「ほら、しっかり掴まってくださいよ」

背中から落ちかけた身体を抱えなおされる。その拍子にフワリと骸の香りが鼻をついて、はずかしくなった。彼の肩にある自分の手はしっかり掴む、というよりは置いてあるようだった。

「自分で歩けるっていったのに」

ぼそ、と思わず発した声は、この距離のせいではっきりと聞こえてしまっていたらしく、ふう、と溜息をつかれてしまった。

「まだ言ってるんですか。あなたね、女の子でしょう。自分の身体のことを気にかけなさい」
「ただの擦り傷で気にかけてたらキリがないでしょう」
「そんなこと言ってるとそのくち黙らせますよ」
「どうぞ」
「私のくちで」
「ごめんなさい」

はじまる静寂。彼の背中から伝わる熱は自分をとても安心させ、彼の歩みが発生させる規則的な振動が眠気を誘う。意識を失くした人間は普段より重くなる、とどこかで聞いたことがあったので負担をかけないように眠い目をこすりながら起きている。私の家までまだまだ距離はある。歩いているから尚更時間がかかるだろう。落ちつつある瞼を開いていようと頑張っているが、とうとうガクン、と首が落ちた。自分が原因のその振動にびっくりして身体が硬直する。

「クフフ…眠いのですか?」
「そんなことない」
「強情っぱりですね」

ゆら、ゆら。
眠気は次第に強まっていき、目をつぶるだけ、と頭を骸の肩にのせる。骸が笑ったのがわかった。

「やっぱり眠いんでしょう」

眠くないよ

「おや、もう寝てしまいましたか」

寝てないよ

返事をしようとしても、くちを開ける事すらどうでもよくなって、ただ「んん」としか答えられずに、そのまま、わたしは






「ん」

目を開けると私の部屋だった。枕元の時計を見ると、【3:46】と表示されている。骸の背中で寝てしまって自分のベッドで目が覚めたということは、骸がここまで運んでくれたのだろう。

明日、お礼をいおう。

布団からはみでた膝にはガーゼが貼られていた。かすり傷だから、心配ないと言ったのに。そうは思いながらも、嬉しいと感じている自分がいることに苦笑する。

「さて、どうしようかな…」

寝ようにも、目が冴えてしまった。今日は土曜日で、学校はない。すこし生活リズムを崩したところですぐに戻せるだろう。というか、寝すぎだ。確か骸と歩いていた時間はだいたい5時くらいだから、11時間寝たことになる。とりあえず、自分の服装(制服のままだ)をなんとかしようとベッドから降りようとしたときに、服がツン、と私をひっぱった。

「お、ちょ?!」

ベッドに視線を移すと、まあ、昨日の5時くらいに一緒にいた人がすやすやと眠っているではありませんか。しかも私の制服をまるで子供のようににぎりながら。

「む、くろ…?(制服がしわになる…!)」

ちいさく呼んでみるものの、よほど深い眠りについているのか、起きる気配はない。その時の私は寝起きということもあってか、とても、ありえないほど冷静で、だけど正常な判断はできないまま、「まあいいか」なんて普段は絶対に出さないような結論をだしてしまった。

骸を起こさないように静かに、ベッドを揺らさないように足をベッドの上に戻す。すこし身体をずらして、骸に近づいた。すやすや眠る彼の寝顔は普段の小憎らしい、人を馬鹿にしたような顔とは違ってすごくかわいらしい。ずっと見ていると、冴えてしまった眠気がまた戻ってきた。

「おやすみ、骸」

服を握り締める彼の手に手を重ねながら、私はまた目を閉じた。







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