終焉 | ナノ

※死体損壊描写があります




この辺りに住む者は、死ねば皆象の墓場へゆく。

死者の国、魂の行き着くところの名ではなく、魂が去った後の肉体が運ばれる場所である。かつてこの国で最も一般的な葬儀は獣葬であった。魂の安寧を祈った後の死体を野に運び、肉を切り開き骨を断ち、臓腑を撒いて獣に喰らわせるのだ。原初、この地に住む者が狩りと採集だけを生業とし、太陽と星だけを見て生きていた頃は、肉を開くのは死者の子や伴侶の仕事であった。魂の向かった場所へと届くように祈りを歌いながら愛した人の体を肉塊へと変えていく。それは既に死して失われたものから己の心を解き放つ儀式であり、悲しみを癒すための殯であった。

いつの頃からか、この象の墓場に人が住むようになった。
不具の者、群れから外れた者、年寄り、病人、異端者、国を追われた者。理由も様々あれど、皆安住の地を去った者たちだ。地に属さず、天に服わぬ人々。彼らは殯の儀式を引き継ぐことにした。正確には、その中の最も忌むべき仕事を。
この辺りに住む者は、皆死ねば象の墓場へゆく。



「アンタが身元引き受け人ッスね」

担ぎ手が下ろしていった死骸を一瞥し、獣の耳を持つ青年が無感情に呟いた。枝に布を巻いた鳥追いの杖を持ち、木陰の中に静かに立っている。この草原の日差しは中天を過ぎてなお肌を灼くほどに強い。全てを白々と見せる白日の中で、乾いた地面に横たわる老爺の死骸はまるで悪い夢のように鮮やかだった。
赤く染められた布で巻かれた枯れ木のような老爺は、係累の絶えて久しい孤独な男であった。わずかに魔力を持っていて、簡単な占いなどを売って暮らしていたらしい。疫もなく、ただ老いのために全身の機能が衰えて死んだのだ。

「象の墓場と聞いたから、大きいものの死骸がたくさんあるのかと思ったが」
「ああ、旅の人ッスか。この国ではね、骨なんか残りゃしないんスよ。ぜーんぶハイエナが食っちまいますから」

皮肉げに笑う青年の頭上で獣の耳が揺れる。
青年は鳥追いの杖を地の柔らかいところに突き刺し、その下で赤い石を焚き始めた。この石は没薬である。没薬を取るのは滑らかな木肌の、女が髪を振り乱して泣き叫ぶような姿の木からで、その木に鋭い刃物で傷を付けると赤い涙のような、苦い乳のようなものを流す。その傷口に凝って、乾いたものを焚くのだ。細く昇る煙は死者の魂を星々の間に導き、辺りに満ちる香りは殯の間獣を退ける。これから肉を捨てる者への、地上からの最後のギフトである。

「……アンタ、もういいッスよ。こっからはオレらの仕事なんで。この爺さん、身寄りが無いんだろ。担ぎ手も行っちまったし、アンタは旅の人だ。見届ける義理は無いはずッスよ」

青年が腰に差した山刀のようなものをかちゃかちゃと弄りながらそう告げた。死臭を嗅ぎ取って、死骸の周りに早くも蝿が群がり出している。わたしは薄っすらと微笑んでその場に腰を下ろした。青年が軽く溜息を吐き、老爺の死骸の胴を跨いだ。
口の中で何かを呟きながら、腰に括った鞘から山刀を引き抜く。柄を立て、一息に死骸の肋骨の間に刃を突き立てた。硬直も解けた死骸から、ぶわりとゴム質の血液が溢れ出した。温められ、内側から傷み始めているのだ。

「今、かれの魂はどこにあるのでしょう」
「…………お喋りは礼儀に反するッスよ」
「天か、それとも地?河の行き着く果てだろうか」
「……」

死骸の皮を剥ぎ、肉を削ぐ。魔法を使わず、全てを手作業で行うのは死者のためではなく、ただの肉となりはてた死骸を理解するためだ。
血の匂いに惹かれて、遠くの岩陰にぽつぽつと獣が集まり始めている。青年は山刀の柄で肋骨を割り開き、中から紫に絖る臓物を取り出した。ぼとりぼとりとしとどに血に濡れた草の上は無造作に重ねられていくそれの上に、旋回するハゲワシの群れが落とす影が奇妙な彩りを添えている。

「……アンタの、その、国では、死んだやつはどうなるんスか」
「わたしの?……そうだね、遠いところへ行く。違う国で暮らすんだ」
「そこは飢えも苦しみもない楽園で〜って奴ッスか」
「それはわからない。そこはとても遠いところで、だから戻ってきた者もいない。いや、一人だけいるにはいるが、かれは何も、その国のことを話さなかったから。誰も知らないんだ。その国がどういう国で、懐かしい人々がどう暮らしているのか」

ふぅん、と気のない返事をして青年は死骸から肩の骨を外した。厚い刃を差し入れて、一息にねじり取るのだ。

「ここは見ての通り、貧しい街なんで、死後とか神とか語る奴には事欠かないんスよ。それぞれがてんでバラバラのことを言いやがる。ここでは死ねばみんな獣の腹の中。そう決まってるんスよ」

脚の付け根に刃を当て、大腿骨を剥ぐ。肉の塊。それも腐りかけた。柔和な微笑みで他愛もない魔法を子供たちに見せていた老爺の面影は最早どこにもない。
青年が立ち上がり、山刀を振って血を払った。刃には刃毀れのひとつもなく、青年にも殆ど血は付いていない。青年がこの仕事に熟達している証だった。

「肉は喰われて、魂は消えるだけだ」

落ちてゆく陽に向かい、どこか遠くで甲高い獣の吠える声がする。




ハイエナのスラムがアジールだったら(ツイステッドワンダーランド 200616)



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