終焉 | ナノ



※るーみっく系求婚ヤクザ




「おや、あなたは……」
「あ、どうもはじめまして。いつもの人がちょっと腰を痛めてしまいまして、暫くここの納品を担当させてもらいます」

にへら、と感じ良く笑って頭を下げる。天下の超名門魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジのお坊ちゃん方に失礼があっては将来どんな瑕疵になるかわかったものではない。悩みを抱えて訪ねた魔法士が、かつて粗相をした相手だったとか、考えるだけで恐ろしい事態だ。ぎっくり腰で寝込んだ同僚にも、くれぐれも注意しろ、特にオクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジでの納品は積み下ろしが終わったらすぐに出ること、決して誰にも触れない事と物凄い形相で念を押された。そんなに恐ろしい場所、頼まれたって長居はしたくない。
鏡を抜けてすぐ、寮へ向かう道を少し横手に逸れたところが運搬先だ。モストロ・ラウンジは勝手口まで瀟洒な雰囲気が徹底されている。ゴロゴロと台車を転がすわたしを迎えてくれたのは、めちゃくちゃに背の高い柔和な笑顔の美丈夫だった。寮ごとに違うという制服も相俟って学生というよりは執事か高級ホテルの支配人といった趣がある。挨拶をすれば、その瞳が限界まで驚きに見開かれた。ぎっくり腰にそんなに驚く要素があっただろうか。

「何と……ふむ、なるほど……」
「あの?荷物なんですけど、どこに運べばいいですかね」
「……失礼しました、僕はジェイド・リーチと申します。荷物はこちらにお願いします」
「これはご丁寧に。じゃあ運びますね」

台車を転がす背後から突き刺さるような視線を感じる。魔法士は変わり者が多いというが、このリーチ氏もその類の人なのだろうか。
開店前の店内に、ガラゴロと大きな車輪の音はよく響く。その音を聞き付けて、奥から人影が現れた。

「おじさぁーん!いらっしゃ……ぁ……?」

同じ顔だ?!
リーチ氏と同じ顔をした男とわたしは、同時に驚きに固まってしまう。

「フロイド、いつもの方は腰を痛めてしまわれたとか。暫く代理の方がいらっしゃるそうですよ。こちらはフロイド。僕たち、双子なんです」
「あ、そ、そうなんですね。あの、そういうことで、暫くの間よろしくお願いします」
「……あぇ…………メ」

目を見開いたまま何か言いかけたフロイドさんの口をジェイドさんがにっこり笑って塞ぐ。何なんだ、何をそんなに驚いているのだ。
双子は何かしらのアイコンタクトを交わし、壁の前に綺麗に並んで立った。よくよく見れば二人とも左右で目の色が違う。メッシュの位置や、ピアスをしている耳も左右対称にしているらしい。元々の表情や服の着こなしなどの印象が違うのであまり間違える心配は無さそうだが、失礼は無いに越したことはないので間違い探しのような違いを頭の隅に書き留めた。

豆の缶が一箱、塩が十キロと小麦粉一袋、スパゲティーニの大缶に各種オイル漬け、小さな密閉缶は珍しい紅茶のファーストフラッシュだ。この銘柄を指定してくるとは中々に通だなと思っていたのだが、これはジェイドさんが特別に注文したものらしい。喜びを隠しきれない顔で紅茶缶を撫でているのでちょっと可愛いと思ってしまった。

「少し缶の形が変わりましたか?」
「そうなんですよ。更に密閉力を上げたとかで、ちょっと開けるのにコツがいるんです。突起に指をかけて、横にひねる……あっ」
「ああっ……!」

まずい。
思ったより缶の蓋が固かったのか、指が逸れて紅茶をぶち撒けそうになったところに咄嗟に手を添えてしまった。あんなに担当から誰にも触るなと言われていたのに。きっと魔法士に触ると魔力の云々で色々不都合があるのだ。魔法は神秘と誓約の世界、われわれ一般人には決して理解できない範疇があることをこの世界に生まれた誰もが知っている。
現にジェイドさんは紅茶缶を握ったまま目をカッ開いて硬直してしまった。

「ジェイドっ……!」

積み下ろしを手伝ってくれていたフロイドさんが駆け寄ってきて、硬直したままのジェイドさんを揺さぶる。やはりわたしが何か仕出かしてしまった?

「あの……わたし何か悪いことをしてしまったんじゃ……」
「ちがっ、これはね!アンタが悪いんじゃねえの!悪いんじゃねーんだけど、オレたち初めてだから!だから悪いってわけじゃなくて!その、また来てぇ!」

フロイドさんに台車ごとぐいぐいと身体を押される。触らないようにしていることがあまりに徹底しているのでやはり何か悪いことをしてしまったのか不安だ。それでもフロイドさんのすごい剣幕に押されてモストロ・ラウンジから外に出た。

「ぜったい、ぜったい、また来てねえー!!」
「アッ、ハイ」

それでもまた来いとはこれ如何に。お礼参りでもされるのだろうか。



***



「それで、その方は本当にメスだったのですね?」
「はい。人間の雌の特徴は全て備えた方でした……」

すり、とジェイドが手の甲を撫でた。先程人間の女の手が触れた場所である。成人してこの方、母親以外の女には触れられた事がない。そもそもウツボ種の人魚界では16歳の誕生日を過ぎた後は同種か近縁種の年頃の娘がいる家を回って伴侶を探す通い婚式が一般的だ。男女16にして席を同じうせずである。顔見せ、贈り物が数回、それがあって初めての触れ合いである。それも必ず雄から寄り添うのが一般的であって、時にはライバルを蹴散らしてでもお付き合いする権利を勝ち取らなくてはならないものなのだ。

