終焉 | ナノ

※尻切れトンボ



(スジ屋)


最近、上司のシャンデラがわたしの魂を吸っている、ような気がする。

出勤一番、スジ引き用の電子ペーパーを抱えて事務室のドアを開けたわたしへ、紫色の塊が突進してきた。ゴーストタイプのくせにとっしんとはこれ如何に。わたしはその熱い塊を優しく受け止め、手入れの行き届いた体を撫でる。シャンシャンと楽しげに囀っているのはノボリさんのシャンデラだ。いつもは青白い炎が、わたしの周りでだけやんわりと緑色を帯びる。
その後ろから少し困ったような顔をして、モンスターボールを手にした上司が歩いてくるのも毎朝のことだ。シャンデラはどうやら勝手に飛び出してきてしまうらしい。
わたしは崩れそうになる膝を叱咤しながら、何でもないような顔で笑うのだ。ノボリさんのシャンデラは、バトルサブウェイには無くてはならないポケモンである。従業員とはいえ、人に危害を加えたなどという事実はあってはならない。



***


(カブさんと整備屋)




もちもちと歩く相棒の隣をのんびりと歩きながらエンジンスタジアムの通過パスを首元から引き出した。エンブレムの付いたパスはジムリーダーの使うポケモンのタイプを表すかのように燃えるような赤色をしている。途中ですれ違うジムトレーナーの皆さんやリーグスタッフさんたちに挨拶をしながらスタジアムの中央へ抜ける。ライトに照らされたコートを見た瞬間に、あんぐりと口を開けてしまった。

「ああ、来てくれたんだね。早くて助かるよ。タルップルくんもありがとう」

小走りに近付いてきたカブさんに労われて相棒のタルップルがキュウキュウと喜びの声を上げた。タルップルは炎タイプを苦手としないのでカブさんに懐いているのだ。

「これはあの、一体……」

「先日のダイマックス騒ぎでね……バトル慣れしていないコータスくんが思いっきり暴れたものだから、全部剥がれてしまって……」

あのギャラドスが暴れたバウスタジアムも酷かったが、一部が融解した形跡さえあるこの惨状はその比ではない。せきたんポケモンおそるべし。
ダイマックスポケモン大暴れ事件は犯人が犯人であるだけに詳細な報道は為されなかったが、人の口に戸は立てられないのが世の常である。インターネットが発達した現代では尚更だ。わたしは犯人たちに心の中で毒突きながらタルップルに背負ってもらっていたグランドコートを下ろした。ボンベを背負い、ノズルを構えてからもう一人の相棒をボールから呼び出す。

「タルップル、じならしを頼むよ。エルフーンはグラスフィールドを、それにおいかぜも」

ふわふわと風に浮いたまま心優しい相棒はニッコリと微笑んだ。タルップルが地面を整備する端からグラスフィールドが展開されていく。わたしはその後ろからおいかぜに乗せてコーティング剤を撒くのが役目だ。もちもちと先を行くタルップル、ふわふわと楽しそうに踊るエルフーン、無言でその後ろを歩く人間。おもちゃの行進のようで見た目には何とも言えない愛嬌がある。
地下にエネルギープラントがある上にスタジアム自体が石造りの建物であるナックルスタジアムを除き、スタジアムのコートは皆天然の芝生を使用している。もちろん芝を敷き詰めるやり方もあるにはあるが、今回はジムチャレンジ期間も過ぎた比較的余裕のある時期であるので芝を育成する方針で修繕を依頼されたのだ。

「悪いけど、地面は少し硬めに頼めるかい?」

座席の修繕業者とやり取りをしていたカブさんからよく通る声で呼びかけられた。みずタイプやじめんタイプを相手取ることが多いエンジンスタジアムは頻繁に整備しないとすぐにコートがぐずぐずになってしまう。わたしが答えるより早くタルップルが声を上げ、跳ねるように地面を踏み鳴らしはじめた。コートの整備は地味な仕事だ。もちろん重要ではある。最重要と言っても過言ではない。



