終焉 | ナノ




「ワラビ採りに……?」
「行きたいと思いまして」

どすどすとモストロ・ラウンジの調理場の入り口にコーヒー豆の袋を積みながらジェイドの言葉を復唱する。ワラビとはアレか、春一番も吹くのをやめた頃に山の斜面やなんかにアホほど生え、ついつい採るのが楽しくなり袋一杯を五つほど取っては採りすぎたと後悔するアレか。一回の食事で使う分などたかが知れているうえに灰汁抜きが少し面倒で煮過ぎて溶かしてしまったりして面白くないので塩漬けにしたらついつい存在を忘れて秋ごろに矢鱈と食べなくてはいけない羽目になるアレか。

「同じ山菜ならコゴミとか、タラの芽とかの方が好きなんですけど……」
「おやおや、もうそれらの時期は過ぎてしまったでしょう?」
「いやその通りなんですけど」

よりによってワラビかあ……いや確かに美味しいけど。秋口、美味しいものなど山ほどあるのに一年は越させまいとワラビの塩抜きに精を出した日々が蘇る。結局毎年冬の半ばまでワラビ三昧の日々を送るのだから失敗から学ばない人生だ。
もう少し経てば山みつば、シドケにうるいにミズにコシアブラと調理の手間がかからなくて美味しい山菜は山ほど出てくるのだが。うだうだと行きたくない理由を挙げていると、段々とジェイドの眉がハの字に下がっていく。それはもうガッカリしたという表情だ。そうやって罪悪感を煽るのはやめてほしい。

「行きますか、ワラビ採り……」
「本当ですか!」

眩しい、太陽の様な笑顔だ。こんな顔初めて見た。というか、こんな邪気のない笑顔できたのか。ジェイドの輝く笑顔を浴びながら頭の中で段取りを付ける。袋三つになったらぶん殴ってでも止めよう。



***



「麗かな春の陽気ですね!」
「そーですね……」

ナイトレイブンカレッジの運動着の上にヤッケを着込み、膝まであるゴム長靴を履いてどこから仕入れてきたのか梱包用のバンドで作ったカラフルな背負子まで背負っている。麦わら帽子を上からスカーフで押さえて括れば立派な山菜採りスタイルの完成だ。ちなみに軍手は防水だった。ガチである。

「とても楽しみで、昨日はあまり眠れませんでした。ふふ、エレメンタリースクールの子供のようで少しお恥ずかしいです」
「ただのワラビ採りですけどね」

マジカルモービルを転がして、適当な山の適当に開けた場所を探す。この辺りの山は全てナイトレイブンカレッジの敷地だそうで、課外学習に使ったりする他はあまり手入れをする者もおらず、オフシーズンはこうして山を愛する奇妙な男の愉快な遊び場になっているらしい。
地図の等高線からアタリを付けていた場所は、予想通り開けていて、程よい斜面で、何より日当たりが良かった。近くに沢があるので土に湿気があるのも好ポイントだ。これだけ条件が揃っていて、ヤツが生えない筈がない。

「どうぞ、ワラビです」
「これが……!ワラビ……!!」

ジェイドの目がぺかー!と輝いている。確かにあのくるくるした造形は海の生き物の興味を引くのかもしれない。わたしは足元に生えていたワラビを折り取り、ジェイドの前に掲げて見せた。

「これだけ生えてますから厳選しましょう。これより大きくなりすぎたもの、穂先が開きかけているものは取らないでください。色が悪いものもやめましょうね。小さすぎるのもダメです。穂先は食感が悪くなるから取るという人もいますが、あまりわたしは気にしません。それと、これを」

ワラビを手首にかけた袋に放り込み、ポケットから真鍮製の鈴を取り出した。鈴というよりかは鐘のような音がする、大きなものだ。

「熊除けです」
「確かにそれは大事です。この辺りには魔獣もいますしね」

魔獣って鈴怖がるの?
わたしの疑問を他所に、楽しいワラビ採りがスタートした。



***



沢の方まで足を伸ばした時に、山みつばの若芽をたくさん見つけた。これは市販の糸みつばと違ってワイルドな味わいが特徴の手軽で美味しい山菜である。これだけあれば丼物にできるくらいお浸しが作れるだろう。あとは刻んで鶏肉と和えてもいいし、春雨サラダに入れたって美味い。思わぬ収穫にニンマリと笑いながら開けた場所へと戻る。ジェイドは背が高いので見つけやすいのが利点だ。
黄色い麦わら帽子に青い小花柄のスカーフ、ラテン系のセンスが光るネオンカラーで構成されたPPバンド背負子にガラゴロと鳴る鈴を付けた大男を見失えという方が難しい。当の大男は背負子に山ほどワラビを積んで、更には種類のよくわからない草だの苔だのを土ごと麻布に包んで縛ったものも積んで、何故か魔獣と睨み合っていた。

