ハァイこんにちは、眠る直前に原作三部を読んで、花京院ウッ俺の嫁……なぜ死ななきゃならないの……! と泣きながら寝たところ、目覚めたら原作に、それも三部開始直前時点にトリップしていたなまえだよ!

これはわたしに嫁を救えという神のお告げに違いない! と、都合良く発現したマイスタンドと共に、原作知識を活かして駆け抜けたふるぼっこ無双の果て。
なんとかホリィさんを救う旅を乗り切った。
勿論、花京院だけじゃなくて、アヴドゥルさんもイギーもちゃんと助けました。

旅の間、安心と信頼のスピードワゴン財団に調べてもらったところ、この世界にはわたしという人間が存在していたという痕跡も情報もなかった。
まあ、うっすらそんな予想はしていたよね。
その後、財団に戸籍とかそこら辺いじってもらって無事、空条家の養子ということになりました。さすがSPW財団さまさま。
というか、承太郎パパには旅から戻ってくるまで会ったことすらなかったというのに、あの時は驚かせてしまって申し訳なかったなあ……。
でもホリィさんに「私の命を救ってくれた大切な子なの!」と涙ながらに訴えられれば、折れるしかない。
貞夫さん、ご迷惑おかけして本当にすみません。
それにしても本当にホリィさん可愛い。まじ天使。

ということで承太郎や花京院と共に、夢のような学生生活を送っております神サマありがとう世界は美しい。



「あ、そういえばまた、JOJOに近付くんじゃないわよーって女の子たちに怒られちゃった」

そりゃあ2ヶ月近くも行方知れずと思ったら、急に戻ってきてあまつさえ突然現れた女が当たり前の顔をして「あの」空条承太郎の横に並んでいれば、目の敵にもされちゃうよなあ。
恋する女の子って怖いねえ、と笑う。
それにしても、女子の集団ってなかなかに迫力がある。まあ、負けないけど。

今日もいつものように、ホリィさんが作ってくれたお弁当を屋上で三人並んで食べる。
これは日本に戻ってきて、学業に復帰してからの日課になっている。
美味しかったぁご馳走さま、と手を合わせれば、左隣に座っていた花京院……って違った……典明、に、大丈夫だったかいと不安げに覗きこまれた。

……うう、それにしてもまだ名前で呼ぶの、慣れないなあ……。



花京院を名前で呼ぶようになったきっかけは、あの旅を終え、ようやく日本への帰途に就こうとしていた空港でのこと。
突然わたしを呼び止めた花京院は、「ずっと、DIOを倒したら、言おうと決めていたんだ」と、決意を秘めた目で言った。
ちなみにその時のわたしはといえば、全力で叩き折った死亡フラグを彷彿とさせるような、そんな恐ろしい言葉に、どうしたんだと目を白黒させていた。
だってそんな模範的な死亡フラグ発言は困るよ、わたしこの先のこと知らないもの、原作を捻じ曲げちゃったんだから……! なんて、あたふたしていた。

そんなわたしを見つめて花京院は深呼吸を繰り返し、そっとわたしの手を握り締めた。
傷だらけの大きな手は、驚くほど優しくて、暖かかった。
あのとき震える声で静かにこぼれ出た「……好きだ」という言葉は、知らず知らずのうちに気を張り詰めていたらしい、わたしの涙腺を決壊させるには威力がありすぎて。
はいワタクシ、お恥ずかしいことに空港の雑踏のなか、号泣しました。

ホリィさんを助けるための旅、わたしにとってはホリィさんだけじゃなくて、花京院やアヴドゥルさん、イギーも救う旅。
その間中ずっと考えないようにしていたけれど、本当は怖かった、彼が死ぬことも、皆が傷付くことも、勿論ひとりでこの世界にトリップしてしまったことも。
でも、そのときのわたしは全部を忘れて、幸せだけが手を握っていた。
曇りのない真摯な瞳で微笑む花京院を前にして、ぼろぼろとこぼれる涙を止める方法なんて、わたしは知らなかった。
多分このとき、一生分の幸せを、わたしは手に入れたんだと思う。

女の子らしい可愛い泣き方なんて知らないわたしが、汚くベソをかきながら「わたしも好きです」と叫んだのは記憶に新しい。
というか死ぬほど恥ずかしいので忘れたい。
そのあと腫れぼったくなってしまった赤い顔を見て爆笑したポルナレフをぶん殴って沈めたのは、まあご愛嬌ということで。
それから以後、順調にお付き合いさせていただいている。



いろんなことがあったなあとしみじみ頷いていると、右隣で同じお弁当を食べていた承太郎も心配するような目でこっちを見ていた。
一見分かりづらい彼の感情の細やかな機微も、最近は手に取るように分かるようになった。
わたしが女の子に睨まれる原因は、ほぼ100パーセントあなたなんだから申し訳なくもなるよね、うんうん。
さあ、お詫びにそのデザートを一口寄越せ。