***


(ネズさんと彼女)




「オレなりの誠意です」

部屋着にしているオーバーサイズのジグザグマTシャツをぺろりとめくり上げ、スウェットをずり下げた恋人の姿に思わず朝食に焼こうと思っていたヴルストの袋を落っことしてしまった。その音に何事かと振り向いた用意を手伝ってくれていたタチフサグマも、お皿を持ったままギョッとしている。

恋人の下腹部にいつも慎ましく茂っていたはずの毛が、全部無くなっていた。

「えっ?ね、ネズさん?ええっ?」
「剃りました」
「ふしゃ?!」

タチフサグマまで驚愕の声を上げている。もちろんネズはジムリーダーとして、またシンガーソングライターとして人前に出る身であるので、人一倍エチケットには気を遣っていた。ユニフォームもぴったりしたスパッツタイプであるし毛の処理は欠かしていなかったはずだが、それでもパイパンにはしていなかった。というかつい五日前に見たときはそうではなかった。
困惑するタチフサグマと視線がかち合う。一人と一匹は同時に真っさらつるつるになってしまった局部を凝視してしまった。不可抗力である。

誠意、と言われて思い浮かぶのは、先日出回ったゴシップだろう。ネズによるマリィのジムリーダー就任一周年記念ライブはスパイクタウン外からも兄妹のファンが山のように押し掛けた。チケットは完売御礼、当日券の後方席は人の波であわや怪我人が出る寸前の熱狂ぶりだったらしい。
ちなみにわたしはその時仕事で上司に付き添ってワイルドエリアの視察に行っていた。新チャンピオンが誕生してから年々ジムチャレンジに挑む人の数が増えつつある現在、バッジ所有数と捕獲可能レベルの調整、ワイルドエリアにおける人員の配置確認、更にポケモンたちの生息域の観測は非常に重要な仕事である。
それはわかっているのだが、何もわざわざ恋人の一世一代のステージの日に予定を組まなくても良いではないか。ネズとスパイクタウンの為に何かしたくて選んだリーグ委員会の仕事だが、こんな時ばかりはバトルにも仕事にも手を抜かない上司を恨みたくもなる。

その翌朝、大熱狂のライブの記事に紛れてネズがバックヤードで女性とキスをしていたというゴシップがガラル中を駆け巡った。
そもそもネズはライブ中に酒を入れるタイプのシンガーだ。アホみたいに飲むし、全くもって酔わない。ウワバミなのである。それでもたまに、本当にごくたまに興奮しすぎてアルコールが変なところへ作用してしまう日があるらしい。そういう日のライブはあまりのパフォーマンスの激しさに伝説になり、ライブディスクは飛ぶように売れて初回限定盤にはプレミアが付いている。先日のライブもそういう日で、いつものようにアンコールを蹴ったネズはそのままバックヤードでぶっ倒れてしまったらしい。
慌てたのはスタッフも兼ねていたエール団もといジムトレーナーの面々だ。写真に撮られた女性はジムトレーナーの一人で、キスしているように見えたのは気道確保したうえで水を飲ませようとしていた瞬間を上手く切り取られてしまっただけ。そもそもその場にはスタッフが山ほどいたというので疾しい事は何もない。完全なる歪曲記事である。

「ええ、それで剃っちゃったんですか……」
「気をつけてはいたんですが、テンションが上がっちまうとどうも……。お前の言う通り、完全なるデマですし、もう鎮火しかかってますから、公式からは一言だけで済ますことにしましたんで。それまでの間についての、オレなりの誠意です」

この狭い田舎町であるスパイクタウンで、浮気などしてしまえば三秒でバレる。田舎の監視社会を舐めてはいけない。それがこの街一番の人気者、元ジムリーダーのネズとなれば尚更だ。わたしはもちろんのこと恋人を信じてはいたが、どちらかといえば浮気の噂が田舎町ネットワークに引っ掛からなかった方に重きを置いていた。つまりわたしにはネズに対して疑いのうの字も抱く余地はなかったのである。

