「あのォ〜……ウチに何か用っスか?」

学校から帰宅したところ、自宅の玄関前に女性の後ろ姿を見付けた仗助は、知らない顔だが誰かの友人だろうかと首を捻った。
女性は意を決したように呼び鈴へと手を伸ばすものの、僅かに逡巡し手を下ろして溜め息をつく。
それを二度三度と繰り返すのを見て、とうとう声をかけてしまった。

「えっ!? ……あっ! ご、ごめんなさい! あ、あの、怪しい者ではないんです……!」

ぱっと振り向いた瞬間、さらりと靡く髪に目を奪われ、なんといったら良いのだろうか、女の子らしい匂いがふわりと香った。
仗助の顔を見ると驚いたように目を見開き、やわらかそうな頬を赤く染め、あたふたと胸の前で手を振って身の潔白を主張する。
その慌てた様子に意図せず自然と笑みがこぼれた。
特別きれいだとか可愛いだとかいう訳でもないのに、なぜだか目の離せないひとだと。

「落ち着いてくれねぇっスか、オレ全然、怪しんでなんかないんで」
「う、す、すみません……。わたし、なまえと申します。あの、先日こちらにお邪魔したときに、忘れ物をしてしまいまして……」

少女と呼ぶには彼の目には自分よりも年上に見える女性は、恥ずかしそうに顔を赤くして俯きながら消え入りそうに言う。
年上だろう女性に対する言葉ではないかもしれないが、頼りなげにふるえる唇と赤らんだ目元がとても可愛らしいと思ってしまった。
彼女のそんな姿を見ているとどうしてだろうか、無意識にこちらの顔も熱が集まってしまい、玄関先で二人して顔を赤らめる。
客観的に見れば非常におかしな状況だろうが、ここにはそう真っ当なツッコミを入れる人間はいなかった。
直後、彼らが帰宅するまでは。

「あれ? 仗助、何してんの」
「うおっ!? あ、ああ、なんだ徐倫とジョニィかよ……お帰り」
「ただいま、なんだとは何よ。その子は?」

徐倫とジョニィが連れだって、こんな所で何をしているんだと言わんばかりの訝しげな顔で立っていた。
仗助はぱっとなまえから距離を取り、ハァ〜ッと息を深く吐く。
脱力しながらどうして二人でと尋ねれば、大学を出たところで偶然会ったから一緒に帰ってきたとのこと。

なまえはといえば、徐倫とジョニィにも会えた……! と、興奮で我を忘れんばかりの勢いで仗助越しに身を乗り出した。
きらきらと輝く目で一心に見つめられ、少々居心地悪げにジョニィは身じろぐ。
見知らぬ人間にぶしつけに目を向けられれば誰だって不快に感じるだろう、ハッとしてそれに気付いたなまえは、申し訳なげに俯いた。

「す、すみません! 初めまして、なまえと申します、先日こちらにご迷惑をおかけしてしまって……」
「なまえって……ああ、この前ジョナサンが言ってた?」
「えっ、ジョナサンが?」

はじかれたように顔を上げ自分を見つめるなまえに、ジョニィは先程とは違う意味で居心地の悪い思いをする。
なんだかむず痒いような、くすぐったいような。
彼女の俯きがちだった表情が間近に迫り、興奮に見開かれた深い夜色の目に自分の間抜けな顔が映っている。

「あ、ああ、うん。ジョナサンもジョセフも可愛い良い子だから、また来てほしいねって」
「そ、そうですか……」

それを聞いて、なまえは堪えきれないと言わんばかり、くすぐったそうに微笑んだ。
嬉しそうに幸せそうに、まるで花が綻ぶようという表現は彼女のためにあるのではないかと思うほど愛らしく頬をゆるめる。
それはなまえのことをほとんど知らない彼らにも、ああ、ジョナサンが愛しげに微笑みながら言っていたのはこういうことか、と、すとんと腑に落ち納得させるには充分すぎるほど。

