(※第四集巻末おまけマンガネタ女体化リベンジ)
(※百合、男女分裂、口調捏造、諸々ご注意)
(※いつも通り深く考えてはいけない)




――やっぱりお可愛らしいなあ。
なまえは混乱しきった頭でぼんやりと考えた。
どうしてこんなことにと思わずにはいられないが、まあ幸か不幸か、なにせこの事態二度目・・・である。

「あ、起きた?」

至近距離でなまえを見下ろしているのは、既視感のある女性だった。
見覚えがありすぎるつややかな短めの黒髪に、深い谷間を覗かせる胸元露わな白いシャツ、幅広のスラックス。
いまはサングラスをかけておらず、形良い太めの眉の下、愛らしい丸い瞳が真っ直ぐなまえを見つめていた。

可憐な容貌についつい見惚れてしまうのも仕方のないことだった。
未だ混乱から抜け出しきってはいないものの、姿かたちが、それどころか性別が変わろうと、相手は既知の全き主とあっては尚更だ。
なまえは上に乗っかっている女性もといおのれの「飼い主」をうっとりと見上げた。

「はあ、かわいい……」
「他に言うことあるでしょ」

開口一番に漏れ出た感嘆に、女性――張は呆れたように笑った。
どうやらなまえはソファで座ったままうたた寝してしまっていたらしい。
見慣れた熱河電影公司イツホウディンインゴンシビル最上階、見慣れぬ主の背景には、見慣れた眺望が広がっていた。
本日もロアナプラは快晴であり、ぎらぎら輝く日射しは、これが夢ではないぞと言い聞かせてくるようだった。

「申し訳ございません、うとうとしておりました。――そのお姿のあなたと、またお会いできて嬉しいです」
「あれ、逃げないんだ?」
「ふふ。どうして逃げる必要が?」

おっとりと首を傾げれば、不満げに張が眉をひそめた。
その表情に、なまえはつい伸びそうになる手を抑えるのにそれはもう懸命だった。
なにしろ飼い主の女性らしい頬は丸みを帯びてこの上なくやわらかそうだ。
ふれればきっと心ごととろけてしまうに違いない。

「だって、前はベッドから逃げやがったくせに」

口にするのはなんとか堪えたものの「そのお顔ひとつとっても本当にかわいい」となまえは目を潤ませた。
年上の女性へ何度も「かわいい」と事々しく言うのは躊躇われた。
とはいえ我が主の容貌が愛らしいのが原因なのだから余儀ないことではあった。

「ああ、そんなにお可愛らしいお顔をなさらないで。どうかお許しください、あのときはあなただと存じ上げなかったんだもの」

目が覚めて、隣に知らないひとが寝ていたら驚くのも仕方ないでしょう、となまえは苦笑した。
それにしてもかわいいかわいいと思いすぎてそろそろ頭がだめになってしまいそう――とは、さすがのなまえも胸の内だけに留めておいた。

ソファに座るなまえの上に、彼女の両脚をまたいで乗っかっていた張は、その返答に「んー……」と厚い唇をとがらせた。
性別が男だった折からいくらか童顔気味なのは認めるのにやぶさかではなかったものの、いまは幼気いたいけさすら漂わせていた。
しかしながら可憐な顔貌と相反して、肉体はたっぷりとした色香を纏わせ煽情的ですらあった。

「あのときあたし、結構、傷付いたってのに」
「ふふ……もう、嘘をおっしゃらないで。ペットの行動がちょっとお気に召さなかっただけでしょう?」
「どうかな? 慰めてくれないの?」
「なぐさめって……ッ、あ、」

ぐっと再びソファの背もたれへ沈められ、なまえは目を見開いた。
なまえの太腿の上に座った張が、上体を倒して圧し掛かってきたのだ。
互いのたわわに実った豊乳がやんわりぶつかり、たゆんっと極上の感触を伝えてきた。
二度目の経験だというのに、ただでさえ平生から飼い主以外の人間との接触が皆無に等しいなまえはつい狼狽してしまう。
まろやかに熟れた弾力は、その心地好さに溺れてしまいそうなほど魅力的だった。

「だんなさま、……っ」
「ん、……なまえ、」

女の細い指先で、ついと顎を上げられた。
重なった唇はやはりやわらかく、とろけるようだった。
舌先で下唇をなぞられ、思考も理性も凌駕する本能的な――躾けられた従順な仕草で、なまえは口を開いた。
熱い舌が、ぬるっと押し入ってきた。
慣れ親しんだジタンの苦い味が口腔に広がった。
舐めて、吸って、吸われて、絡めて。
味わい尽くそうという意思の感じられる深い口付けに、なまえはとろとろと双眸を潤ませた。
ぽてりとした唇も舌も、なまえの知っているものよりもちいさく、やわらかく、その差異にくらくらしてしまう。

口付けの合間、張の細い指先はふれるかどうか、という絶妙な力加減でなまえの頬をゆっくりとなぞっていた。
頬、耳、次いで首筋を。
女性といえど銃を扱う手だ。
暴力が痕跡を刻んだところどころ硬くなった皮膚に、まるで壊れものを扱うようにやさしくふれられ、なまえはぞくぞくと肌が粟立ってしまうのを自覚した。

「ぁ、んん……っ、ふ、ぁ」

口からこぼれる吐息が甘ったるく熱を孕んでいた。
ほんのすこしでも身じろぎすればやわらかな肉感とこすれて、ますます理性がだめになっていく心地がした。
背に腕を回してぎゅうとすがりつけば、褒めるように女の手は胸元や腹まで至った。
なまえはそのたびにひくっと肌をわななかせた。

