
目の奥が熱くなって、鼻の奥がつんと痛くなる。
そろそろ無理やり笑顔をつくっているのも限界だったけれど、最後くらい、やっぱり笑って迎えたい。

「……馬鹿か。泣くなよ」
「な、泣いてないもんんんんん! 映画はじまって、オープニング流れてタイトルがバーン!って出たら、絶対に泣く自信はあるけど!!!!」
「胸張って言うことか」

下手くそな笑みを浮かべるわたしに、零はくしゃりと相好を崩した。
癖なのだろうか、右手で前髪を掻きあげる。
眉間のところでクロスしているやわらかな前髪が上げられて、いつもは隠されている形の良い額があらわになった。

「百億の男にしてくれるんだろう?」
「うん。日本の興行収入歴代30位以内に入れたい。百億のラインはそこ」

ぐすぐすと鼻をかみながらもきっぱり言うと、零はまた呆れたように笑った。
その笑みにまた馬鹿みたいに見惚れていると、彼が真っ直ぐ手を差し伸べてきた。

「……じゃあ、こんなところで立ち止まってる場合じゃないな。なまえ」

少し後ろを歩いていたはずの彼は、いつの間にかわたしを追い越して、目の前でゆったりと微笑んでいた。
伸ばされた褐色の手に、恐る恐る自分の手を重ねる。
すぐにしっかりと握られた温かな手は、わたしよりもずっとずっと大きく、力強い。
この国を、わたしたちを守ってくれる、立派な成人男性のもの。

「こんなに顔はかわいいのに……」
「あ???」
「……零が格好良くて、好きだって、改めて思ったの!」

笑って、握る手に力を込める。
ぶわりと春の風が吹いて、また、さらさら髪が揺れた。
グレースーツの裾をはためかせ、強く美しい、降谷零という男は前を向いていた。

明日、4月13日。
まだわたしの知らないあなたに会えるのが、こんなにも嬉しい。
どんな未来が待ち構えているのか、まだなにも知らない。
少し怖い気持ちもある。
はやく映画が見たいはずなのに、このお祭りみたいな高揚感が、人生の絶頂みたいな万能感が終わってしまうのが、寂しいと感じるわたしもいる。

――でも、これだけは分かっている。
わたし、きっとね、

またあなたに恋をする

4月12日。限界夢女の遺書です。
遅ればせながら去年初めて純黒を見て、ずっと、とっても楽しい一年でした。いろんな供給が息つく暇もなく押し寄せてきて、なんだかあっという間だったな……。
……わたし、明日、執行されます。ありがとう、さようなら。知らないあなたに、そして新しいわたしに会えるのを、楽しみにしています。


(2018.04.12)
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