徐倫は、先程まで仗助が挙動不審だったのは彼女が原因かと、つられてこちらもふんわりと暖かな気持ちになりながら考えた。
穏やかで、緩やかで。
芯まで冷えるような寒い冬の日に、ぽかぽかとした陽だまりに包まれたようなやわらかな幸せを覚える。
横を見れば、ジョニィもうっすらと頬を染めていた。
ヤレヤレだわ、こうも簡単にウチの男達を手玉に取るなんて、清楚っぽいと思っていたけれどこの子はなかなか小悪魔かもしれないとひっそり笑う。
そんな彼らの胸中など露知らず、なまえはといえばジョジョたちのなかの紅一点、原作を読んでいた頃からの憧れだった徐倫を前に、「スタイルいいなあ、格好良いなあ」と胸をときめかせていた。

「それより好い加減、中に入んない? お茶くらい出すわよ、なまえ。味はジョナサンには負けるかもしれないけど」

ね、と男前に微笑んだ徐倫に、なまえが目をハートにしてうっとりと頷いたのは言うまでもない。




「おや、お客さんですか?」
「みんなお帰りー」
「あ、ジョルノと定助、帰ってたんだ」
「オレは今日予定なかったし」
「ボクは午後から別の用事がありまして。学校をサボってしまいました」

悪気なくそうニッコリと笑うジョルノに、ジョニィはげんなりと肩を落とした。
爽やかに笑ってはいるが、どうせ「別の用事」とやらはギャングがらみの良からぬ仕事だということは想像に難くない。
なまえに悟られる訳にはいかないなと、そっと溜め息をつき表情を窺った。
当の彼女はといえばきらきらと目を輝かせて、ジョルノや定助と挨拶を交わしている。
彼らと会話するなまえは先程にも増して嬉しそうにも見え、その様子にジョニィの心中にもやもやと名状しがたい感情が沸き起こった。
ちらりと目線を動かすと、いつもより口数の少ないように感じられる仗助も、自分と似た表情をしている。
なんだこの感覚はと眉を顰めていると、隣にいた徐倫がにやにやと笑いながらこちらを覗き見ていた。

「徐倫、その顔やめた方が良いよ。ジョセフっぽい」
「うっさいわね、元々この顔よ。あとアンタが馬鹿にしてたってジョセフに言っとくわ」
「ボクは別に構わないけど」

言うわねえ、と楽しげに口角を上げた徐倫は、何が面白いんだか男達の表情を見てはくすくすと小さく笑みをこぼした。
真面目に相手をするだけこちらが馬鹿を見るなと察する。
女の子のことはやっぱりよく分からないなと肩をすくめ、お茶淹れるんじゃないのと投げやりに返した。

「お構いなく……あっ、お詫びにパウンドケーキを焼いてきたので、後でもし良かったら皆さんで召し上がってください」

出過ぎた真似をしてしまったかなと不安げにそろりと見上げたなまえに、比較的甘いものを好む面々は顔を輝かせる。
あの、でも、お口に合わなかったら申し訳ないですけれどと恐縮するなまえをソファに座らせ、ケーキを受け取りながら、美味しそうね、一緒にお茶でも飲んでってと徐倫は微笑んだ。
同い年くらいだろう少女と接する機会はこの家では珍しい。
ましてこんなに愛らしい上に、本人たちは自覚していないだろうが男共も心を奪われているときた。
面白くないわけがないわと、徐倫はにんまりと笑みを浮かべた。

焼き立てだったのだろう、ほのかに温かみの残るケーキを口に含んで、皆口々に美味しいと顔を綻ばせる。
なまえはといえば向けられる手放しの賛辞に、恥ずかしそうにくすぐったそうに顔を赤くしてはにかんだ。
その表情を見て今までのジョジョたちの例にもれず、鮮やかなネープルスイエローの髪を揺らし、ジョルノも自然と頬をゆるめる。
ジョナサンが言っていた少女は、自分が思っていたよりずっと愛らしいと。

