「レッド!」
「!…名前」

ジョウトとカントーの間に位置するシロガネヤマ。野生のポケモンが闊歩するこの山の頂で、私はレッドを見つけた。といっても、彼の幼馴染グリーンの情報を元に道を辿っていただけだけれど。

「本当にいると思わなかった。なにしてるのこんなところで」
「名前こそ何、こんなところで」

幼いころも無表情だと思ったが、今も輪にかけて無表情だ。背丈こそ変わったが、中身はまったく変わらない事に笑ってしまう。

「なにって、グリーンからのお届け物。ジムリーダーの会合があって来れないんだってさ。代わりが私」

ほれっとパンパンに膨れたトートバックを投げ渡す。道中ちらりと中身を確認してみたが、食糧からホッカイロまで隙間なく詰められていて、グリーンのお母さんぶりがうかがえた。結構な重さだったはずだが、レッドは難なく受け止める。さすがは三年山にこもった男…口の中でつぶやいた。

「名前、バッチ…」
「ばーか、何年たったと思ってんのよ。とっくに立ち入り許可はでてるの」

シロガネヤマはその内部の険しさ、出てくる野生のポケモンの強さから立ち入る人間が限られている。図鑑完成の為、自らを鍛える為、理由がどうであれ立ち入りが許可されるのはバッチをすべて集めた者のみだ。レッドは私がトキワジムを制覇する前に行方不明…もとい、シロガネヤマに引き籠ったから、私がバッチを全て集めたことを知らない。改めて三年の長さを思う。

「それにしてもシロガネヤマ、初めてきたけど怖いね。三年間もよくいるわ、ほんと!」
「それほどでも」
「…帰らないの?」

レッドが無言で踵を返す。答えはわかってはいたけれど、やっぱり無理か。苦く笑ってその後ろ姿を追う。隣に並んで歩くと、彼が静かに言った。

「もうすぐこの辺は雪に埋まる。雲があそこにあるから」
「いつのまに天気なんか読めるようになったの?」
「三年は長いな」
「本当だね」

同じ事思ってたんだ、と嬉しくなって笑ってしまう。レッドが目線が私に向いてる事に気付いた。そんなに美人?と冗談を飛ばすと、そうじゃないと普通に返された。

「今帰らないと雪がやむまで待つ事になる。早く帰ったほうがいい」
「(冗談の通じないやつめ。)レッドは?」
「ここにいる」
「帰る気は?」

ふるふると首を横に振る。その行動が意味するのは『帰らない』。グリーンの言った通りだ。何を言っても無駄、もう帰ってくるつもりはないんじゃないかって。

「お母さん、心配してるよ」
「うん」
「グリーンも」
「うん」
「どうしても帰らない?」

もう一度同じ質問をする。
しつこいかな、と思ったけれど、やっぱり心配なものは心配だ。三年間、何事もなく暮らしていたとはいえ、いつ何があるかわからないのが世の常で。万が一があった場合、連絡がつく場所にいてほしい。

先ほどと同じ言葉が返ってくるだろうと思ったが、予想外にそうではなかった。レッドは少しの間を取った後、静かにつぶやいた。

「名前が、俺のほしいものをくれたら考える」
「!?」

まさかの返答だ。『帰らない』と頑なに言っていた割には、随分と譲歩された条件だと思う。

「ほ、ほ、本当に!なにがほしいの!?なんでも持ってくるよ!」
「それは秘密。あてて」

よほど私の表情の変化が面白かったのか、口元が微笑んでいる。レッドのほしいモノ、思いつく限りあげてみるが、かすりもしてないと呆れられた。

「え…ピッピ人形、とか…?」
「それ持ってきたらアイアンテール」
「ごめん」

ふいにレッドが空を見上げる。彼曰く『雪が降る雲』がすぐそこまでせまっていた。

「今日はもう帰れ」
「もうちょっと…ピーピーエイダーとか?」
「ちがう、もうダメ。次回」
「…わかった」

恐らく、今回の降雪は結構な量になるんだろうと予測する。雪の降ってない今日でさえ山頂まで来るのは苦しい、吹雪の中この山を降りるのは命知らずの行動だ。渋々と引き下がる。ぽす、と頭に手がおかれ、ぐしゃぐしゃとかき乱された。

「なにするのよ!?」
「ここにいるから。ゆっくり考えて」

にこ、と普段は見せないような穏やかな笑顔で言われれば、もう何も言えない。仕方なくカイリューをボールからだし、背にまたがった。

「次は絶対に一緒に山を降りるからね!」

荷物まとめておいてね!というと、ひらひらと手を振られる。カイリューの大きな翼が空をかいた。起こる風が顔にあたってつめたい。地を離れて大きな身体が空を舞う、後ろに視線をやると、レッドがちいさく手を振っていた。

(ほしいもの、ね。グリーンにも探すの手伝ってもらおう!)

振り返し、その手をぎゅっと握りしめた。









レッドはちらちらと降り始める雪の中に消えるカイリューを、その姿が見えなくなるまで見送り続けた。ふう、と吐く息は白い。

『お母さん、心配してるよ。グリーンも』
(ほしい言葉はそれじゃない)

赤い帽子を深くかぶり直す。いつのまにかピカチュウが足元で俺を見上げていた。なかなか戻らないマスターを心配して来たんだろう、抱き上げてその頭を撫でる。

「ぴかちゅ?」
「なんでもないよ。寒くなってきた、戻ろうか」


名前。
名前はどう思ってる?
俺はそれが知りたい。

(私は貴方に帰ってきてほしい)

君が、のぞめば
俺は今だって飛んでいこうと思うのに。




*






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