乱雑に床に引き倒され、一瞬息が詰まる。
呼吸が出来ず咽そうになったところに、どっかりとお腹の上に乗ってきた男性の体。
全体重をかけられている訳ではないものの、身動きすることも、普段通りに呼吸することも出来ない。

「ぐっ……か、はっ」

一瞬意識が真っ黒に塗りつぶされ、内臓が妙な浮遊感を覚えて引っ繰り返るような動きをした。
ぐっと吐き気がこみ上げた。

「よ、よしかげ、さん、」

暗く霞んで定まらぬ視界のなか、なんとか自分の腹に跨る男を見上げる。
端正に整った容貌を不快げに歪め、何も言葉を発さぬ男に、言葉に出来ない潜在的な恐怖を覚えた。
こわい、こわい。意図せず小刻みに手足が震えた。

「なまえ」

静かに、穏やかに。
まるで時が時ならば、眠りに落ちるまでの寝物語を囁くように、優しく。
ゾッと肌が粟立った。
手足だけでなく、歯の根までもが合わぬほどガチガチと音が鳴る。
ひっ、ひっ、と、自分の体なのに上手くコントロール出来ず、浅く荒い息を繰り返す。

「なまえ、どうして私が腹を立てているか分かるね?」
「ひ、っ……は、あ、」

まるで、出来の悪い生徒に根気良く付き合う教師のようだと思った。
それほど声音は穏やかで献身的である。
その目が凍るほど冷たく、見る者に強制的に畏怖を抱かせるものでなければ。
言葉を知らぬ子供のように、口からは無意味な単音しか出てこない。

朝わたしが締めたネクタイをしゅるりとほどき、優しく両手を取られ、胸の前で両手首に結ばれる。
窮屈に折り曲げた肘が、少しだけ痛みを発した。
手が醜く鬱血しない程度に優しく、わたしが自力で解けないくらいにきつく。
分かりやすく手の自由を奪われ、恐怖は更に増した。
絶望にまみれたわたしの表情がお気に召したのか、整った口角が上がる。
けれどそれは笑みというには歪すぎて、ますますわたしの震えがひどくなるだけだった。

「よ、よしかげさ、」
「ああ、そんなに怯えないでくれ。まるで私が君を罰しようとしているみたいじゃあないか」
「や、あ、ごめんなさい、」
「ごめんなさい? どうして謝るんだ。君は良い子だから、何も悪いことはしていないだろう?」

口は穏やかに言葉を並べて、手は無慈悲に動き続けている。
わたしは語りかけられる言葉を聞き漏らさぬよう必死に集中していると、慣れた手付きでブラウスのボタンを外され、スカートも脱がされて、あっという間に下着だけの姿になっていた。
かたかたと震えが止まらないのは、寒さのせいだけではない。

「何か謝罪しなければならないことをしたのかい?」
「っ、や、ちが、」

言葉を遮るように乱暴に胸を揉みしだかれ、緊張していた体がびくんと跳ねる。
それを大した感慨もなく見つめ、拘束された指をべろりと舐め上げられた。
胸のふくらみの間に顔を埋め、手指をぐちゅぐちゅと口に含まれ、吸われ、甘噛みされる。
唾液が谷間に溜まり、鎖骨まで垂れてきた感触に、ざわりと悪寒が爪先から駆け上がった。

「ひっ……う、あ、」

じゅるじゅると音を立てて指をしゃぶられ、なすすべもなくただそれを受け入れる。
どのくらい経ったのだろう、恐怖で体感時間なんてとっくに狂っていたわたしには分からないけれど、ようやく少しは満足したらしく、顔を上げた。
唾液で濡れた唇を舌の端で拭いながら顔を離した男に、わたしはやっと終わったのかと、無意識に力の入っていた四肢が弛緩するのを感じた。
体から降りた「わたしの保護者」をぐったりと見つめる。
両親が事故で亡くなり、母の弟、つまり叔父に引き取られてから、それまでほとんど交流のなかったこの吉良吉影という叔父は、わたしが他人に「触れる」ことを非常に忌み嫌うようになった。
ある一定のペースに則った平穏な毎日を乱されることを憎むのと同じくらいに。
きっと先程、学校からの帰宅途中、道端で書類を取り落してしまった男性を手伝っていたのを偶然見てしまったのだろう。
散らかっていた書類を集め、差し出した際、指先が僅かに触れてしまったから。
誰にも見られていないと思っていたのに、一番見付かってはいけない人に知られてしまった自分の迂闊さに眩暈がした。
家のなかでも外でも、彼はわたしのことを把握しなければ気が済まないということをようやくきちんと理解したのは、確か中学生の頃だったように思う。

