「ん、んん……うぅ……ぁ、あれ?」

目をぱちぱちとしばたかせると、見慣れた天井が目に飛び込んできた。
ぐにゃりと視界が歪み、一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。

「あっ、なまえさん、起きましたか? よく眠ってましたね」
「ど、ドッピオくん……?」

近くで洗濯物を畳んでいた青年の名前をおそるおそる呼ぶと、「まだ寝ぼけているんですか?」とくすくす笑われてしまった。
なまえは霞がかったようにぼんやりとする頭を押さえた。
なぜか体がひどくだるい。
風邪の引き始めのときのように重たく感じる体と、寝過ぎてしまったからだろうか、ズキズキと僅かに頭痛もしていた。
テーブルをはさんで向かいでパソコンの画面を見ていたディアボロが、体調が悪いのかと声をかけてきたのに首を振る。

「具合が悪いってほどじゃないんですけど、ちょっと寝過ぎちゃったみたいで……」
「本当になまえさん、よく眠ってましたもんね。ボク達が帰ってきたときも、全然起きなくて。ねっ、ボス」
「ああ、おかげでこっちは外出して死にかけたっていうのに、帰宅したらぐーすか寝てるお前を見て気が抜けた」

それは災難でしたね、などと軽口をたたきながら苦笑する。
傾きつつある太陽を見てそろそろ夕食の準備をしようかと、全身を覆う倦怠感や違和感をなんとか振り切って立ち上がろうとした。
――その、瞬間。

「っ、あ、?」

身体を襲った感覚に、なまえは立ち上がりかけたその体勢のまま、動きを止める。
こぽり、と、確かに膣内から僅かに粘性のあるモノが溢れ出た感覚。
下腹部を中心に残るひどく重たい違和感。
ついで、内腿をつぅと流れる一筋の液体の存在。
よく知ったその感触に、背筋が反射的にふるえた。
この感覚は、定期的に訪れる月のものではない。
男に乱され、胎内の奥深いトコロで吐き出された白濁のものだ。
カッと顔が赤く染まり、混乱のあまり泣き出しそうになるのを、なまえはなんとかギリギリの理性で押し留める。

「なまえさん?」

やっぱり体調が優れないんじゃ、と心配そうに声をかけるドッピオに、無理に笑顔をつくって大丈夫だよと返す。
重たい下半身に力を込め、くずれ落ちそうになる脚と腰を叱咤してなんとか立ち上がった。
自分の身体からこぼれ出た、覚えのない他人の体液に、じわりと涙が浮かぶ。
気ぜわしげに体に手を添え、なまえを支えてドッピオが不安げに顔を覗き込んだ。
ディアボロもどうしたのかと腰を上げかけたところで、なまえの小さな呟きが落ちた。

「……ディアボロさん。帰宅したとき、わたし以外に、誰かいましたか」
「お前以外に?」
「はい」

俯いているので髪に隠れて少女の表情は窺い知れないが、その声は少し怒りが込められているようだ。
突然の問いに首を傾げつつ、ほんの数十分前のことを思い返す。
ドッピオと共に帰宅したとき、部屋には、

「……ああ、カーズがいたな」

その言葉を、隣の青年も肯定する。
ボク達が帰ってきたら、すぐに出てっちゃいましたけど、と。
そういえば夢うつつに、彼に抱き上げられ、長い深紫色の髪を握り縋り付いたことを薄ぼんやりと思い出した。

「……そう、そうですか……カーズさんが、ふふ……」
「お、お仲間の所に行ってくるから、夕食は不要だし今日は帰ってこないかもしれないって言ってましたけど……。あの、えっと、なまえさん……?」

わなわなと震え、どうやら体調不良はおろか、大層ご立腹らしいなまえにドッピオが怯える。
いつもならば想像すら出来ないほどお怒りのご様子に、先程まで心配していたはずのディアボロすら、恐怖を覚え、後ずさった。

「ドッピオくん」
「はっ、はいぃぃぃ!」
「悪いんだけど、わたし、今からお風呂に入りたいの。夜ご飯の準備をお願いしても良いかな?」

ニコリと有無を言わせぬ微笑みで言われ、反射的にコクコクと首を振る。
なまえの様子や言葉に、詳細は分からずともなんとなく何があったか察したらしいディアボロは、溜め息を吐いてパソコン画面に目を戻した。

「ディアボロさん、究極生命体に使えそうな罰というか嫌がらせでも何でも良いです、なにかググって探してもらえますか」
「……探してなにか出るかどうかはともかく……検索すること自体は構わないが、あいつならお前に近寄るの一ヶ月禁止とかの方が効きそうじゃあないか?」
「それでいきましょう。ありがとうございます、ディアボロさん」

ドッピオに支えられながら風呂場に向かうなまえは、怒りに口元を歪ませている。
それをやれやれと見やって、ディアボロはまた溜め息を吐いた。

眠りの蜜を彼女は召さず
(2014.08.18)
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