「は、うそ……?」
「おや、よいタイミングで」
「全然よくない!何ですか、これ」
「どうやら僕たちは魔獣の親子のランチとかち合ってしまったみたいですよ」

グルル、と猪に似た魔獣が唸る。どうやら相手が二人に増えたことで更に気を悪くしたらしい。後ろで木の若芽を食べていた魔獣の仔までもがこちらを見て毛を逆立てている。猪に似た体にウサギのようなバネのある後肢、背中の毛は蹄と同じ成分が固まって出来た針になっていてその針を逆立てたままこちらに突進して攻撃を仕掛けてくるのが特徴の魔獣だ。魔獣自体との遭遇率が低いのであまり警戒されないが、危険度は文句なしの熊レベルである。

「ジェイドさん、あなたマジカルペンは?」
「持っていますが、僕が使える魔獣を五体同時に仕留め切るだけの威力のある魔法は火の魔法ぐらいなんですよねえ」

山で火、ダメ絶対。
しかもこの陽気、この空気の乾燥具合。大きな山火事はこの地上で五指に入る最悪の災害だ。

「水の魔法で一頭ずつ狙い撃ちにするか、風の魔法で巻き上げるか悩んでいた所だったんです。四頭までなら何とか。ですがあの小さいのがちょっと厄介でして」
「あの一頭だけ離れてるやつ?」
「そうです。あの魔獣は見た目より頭がいいので、ああしてフォーメーションを組むんですよ」

他の魔獣に気を取られた隙に離れた所にいる一頭が不意打ちで相手を仕留める作戦らしい。何と狡猾なのだ。どこかの悪徳三人組のようである。

「『山を愛する会』代表の僕としては無闇に山を焼き払うような真似はしたくないのですが……」

その同好会、会員一人しかいないじゃん。
わたしのツッコミも魔獣の咆哮にかき消されてしまった。雑食性の魔獣には我々も食糧に見えているらしい。わたしはジェイドに駆け寄って隙の多い背後に陣取る。懐からいつも持ち歩いているペグとシートを出して端を素早く結び、地面に深く打ち付けた。

「あとの一頭はわたしが何とかします。山で火、ダメ絶対」
「……いいでしょう」

言うや否や、ジェイドが水の塊を素早く魔獣の顔面に叩き付けた。一番大きな母親の魔獣が鼻先を打たれて昏倒する。多分猪と同じであの魔獣も鼻が弱点なのだ。間髪入れずにこちらに突撃しようとしていた子供の魔獣を二匹、水の弾丸で弾き飛ばす。残りは二匹。母親が昏倒から覚める前に勝負を決めなくては。
魔獣が暴れ牛のように地面を蹴り、空へ雄叫びを上げた。挟み撃ちにしようとでもいう合図だろう。

「来ますよ!」
「わかってらい!っ、ぐえ」
「……っこの!」

持ち上げたシートにユニーク魔法を掛ける。対象物に耐熱、耐風、耐水、耐紫外線、あとちょっぴりの耐魔法効果のあるバリアを張るスキルは、もちろん衝撃にも強い。いきなり現れた壁に頭からぶつかって魔獣が目を回している隙にジェイドがその横面を水弾で殴り飛ばした。
魔獣が衝突した衝撃で吹っ飛んだわたしを抱え、ジェイドが残った魔獣にマジカルペンを突き付ける。不利を悟った魔獣は唸りながら後退して林の陰に消えていった。あそこまで下がれば不意打ちで特攻をかましてくる事もないだろう。わたしは抱えられたままジェイドの服を引っ張り、斜面の上に止めていたマジカルモービルを指差す。
早くここから離れた方がいい。

「いやあ、飛んだ目に遭いましたね」
「あなた……」

開けた長閑な牧草地まで来れば流石に魔獣は出てこない。大変だったと笑って言えば、複雑そうな顔をしたジェイドが後部座席からニュッと腕を伸ばしわたしのシャツを捲り上げた。わたしのユニーク魔法は自分自身には効果を発揮しない。脇腹には魔獣がぶつかった衝撃で出来た真新しい青痣が浮かんでいた。骨がイカれた感じはしないし、内臓も多分無事だ。広範囲の内出血で二、三日は具合が悪いかもしれないが、魔獣に喰い殺されるよりずっといい。

「ジェイドが優秀な魔法使いで助かりましたよ」
「ですが……いえ、学園に戻ったらすぐに薬を調合します」
「……ねえ、もうひと月くらいしたら、今度は魔獣除けを持って、あの沢にミズを採りに行きましょうねえ。わたし、山菜ではあれが一等好きなんですよ。食べないなんて勿体ない」

腹をさすっていたジェイドの手が微かに震える。土臭い人魚の手は思っていたよりも温かい。



(ツイステッドワンダーランド 200418)



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