「んふふ、大丈夫だったよ。それに、わたしは典明とお付き合いしているのでご心配なく! って惚けて語り続けていたら、いつの間にか解散してたし」
「そ、そうか……」
「……あ、照れた? 典明さん照れたの?」

あのエジプトへの約五十日間の旅を過ごして、本気で死んじゃったらどうしようと怖くなったこともある。
死んでしまうかもしれないほど恐ろしい旅を乗り越えたのだ、今更女子高生の脅しごときに怯んでたまるもんですかと笑い飛ばした。
それを見てくすぐったそうに微笑んだ典明が、「僕の彼女は本当にかっこいいなあ」と優しく頭を撫でてくれた。
ああ……幸せ……。

「チッ……イチャつくなら他所でやれ」
「うわあ、承太郎がモテない男みたいなこと言ってる……。ごめんね、わたし今幸せだから何言われても痛くも痒くもないわ」

でれでれと締まりのない顔を晒していたら、ヌッと承太郎の屈強な腕が伸びてきた。
いつものデコピンが襲ってくるのを察し、さっと反対側の典明の体の影に隠れる。
そのまま左腕に抱き着いて、暴力反対! と叫んだ。

「逃げんな、暴力じゃあねえよ」
「なんにしろやだ! 承太郎のデコピン受けて、生まれて初めてマンガみたいに視界に星が飛ぶっていうの経験したんだから!」

典明の左腕にぎゅうぎゅうしがみ着きながら、離れないぞ! と声を上げる。
ええっといつのことだったっけ、前にやられたことがあるけど、あれは頭の中で脳がぐわんぐわん揺れるレベルの衝撃だった……多分手加減はしてくれていたんだろうけど、二度とあんな苦しみ、味わいたくない。

まあまあ、と苦笑しながら承太郎をとりなしてくれている典明を見上げる。
わたしはちゃーんと分かってますからね、冷静な表情に徹しようとしているけれど、わたしが抱き着いているのが嬉しいってこと。
大きなお口が微妙にゆるんでいらっしゃいますよ、典明さん。

そんな彼を見ていると、むず痒いような、くすぐったいような、上手く言葉に出来ないもどかしい感情で、わたしも自然と口元がゆるんできてしまう。
こんなに好きって気持ちも、他人をこれほど大切に自分が思うことが出来るってことも、それまで知らなかった。

「はあ……承太郎もはやく出会えたら良いね。わたしにとっての典明みたいな、自分より大切な、この人のためなら何だって出来るってくらい、愛しいひと」

幸せで顔がゆるんだまま、うふふ、と笑って呟けば、図ったように二人揃って目を見開いた。
お? 確かにちょっとクサいセリフだったかもしれないけど、何か変なこと言ったかなと首を傾げる。

すると同じような顔をしていた二人が次の瞬間、同時に全く違う反応をした。
具体的に言うと、典明は溜め息をつきながら空を仰いぎつつ、自由な右手で顔を隠すように覆っている。
承太郎は上体を折り曲げ俯いて、くっくっと上機嫌に笑い出した。うわあレア。
突然なんだこいつら。

「っはー……愛されてるな、花京院」
「……今は何も言わないでくれ承太郎」
「何してんの二人とも」

二人してなんだと腕を引っ張る。
顔を隠す指の隙間からちらりとこちらを見下ろした典明は、またうろうろと視線を彷徨わせ、観念したように目を閉じた。

「い、いや……君は僕のことが、その……本当に好きなんだなって」
「うん? 何を今更。何度言っても言い足りないくらい大好きだよ。好き好き大好き愛してる。典明のこと世界で一番幸せにするのはわたしです、そのポジションは誰にも譲る気ないのでよろしく。……あっ、もし好き好き言い過ぎて信憑性がなくなってるなら、言わないようにするよ! でもそう思っているのは変わらないし……」

ねえ、あんまり言わない方が良い? と首を捻りながらそう言えば、今度こそ本当にレアな二人の姿が。
承太郎はぶはっと吹き出して、さっきの典明のように空を仰ぐ。
典明はさっきの承太郎のように俯いて、立てていた膝にぐったりと額を乗っけた。
仲のよろしいことで。妬けちゃうわ。

「……承太郎の笑顔、何度見ても慣れないわぁ、わたし」
「うっせーな、余計なお世話だ」

上機嫌に煙草を吸い始めた承太郎は放っておこう。
未だ俯いたままの典明に、どうしたの? と声をかけつつ顔を覗き込んだ。
……あれまあ、顔だけじゃなくて耳も首も真っ赤ですよ、典明さん。

「……照れたの?」
「……好きな女の子からあんな情熱的なことを言われて、平然としていられる男はいないんじゃあないか……」

きゃ! 好きな女の子ですって!
さっきよりも一層でれでれした顔で引っ付いた。
にこにこしていたわたしと対照的に、顔を隠すようにしてうつ伏していた典明。

暫くしてようやく顔を上げたと思ったら、ふいに、典明は今までとは全く違う笑い方を……まとう空気を一変させた。
目に見えてはっきりと分かる変化に、ざわりと胸の内を不安が覆う。
彼の口元には、うっすらと自嘲するような笑みが張り付いていた。

