「ああああ! メローネ、な、なに食べて、」
「どうしたなまえ、怖ぇ顔して」
「ホルマジオは黙ってて! メローネ! あんたなんでわたしのジェラート勝手に食べてるの!」

あ、これなまえのだったんだごめーん、と、悪びれることなくスプーンを口へ運ぶ手を止めないメローネを、なまえは拳で殴りつけた。
呻き声を漏らしてソファに倒れ込んだ彼の隣に、なまえは舌打ちしながら荒々しく腰を下ろす。
ついでにソファにうつぶせて痙攣していたメローネを、床へと蹴り落とした。

「ぐふっ……よ、容赦なさすぎるんじゃあないかなまえさん……」
「うるさい」
「だいたいさあ、共用の冷蔵庫になんにも書かないで突っ込んどくから」
「なに? もっかい殴ってほしいって?」
「スミマセンデシタ!」

なまえの打撃、威力がエグすぎるんだよ……と小さく呟きつつ、メローネは先程座っていたソファへのろのろと戻った。
なまえが任務帰りに行きつけのジェラート店でいつものものを頼み、報告を終えたらすぐに食べるつもりで、冷蔵庫にほんの少しの間保管していたそれ。
もう殆ど中身の残っていないカップを手に、なまえはがっくりと肩を落とした。

「先にリーダーに報告してから、ゆっくり食べようと思ってたのに……」
「あーそうだったの、ごめんごめん。口の中にまだ味、残ってるからキスしてやろうか?」
「……ホルマジオ」
「あ?」
「この変態、小さくして。排水溝に流してくる」
「なまえの頼みだし、しょ〜がね〜なぁ〜」
「ままま待って! 本当にゴメンって! 新しいの好きなだけ買うから!」
「……好きなだけ? 男に二言はないよね?」
「……ハイ……」

クッションを抱き締めて嘆息するメローネに、溜め息つきたいのはこっちの方よとなまえは呟く。
それを聞いて、美味しかったよとへらへら笑うメローネを再びソファへと沈め直した。

先程の会話を反芻する。
「come vi piace」――好きなだけ、なんて素晴らしい言葉だろうか。
普段は1つまでとこっそり決めている大好きなドルチェたちを思い浮かべ、なまえの愛らしい唇は、じゃあ、と嬉しそうに弧を描いた。

「あんたが勝手に食べたジャンドゥイアはもちろん……ええと、ピスタチオ、ロッソにブラッドオレンジ、それとミエーレノーチェ、あととりあえずペスカってところかな」
「え〜そんなに食べたら太っ、ぐふぇ」
「懲こりねーな本当」
「まったくね。……あ、忘れてた、ねえホルマジオ、リーダーが呼んでたよ」

伝えるの遅くなっちゃってごめん、と眉を下げて苦笑するなまえの頭を撫で、ホルマジオは気にすんなと笑った。
リゾットの部屋へと向かったホルマジオとは入れ替わりに、共用のリビングへとやってきた二人は首を傾げた。

「……どうしたんだ?」
「ソルベとジェラートいたんだ……うるさくてごめんね、わたしの買ってきたジェラート、メローネが勝手に食べちゃって」

床に転がっている金髪を面倒くさそうに眺め、二人は、ああ、と頷いた。
いつものようにべったりとくっついてソファに座った二人を見て、なまえはやんわりと苦笑した。
以前、暑くないかと尋ねたのも遠い過去のことだ。
一緒に過ごしていく過程でその問いがいかに愚問だったか、いまなまえはよく知っている。
オレ達も仲良くしようと抱きつこうとしてきたメローネを今度は蹴りで沈め、本当に懲りないなあ、となまえは溜め息をついた。

「なに溜め息ついてんだ」
「あ、お疲れさま、プロシュート」
「ああ、」

床へ這いつくばったメローネと、それを踏みつけるなまえを怪訝そうな目で見ながら、部屋に入ってきたプロシュートは一人がけのソファへと腰を下ろした。
整った美貌にははっきりと、何やってるんだこいつらと書いてある。
恋人のそんな馬鹿にしたようなつれない冷たい視線を受けて、なまえはヒールを履いた脚を降ろしつつ、むう、と怒った顔をしてみせた。
彼女の愛らしい顔がそんな表情を浮かべても、くすぐったい可憐さがただ増すだけだったが。

