「…佐久間?」 静かになったな、と背後で動物図鑑を眺めているはずの佐久間を見ると、佐久間は図鑑を胸に乗せてすやすやと眠っていた。伏せられた図鑑を少し持ち上げるとやはりペンギンのページで、興奮し疲れたのかと呆れ、同時に罪悪感を感じる。 「…ごめんね」 本来ならば、私達は今頃動物園のペンギンコーナーできゃいきゃい(佐久間は恐らくハアハア)していたはずなのだ。 小さなテーブルに所狭しと置かれた書類達を見て大きな溜め息をついた。月曜に行われる生徒総会で使う書類に不備が発覚し、急遽修正済みの冊子を作る作業が生徒会役員である私にまわってきたのである。こんなもの、各自で直してもらえばいい話だろうに、学園は融通がきかない。 ふつふつと沸く怒りに、手の中にあるホチキスがみしりと嫌な音を立てた。慌てて手をゆるめる。集中力がすっかり途切れてしまったらしく目の前の書類の山を見る気も起きなかった。 「んん…」 後ろで振動を感じ、起こしてしまったかと慌てて佐久間の様子を見るがそういうわけでもないようだ。彼は私に顔を向け、側臥位になっていた。端正な顔が急によく見えるようになりどきりと胸が鳴る。 (おお、おちつけ自分ッ!) ベッドに流れる髪の毛も、頬に影をつくる長い睫毛も、薄い唇も、呼吸の度上下する胸も、全部がなにかこう、色っぽくて…ってばかアァァァ!これじゃ変態みたいじゃないのっていうか普通逆でしょう!よーし落ち着けさっきのは勘違いだ決してよ、よ、欲情なんかしてな 「なにやってんの」 「ぁーいっ!?」 心臓が口から飛び出た。というのは単なる比喩表現だがそれだけ驚いたのだ。先程まで閉じられていた瞼はいつのまにか持ち上げられ、現れた佐久間の綺麗な赤い目が私をじっと見ている。 「ななななにも!!」 「終わったのか?」 「う…まだ」 ちろ、と私の後ろにある山積みのプリントを見た佐久間ははあと溜め息をついた。 「ほら、よこせよホチキス」 「へ」 言われるがままホチキスを手渡すと、佐久間はベッドから降りて私の隣に座る。山になったプリントを見て顔をしかめた。 「俺が留めるからプリント順番に重ねて揃えろよ」 「へ、あ、はい」 「はやく」 「ははははい!」 プリントの山の上から一枚ずつ取っていって上へ重ね、端を机で揃える。左上の角を差し出すとパチンとホチキスを打たれた。 ぱちん、…ぱちん、…ぱちん 会話のないまま、ひとつの新しい山が増えていく。元々あった山々が大体半分程の高さになった所で、佐久間が口を開いた。 「あのさ」 「…うん」 「動物園、気にしてないからな。その、むしろよかったって思ってる」 「え、でもペン」 「ペンギンは!」 角に集中していた私は、急に荒くなった声に驚いて顔をあげる。佐久間の褐色の肌が段々と赤く染まっていくのが見てわかった。ああ、ほんと、佐久間ってば。 「…動物園に行けばいつでも会えるだろ。俺達は部活とかあるし、そういうわけにはいかないから…その…どっか行くよりこうやって二人でいれる方がいいかなって」 「佐久間…」 ぱちん。綴じられた冊子を机にぶんなげて、私は佐久間にとびついた。 キュンキュン! |