終焉 | ナノ

「かるな!」

食堂の入り口からひょっこり出てきた顔が思いがけない人であったので、思わず大きな声を出してしまった。今が夜半で、厨房の主たるアーチャーしかいなかったのが幸いである。ギョッとした顔をするアーチャーに目顔で謝り、改めてカルナを差し招く。
今回のレイシフト先にはゾンビしかいないと聞いていたから安心していたのに、いきなり警戒音付きで端末に呼び出しが入ったのが数時間前のことで、慌てて管制室に駆け付ければ何といきなり敵方にドラゴンが現れたというのだ。跳ね上がる電力供給値に炉がオーバーヒートを起こさないようドクターと二人掛かりでリアルタイム調整を行い、無事にドラゴンの消滅を確認してお役御免となったのがついさっきである。疲れ果てた脳みそに何か栄養をと思って食堂に寄ったのだが、ここでカルナに会えるとは僥倖だ。あのマスターのことだから、とんだドラゴン狩りに駆り出される羽目になってしまったサーヴァントたちに何か温かいものでも腹に入れて休むようにとでも言ったのだろう。カルナは律儀にそれを実行しにやってきたのだ。そもそも魔力さえきちんと供給されていればサーヴァントに食事の必要はなく、カルナは特に必要がなければ睡眠も食事も摂らないという生活を送っている一騎のはずだ。それが生前からの無駄を削ぎ落とした性格のゆえか、あまり芳しくないカルデアの物資事情を汲んでのものなのか、どちらにせよひどくカルナらしい考え方である。

「ドラゴンバスター、お疲れ様」

「問題ない。オレは特に何もしていないからな。すまないが、何か温かいものを貰えるだろうか」

ほらきた。
カウンターの向こうのアーチャーにひどく抽象的な注文をして、言葉が足りなかっただろうかと首を傾げている。そういうところの機微に聡いアーチャーは苦笑しながらシチューでも温め直そうと言って厨房に入っていった。この分だとわたしの夜食もシチューだな。円型のテーブルの真向かいに腰掛けたカルナの前にポットから紅茶を注いでやる。サーヴァントに紅茶程度のカフェインでは害はなかろうし、わたしは連日のコーヒー漬けで耐性ができてしまった。むしろその内ドクターと一緒に急性カフェイン中毒で倒れるんじゃないかと危惧しているくらいである。古代とはいえインド人だからか本人の嗜好なのか、カルナもアルジュナもコーヒーよりは紅茶を好んでいるようだ。

「美味いな」

「アーチャーに感謝だね」

「私が何だって?」

銀のトレイをテーブルに置きながらアーチャーが笑う。トレイには柔らかな湯気を立てる白いシチューと薄切りのパン、どこから出てきたのかわからないが小皿に一つずつ小さな落雁が乗せられていた。豪勢な夜食にアーチャーに礼を言うと、ひらひらと手を振って厨房へ去っていく。イケメンがやると様になるな。
高圧食器洗浄機によって綺麗に消毒されたスプーンを手に取り、早速シチューを一口いただく。うーむ美味なり。ぱくぱくとシチューを食べながら失礼にならない程度にカルナを窺う。何の素材でできているのかわからない衣装に覆われた右手の親指と人差し指でパンを押さえ、中指で器用にちぎるとそのパンの欠片でシチューを掬い取って口に運ぶ。 大きめに切られた人参も、ほろほろ崩れるじゃが芋も、柔らかな肉も、カルナは全て右手だけで食事をするのだ。
カルナがあのマスターに召喚されて初めて人前で食事をした日、たまたまその場に居合わせたのは僥倖だった。
何があってカルナとアルジュナが同じテーブルに着くことになったのかは知らないが、二人は差し向かいで食前の茶を飲んでいた。運ばれてきたメニューはライス付きのピカタか何かだったように思う。料理の印象はほとんど薄れてしまった。カルナとアルジュナは前もって置かれていたナフキンで指を拭い、そのままその美しい指先で躊躇いなくライスを掬いとったのだ。

