「マツバさん」
「うん?」
「ピーマン」
「嫌です」

なにを言いやがるかこの人は。
私の皿によけられた緑のピーマンの山(微塵切りにしたはずなのに悉く見つけてよけやがって)を見ながらそう悪態をついた。

「名前ちゃん女の子がそんな言葉使うもんじゃないよ。ピーマン苦いから嫌です」
「さりげなく主張しないでください。大の大人がなに甘ったれたこといってんですかさっさと食べてください」

渋々といった感じで微塵切りされたピーマンを一個、器用につまんで口に運ぶ。口に入れた瞬間思いっきり顔をしかめて、コップに口をつけた。

「ご飯作ってほしいっていうから作ったのにこの扱い…」
「まさかピーマンを使ってくるとは思っていなかったよ」
「アカネちゃんから苦手だって聞いたので」

だからってどうして苦手なものをわざわざいれるんだい!と騒ぐマツバさんを尻目に、よけられたピーマンを一つ残らずマツバさんの皿に戻して食器を台所に運ぶ。シンクに置いてある桶に水をためて、その中に食器を浸けた。

「労わってくれたっていいじゃないか…」

寂しさを含んだ声が後ろから聞こえて、思わず眉をひそめた。

先日、ポケモントレーナーがマツバを訪ねてきた。マツバさんの知り合いだというその少女は、ホウオウを従えていて、その時のマツバさんの表情は見えなかったが、恐らく相当まいった顔をしていたんだとおもう。

「ずっと修行してきたんだ。強くなれば、ホウオウに会えるって…」

マツバさんがどこか遠くを見ながら、ピーマンをつつく。まだ残されたままのピーマンも、マツバさんの顔も、悲しい。

「…ピーマンは許してあげます」

さっとマツバさんのお皿を取り上げる。どうせ他のおかずはもうない、あるのは微塵切りされたピーマンだけだ。驚き顔のマツバさんに笑いかけると、お皿を台所に持って行った。

「だから、そんな顔しないでください。ホウオウはそりゃ、残念だけど…貴方の傍には皆がいるでしょう」

ありきたりなセリフだと思う。
でも、ホウオウ一匹にずっと心を囚われているマツバさんを見るのはもう散々だった。

「ゲンガーやゴース、ジムリーダーの皆とかイタコのおばあちゃん、長老!いっぱいいるのに!…ピーマンだって残しちゃうしマツバさんは贅沢なんですよ!」
「ゲーンガッ」

台所から戻ってきて、どっかりと椅子に腰かける。
どうやら様子を見ていたらしいゲンガーがどこからともなく出てきて同意するように私の膝に乗った。
いつもは寄ってきてさえくれないので、嬉しくなって頭をなでる。

「ね、そう思うよね、ゲンガー!」
「ゲーン!」
「…ありがとう」

マツバさんが泣きそうな顔で笑った。
ゲンガーを招き寄せてぎゅうっと抱きしめるマツバさんは普段クールな印象がある分、大変可愛らしく感じる。

「名前ちゃんは?」
「はい?」
「名前ちゃんは、傍にいてくれないのかな?」
「…はっ!?」

急な発言の意味を理解した途端、顔に熱がこもる。
真っ赤になった私を見てゲンガーが楽しそうに笑った。

「名前ちゃんの言うように、僕は贅沢だからね。欲しいモノは欲しいんだ」
「ひっ…人の事をモノ扱いしないでくださいっ!」

マツバさんが、今度は楽しそうに笑った。
ゲンガーと両手タッチするその様子にさっきの泣きそうな感じなんか全く感じられない。
これ以上いたらからかいの的になる事は間違いなさそうだったので、乱暴に席を立つ。

「ご飯は作りましたからね!もう帰ります!」
「間違ってはいないだろう?」

素早くマツバさんの横を通ろうとすると、腕をつかまれて、ひっぱられた。

「名前ちゃんは、僕のだから」

耳元で聞こえるマツバさんの声、ほほに触れる彼の服。
ゲンガーがいつのまにかマツバさんの膝から降りていて、代わりに私が彼の腕の中にいる状態だ。
頬に手を添えられて、上を向かされた。
自然と私とマツバさんの目が合う。
その瞳がいじわるそうにほそまった。

「ね?」



ああ、マツバさん、教えてくれればよかったのに。
いつのまに『かなしばり』と『くろいまなざし』を覚えたんですか…。




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