「わたしは悪くないのに……。メローネがわたしのジェラート食べちゃったから腹が立って」
「そりゃあメローネが悪いな」
「も〜なまえ〜謝ったじゃん」
「反省してないのがあからさま過ぎてむかつく」

ごめんって、と笑いながら床から起き上がったメローネに、なまえはまた小さく溜め息をこぼす。
重たい溜め息とは裏腹に、口元には仕方ないなあとでも言いたげな苦笑が浮かんでいたが。

その柔らかな笑みを見たプロシュートは、なまえの横へと先程のように座ったメローネから引き離すように、ふいに彼女を引き寄せた。
気を抜いていたところを襲った、突然の浮遊感。
驚いたなまえの口から、小さな悲鳴が上がった。

一人がけのソファに座っていたプロシュートに引き寄せられ、なまえは彼の上に乗り上げるような体勢にならざるをえなかった。
突然のことに、彼女は何事かと目を白黒させる。

「……プロシュート?」
「なんだ」
「いや、なんだはこっちの言葉だけど……」

彼女の腰を抱き寄せてそう言葉少なに返事をする恋人に、なまえはどうしたのかと首を傾げた。
端麗な眉は不機嫌そうに寄せられ、今にも舌打ちの音すら聞こえそうだ。
その様子に、あ、と小さく声を上げて、なまえはその目を輝かせた。

「……ふふ、もしかしてヤキモチ?」
「悪ィかよ」
「……そ、そう……」

おどけて嫉妬かと笑んだなまえ。
そのからかうような言葉に、当然と言わんばかりにさらりと返された不意打ち。
彼女は虚を突かれてほんのりと頬を染めた。
ふふ、とくすぐったそうに微笑み、彼の首筋に頭をうずめて火照った顔を隠した。
他者の入り込む余地など皆無の、砂糖でも吐いてしまいそうなほど甘ったるい空気。
そんな彼らを見て、メローネはクッションを抱き締めてソファへと背を投げ出した。

「あーあー! オレも可愛い子のとこ行こっかな」
「……あれ、三股かけてたのがバレて修羅場になっちゃって、この前全部ダメになったって言ってなかった?」
「四股じゃあなかったか?」
「うわあ、メローネってば最低」
「なあ、そんなにオレを虐めて楽しい?」

彼が泣き真似をはじめたところで、また扉が開く。
部屋に入ってきたギアッチョが、現状を見て心底面倒くさそうに顔を顰めた。
慰めてくれよと大袈裟に泣きついたメローネに、彼はいつものようにキレて、部屋には叫び声が響いた。
自分が帰ってきたときよりも数段騒がしくなった空間に、なまえはくすくすと楽しそうに笑みをこぼした。

「どうした、なまえ」
「うん? いや、大したことないんだけど……わたし、みんなのことが好きだなと思って」
「ハ、趣味が悪いな」
「……そうでもないと思うけど?」
「そうか?」

プロシュートは愉快げに眉を上げ、彼女の言葉を理解しかねると薄く笑んだ。
揶揄するように口角を上げてほんの少し皮肉を含んだ微笑は、どんな女性でも目を奪われるだろうほどに格好良い。
そんな表情が嫌味なくサマになる整った顔に改めてほれぼれとしながら、なまえは彼だけに聞こえるように小さく囁いた。

「プロシュートのことを好きになって、そのうえ射止めることまで出来たんだから……わたし、世界一趣味は良いと思ってるんだけど」

自画自賛だったかな、と誇らしげに紅潮した愛らしい笑みを向けられて、胸を高鳴らせずにいられる男などいるだろうか。
眼前でとろけるほど甘く微笑むなまえを、強く抱き締める。
多幸感にゆるむ口元をそのままに、喜びを隠すことなく彼女の柔らかな頬に口付けた。

「……そうだな、オレの宝物」

「あーあのバカップル、久しぶりにマジでぶっ殺したくなった……」
「まァメローネ、お前は間違いなく趣味悪ぃけどな」
「え〜、言うほど酷い?」
「寧ろ自覚がなかったことに驚きだ」
「そんな冷たいこと言うなよソルベ〜」
「ジェラート以外にやる優しさなんてないからな」
「ソルベ……」
「なあ、お宅らそろそろ殺していいか?」
「「お前が死ね」」


a mezzo voce

(2015.04.05)
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