食堂全体が息を呑んだ気配があった。
大きな瞳を更に見開いた王妃マリー、呆気に取られたようなジキル博士、珍しく間抜けた顔をした円卓の騎士たち、料理を運んできたマスターに至ってはトレイを持ったまま固まっている。そのひと口を嚥下したアルジュナは、マスターを一瞥し、少し首を傾げると指先をまたナフキンで拭い、何事もなかったかのように傍らのフォークとナイフを取り上げた。食堂に満ちた異様な雰囲気の原因を、座のデータベースから引き出して特定したのだろう。何も気にすることなく手で食事を続けていたカルナの右手を、持ったフォークで突き刺したそうな顔をしながら完璧なテーブルマナーを披露するアルジュナにわたしは少しだけ悲しさを覚え、それでもただわたしはカルナの指先だけを見つめていた。
カルナはただ黙々と食事を続けている。喜びも憂いもなく、ただ食事を食事として淀みなく指先で掬い、咀嚼し、舐め、嚥下する。美しい、あまりに美しい光景だった。深い海の底や森の最奥を覗き、暴き立てるような快感と止めどない恍惚、そして一抹の寂しさを綯い交ぜにした大きな法悦にも似た感情に支配され、わたしは肉を割く指先や爪の間に詰まったソース、そしてそれを舐め取る細い舌先のかたちまで、一部始終をただ目に焼き付けていた。



(手食文化のインド兄弟)






シーツの上に広がるロマニの髪は鮮やかな陽の色をしている。
緩く波打ち、ロマニの身じろぎに合わせて細い蛇のようにわたしの肌を這い回る。ロマニとのセックスは常に穏やかで、互いに情欲など微塵も抱いていないかのようであった。肌の温度を確かめ、心臓の鼓動を聴き、相手の生をただ確かめていた。それはわたし達が互いに完結していて、それ以上でもそれ以下でもない存在であることの証のようだった。わたしは完全なる個としてのロマニ・アーキマンを愛していたし、彼の前世、と言うべきなのか、その歴史についても、わたしは彼を受け容れていたように思う。
わたしとロマニ、そして英霊レオナルド・ダ・ヴィンチは、マリスビリー・アニムスフィアが死んでからはカルデアにおいてただ三人の共犯者であった。彼の正体に関して、前回の聖杯戦争に関して、そしてこのグランドオーダーに関してさえも。人類最後のマスターとなってしまった子供に、わたし達は決して顔向けできないほどの負い目を負って、大人の仮面の下で口を拭って生きているのだ。

「ロマニの髪は砂丘の朝焼けに似ているね」

「……そう?そんな事を言われたのは初めてだ」

「滑らかに一瞬で広がるところ、色と、手触りも。ねえ、わたし砂漠で死にかけたことがあったの。言ったことがあった?」

わたしの言葉に一瞬ロマニが困ったような顔をした。それはそうだ、下半身を繋げたままで話すようなことではない。それでも困ったような顔のまま、ロマニはわたしの頭を抱いてそのままベッドに横たわった。足を絡め合い、わたしは彼の腕を枕にしてざわざわと音を立てる彼の命を聞いている。
カルデアに来る前、もっと言えばアニムスフィアの腹心として聖杯戦争に参加する前の話だ。一介の魔術師見習いとして、わたしは中東を旅していた頃があった。荒野を歩き、砂漠を越え、森を渡る、若いバックパッカーか惨めな巡礼者のような貧しい旅であった。

「収穫の月だった。わたしはその日、世話になったベドウィンの集落を発って、西に向かって歩いていたの。真っ直ぐに行けば、夕暮れにはオアシスに辿り着けるはずだった」

道を違えたと気付いた時には、周囲は既に砂の迷宮と化していた。砂丘は止むことのない風に刻々と姿を変え、太陽がじりじりと肌を灼き、生きているものの気配の何一つない、空ばかりが青い死の迷宮である。
点在する奇岩の陰に座り込み、ただじっと錆色の砂を見つめていた。このままでは何れ食料も水も尽き果て、わたしの肉はからからに乾き骨は朽ち、誰知らぬままこの砂の一粒となるだろう。歴史の合間、年表の行間にはこうして死んだ者も多くあろう。わたしもそのひとつになる時が来たのだろうと思った。子も残さず、名も遺さず、係累の一人もなく、信ずる神すら持たなかったわたしはこの世の果てまで永遠にここで一人死に絶えて在るのだと。

「ロマニ?」

恐ろしい話を聞いたかのようにロマニがわたしの頭を抱く。優しい王さま。とうに過ぎ去ったわたしの死の危機にこうして恐れ慄いている。

「夜が来て、また朝がきて、そこで元から少なかった手持ちの食料が尽きた。わたしはその岩陰に穴を掘って羊の皮を敷いて夜露を溜め、その僅かな水を舐めて生きていた。人肌を慕ってやってきた薄黄色の蠍も殺して食べた。朝が来て、また夜がきて。半月、わたしはそうして、ただ死にたくないという気持ちだけで生き永らえていた」



