(※「もしジョースター家にトリップしていたら」というifです。ご注意を!)




「うわああん徐倫、徐倫、じょりーん! 気を付けてね!」

玄関で半泣きのわたしを見てそのとってもキュートなお顔を呆れたものに変え、徐倫は「ヤレヤレだわ」と呟いた。
うう、ごめんね、一応これでも年上だというのに。
これはいけない、しっかりしなきゃと思うけれど、お友達と旅行で四日間も不在だなんて!
たった四日、されど四日。
ここに来てから彼女とそんなに離れるなんて初めてのことだから、もう悲しくて悲しくて仕方なくて、玄関でお見送りという名の駄々をこねる行為を披露してしまっているのだった。

「だからなまえも一緒にって誘ったのに」
「そ、そんな! エルメェスやFFたちと折角の旅行なんだから、わたしが邪魔しちゃ駄目だよ!」

楽しんできてねと涙を飲んでいると、後ろから衝撃が襲ってきた。
ついで頭の上に重たいものを感じ、目線だけで必死に上を見上げようとするけれどよく見えない。
でもいつもの感覚で犯人はすぐに分かった。
そもそもこうしてわたしの頭の上に腕を乗せて、あまつさえ顎まで乗っけちゃうのは、この人しかいない。

「もう、ジョセフ! やめてっていつも言っているでしょ」
「いやあ、なまえちゃんの身長って丁度イイ高さなのよォ、ほんと」
「そんなこと知らないってば、これ以上身長が縮んじゃったらどうするの!」

特別背が小さいという訳じゃないけど、スタイルの良すぎるジョースターのみんなと並ぶと自分がひどくちんちくりんであるような気分になってくる。
じゃれ付いてくる腕からなんとか逃げ出したところで、徐倫は「それじゃあ、行ってきます」と出て行ってしまった。
行ってらっしゃーい! と叫ぶように告げると、ドアが閉まる直前、しょうがないなあって顔でふっと笑ってくれた。
い、い、イケメンだあ……。
本当、頭の後ろで腕を組んで悪戯っぽく笑うこの人にも見習ってほしいものです。

「言っておくけど、わたしが特別小さいわけじゃなくて、日本人の平均くらいなんだからね」
「承太郎は?」

ンン? と首を傾げてニヤニヤしているジョセフに、ついイラッとしてしまったわたしは悪くないはずだろう。
イケメンだからって、何でも許されると思わないでよね!
そもそもジョースター家はみんな規格外にスタイルが良すぎるんだ。

ねえねえなまえちゃーんと絡んでくるジョセフを引きずってリビングへ戻ると、それを見たジョナサンが「楽しそうだねえ」と邪気なくニコニコして言う。
ああ、今日も素敵な笑顔……!
向けられる眩しい笑顔に幸せになり、ついでに拝んでいたら、肩に感じていた重さがふいに消えた。
あれ、と思ったらジョセフの腕を持つ承太郎。

「何すんのよ、承太郎」
「なまえが迷惑そうだった」
「まっ、ひどい! そんなことねぇよな、なまえ」

ねっ、と顔を覗き込んできたジョセフをかわし、承太郎の大きな背に隠れる。
服の袖をきゅっとつかむと、承太郎のきれいな口角が小さく上がり、少しご機嫌であるらしいことを察した。
それにしてもこの三人が揃うと、見上げるわたしの首もなかなかにつらい。

「オーノー! そりゃあないぜ、なまえ!」と大袈裟なリアクションを取るジョセフの後ろでは、相変わらずジョナサンが「仲良いねえ」とニコニコしていた。
ああ、ジョナサンに後光が差しているように見える。天使か。

眼福だなあとだらしなく頬が緩むのをそのままにしていると、通りかかった仗助が「……何してンすか」と冷静につっこみを入れた。
そうだよね、そう思うよね、うるさくしてすみません。

「ええと、これは、……どういう状況だ……?」

首をひねると、未だ引っ付いていた承太郎はぐいとトレードマークの帽子を下げて「知るか」と呟いた。

「あ、なまえ、ジョルノが呼んでたぜ」
「あっ、勉強見てあげるって約束してたんだった!」

聞いても埒が明かないと諦めたのか、いつものことだと呆れたのか、早々に話題をものすごく自然に変えられた。
なんだか仗助さん、わたしが来てから随分とスルースキルが上がりましたね……?

