閉め切った寝室に、悲鳴めいたなまえの嬌声が響いた。
肉のぶつかる淫らな音も追随するように鳴った。
夜降ちた薄暗い閨には、灰皿に放られた何本目かの煙草のために手でつかめそうなほど濃い靄が立ち込めていた。
紫煙の霧、かすかに軋む広い寝台、爛れるほど熱い肉体、くぐもった呻き声と荒い吐息と、いまここにあるのはただ、浮き世のしがらみも煩労も捨てた純然たる欲望ばかりだ。
張はなまえを見下ろして厚い唇を歪めた。
荒い息まじりに囁いた。
「ッ、は、随分と良さそうだな、なまえ」
「あぁっ……は、はいっ、きもち、いいですっ、だんなさまぁっ」
女の善がり声はとろけきり、どろどろに煮詰めた砂糖といえどこうまで甘ったるくはなるまい塩梅だった。
なまえはベッドにうつ伏せに這い、獣の交尾のような後背位で胎内を犯されていた。
雄を受け入れるそこはぐずぐずにとろけ、はしたなく涎を垂らしていた。
シーツに顔をうずめて尻だけを上げた変則的な四つん這いという姿勢では、男の肉茎を咥え込んでいる膣口はおろか、窄まった後孔すらも丸見えに違いない。
しかしとうになまえには恥じる理性など残されていなかった。
自分の身体すら支えていられなくなった細い両腕はかくりと曲がり、背後から男の大きな手で腰をしっかりとつかまれていて、強すぎる快楽から逃げることも許されない。
張は、はっと深く息を吐いた。
一突きするごとになまえの乳房がたぷんと重たげに揺れ弾み、体勢のせいで時折彼女の顔に当たっていた。
とろけた膣襞は抽挿に合わせ盛んにうねり、歓喜して肉竿にしゃぶりついてきた。
何度犯そうとも蜜孔は生娘のようにきつく締め上げてくるのに、それでいて熟練の娼婦のように恐ろしく淫猥に肉茎を咥え込んでいる。
主人に喜悦を得てもらうためにいる飼い鳥にとって、当然のことではあった――なにしろなまえの極上の肉体は張維新専用だ。
「ナカは貪欲だな、ッ、まったく……食いちぎられそうだ」
「っ、だ、だってぇ、だんなさまが、あッ、あッ、あんッ」
男の下で、夜を連想させる女の黒髪が白いシーツに散らばり、波のようにたわんで弧を描いていた。
ひとつとして同じもののない黒い弧は、身動ぎするごとになめらかに不可逆的に筋を変えた。
汗に濡れた首筋や背に細い髪が幾筋か張りつき、それがまた息を呑むほどうつくしい。
身も世もなく身悶えるなまえの痴態を見下ろしながら、張は問いを重ねた。
「はッ、俺が?」
「ッ、ひぁああっ、奥、だめっ……! そんな、ッ、おなかのなか、ぁっ、あぅっ、深いのぉっ、あぁッ、く、ぅうっ……!」
ぐっと彼が前傾姿勢を取れば、もう限界だと思っていたにもかかわらず更に奥深いところを突かれて、なまえは返答の代わりに悲鳴じみた嬌声をほとばしらせた。
熱く膨れた亀頭で直接子宮口を圧迫されているかのような錯覚に襲われる。
深すぎる挿入に、なまえは喉をくっと反らして苦しげに身悶えた。
しかし苦悶にふるえるなまえ自身とは裏腹に、後ろからめくり上げられた柔襞は、飼い主の言葉通り、貪欲極まりない浅ましさできゅうきゅうと収斂して雄の欲望を締めつけていた。
満足げに張は黒い目を細めた。
こめかみから汗が伝い落ちた。
「ッ、……ふ、」
風呂上がりで整髪料も付けていない前髪が、さらさらと目にかかる。
鬱陶しげに片手でぐいとかき上げた男は、唇の端から爛れんばかりに熱を孕んだ嘆息を漏らした。
その口角が隠しきれない満悦に歪んでいることなど、知り得るのは彼当人のみだった――自覚していたか否かは別として、という注釈付きだったが。
「は、ぁ……ッ、なまえ、ほら、ちゃんと息しろ」
張に促されて、危うい呼吸を繰り返していたなまえはなんとか酸素を摂取しようとはくはくと空を噛んだ。
飛びかけていた意識が戻ってくる。
「――ぁ、は、はぁっ、〜〜ッ、きもち、いい……! あぁっ、おなかのなか、いっぱいでっ、すごいぃっ……」
常に淑やかな微笑を浮かべている金糸雀が理性を失って悦楽に溺れている。
慎み深く従順、性的なことには縁遠いと吹鳴せんばかりの「穢れなき処女」が、これほどまでに快楽に弱いとは――よもや清楚なワンピースの下に、これほど煽情的な肉体が隠されているとは、彼女を信奉する者たちには信じられないのではないか。
そして知る者など、今世、その姦濫な肢体を捧げられる「飼い主」以外には存在しない。
肉体の直接的な快楽ばかりではない、更に深い支配欲や充足感に張は腹奥がかっと煮え立つような喜悦を覚えた。