(砂漠と王さま)





この男は花輪を享けたことがあったのだろうか。

正午の沐浴はカルナの日課であり、その日も長い礼拝のために白銀の髪をしとどに濡らしてこの宮へ戻ってくるものだと信じて疑わなかった。わたしは彼の体を拭う白い木綿布を用意し、この後にカルナを訪れるであろうドゥルヨーダナ王との午後の語らいのために香りの良い茶葉を蒸らして待ってさえいたのだ。
池端に建てられた宮の、生い茂った巨大なスイバを掻き分けて、楽しいことなど何もないかのような仏頂面で、慎重な獣のような足取りで。

「何が、……一体何があったというのだ!」

「構うな。大事ない」

「何を言う……早くそこへ座れ。傷を拭うから」

蔦を編んだ座椅子の上にカルナを座らせ、木綿布で血塗れの肌を拭う。瞬く間に布は赤く染まり、重たく鈍くなってゆく。沐浴を終え、礼拝に研ぎ澄まされたカルナの足を拭うための、清かな布だったのだが。
黄金の鎧のかたちに剥ぎ取られた皮膚は、てらてらと絖りを帯びて、真昼の日差しに赤く光っている。神よ、太陽神スーリヤよ。貴方の息子が傷付いている。中天から、貴方はその一部始終を、視ていたのではないのか。
カルナの他にカルナを害せる者があるはずもなく、ではこの鎧を剥いだのはカルナ自身なのだ。沐浴の川で、中天に彼の父が見守る中で、生まれながらに彼と共にあった輝きと肌の間に刃を刺し入れ、誓願を果たせることに微笑みさえ浮かべながら──。

「カルナ……頼む、頼むから、もうこれ以上あなたが傷付く道を選ばないで。傷付くばかりで……このままではあなたが潰えてしまう」

縋るように呟いたわたしに、カルナは僅かに目を細めるだけだった。
血を拭い、傷口に薬草から作った軟膏を塗り、細く切った布で巻いてゆく。足先、腿、腰。腹と、胸と、肩と、首と。あの煮え滾る太陽の雫のような鎧がカルナの身体を覆っている限り、彼の血を見ることなど無いと思っていた。中天に燦然と輝く太陽のように、この男の身体は瑕疵ひとつなく、衰えて老いて死んでゆくのだと。だが、ああそうだ。そんな事を心から思っていたわけではない。わたしは知っている。この男が如何にして生まれ、如何にして呪われ、如何にして生きてきたのかを。

「ああ……痛くはないか、カルナ」

剥がれた皮膚に膏薬を塗るたび、思わずというようにカルナの身体が小さく痙攣する。痛くない筈はない。幾ら半神とはいえ、カルナも、そしてパーンダヴァの全てもヒトなのだ。この世界で生き、この世界で死んでゆく。何一つ我々と違うことはない。



(あいとしんらいのはなわをあなたにささげます)





「そうさなあ……結婚、はできるかわからないけど、子供は産むかなあ」

確か、これからどうするのか、という誰かからの問いかけに対する何の気なしの答えだったような気がする。
かつて世界最後であったマスターによって人理が修復されてのち、戦勝の喜びもそこそこに上層組織である国連や時計塔への対応、爆発で死亡したスタッフの遺品の整理や遺族への説明など、世界が継続しているからこその仕事が雪崩のように押し寄せてきて目の回る思いをしていた頃の話だ。
記録担当のスタッフの指示のもと、第一から第七までの特異点の記録をほんの僅かずつ修正していく作業の中で、よくぞこの激闘を生き残ったものだと改めて感心し空恐ろしくなり、そして心から今生きていることをありがたいと思った。ドクターが守り、わたし達が望み、英霊たちが繋ぎ、あの子が決して諦めなかった世界が、まるで当たり前のものかのように眼前に広がっている事実はひどく優しい。人理という物語を紡いだ子供への対価は忘却という無慈悲なものだったが、ただ二十人の例外であるわたしがもしあの子へ返せるものがあるとすれば、それは至極当たり前のように未来を繋いでゆくことだろう。子供を産み、育て、人の世界を繋げてゆく。英霊たちが築いた過去を、あの子の守った現在を、ただ次の世代に託す。そうして語って聞かせてやるのだ。誰も知らない、忘れ去られた物語。たった二十人の生き残りと幼いマスター、そして優しい王様の大冒険。夢と希望のおとぎ話。

