「…釣れるかい?」

池に釣り竿を垂らしていると、横に綺麗なお兄さんが来た。いくら秋に入ったといっても気温はまだ高い。なのにマフラー巻いているなんてすごく変な人だ。服も夏に不向きの生地で、見ているこっちの方が汗がでる。

「こんにちは。どうにも釣れませんね」
「そう。申し訳ないけれど、ここは私有地だから釣りは駄目なんだよ」
「これでも駄目ですか?」

ヒョイと竿を水面に上げる。糸についている縫い針は真っ直ぐ水面に先を向けていて、魚が誤って口に含んだところで、口に引っかかることなく逃げれるだろう。釣ろうとする意思はそこから感じられない。

「…何、してたの?」
「暇つぶしです」

そう、とお兄さんは答えた。同時に釣り竿が私の手からいなくなる。

「でも駄目、周りが真似しちゃうからね。代わりに良いところを教えてあげよう」

お兄さんはくるくると手慣れた様子で糸を巻くと竿を担いだ。私は自分の荷物を持って、歩き出すお兄さんの後をついて行く。

「あのう、私知らない人について行っちゃダメって育てられたのですが」
「僕はこの町のジムリーダー、マツバ。きみは?」
「名前です」
「これで知らない人じゃないね」
「なるほど」

マツバさんはスタスタと民家の庭へと入り込んでいく。さすがに知らない人の家に立ち入るのは気がひけて、私は玄関の前でマツバさんの後ろ姿を眺めていた。

「あの…」
「ここは僕の家。だから大丈夫だよ、おいで」
「はあ」

持ち主からの許可が出たところで、足を踏み入れる。庭には小さくはあるが池があって、思わずそれを覗き込んだ。

「トサキント、コイキング、エトセトラ…」
「ここならいいよ」
「えっ」

マツバさんが小さな椅子を用意してくれたので、それに腰掛ける。

「じゃあ遠慮なく。でもどうして…?」
「ジムリーダーもなかなか暇でね。話相手が欲しかったんだ」
「大変ですね」
「平和な証拠さ」

縫い針が曲がってないことを確認し、池へと落とす。トサキントがするすると寄って来たが、なにもないとわかると離れていった。

「それにしても、暇だからって釣れもしない釣りをするのは君だけだと思うよ。どれだけ暇だったんだい」
「暇すぎて世界征服を企む所でした」
「それはそれは…最近の若者は物騒だね」
「怖いものはなにもない、と勘違いするお年頃ですから」

淡々と進む会話だったが、マツバさんのボキャブラリーが多いのと頭の回転が早いせいか、途切れることはなく。あっというまに陽が暮れてしまった。

「夕食まで頂いちゃってすいません」
「その代わり、またおいで」
「…どれだけ暇なんですか?」
「世界を征服しちゃうくらい暇なのさ」
「最近のジムリーダーは物騒ですね」

帰り際、靴を履きながらそんな会話をする。ではまたきます、と言うとマツバさんは嬉しそうに手を振ってくれた。


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