彼のそんな思いなど露知らず、なまえは定助の生「ンマイなぁぁあああー」発言を聞けたことにこっそり感動していた。
彼女の隣に座っていたジョルノは、にこにこと笑みをこぼしながら楽しげななまえの手を取り、初心な少女ならば一目で恋に落ちてしまいそうな笑みを向ける。

「美味しいです。なまえさん、料理上手なんですね」
「えっ、いえ、そんな……でも、そう言ってもらえて嬉しいです。ふふ、良かったあ、お口に合って」




そのとき、ふんわりと幸せそうに微笑んだなまえの周りに、一斉に愛らしい花々が咲き乱れたのが見えたんです――後日、うっとりと頬を染めてそう語るギャングのボスに、耳にタコができる程その話に付き合わされ続けたミスタはげっそりと合槌を打った。

「聞いてます? ミスタ」
「あー聞いてる聞いてる」

恍惚とあらぬ方を見て少女に思いを馳せる自分の上司を、愛銃の手入れをしながら見やる。
年若い我らがギャングのボスは、その地位か元来の性質故か、それほど惚れっぽいタイプではなかったはずだが、話を聞く限り、そのなまえとやらの少女の雰囲気に惹かれ、ついでに胃袋も掴まれてしまったらしい。

「で? その愛しのなまえチャンとはその後どうなったんだ?」
「軽々しくなまえの名前を呼ばないでください」
「(ピストルズ打ち込んでやりてぇ……)」
「やはり女性同士話が合うんでしょうか、徐倫と仲が良いようでたまに自宅に来ていますよ」
「へェ〜、じゃあ結構、顔はあわせてんだな」
「ただ、ジョナサンや定助はどうかは分かりませんが、ジョセフや承太郎をはじめ、仗助やジョニィまでも彼女に気があるようで……」
「うっわ、すげぇなその子」
「くっ……しかも恐ろしいことに、当のなまえには他に男がいるかもしれないなどとジョセフが」
「わあヤダー、すっげえ泥沼じゃないですかコワーイ」

ふざけて自分の体を抱きしめてそう声を上げるミスタに、ジョルノは深々と溜め息をついた。
手強い敵が身内にいるとはなんともやりにくいが、残念ながらそれで大人しくなるほど彼は諦めが良くはなかった。

「はあ……ボクは諦めませんよ、なまえ」
「(会ったこともねェけど、同情するぜなまえちゃん……)」




「っ、くしゅっ、ん、」
「なんだなまえ、風邪か?」
「んー、いえ、大丈夫です」

どうしたのかな、体調が悪いってことはないけれど。
パソコンの画面を見つめていたディアボロさんが顔を上げ、洗濯物を畳んでいたわたしに声をかけてくれた。
最近ぐっと寒くなったからなあ、半袖のTシャツから露出した腕をさすって、そろそろ秋服を出さなくちゃと考える。

「うーん、誰かが噂でもしてるのかなあ」
「……気を付けろよ、嫌な予感がする」

嫌な予感って? と首を傾げると、ディアボロさんは「お前は外に出ると要らん所でフラグを立てて回るからな」と溜め息をついた。
どういうことだ、というかなんで、今わたしは溜め息をつかれたんだ。
休憩休憩と洗濯物を畳む手を止めて、テーブルに頬杖を着くディアボロさんに座ったままずりずりと近寄る。

「フラグってなんですか?」
「気にするな、まあお前に何かあったらアイツらも黙ってないしな……」
「んん? はい?」

クエスチョンマークを浮かべながら首を捻っていると、どうやら自己完結してしまったらしいディアボロさんは苦笑しながらあやすように頭を撫でてきた。
あ、このままごまかす気だなと察してむっとする。
髪を撫でるディアボロさんの手は温かい。
どういうことかさっぱり分からないままだけれど、さらさらと髪をすいてくれるその手付きは慈しむようにとても優しい。
釈然としないけれど、ディアボロさんも楽しそうだしまあ良いか、と、気持ち良さに目を細めてその手に身を委ねた。

twinkle, twinkle, little star
(2014.09.24)
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