唇を重ね合わせていると、普段ならふれない女主人の黒髪によって頬をくすぐられられてこそばゆい。
溢れる唾液を懸命に飲み下せば、ごくっと思いの外大きく喉が鳴って羞恥がいや増した。
女たちのやわらかな唇からは、絶えず、くちゅ、ちゅぷっと粘膜同士が立てる淫靡な水音が漏れ出ていた。

「っは……ふふ、きもちよさそうな顔」
「ん……ぁう、だんなさまぁ……」

なまえを見下ろして、張が舌先で唇をぺろりと舐めた。
楽しげに笑う主はひどくなまめかしい。
そうして大きな垂れ目が享楽的に細められると、愛らしい容貌が驚くほど淫蕩さを帯びるのだとなまえは知った。
嚥下しきれなかった唾液を口の端から垂らしながら熱っぽい溜め息をこぼした。
ふれる飼い主の感触すべてがやわらかく、ふわふわとそのまま思考までゆるみ溶けてしまいそうだった。

そのため彼女たちが睦み合う居室に、本来の主・・・・が現れたというのに、少々反応が遅れてしまったのも致し方ないことだった――と思いたい。

「あー……お邪魔かね、とでも言うと思ったか。とりあえず退け。それ・・は俺のもんだ」
「っ、だ、だんなさま!?」
「なに?」
「いえ、あの、女性のほうのではなく……」

なまえは目を白黒させた。
彼女の上に乗っかったまま、いまのいままで淫らな口付けを交わしていた女主人が「ややこしいなー」と肩をすくめた。

「ややこしかねえよ。お前が増えたのが問題なら、解決もわかりきってるだろ」
「ねえなまえ、あたしのことなんて呼びたい?」
「耳にまで問題ありか」

いつも通りの男性の姿の張が、そこはかとなく微妙な表情でなまえたちを睥睨へいげいしていた。
以前のように単に性別が異性へ変わったわけではなく、男女それぞれで存在しているらしい。
そしてそのことを主人たちも当然のように受容しているのを見て、なまえはなんともご都合主義なと溜め息をついた。

「ん、っ……、“だんなさま”に相当する呼び方なら、“奥さま”になってしまうんでしょうけれど……。小姐とお呼びするのも違和感がありますし」
「やめてよ。こいつの嫁みたいじゃない」

女性の方の張が顔をしかめた。
心底嫌そうな彼女の表情とは裏腹に、なまえは頬を染めながら「それは困りましたね」と微笑んだ。

「……そう言う割に、俺の目にゃあ随分とこの状況を楽しんでるように見えるがね、なまえ」

胡乱な眼差しで呟く張に、なまえはぱちぱちとまばたきした。
なるほど飼い主の言う通り、上気した頬の原因はいままでふけっていた淫らなキスのせいばかりではあるまい。
なまえは面映ゆそうに唇をたわませた。

「だって……この世にまたとない尊い御方が、おふたりもいらっしゃるなんて。ふふ、幸せになるなという方が無理ではありませんか?」

至福の面持ちでなまえが小首を傾げた。
胸焼けしそうなほど甘ったるい彼女のその笑みは、おのれだけに向けられるものではあったが――対象が他の者ならばともかく、それが「自分自身」ともなると如何いかんともしがたいものがある。
飼い鳥のとろけた笑みをどこか胡散臭げな視線で眺めやり、張はやれやれと嘆息した。

「……ね、ところで、なまえのことは置いておいて、どうか旦那さまたちおふたりが絡んでいただけませんか。一生のお願いです」
「「却下」」
「まあ、いじわる……。幸せと幸せで、二乗の幸福、ううん、無限なのに……」
「なにその頭悪すぎる理論」
「さすがに自分を抱くシュミはねえよ」

「残念です」と肩を落とすなまえに、小鳥の嘘と本音を完璧に見分けることができる主人ふたりは、彼女が心の底から本気であることを察して、内心「なに恐ろしいこと言ってるんだこいつ」とこっそり冷や汗をかいていた。



(※おまけ)


「というわけでお前は仕置きな」
「どうしてですか旦那さま!」
「驚いたな。俺以外にあんな顔さらしといて、タダで済むと思ってたのか」
「あたしも混ぜてくれるでしょ? というよりあんたは指咥えて眺めてたら、ベイヴ」
「ままま待ってくださいそれ以上煽らないでください絶対わたしにとばっちりが、」
「よーしよし良くわかってるなー、なまえ」
「ッ、ひ、あっ」
「は、女にさわられてこんな反応してたのか? ぐずぐずじゃねえか」
「ふふん、男の嫉妬は醜いよ、ベーイヴ」
「誰に似たら、ンな性根の悪そうな顔ができんだ、お前」
「あんただよ」
「あ、あぅ……んっ、わ、わたしをはさんで言い争うのは、どうか、おやめになって……」
「ああ、ごめんね、なまえ。ちゃんとさわってあげる。ほら、さっきキスしてる間、胸に胸、押しつけてきてたでしょ。そんなに女の体が気に入った?」
「そ、そんなこと……んっ、だめ、っ、胸、そんなにさわっちゃ、あぁっ」
「だから俺のもんだって言ったろ。なまえもなに素直に喘いでんだ」
「ほら、ベイヴにもそのやらしい顔、見せてやって。あたしにさわられて気持ちいいんだもんね、なまえは」
「ッ、うう……だんなさまたちがわたしのことで会話していらっしゃる……すごいぃ……」
「幸せそうだなあ、なまえ」
「ええ、正直……とても」


(2020.02.08)
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