だからまさか、その不用意な一言が大英雄にこんな行動を起こさせるなど思ってもみなかったのだ。わたしの目の前では赤い宝石がカルナの鼓動に合わせて鈍い光を放っており、耳の横には細い指先が触れている。腹の辺りに押し付けられた黄金の鎧が何となく温かい。何だこの体勢。唐突に部屋にやってきたカルナに抱き締められてもう三十分くらいは経っている。ふと視線を上げると、カルナは真顔で目をかっ開いたままあらぬ方向を凝視していた。これはフリーズというやつではないか。PCであれば再起動を指示するところだが、生憎とカルナのコマンドがどこにあるかなど知りはしないので、古典的かつ有効な手段を取ることにした。即ち体を引き剥がしたのち揺さぶって名前を呼ぶのだ。

「かる、?ぇっ、」

腕に力を入れて体を突っ張ろうとした瞬間に、それより素早くカルナが抱き締める力を強くした。肋骨が締め上げられて潰れたカエルのような声が漏れる。背骨が嫌な音を立てたが聞かなかったことにしよう。コマンド入力には失敗したが再起動には成功したらしい。陽に透かしたガラス玉のような瞳が二つ、真っ直ぐにわたしを見下ろしている。そこにしか焦点が合わないほど顔がどアップなのはこの際気にするまい。

「どうしたの」

努めて優しい声を出しながら、腕を伸ばして目にかかった前髪を払ってやる。カルナのこれは、乞い願う者の仕草だ。人に与えることを是として生き、そしてそのために死んだこの稀代の大英雄がただ一介の女に過ぎぬわたしに何を乞おうとしているのかは知らないが、友の願いも聞き届けられないほど狭量ではないつもりだ。
英霊とて人である。人ならぬ身ではあれ、その心根は人である。彼らの今の主人たるあの子供を除けば、それを誰より知っているのはきっと我々だ。エーテルの身にも不安があろう、苦しみも葛藤も、痛みも悲しみも、そして何よりも喜びも。

「君の幸いになるのなら、骨身は惜しまないよ」

耳もとに囁いた瞬間、これまた素晴らしい勢いで肩を掴まれ、体を引き剥がされる。どアップから正しい大きさになったカルナの顔は驚愕に瞳を見開き、微かに頬の紅潮した終ぞ馴染みのない表情を浮かべていた。一体何事なのだ。
色のない、それ自体が輝くような髪の間から鉱物質の光を宿した瞳がじっとわたしを見つめている。物言いたげだが言葉を持たない、けもののような目だ。逡巡、しているのだろう。
意を決したようにカルナが静かに目を閉じ、わたしの耳もとに唇を寄せる。わたしはカルナの美しい瞳が隠れてしまったことを少し残念に思ったが、次の瞬間にはそんなことも跡形もなく吹っ飛んでしまった。今度はわたしがカルナの肩を掴み、思いっ切り引き剥がす。

「な、何て?も、もう一度」

「……オレにも羞恥心はある。それは少し酷過ぎやしないか」

いつもより少し低い声で返され、わたしは魚のようにぱくぱくと口を開け閉めするしかない。その間抜けな様にカルナは何か思うところがあったのか、肩をガッチリ掴んでいたわたしの手を掴み、真っ直ぐに、睨んでいると言っても過言ではない強い視線を向けてくる。

「これきりだ。どうか、オレに情けをかけてほしい」

伊達や酔狂でこんなことを言う人ではない。冗談や嘘では決してない。カルナと同じように自分の頬も紅潮してゆくのを感じながら、射殺すような視線を向けてくるカルナを真っ直ぐに見つめ返す。その視線がわたしを灼く熱は遠い日に神々からカルナに与えられたものではなく、わたしの身の内から湧く感情だ。自然、挑むような表情になるわたしがカルナの瞳に映り込んでいる。儘ならぬ心臓が急かすように大きく脈打つ。わたしはどうにか柔らかな微笑みを浮かべ、きっと今までカルナが何度も何度も吐いたであろう言葉を紡いだ。

