終焉 | ナノ


※下品




ーー絶対にでかいよなあ……。

オフィスの植物たちに水やりをするクラウスの姿を眺めながら、とんでもなく不埒なことを考える。いや、だってあの体格だ。わたしはクラウスのことを動物に例えるなら可愛い可愛いトイプードルちゃんだと思っているが、他人から見たら十人中十人がグリズリーを連想することは理解している。

愛は人の目を曇らせるし、恋は頭をポンコツにする。いつもはザップがふんぞり帰っているソファの上で、誰に憚ることもなくクラウスをずっと眺めていられるのは幸福だった。わたし達はその存在を知ってしまったが故に最も死に近い場所に立っている。死そのものみたいな連中を追いかけているのだから当たり前だが、陳腐にもその分、日常への愛しさは限りなく増していくものなのだ。

その日常に、わたしはそろそろクラウスとの夜を加えたい。知り合って五年、お付き合いをして一年、手を繋ぐまでに三ヶ月、キスに持ち込むまで実に半年かかった。その間にわたしは十五回死にかけ、二十二回入院し、怪我をした数は三十回を超えた辺りから馬鹿馬鹿しくて数えなくなった。とどのつまり恋愛に対する歩みがナマコより遅いクラウスに付き合っていたらわたしの命が先に終わってしまうのだ。
わたし自身処女というわけではないが、恋しい男とセックスもせずに死ぬなんて絶対に嫌。どうせならクラウスの消えない傷になって死にたいし。いや、全然まったくこれっぽっちも死ぬ気なんかないのだが。

わたしの視線に気が付いたのか、ジョウロを片手に持ったクラウスが振り向いてこちらに控えめに手を振る。はーかわいい。ニコッ、じゃないんだニコッじゃ。
わたしもクラウスへ手を振り返しながら、不躾でない程度に視線を下へ落とす。立派だよなあ、やっぱり。



***



ヘルサレムズ・ロットは70年代のアメリカに逆行したような街であり、一つの国家であり、人間の常識の通用しない場所だ。当然ニューヨーク州の州法は適用されていない。つまり、この街では売春を殆ど取り締まっていない。
ヒューマーから多種多様な異界人までを相手にするヒューマーの娼婦たちは、簡単な人体改造を施している場合が多かった。ザップがやたらその界隈の女たちにモテるのも、本人の容姿やヒモの才能以前に彼の種族がヒューマーだからじゃないのかとわたしは少々勘繰っている。

「クスリや工事に頼らないってんなら、ちょっと大変だわよ」
「そこまですると彼は引いちゃうかなって……ハハ」

豊かな金髪を靡かせて、サマンサが後ろの戸棚から追加で道具を出してくる。HL街歩きガイドにも載っているサマンサの店は安心安全の優良店だ。優良店はキャストの教育にも力を入れているものなので頼ってみたのだが、これがビンゴだった。

「相手はヒューマーなのよねえ……そんなに拡げる必要あるかしら」

サマンサがわたしのド安産型の尻を見ながら呟く。

「……わたしの手首くらいあるっぽいんですよね」
「は?」
「手首」

ひらひらと右手を振って見せるとサマンサが引き攣った顔をした。
以前わたしとクラウスの恋愛アドバイザーであるギルベルトさんに真正面からサイズをお伺いした時に、流石に勃起時は存じ上げませんが、と前置きされて萎えている時の大きさを教えてもらったのだ。その時は教えられたサイズに衝撃を受けすぎて何故ギルベルトさんが知っているのか、何故計測する必要があったのか後でものすごく疑問が湧いたが、おそらく服を仕立てる時のアレコレなのだろうと思い込むことにした。

「……弛緩させるクスリくらいは使いなさい。これ、空気入れると膨らむから、小さいサイズから慣らして、いざって日にはプラグ押し込んどきなさい。女のナカって意外に元に戻りやすいのよ。あとは、もう妄想でも何でもしてでろでろに感じまくるしかないわ」
「おお、女神よ……!」

直にオモチャやローションが放り込まれたバーガー屋の袋を抱え、サマンサの店を後にする。もちろん全部新品を買ったために懐はものすごく痛んだが、これもまた愛の試練の一つと割り切ることにした。クラウスが童貞なのかは知らないが、性的に女慣れしていないのはよく知っている。初夜失敗は男のプライドに消えない傷を残すと小耳に挟んだことがあるので、少しでも彼が傷付く要因は排除してあげたかった。