「典明……?」
「……すまない、君たちに囲まれてこんなふうに学生生活を満喫して、幸せな日が続いていると……情けないんだが、たまにこれは僕が独りで見ている都合の良い夢なんじゃあないかと思うことがある。こんな卑屈な僕を笑うかい? 上手く言えないんだが……その、誰も信じられないなんてよくある言葉だけど、僕にとってそれは物心ついたときからずっと、感じていることでもあったから」

瞳は遠い過去を思い出しているのか、ほんのり薄暗い影を帯びていた。
誰にも心を開けなかったこれまでを、憂いも悔いもしているような、そんな表情。
彼にそんな表情は似合わない、見ていられなくて、胸が苦しくなった。

膝立ちになり、彼の頭を抱え込むようにしてぎゅうっと抱き締める。
屋上に塗り込められた無骨なコンクリートは膝が擦れて少々痛いけれど、そんなこと言ってられない。

一瞬強張った体は、背中をゆっくりと撫でていると、徐々に力が抜けていった。
規格外の体躯を持つ承太郎と並ぶと小さめに錯覚しがちだけど、わたしなんかよりずっとずっと大きな体を抱き締める。
大丈夫、確かに世界はそれほど優しくはないけれど、あなたを傷付けるものも、そんなに多くはないんだよ。

「……前にも言ったけど。わたしの知っている花京院典明は、あの最後の戦いで死んでいたの。わたしがこの世界に来たのは、それを変えるため、あなたを死なせないため。だから、これからのあなたの人生、高校を卒業して、大学に行って、就職して、結婚して、……まあいろんな選択肢があるから、どんな道を辿るかは分からないけどね。そこにわたしがいなくても良いの、助けてくれたからって変な義務感を持つ必要もないの。ただ、わたしの知らないこれからも続くあなたの生きる道を、一生懸命歩んでいってほしいんだ。過去じゃなくて、未来を」

やだ恥ずかしいこと言っちゃった、と笑って、照れ隠しに抱き締める力を強くする。
なかなかにポエムというか、こっ恥ずかしいことをつらつらと並べてしまった。うう、顔が熱い……。
恥ずかしいし青臭いこと言っちゃったけれど……でも、どれもみんな、わたしの本心。

微かに震えだした背中を、ぽんぽんと優しく撫でた。
承太郎はこっちを見ずに空を仰いだまま、ぷかりと煙を吐き出した。

「まァなんだ、お前は思っているより孤独なんかじゃあねぇってことだ、花京院」
「お、承太郎、良いこと言うね」
「ふん、惚れたか?」
「んふふ残念でしたー。典明以上の男はいないって知ってるの、わたし」

典明はわたしのお腹に顔をうずめたまま、ぐすぐすと鼻をすすって、くぐもった不明瞭な声でありがとうと呟く。
あーもう! 本当に典明は俺の嫁。好き。大好き!

好きだよ、と瑪瑙色に輝くふわふわの髪を撫でて囁く。
つらいことや苦しいことに対しては人並み以上に耐性が強いくせに、嬉しかったり幸せだったりすると存外涙腺の弱くなってしまうらしい彼は、わたしのお腹に顔をうずめたまま言葉を発さず、大きく頷いた。
彼のやわらかな体温は、わたしを幸せにしてくれるには充分すぎる。
優しくて、いとおしい。



考えたくはないけれど、これからの彼の人生において、もしかしたらわたしという存在が不要になってしまうことや、道を別つ選択をしてしまうこともあるかもしれない。
悲しいことだけど、それは彼の判断だから責めることは出来ない。
まあ間違いなく、わたしは泣いちゃうのを我慢出来ないんだろうけど。
でも、それまでは。
決してこの熱を離したくない、離れたくないと思うんだ。

――どうか、これからも長く長く続いていく花京院典明という人間の生きる道が、これまでの悲しい思い出が霞んでしまうほど、たくさんの幸せに満ち溢れたものになりますように。

神さま、わたしをこの世界にトリップさせるくらいの力があるんだから、そのくらいのこと出来るでしょ?
出来ればその隣にずっと、わたしが並んでいられたらと思う。
まあそれは神さまなんかに願うんじゃなくて、わたしが自分の力でどうにかするけどね!

「……っ、はあ……。なまえ、一つ、訂正させてくれ」
「ん? なあに?」
「……僕のこれからの人生に、君がいなくても良いなんて間違っても言わないでくれ。君が僕を好きでいてくれるのと同じくらいに、もしかしたらそれ以上、僕は君のことを愛している」

(振り返り上映会初参加記念第1弾)
幸福を抱き締める
「とりあえずさっさと離れろよ、お前ら」
「いやん、妬かないでよう。ちゃんと承太郎のことも好きだから安心してー」
「っ、なまえ、」
「勿論、世界で一番は典明だけどね!」
「なまえ……」
「オイそろそろ殴っていいか」

(2014.12.11)
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