「ああぁんッ、あッ、だんなさま、だんなさまぁっ……!」
張の下で、なまえが熟れた肢体をくねらせた。
紫煙漂う薄暗い寝室に、ぼうと浮かび上がる女の裸体のうつくしさはゆめ幻のようだった。
あたかも雪を欺く背はいまは火照ってしっとりと汗が浮き、極上の肌ざわりだった。
この瑞々しい背中を見ていると、明暮、張は墨を入れることを考えた。
飼い主の言ならば、肌を刻む刺青といえど小鳥は二つ返事でその身を差し出すだろう。
言うに及ばず、どんな図柄だろうと極上の仕上がりに相違ない。
――そうだ、銃と同じ昇龍はどうだろうか。
そう思い巡らすのはこれが初めてのことではなかった。
なまえを後背位で犯しているとしばしば過る考えに、張は微苦笑した。
夭夭たる柔肌を這う仰々しい昇龍は、明々白々、大層映えるに違いなかった。
張維新の愛銃、驕奢な二挺の拳銃、「天帝双龍」と同じ刺青は、女に背負わせるにはいささか重すぎる図柄ではある。
しかしなまえが纏う無垢なワンピースの下に、毒々しく豪奢な龍が隠れているさまは、想像するだけで愉悦というものだろう。
「だんなさま……いま、ッ、ほかのこと、お考えでしょう……」
シーツに顔をうずめた不自由な体勢のまま、なまえが己を組み敷く男を振り向き仰いだ。
可憐な顔貌が紅潮して悩ましげに歪んでいるさまは、ぞっとするほど淫蕩だった。
見上げてくる瞳は快楽にとろけ、潤んでいたが、拗ねるように細められていた。
責めなじるような目で見上げられ、張は鷹揚に口角を吊り上げた。
平生、わたしのこと以外考えないでなどと素直に吐く女ではない。
しかしいまこのときばかりは理性もゆるむのか、舌たらずに欲深く鳴く小鳥に容易に煽られた。
腹底から沸き起こる劣情に思わず張は喉を鳴らした。
直截に「考えていたのはお前のことだ」と明かしてやるのは簡単だったが――、
「ふ、……なまえ、」
返答の代わりに、やにわに張は真っ新な背へ口付けて、がぶりと噛みついた。
「ひッ……!」
ぎりっと歯を立てればわずかに血の味がした。
堪らずなまえはびくっと総身を強張らせ、痛みのためか、きゅうっと膣襞が収斂して、ますます甘美な締めつけを齎した。
口唇を離せば、なまえの背にはくっきりと歯形が刻まれていた。
傷ひとつなかった眩耀の背に、赤い噛み痕と滲む血はえも言われぬほど大層映えた。
そして汚れを知らぬ新雪を踏み荒すような、完璧にあったものを損ねる背徳と支配欲とを男に与えた。
と同時に、どこか惜しく感じてしまう自分を張は認めていた。
おのずから苦い笑いがこぼれた。
傷ひとつなかったなまえの背を損ねてしまった。
この調子では、仮に刺青を施したとしても、同じように妙々たる白背を懐古するかもしれなかった。
元来、張維新という男は、くだらない懊悩、優柔不断といった悪癖、陋質からは程遠いはずだった。
が、なかなかどうしてなまえという女が絡むと――たかが飼い鳥一羽のために、はなはだ愚かな男に成り下がる。
それが不快ではないというのだから始末に負えない。
張は律動を止めずに、はっと薄く自嘲した。
「あァあっ、だんなさまぁッ、もう、やめ……!」
「なにが止めろだ、こんなに締めつけといて……っ、」
「っ、ひぃああァッ……!」
平生よりつやの増した男の低い声が耳朶を打ち、なまえは白い喉を仰け反らせて声にならない声をあげた。
散らばる黒髪ごとシーツを鷲づかみ、浮いた腰をびくっびくっと痙攣させた。
どうやら絶頂を極めたらしい。
血が滲むほど噛みつかれて達してしまうとは、被虐の気が強すぎるのではないか。
「は……悪いがなまえ、俺はまだだ。もうすこし付き合ってくれるか」
「ああぁんッ、ひぃっ……! や、アっ、あァああぁっ! イっ、イッてるのにぃっ……!」
達している最中だというのに、容赦のない抽挿は止まらない。
依然として絶頂の波は引きそうにない。
しかし律動をゆるめることなく突き上げられてしまい、なまえはがくがくと総身を跳ねさせた。
男を知る特有の悩ましさを纏わせた腰を、大きな手でがっちりとつかまれる。
「ほら、逃げるな、なまえ」
許容量を過ぎた快楽は、恐怖すら感じさせる。
あまりに強い法悦に怯えるように、なまえは自身の意思とは関係なく衝動的に男の下から逃げようとした。
這いずり上がって逃れようと、無意識のうちにシーツをもがくようにつかんだ。
しかし儚い抵抗などあってないようなものだ。
あっけなく男の大きな手で引き摺り戻され、挙げ句、細い腕を背後からぐいっと握り引かれた。