まだ局部を晒したままのネズと呆然と立つわたしの間でタチフサグマが困惑している。

「ケンカじゃありませんよ。タチフサグマ、良い子なんでちょっと向こうに行っててもらえませんかね。お前たちの朝飯は用意してあるんで」
「ふ、ふしゃー」

可哀想に、まだ困り顔のままタチフサグマはお皿を置いて隣の部屋へ去っていった。見かけによらずネズのタチフサグマは穏やかな気性をしている。バトル中はもちろんあくタイプに違わぬ力強い戦いを見せるが、気遣いもできる優しい子なのだ。きっとトレーナーに似たのだろう。

わたしは改めて見慣れないことになってしまった見慣れた恋人の局部に視線を落とした。そもそもネズの髪色は、ジムリーダー就任時の心労が祟って若白髪が目立つようになってしまった髪をどうせならとジグザグマのように染め直したのが始まりだ。だからネズの下の毛も当然のように白黒の二色で、それは長いことマリィとわたしだけが知っている事であった。
斜陽の生まれ故郷の街を、心から愛していた。まだ青年とも呼べない、幼かった恋人の困難に満ちた道程の証。

「何か言いたげですね」
「いやっ、それはまあ、色々と!」

ずり下げられた下着は目に痛いあくタイプのマゼンタ、その中から生えるすらりとした脚はちょっと不健康なくらいに白く、それでいて確りと筋肉の付いた奇跡のバランスだ。綺麗に剃られた下腹部は、元から日に当てるような場所ではないので滑らかなパールルの真珠色をしている。そのつるりとした肌から下がるネズの性器の色と言ったら!
未熟な果実のようにだらりと垂れ下がり、真珠色の光沢に青黒い血管が薄っすらと通っている。先端は剥けているので少しだけ色濃く、その先は血のような薔薇色だ。隠すものの無い、子供のように無防備な下腹部と、それなりに使い込まれた大人の性器のカタチがアンバランスで目眩がする。どう考えても朝から見ていい光景ではない。倒錯の極み、不健全かぎりなく。
しまってくれ、と言うより先に生唾を飲んだのをネズは見逃さなかった。いつもどこか興が乗らないような色の目に悪戯な光が閃く。

「いつもなら慌てて、しまえって叫ぶ頃合いですけど、どうしたんです」

ニヤニヤとゲンガーのようにネズが笑う。わかっているくせに、意地が悪い。
わたしは落としたままのヴルストの袋を跨いでネズに近寄った。上半身を寄せ、触れるか触れないかのギリギリに指を這わせる。感じないはずの体温に手のひらが痺れるようだ。わたしより頭ひとつ背の高いネズの目を見上げ、ため息を吐くように言葉を押し出した。

「触りたい。触らせてください、……ネズ」

さっとネズの頬に朱が走った。乙女が羞恥に染めるような生優しい朱ではない。妖しく底光りする鉱物質の瞳が光に潤んでいる。意地がとうとう崩れ落ちて、どろどろの何かになってネズと同じようにわたしの頬を染め上げた。わたしはソファへとネズの手を引く。




指で触れてしまうのは無粋かもしれない。
ソファに腰掛けたネズの脚の間に従順なガーディのように座り込み、鼻先で下腹部に触れた。柔らかな肌からはネズ愛用のシェービングジェルの匂いがする。それに混じる柔軟剤と、微かな汗の匂い。
背徳だ。あまりにも背徳的だ。子供のようになってしまった鼠蹊部に、詰めていた息が触れる。彼もまだ無毛になってしまった局部に慣れないのだろう。内腿がぴくりと痙攣し、吐く息は普段よりも熱が篭っているような気がした。




(ポケモン 200518)



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