ひどく緊張した面持ちでなまえが部屋へ入ると、部屋の主はゆったりと微笑んでそれを迎えた。
組織においてそれほど地位の高くないなまえが、そのトップの座に君臨するジョルノと直接言葉を交わすことは多くはなく、不慣れさが余計に緊張に拍車をかけていた。

ただ、報告をするだけ。
昨夜支配下にある地区で起こった騒動について、顛末を伝え、詳細を記した書類を渡すだけで良い。
時間にしてたった10分も掛からずに済むことだろう。
にも関わらず彼女がこれほど神経質になっていた理由は、ひとえに当の上司にあった。

「――ああ、なまえ、こちらでお願いします」

書類を手に、なまえは戸惑いながら彼の顔をそっと見やる。
こちらで、とジョルノが指し示したのは、彼の座る椅子のすぐ隣。
普段はデスクを挟んで相対するため、一定の距離が保たれていたというのに、そんなところまで近付くなんて、手を伸ばせば簡単に触れることが出来てしまうに違いない。
なまえがジョルノと直接関わることに、極端に緊張する理由。
それは彼がなまえに対して、ただの一部下に接するにしては、距離を詰めたがる言動を頻繁に取るためだった。
今日だって、別段ここへ報告に来るのはなまえである必要はなかったというのに、わざわざ彼女を名指しして呼び寄せたのは、畏れ多いことに彼本人だという。
なまえはまるで断頭台に上がる罪人のような気持ちで、この執務室へとやって来た。

そんな彼女に突然の指示を与えたジョルノは、変わらず柔らかく微笑したまま、しかし決して拒否も辞退も許さない悠然さでなまえを待っていた。
彼の背後の窓から降り注ぐ、太陽の光。
それを反射してきらきらと輝く金糸が、えもいわれぬほど美しい。
なまえは緊張のあまり、掌がじわりと汗ばんでいることに気付いた。

「し、失礼いたします……」

こくりと喉が鳴る。
この組織において神にも等しい彼にそれほど近付くのは、なまえにとって初めてのことだった。
静かに、出来るだけ音を立てないように、指さされた場所、彼のすぐ隣まで至ると、ジョルノはようやく満足そうに微笑んだ。
その笑みに見惚れながら、なまえはいつの間にか詰めてしまっていた息をそっと吐き出し、書類に目を落とす。
いまは執務中だ。
多忙な上司の手を煩わせてはいけない。
彼の指示に逆らうなんてとんでもない、言う通りにしなければと、なまえは緊張のあまり裏返ってしまいそうになる自分の喉を叱咤し、直立不動の姿勢のまま書類を読み上げる。

「……ご報告いたします。昨夜の貸金庫での衝突は、担当した者によりますと、スタンドを使った形跡はなく、――っ!?」

彼女がその文字の羅列を丁寧に読み上げていると、ゆったりと椅子に腰かけたままのジョルノの手が、なまえのスカートをたくし上げてきた。
彼女の声がぶつりと途切れる。
突然のことに、なまえは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
慌てて彼を仰ぐものの、大きく動揺したなまえの表情とは裏腹に、その端麗な顔は涼しげで冷静そのものといった色を崩さない。

「っ、ジョルノさま……!」
「続けてください」

戯れに太腿へ触れる手が気になって仕方がないが、彼に何食わぬ落ち着いた声でそう言われてしまえば、なまえにはどうすることも出来ない。
触れられているところは勿論、頬や首辺りがひどく火照り、書類を持った手が緊張と羞恥のあまり小さくふるえていた。

「ぅ……ス、スタンドを使った形跡はなく、末端下請けの者たちによるもので、既に特定、拘束して……っ、きゃあっ!」
「どうしました、そんなことが書かれていますか?」

思わず声を上げてしまう。
スカートに隠された太腿を撫で上げられ、大きな手が彼女の下着の線をゆっくりとなぞっていた。
反射的にきゅっと両脚を強く閉じるが、肌を這う手は止まることなく、それどころか柔らかな尻たぶへ擽るように触れはじめた。
混乱しきって今にも泣き出さんばかりのなまえとは正反対に、それでもジョルノは冷静な声音を欠片も崩すことなく。
否、その声色には楽しむような響きがほんの少し含まれていたが。

「ふふ、報告するようにと言ったはずなのに、なまえはそんなことすら出来ないんですか」
「っ、も、申し訳、ありませんっ……」

叱り付けるように、やわらかな肌へ爪を立てられる。
そのままほんの数センチ引っ掻くように指をすべらせれば、なまえは直立不動の体勢を保つことが出来ずがくがくと膝をわななかせた。

「なまえ、続けて」
「は、はい……っぅ、……あっ」

じわりと浮かんだ涙のせいで微かに視界が滲んでいたが、なまえは懸命に文字の羅列に目を留めようとする。
しかしそれを無駄な足掻きと嘲笑うように、爪先だけで皮膚の薄い内腿をなぞられ、なまえは手にしていた書類を強く握り締める。
紙の束はくしゃりと音を立てて皺が生じたものの、指摘する者は誰もいない。
強く目を閉じて湧き上がるむず痒いような感覚を耐えようとすればするほど、神経が鋭敏になっていくようだった。
なまえは恥ずかしさのあまり、今すぐにも逃げ出したかった。

「どうしました、早くしてください」
「っ、……ジョルノさま、も、もう、許してくださいっ……」

濡れた瞳で縋るようにそう懇願され、ジョルノは口の端を緩ませて笑った。
なまえは怯えるように瞳を潤ませるものの、決して拒否はしない。
ジョルノは、愛らしくいじらしくふるえるなまえを前に、ぞくぞくと昂揚するのを抑えきれなかった。
純然たる事実として、彼女を生かすも殺すも自分次第。
これが、昂ぶらずにいられるだろうか。
しかしそれを気取られないよう、あくまで口調は呆れたもので、責める言葉を訥々と続ける。
彼にわざとらしく溜め息をつかれ、なまえはどうして良いのか分からず、ますますその瞳に涙を溜めた。

「僕は少ししか触ってないじゃあないですか、堪え性のない人ですね」
「ひ、ぁ、す、すみません、あっ!」

彼の指は下着のなかにまで至ってしまい、なまえの目はとうに文字を追うどころではなくなっていた。
手にした書類は既にくしゃくしゃに形を歪めている。
うるさいほど跳ねるなまえ自身の心臓の音が、彼女を追い詰めていく。

耐えられない。
なまえのなかに満ちていた羞恥や緊張、畏怖、理性、その他彼女を支えていたものたちががらがらと瓦解する。
下肢に力が入らなくなり、とうとう床に崩れ落ちてしまった。
真っ赤な顔をして無様に足元で蹲るなまえを、満足そうにジョルノは見つめる。
そうしてまた、慈愛すら感じられる柔らかな微笑を浮かべつつ、優しく睦言を囁くように命令した。

「ほら、立って。また最初から、ちゃんと報告し直してください」

お伽噺にもならない

(2015.06.06)
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