やわらかなベッドの上で、なまえは中途半端に上体を起こされて不恰好な膝立ちの姿勢になってしまった。
「〜〜っ、ま、まって、むりです、も、だんなさまぁッ、ひあぁんっあッ、らめ、――ッ」
制止する言葉は悩ましく乱れ、歓喜に揺れる喘ぎに成り果てた。
背後からずっぷりと挿入されたまま上体を反らせた不自由な体勢を強いられて、なまえは一層濡れた嬌声を高くあげた。
太く逞しい男の腕はがっちりとなまえの細腕を握っているが、もしもいまぱっと手を離されようものなら、顔から倒れ込んでしまうだろう。
不安定な姿勢のため否応なしに力が入ってしまうのか、ただでさえ狭かったナカが更に萎縮するように蠕動した。
しとどに蜜を溢れさせる媚粘膜は、猛る剛直に執拗に突かれて掻き混ぜられた。
ぐちゅ、ぢゅぶっとあられもない水音が、ばちゅんッ、ばちゅんッと肉のぶつかる卑猥な音が高く鳴る。
奥の奥、子宮口を、亀頭の出っ張りによってえぐられ、引き摺られるような錯覚に襲われ、びりびりとした痺れがなまえの四肢の隅々まで駆け抜けていく。
不自由な体勢だというのに、なまえは淫らに身体が跳ねるのを止められなかった。
上体を起こしたことにより、白背に浮かんでいた血の玉が、つっと伝い落ちた。
その光景の見事さといったら――張は、ああと口の端から感嘆とも賛美ともつかない呻きを漏らした。
唾液を嚥下すれば、ごくっといやに大きく喉が鳴った。
「あっ、あァああっ! も、やらぁ、イくのッ止まらな、ぁああッいやぁッ」
「……嫌、じゃないだろう? は、ッ、こういうときはなんて言うんだ、なまえ」
張は手綱のように両腕を握り引いたまま、なまえの紅潮した耳元へ囁いた。
彼女の汗みずくの背が苦しげに反らされた。
白百合の香りが増した。
なんぞ図らん、本来性的に加虐的な嗜好など持ち合わせていなかったはずだが、淫悦にむせぶ飼い鳥に際限なく煽られている自覚はあった。
「あァあっ、あッ、ふ、うぅっ……きもち、いいです、だんなさまの、あぁんッ、おっきいので、おなか、突かれるのぉッ……あッ、ぁあんッ、うれしい、うれしいれす、なまえ、きもちっいいのぉッ……!」
自分がいまなにを口走っているのかもよくわかっていないかもしれない。
なまえは熱に浮かされたように「きもちいい」「うれしい」「もっと」と、主人に躾けられた通りに淫らな歓声をあげた。
言う通りにできたら褒美を与えられる。
行動とそれに対する報酬という、一連の条件付けは躾の基本だ。
熱を孕みかすれた声で、張に「いい子だ」と褒められてなまえはとろけきった笑みを浮かべた。
なまえの頭の中は真っ白だった。
なにも考えられない。
この世で最も敬慕すべき飼い主が、わたしの身体で快楽を得てくれている――その悦びはなまえにとってなににも替えがたい至福だった。
嬉しい。
もっと気持ち良くなってほしい。
一突きごとに子宮が揺れてなまえの眼前でばちばちと火花が散った。
はあっと熱っぽい吐息を荒くこぼす張に、なまえは更に喜色たっぷりにとろとろと瞳を潤ませた。
腰の辺りを痺れのようなものがぞわぞわと這い上がり、発情した雌の肌をわななかせた。
張の香りも、熱も、力強さも――なにもかもすべてが、とろけたなまえをこれ以上のないというほど昂らせた。
常日頃きっちりと撫でつけられている彼の黒髪が乱れる、そのさますらもだ。
主に外もナカもふれられ、満たされ、気も狂わんばかりの法悦に、肉体だけではない、精神的な充足と悦楽に、なまえの朦朧とした脳髄がびりびりと痺れた。
爛れてしまいそうなほど熱く太い肉茎によって執拗に突かれ、えぐられた。
泡立ち白濁した粘液が溢れて、不規則に痙攣する内腿をつうと伝い落ちていく、その感触すら堪らなかった。
「だんなさまぁ……ぁああァっ! もっと、もっとぉッ、は、ぁッ、だんなさま、なまえできもちよくなって、くださいっ」
「ッ、は、なまえ……」
容赦なく胎を拡げる太く長い雄棒に、自分でもふれたことのない肉の奥深くを圧迫され続けていると、体の内側から飼い主のモノにさせられていくような心地がした。
否、されていくような、ではない。
されているのだ。
蹂躙される心地好さを、征服される悦びを、なまえに教えたのは他でもない張維新だった。
獣の交尾の姿勢で激しくナカを突かれ、自我すら奪われてしまいそうな被虐の悦びに、なまえは何度目かわからない絶頂へまたも跳ねあげられた――唇の端から浅ましく舌と唾液を垂らして、貞淑そうな顔をどろどろにとろけた笑みに歪めながら。
(2019.09.07)