カチ、カチ、カチ、カチ…
壁に掛けられた時計の音が、静かな空間に大きく響く。

(眠れない…)

もそ、と布団を蹴飛ばして上半身を起こした。
ジョウトからの挑戦者に敗れ、半ば無理やりマサラタウンへと戻されてから既に二ヶ月が経とうとしている。帰ってきてすぐはふかふかの布団に違和感しか感じず、眠れない日が続いたが、それも次第に無くなってようやっと布団で寝れるようになった。しかし最近また眠れなくなっている。寝ようと頑張れば頑張るほど眠れなくなる悪循環が続いているのだ。

(…ぶりかえしたか…?でも)

シロガネヤマを懐かしいとは思えど戻りたいとは思わない。今思えばあの時の俺は、何か得体の知れないモノに縛られていたようにさえ感じる。人一人いない、いるとすれば野生のポケモンと言葉すら発さない自然のみ。暗く、寒い…こわいばしょ。なぜ、あんな所にいたんだろう。

「ぴ、ぴーか…ぢゅうー」

隣で寝ていたピカチュウがひくひくと長い耳を動かし、尻尾をゆらす。寝ぼけているだけのようだ。

時計はまだ四時を指していて、起きるのには少々早い時間だ。もうひと眠りしよう、ピカチュウをつぶしてしまわないように上半身をベッドに戻した。



「なんだその顔」

今日はオフだというグリーンが遊びに来て、俺の顔を見た瞬間にこういった。
確かに自分でも酷い顔をしている(顔は真っ青、眼の下にはうっすらとだがくまがあり、いかにも病人もしくは逃亡中の犯人といった面だ)と思うが、それをこいつに言われると腹が立つ。

「眠れなくて」
「眠れない?なんでだよ?」

さあ…と一言だけ返す。
グリーンはなんだよそれと文句をつけたが、自分もよくわかっていないのだから他人に話せるわけがない。

「眠ろうとすると寒いんだ」
「昨日すっげー暑かったぞ」
「そうじゃなくて」

なんか、こう。
身振り手振りで表わそうとするが、やはりわかってはもらえない。諦めてこの話題はやめにしようとため息をついた。グリーンは少し頭をひねっていたが、立ち上がり外を指さす。

「寒い、ねえ…ははーん、そっか。じゃ、いこっぜ」
「?」
「いーから」

ちゃんとついてこいよと釘を刺され、大人しくグリーンの後ろを歩く。寝不足のせいで反抗する気も起きない。ふわ、と大きな欠伸が出た。

家を出てオ―キド博士の研究所をすぎたところ、海につながる川縁で、グリーンが立ち止まって手を振った。向こう側に目をやると、知ってる顔が川に足を入れて涼んでいる。

「グリーン!レッド!おそいよー」
「ばーか、約束なんかしてねえだろ」

そうでした、と笑う少女は俺達の幼馴染、名前だ。
シロガネヤマを下山してマサラタウンに着いた日、真っ先に家から飛び出してきて泣きながら抱きついてきたのはまだ記憶に新しい。彼女は川から足を引き上げて、こちらに近づいてくる。

「うわあ…酷い顔」

名前もグリーンと同じ事を言った。
癖で帽子を深くかぶりなおそうとして、帽子をかぶっていない事に気付く。手を引っ込めることもできず頭をガシガシとかいた。

「最近眠れないんだってよ」
「あらそれは可哀そう。名前ちゃんが膝枕してあげまちゅよ?んー?」
「はははは!レッド、やってもらったらどうだ?」

その場に座りこみ、ぽんぽんと膝に招く手を無視して、二人と少し離れたところに乱暴に座った。二人は少し目を合わせた後、同時に笑いだした。

「レッドーからかってごめんって、こっちおいでよ」
「久しぶりに三人が同時に集まったんだ。こっちこいって」

渋々と近づく。二人は目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。三角形のような形におさまると、そういえばと名前が話し始める。グリーンと名前は似たような性格で、2人が一緒になると話が途切れることがない。騒がしいのは嫌いだが、この2人が作り出す賑やかな空間を、俺は嫌いではなかった。

「レッドはリニアにのった?私この間初めて乗ったんだけど、本当にすぐジョウトに着いちゃうんだよ!」
「…まだ、のってない」
「ああ、そういやお前パスもってねえよな?今度ヤマブキに行った時買ってきてやるよ」
「あ、ヤマブキにあった道場つぶれたんだって?」
「ああ…たまに俺らが使ってるけどな。広いからバトルするのに丁度いいんだよ」
「不法侵入で訴えられるよ…?」
「ちゃんと許可もらってるっつーの」

久しぶりの声、会話の応酬。懐かしいと感じるよりもまず安心した。気がゆるみ、押さえていた欠伸がまた出る。

「お、レッド今なら眠れるんじゃないか?」
「枕ならここにあるよ?」
「随分堅そうな枕だな」
「殴るよ?」
「ごめん」

躊躇なく枕…もとい名前の膝に頭を預ける。本人は驚いたようだったが、恐る恐る頭を撫で始めた。

(レッドてこんなんだったっけ?)
(昔から突拍子のない奴だったけどなあ…多分、生理的な欲求と安全の欲求が完全に満たされたからまた眠れなくなったんだろうな)
(なあにそれ)
(…シロガネヤマなんかに籠ると人が恋しいってことだ)
(ふうん)

グリーンと名前の声がどんどん遠くなる。俺はすぐに意識を手放してしまって、結局目が覚めたのは町全体が赤く染まるころだった。

(…よく寝た)
(れ、レッド さん…足限界…頭よけて…!)
(レッド、今名前の足掴んだら面白いモノが見れるぞ)
(やめてあげて!)











すう、と寝息がきこえる。
まだ子供らしさの抜けないサラサラの髪を撫でながら、私たちは顔を覗き込んだ。

「おうおう、かわいー寝顔しやがって」
「眠ってる顔は天使ってやつだねぇ」
「同い年がそれをいうか?」

くすくすくすとお互いが笑う。
レッドを起こさないように静かに静かに。

「「レッド、おかえり」」

んん、とレッドの口元がわらった。






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