「なまえ」

名前を呼ばれ、またびくりと肩が跳ねた。
きちんと返事をしないことを彼は厭う。
か細く「はい」と返すと、やはり穏やかな笑みでさらりと言った。

「このまま挿入されて痛い思いをするのと、自分で慣らすのはどちらが良いかい?」
「え……?」

止まっていた手足の震えが、思い出したようにまた始まった。
どちらにするかい、と、まるで今夜の夕食の献立を尋ねるかのように、さも当たり前のように口にした男に目を見開く。
今自分が聞いたことが間違っているのか、それとも耳がおかしくなったのかと思ったが、目の前で悠然と微笑む吉影さんは忍耐強く「さあ」と促した。
これ以上待たせてはいけないと直感的に、そして経験的に悟る。
昔、濡れてもいない膣口に無理やり挿入され、筆舌に尽くしがたいほどの激痛を味わったことのある身体が、それだけは嫌だと訴えた。

意を決し、こくりと唾を飲み込んで、恐る恐るゆっくりとそこに両手を這わせる、
男の唾液にまみれた指のせいか、それとも既に自分の体内から分泌されていたのか、ソコからはくちゅりと小さく水音がして、羞恥と絶望できつく目を閉じた。
拘束されたままの手では上手く届かず、僅かに腰を浮かせ、膝を曲げて脚を開く。
まるで見せ付けるような姿勢になっていることに気付いて、ぽろりとこぼれた涙がこめかみを伝い落ちた。
じっと目の前に座る吉影さんは、何も言わずにわたしを、正確にはわたしの手を見ている。
見られている、ただそれだけなのに、太腿の内側がふるえた。
わたしは目を閉じているのに、手を、指を銜え込むそこを凝視されているのを痛い程に感じる。
羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
入り口をぐるりと掻き混ぜて、すぐ上で痛い程に張りつめていた突起をつまむ。
いつも彼がやる通りに。
びくびくと腰が跳ね、脚を閉じかけてしまうが、手が見えなくなってしまうと怒られることを知っているわたしは、それを必死に耐える。
こんなことをやめて逃げ出したいと思うのに、奥からは次から次に蜜が溢れ、くちゅくちゅと耳を塞いでしまいたい程にいやらしい音が響く。
脚を開いて、自分で自分を愛撫している今のわたしはなんていやらしいんだろう。
そう考えるとますます身体中が火照り、口からは甘ったるい喘ぎ声ばかりが響いた。

精一杯に指を伸ばしても、縛られた状態の両腕では、浅いところを撫でることしか出来ない。
先程まで全身を支配していた深い恐怖がそっくりそのまま快楽に置き換えられてしまったかのように、淫らな欲求に強く襲われ、じわりじわりと追い詰められていく。
こんな戯れのようなものではなく、いつものように、奥深いところまで掻き混ぜてほしい。
喜悦の味を知った身体はわたし自身の思いとは裏腹に、更に強い悦楽を求めてやり場のない熱をどうにかしてほしいと身悶えた。
容赦ない視線に嬲られながら、必死にナカに埋めた指を動かす。

「んっ、ひぅっ、ふあぁ、よ、吉影さんっ、」
「なんだい?」

こちらは脚に下着を引っかけただけの全裸だというのに、それを愉しそうに見ている男はネクタイを外しただけの未だかっちりとしたスーツ姿だ。
その落差にすら熱が回り、眩暈を覚える。
力の入らない両足をそろりそろりと眼前に広げ、縛られた両手で熱くぬかるむそこを割り開いた。
空気に触れたそこから、またこぽりと蜜が垂れ出たのが分かる。
ぐちゃぐちゃにぬめる入り口が、はしたなく開閉するのを感じ、ぼろぼろと涙がこぼれるのを拭うことも出来ずに懇願した。

「も、もう、準備はできましたから……っ、お、お待たせしてごめんなさい、」
「良く出来たね。やはり君は良い子だったようだ」

小さく消え入りそうな声で挿れてくださいと囁いたなまえに、手首を縛って拘束した時からずっと昂ぶっていた自身を挿入した。
僅かに鬱血し始めた冷たい手指を舐めまわす。
今まで熱くぬかるんだ花弁を愛撫していた指は、彼女の分泌物の味がした。

淡い桃色の唇を噛み締めて喘ぎ声を我慢するなまえは、揺さぶられる度にぼろぼろと涙をこぼしている。
後できちんと目元を冷やさなければ、また真っ赤にはれてしまうだろう。
恐怖を感じると、それを塗りつぶし上書きするかのように激しく抱かれるーーその行為を数えきれぬほど繰り返してきた彼女はいつの間にか、恐怖と快楽を同一のものと混濁して自己防衛を図る術を無意識に身に着けていた。
先程までその身を震わせ絶望に染まっていたあどけない顔には、今や同じほど濃く悦楽に咽ぶひどく淫らな色のみが浮かんでいる。
大した順応の成果だと、吉良は皮肉気に低く笑って、口に含んだなまえの細い指を噛んだ。

貴  腐

(2014.10.04)
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