「僕の手を取って、こう、柔らかく、触れて……」
「は、はわぁ〜!!」

ポッと顔を赤らめるジェイドの後ろでフロイドが顔を真っ赤にして身悶えしている。ウツボ種はともかく、タコ種のアズールにとっても交配と繁殖は生死をかけた一大イベントである。自分もいつかは素敵なメスを探しに行くものだと固く信じていたし、見つけた暁には他のオスなど決して近寄らせたりするものかとも思っている。それが、まさか相手から来てくれるなどと。

「人間界の女性は随分と積極的なんですね……」
「お付き合いを承諾させるやり方と、他のウツボの追い払い方は父から教わりましたが、求愛されたときの作法は教わっていないんです……!僕は一体どうしたら……」
「ああっ、泣かないでジェイド!アズール、どうにかしてよぉ」

お互いに抱き合ってぐすぐすとぐずり始めた双子を前にアズールは腕を組んで考え込む。

「まず、一つ重要なことはあの女性はわがモストロ・ラウンジが契約している卸業者のスタッフだということです。人魚の女性は普段は住処やサンゴ礁からあまり出ませんが、彼女はそうではない」
「つまり……?」
「彼女は回遊魚だということですよ」

ガンッと、双子のどちらもが何か重たいもので頭を殴られたような顔をした。タコは比較的行動範囲が広い種族だが、ウツボは巣に定住することを好む。

「ですが、ああ、求愛されてしまったのに!……フロイド、僕があのマグロやサンマやカジキのような、破廉恥な回遊魚になっても兄弟でいてくれますか……?」
「もちろんだよジェイド!当たり前じゃん!!」

双子は今にも抱き合っておいおいと泣き出しそうだ。アズールは眼鏡の位置を直し、頭の中で計画を立て始めた。リーチ兄弟は優秀な手足だ。失っては困るし、繁殖に関わることは素直に手を貸してやりたいとも思う。

「ジェイド、女性の気は変わりやすいものです。向こうから求愛してきたのですから勝算は大ですし、短期戦で行きましょう」

オクタヴィネルの辞書に契約不履行の文字はない。夏の繁殖期には勝負を決めよう。



***



「というわけで最近ナイトレイブンカレッジに呼び出されることが増えて、担当区域も交換になったんですけどやっぱり手に触ったのがよくなかったんですかね。心臓取られて魔法薬の材料にされたりしないですよね?」

カゴいっぱいに積んだリンゴを手土産にぎっくり腰の療養中の同僚の家を訪ねると、同僚は髭面いっぱいに苦虫を噛み潰したような顔をした。ベッドの隣に腰掛けてリンゴを剥いていた奥さんも顔を真っ青にしている。

「お前、そりゃあ……そもそもナイトレイブンカレッジのオクタヴィネル寮といえば珊瑚の海の奴らがいることで有名な寮なんだぞ」
「珊瑚の海?」
「人魚だ、人魚」

奥さんがうんうんと頷く。生憎とわたしは山育ちで海の事情には詳しくない。同僚の住んでいる街も港町だし、何か因縁があるのだろうか。

「人魚はな、めちゃくちゃウブなんだ」
「はあ?」
「そうある事じゃないんだけれどね、珊瑚の海にも魔法士がいて、彼らは人魚の鰭を人間の足に変える薬を作れるのよ。そうやって陸に上がってくるのは大半が男の子なんだけど、そりゃもう、ウブなのよ」

同僚と奥さんが同時にため息を吐いた。
何でも若い娘が人魚に触れると、それは品物の受け渡しの際に指先が触れたとか、そんな些細な事でも、彼らは娘からの求愛行動だと思ってしまうのだそうだ。一度求愛されたと思うと人魚たちは俄然やる気を出して足繁く娘のもとに通うし、男が近づこうものなら父親と兄弟以外は全て追い払おうとするし、海に引きずり込もうとするというので海辺の街では人魚らしき男が来た時はまず娘を隠すし身体に触れないようにするというのが習いなのだという。

「ちなみに俺たちに発注をかけてるラウンジのよく見かける三人組、あいつらは皆んな人魚だよ」
「ひ、ひえ……」
「早く誤解を解かないと、あの子たち何をしでかすかわかったもんじゃないよ。何せ人魚と人間は全然考え方が違うんだから」
「も、もう遅いかもしれません……」

ぶるぶるとマナーモードにしていた社用携帯と個人用携帯が同時に震えだした。片方にはモストロ・ラウンジへの納品依頼、片方には知らない番号が表示されている。そのあとから個人用携帯にぽこんぽこんと次から次へとメッセージが送られてくる。

「ち、ちなみにその、ウブなお魚さんたちに気に入られた娘さんたちはどう、どうなったんですか……」

同僚が引きつった笑みを浮かべながら窓の外を指差した。薄いレースのカーテンが掛かった窓の外には真っ青な海が広がっている。



(ツイステッドワンダーランド 200409)



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