ベッドの上に吸水シーツを敷き、購入した品を検分する。ギリ合法のセックスドラッグにポンプ式の拡張ディルド、どう見ても上級者向けのプラグ(大)、薬局でも売っている異界製のローションと薬局では手に入らないゼリーが数種。ローターは前戯用、XXXLサイズのゴム、止血剤入り軟膏で裂けた時のアフターケアもばっちりだ。いや、断じて裂けたくはない。

とりあえず濡らさないことには何も始まらぬ。ドラッグを一錠口に放り込み、普通にマスターベーションをする時のように下だけを脱いでベッドに寝転がる。じわじわとドラッグが回ってくるのを感じながらクラウスの顔を思い浮かべた。彼は優しい人だ。多分最初は……とか色々と妄想しながらあらぬ所を指で刺激する。ここまではいつもと変わらない。
とりあえず箱から出したディルドをアルコール消毒し、付属の手押しポンプを少し押してみる。シュコッという間抜けな音と共にディルドが少しだけ大きくなった。ひと押しで五ミリくらい膨らむものらしい。わりとリアルなペニスを模ってあるのが少し嫌だが、サマンサが勧めるくらいなので機能と安全性は指折りなのだろう。

十分にナカが濡れたと判断し、ディルドにゴムを被せてローションを塗り付ける。空気を抜いた状態でもそこそこの大きさがあるので、挿れるのにもちょっとコツがいる。何とか奥までディルドを挿入し、いざポンプを握る手に力を込めた。

「っ、ふ、んん……」

ディルドが、ナカでぐんと質量を増す。き、キツイ……。いや、まだだ。クラウスの坊ちゃんはこんなに小さくないはず……。
脚を開き、ディルドの持ち手を掴んでとりあえず抜き差ししてみる。異界製ローションとドラッグのおかげで我慢できないほどの痛みは無いが、圧迫感はものすごい。入り口で快感を拾うのはほぼ無理だ。
何とか膝立ちで起き上がり、騎乗位をする時のようにディルドの持ち手をシーツに押し付けてみる。ごりごりと奥に先端が当たって、ピストンよりは余程気持ちがいい。もし本番になったら拝み倒してでも奥に押し込むような動きにしてもらおう。痛い、なんて一言でも漏らしたらクラウスとは二度とセックスできないに違いない。

ぜえはあと息を切らしながら股からポンプをぶら下げている様はかなり間抜けに見えるだろうが、わたしは必死だった。何せ相手はクラウス・V・ラインヘルツ。人類の希望で無類の紳士で頼れるリーダー。優しく気高く誇り高い、誰のためにも躊躇いなく自分の命を擲つことのできる人。彼のために、わたしはわたしにできることを全うする。わたしが与えてあげられる全てを、余すことなく差し出すためにどんな努力だって惜しむわけにはいかないのだ。
……いや、多分、大いに、九割九分くらい私欲ではあるのだが。

もうひと押し、ポンプを握る手に力を込めようとした瞬間に部屋のドアが音を立てて外れた。吹っ飛んだ蝶番が床でバウンドする。
わたしの部屋はかつてビジネスホテルであった建物を改築したワンルームのアパートだ。ドアとベッドの間に遮るものは何もなく、ゆえにバッチリ闖入者と目が合ってしまった。

「……失礼」
「とりあえず、ど、ドア……」

クラウスがドアを閉めようとして蝶番の不在に気付き、ドアノブを持ったままくるりとターンして自分を部屋の内側に入れると、ドアをそのままドア枠に力任せに押し込んだ。メキ、と音がして、クラウス以外は二度と開けられないドアが出来上がってしまった。

「……君が、その、売春宿へ行ったとスティーブンから聞いたものだから」
「さ、サマンサ……!スティーブンさん……!」

元々サマンサの店は仕事上必要だったのでスティーブンさんに紹介してもらった店だった。サマンサとしては色々教えた手前、スティーブンさんに義理を通してわたしが来店したことを告げたのだろう。スティーブンさんがクラウスにチクったのは完全に面白がってるからだ。
怒りに震えるわたしを他所に、クラウスは意を決したように狭いワンルームを横切ると、わたしの肩にベッドの端で丸まっていた毛布を掛けた。そして何を思ったのかディルドの持ち手を掴んでそのまま引き抜こうとしたのだ。
驚いたわたしは咄嗟に腹に力を込めてディルドを食い締めてしまう。