億泰くん達と出かけてくるという仗助を、行ってらっしゃいと見送る。
夕飯までには帰ってくる? と尋ねると、笑って頭をくしゃりと撫でられた。
こんな仕草が嫌味もなく似合うだなんて、うう、イケメン……。
人懐っこいその笑みは目尻に小さく寄ったしわだとかがジョセフにそっくりで、向けられているわたしすらも自然と笑顔になってしまうものだった。
人を温かい気持ちにしてくれるこの子の笑みは、天性のものなんだろう。

顔を見合わせてにこにこしていると、ぐいと腕を引かれた。
その衝撃に目を白黒させていると、ぽすんと軽い音を立てて誰かに寄りかかる体勢になっていた。

「どうしたの、ジョルノ?」

その体勢のまま見上げれば、むすっとした顔のジョルノさん。
わたしよりもずっと年下だっていうのに、遠慮なく倒れ込んだわたしの体をしっかりと支えてくれている。
ふわりと香る彼のにおいにどきっとしたところで、目の前の仗助が「ジョルノ!」と声を荒げた。
それを一瞥して肩をすくめると、太陽も跳ね返す程にきれいな濃いめの金髪を揺らして離れてくれる。
視線を合わせるために伏せられた金の睫毛が、一本一本見えるほど近い距離のまま。

「なまえ、課題を見てくれるって約束していたでしょう」

拗ねたように口をとがらせる彼に、顔がほころぶのを堪えきれなかった。
いつも澄ました顔をしているくせに、こんな可愛いところがあるなんて、彼の友人たちは知っているだろうか?

「ごめんね、ジョルノ。でもわたしは別に頭が良いわけじゃないし、ジョルノは充分、成績優秀でしょう?」

わたしじゃなくても承太郎は頭良いし、ジョセフだって、と言いかけたところで、自分に勉強関連の話題が向くのを避けるように、仗助が逃げ出した。
「行ってきまーすッ」と、やっぱりジョセフに似ている悪戯っ子の顔で手を上げる彼に、やれやれと手を振り返す。
元気だなあとまた笑ったわたしを見たジョルノは、隣で「僕はなまえが良いんです」と拗ねたままの顔でぼそりと呟いた。
その表情に、またどうしようもなく暖かい気持ちになる。
胸を占める愛しさに、頬がゆるむのを我慢できない。

「ごめんね、お部屋行こうか」

だらしなく破顔したままそう言うと、年齢よりもずっと大人びたイメージを抱いていた彼は、年相応の嬉しそうな顔で頷いた。


・・・



――ちょこちょこ邪魔をしてくるジョセフを承太郎が回収してくれたり、ジョナサンがそりゃあもう美味しい紅茶を差し入れてくれたり。
ジョルノの課題も終わらせ、学校の部活から帰宅したジョニィを迎える。
夕飯を作っていると、仗助も帰ってきた。
みんなで楽しく夜ご飯を食べ、お風呂も頂いて、自分の部屋へと引っ込んだところで、そこでやっと気が付いた。

わたしの部屋は元々ゲストルームだったものを利用させてもらっているけれど、立派なベッドは申し訳ないことに、それほど使用頻度は高くない。
なぜなら毎日という程ではないにせよ、よく徐倫の部屋にお邪魔して、一緒に就寝することが多いからだった。
徐倫の優しい香りのなか目を閉じて、暖かいお布団でとりとめもない小さな囁き声を交わすのが、わたしの幸せのひとつなのだ。

今日は独りなんだと、今更だけど強く感じてしまう。
冷たい布団を口元まで引っ張り上げた。
目を固く閉じ、ゆっくりと深く呼吸をするけれど、眠気は一向にやって来ない。

暗く静かな部屋のなか、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。
鼻を啜ると、思った以上に湿っぽい音がする。
父や母が亡くなった時の夜もこうだったと、遠い過去を思い出してしまった。
あの時は気兼ねする存在もなく、我慢することもなく声を上げて泣いたものだったけれど、そうするにはわたしは年を取り過ぎていた。

気を抜くと荒げそうになる呼吸を落ち着けるため、小さく唇を噛む。
そうしてやり過ごそうとしていると、コン、コンと控え目にノック音がした。
無意識にびくりと肩が揺れ、そこでやっと、いつの間にかカラカラに乾いていた口内のせいで、上手く声すら出ないことに気付く。
返事のないわたしに痺れを切らしたのか、小さくドアが開いた。