「やっ、あっ、え?」
「頼む。こんなものは抜いてほしい」
「く、空気、まず空気抜いて……!」

何とかクラウスの腕から抜け出し、ポンプに付いている空気弁を開く。プシュウ、と間抜けな音を立ててディルドが縮み、拡張された膣から勝手にずるりと抜け出てきた。そのディルドの形を見て、クラウスが更に顔を顰める。

「はぁ、あの、」
「……すまない。君がそんなにも金銭に困っていたとは知らず……しかし私は君にとってそんなにも頼りにならない存在だったのだろうか」
「え、クラウス。何の話?」

顔を苦悶に歪めて切々と語るクラウスを見ていたら冷静になってきた。例え寝巻き代わりにしているコーヒーショップのノベルティのTシャツ(しかもサイズが合っていない)一枚の姿で、股がびろびろに拡がっていて、アダルトグッズに囲まれて吸水シーツの上で踏ん張っている……まあつまり恋人に見られたら恥のあまりその場で軽く三回は切腹できる姿を見られたのだとしても、冷静さというものはいつだって美徳なのだ。

「君が行ったのは、ヒューマーの女性専門店だと、スティーブンが」
「売りに行ったわけじゃねえよ?!」

叫んでからぱっと口を押さえる。育ちもあってわたしはそこそこ口が悪い。クラウスの前では抑えようと努力しているのだが、思わず。

「よく聞いてくださいクラウス。別にお金には困ってませんし、売春する理由があるわけでも女を買う趣味があるわけでもありません。異界人のブツを挿れるために訓練してたわけでもないです」
「では……?何を……?」

言っていいの?言っていいのこれ?
自分の顔がありえないくらい赤くなっているのがわかる。全身の毛穴から血が噴き出しそうだ。

「あなたの……その、ペニスを……」

ギルベルトさんにサイズを聞いて、と言い募ると、今度はクラウスが真っ赤になってフリーズしてしまった。頭から湯気が出ている。
いやまあそうだよな。貴族の世界で執事が主人のペニスのサイズを把握してるのが常識なのかわたしにはわからないが、恋人に想像されていたのだと知るのは結構なショックだ。嫌だという訳では決してないのだが、とにかく衝撃がある。わたしだってクラウスに胸のサイズを聞かれたら似たような気持ちになると思うし。

「わたし、クラウスとセックスをしたい」
「しょっ、いや、うむ」

承知した、って言いかけたな。
脈アリと判断してクラウスのベッドに掛けた片脚に手を乗せる。みっともなくぶるぶると震えているが、そんなことは重要じゃない。
でも、クラウスにとっては重要だったみたいだ。彼はわたしの手を取り、誓いでも立てるように胸元へ引き寄せた。

「三日後の夜、ディナーを共に。場所は……前に君が行きたがっていたホテルのレストランはどうだろう?……部屋を、予約させてもらう」

クラウスの目は真摯だった。わたしは首が?げる勢いで頷き、クラウスの拳にもう片方の手を添える。

「私から誘うべきだった。君の勇気には敬服する。そして……」

クラウスが握ったままのわたしの手を、自らの股間へ導いた。上等な布地の上からでもわかるほど硬いそれが手のひらに触れる。音にするなら、ゴリ、という感じだった。

「必ず完遂する」

何を?と聞く間もなくクラウスはわたしの手を放し、放置されていたバーガー屋の袋にアダルトグッズ一式をぽいぽいと放り込むと、その大きな手に袋を握り締めたまま風のような速さでドアをまた外してわたしの部屋から去って行った。
呆然とするわたしの携帯に、ドアの修理と三日後のディナーに関するメッセージがギルベルトさんから次々に送られてくる。

わたしは肩に掛けられた毛布を握り、吸水シーツがよれるのも構わずベッドにダイブする。マグナム。ザップがよくオフィスで喚いている何ちゃらマグナムの、あれは最終進化形態だった。
毛布にくるまったまま、ギルベルトさんへの返信とスティーブンへの休暇申請(もちろんディナーの次の日のだ。まともに歩けると思うか?)、そしてエステの予約を済ませる。幸せすぎて死んでもいい、などというのはこの街では洒落にならないので、わたしは、わたしの可愛いトイプードルちゃんのために懸命に明日を生きることにしたのだった。



(血界戦線 230426)



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