「……なまえ、起きてる?」

寝ていたら気付かない程度に小さく、そうでなかったらベッドに居るわたしには届くくらいの声が、暗いこの部屋に落ちた。
なんでもないような声色で、それに縋るようになんとか口を開く。

「ジョニィ、こんな時間にどうしたの?」

廊下の電灯が逆光になり、彼の顔はよく見えないけれど、呆れたようにハアと溜め息を吐いたのは分かった。
遠慮なく部屋へと入ってきたジョニィは、ベッドまでやって来ると、わたしの顔を見るなりもう一度溜め息をついた。
え、なに、どうしたの。
そう思ったのがそのまま顔に出ていたんだろう、ほっぺたを抓られた。
痛くはないけれど、突然のその行動にびっくりしていると、一言「つめて」と告げられる。
わたしが大人しく少し端に寄ると、そのまま布団のなかに入ってきた。

「ぶさいくな顔」
「レディの部屋にやって来てベッドにまで入ってきた人に、そんなこと言われるなんて」
「レディでもないくせによく言うよ」

わたしの頬を抓っていた大きな手は、そのままするりと頭を撫でて、髪をゆっくりと梳いた。
気取られないように気を付けながら鼻を啜ろうとしたら、今度はぐいと頭を引き寄せられ、ジョニィの胸元に顔を押し付けさせられる。

「ねえ、なまえ。そんなぶさいくな顔と泣きそうな声をして、捨て置けるほどボクは人でなしに見えるかい?」

その言葉に息が止まる。
動きすら固く止めたわたしに、また溜め息をこぼす。
おそるおそる顔を上げると、ジョニィは溜め息の通り呆れた顔をしていた。
だけどそのシュプリーム色の瞳は表情とはうらはらに、少しだけ悲しげな色をしている。
それに気付いて、動揺した。

どうして、あなたがそんな目をするの。
そんな寂しげな、一人ぼっちになってしまったような、まるで、わたしみたいな。

「なまえ、どうしてボクが来たか分かる?」
「ジョ、ジョニィ、」
「分からないよね? ついでにボクがちょっと腹が立ってる理由も」

早口でまくしたてるジョニィに口をつぐむ。
わたしが怯えたように押し黙ったのを感じたのか、また頭を撫でられた。
その手は縋りつきたくなるほどに、どこまでも優しい。
沈黙のなか、ひとしきり髪を梳くと、ジョニィはまたわたしを抱き締めて独り言のように淡々と呟いた。
手持無沙汰にわたしの髪をいじりながら。

「徐倫からメールが来たんだ。なまえが寂しがってるかもしれないから、様子を見てやってくれって。徐倫は君のことを心配していた。ジョナサンたちだってそうさ、君のことを気にかけて今日一日構い倒してたんだろ。なぜだか分かる? 君が心細そうな目をするくせに、寂しいだなんて口にしないからだ。徐倫だってジョナサンだって、ジョセフも承太郎も仗助もジョルノだって、君のことを大切に思っているんだ」

言葉の途中でぼろぼろと泣き出したなまえの頬をなぞって、その雫を拭う。
ボクらの心にはずかずかと踏み込んできて、しっかり根まで張ってしまったくせに、大人ぶってなんともないような顔で自分の弱いところは見せないなまえに腹が立った。
こんなに彼女のことを思っているのに、まるで距離を置かれた気分だ。

か細い声でボクの名を呼んで縋りついてきたなまえを、しっかりと抱きとめた。
本当なら、こうして弱いところをボク「たち」に見せ、ちゃんと頼ってほしいと諭すべきなんだろうけど、ボクはそこまで出来た人間じゃあないので、今この腕のなかにいるなまえを独占している幸福に浸りきった。

それにしても、彼女を落とすのに敵はいっぱいいると知っていたけれど、と、同居人の面々を思い浮かべる。
まさか、一番の恋敵が女の子とは。
ヤレヤレ、涙が出てきそうだ。
まあ、徐倫がボクだけに連絡をしてきてなまえを委ねたということは、不名誉なことにボクが最も彼女に手を出さないと踏んだからなんだろう。
悔しいことにその通りで、他の奴らは知らないけど、こんなに一生懸命縋りついてくるなまえに対して、安心させるため抱き締める以上のことをしようとはボクは思わない。

でも、今に見てろ。
なまえが寂しさにふるえるとき、真っ先に思い浮かべる存在がボクになればいい。
それまで良い子でなまえを甘やかしてあげる。
でもその後は、遠慮なんかしてやらないから。

僕だけのスピカ
(2014.08.05)
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