「あなたがそれを、望むなら」



***



わたしが制服の開襟シャツのボタンを外してゆくのに合わせ、カルナの身体から音もなく黄金の鎧が剥がれてゆく。落ちた鎧はシーツに当たる前に薄くなり霧散して消えた。鎧の被さっていた肌は物語を踏襲してか薄赤く血が滲み、カルナの肌の白さも相俟って痛々しいほどだ。
わたしは下二つのボタンを残したままの中途半端な姿で、その肌に手を伸ばす。痛いかと問えば素直に頷くカルナに、先程から頭に昇ったままの熱が癒えない。お前はその痛みを覚えてさえわたしを抱きたいと言うのか。まるで王の寝所に呼ばれた奴隷の気分だ。求められていることが嬉しくて泣きそうになる。こんなにも美しく素直で貴いものが、わたしのために血を流している事実がわたしの心臓を灼くのだ。それは法悦にも似ている気がした。

「いずれ、癒える」

薄い傷のふちに触れるわたしに、カルナが小さく微笑みかけた。かちりと硬質の音がして、その首の装飾も光になって落ちる。薄赤い痕がぐるりと巡る首元へ唇を寄せ、鎖骨のあたりを舌先でなぞった。微かに古い青銅の香りがする。
カルナの指が外しかけたボタンに触れ、器用に穴を通した。焦れているのかと思えばそれも愛しい。
フロントホックなどというものがついた洒落た下着は着ていなかったので、背中の留め具を外し、インナーごとするりと肩から紐を落とす。重力に従って落ちた下着から露わになった胸を、カルナが少し呆然としたように見つめていた。

「好みじゃなかった?」

「そうじゃない。ただ、……ただ、白いな、と。そう思っただけだ」

カルナに言われると微妙な気分だが、水を差すのも良くなかろう。インナーを脱ぎ、羽化でもするように下着も取り去る。わたしの一挙手一投足すべてを見つめていたカルナの手を取り、裸の胸に押し付けた。今も早鐘を打っている心臓の真上である。生きている、温かい臓腑。死人であるカルナのそれはエーテルで、きっと生あるわたしのその鼓動を恐れている。
カルナの中指がわたしの肌に触れるか触れないかまで手を離し、そのまま胸乳の中心から鳩尾、臍を通って、下腹部までゆっくりと撫で下ろす。隠毛の生え際の辺りで、カルナの指がびくりと震えて止まった。

「こわい?」

「……正直に言えば、少しだけ恐ろしい。オレはオレの意思で人の望みを聞き、時にその願いのために誰かから何かを奪うこともしてきた。命や、自由や、未来を。誰かのために誰かから奪う。それを是としてきたのはオレだ。誰に愧じる事もない。しかし……」

カルナの視線がわたしの下腹に落ちる。カルナが求め、わたしが許した。死者が乞い、生者が与えた。道理も理屈も通らない。正義も道徳もなく、ただ深い欲望の充足があるばかりの行為である。しかしそれはカルナの罪で、そして何よりもわたしの罪であった。どちらばかりが責められるということはない。カルナはわたしに自分という免罪符を与えることができないのを恐れているのだ。誰かにこの罪を咎められた時、カルナは自身だけが罰を受ければ良いと思っている。それはいつかの彼の生涯がそう定められてあったように。
わたしはそれを傲慢だと思い、いつかの生涯の中で彼を愛した人々の悲哀を思った。清い宝玉が、ただ坂を転げ落ち、傷つきひび割れて、最後には炎の中で燃え尽きてしまうのをただ見ているだけのような、どうしようもない悲しみを。

「いいんだ。何も恐れることはない。わたしはそれを背負うことができる。例えあなたが死者で、明日にでもわたしの前から消えてしまうのだとしても、どこかで今日の二人を忘れずにいてくれるのならば」

どんな罪でも背負おう。一生を捧げたって構わない。
感情を言葉にすることは、思考の陳腐化だという人がいる。それはそうだろう。精神を言葉に落とし込み、物質化し、共有することはありふれて、つまらないものだろう。しかし、それは何という喜びであることか。今、わたしの心はカルナに届いたのだ。淡く微笑んだカルナがわたしの胸元へ耳を寄せ、乳飲み子のように縋り付いてくる。?き抱いたカルナの髪は、冷たく、みしりと密で、まるで丸い白菊の花のようであった。指先に力を込め、しなやかな花弁を握り潰す。



***



女の身形を確かめるように薄い手のひらが這い回る。わたしの左の肩口にカルナが顔を埋めているせいで、大ぶりの黄金のピアスが反らした喉の上でちりちりと音を立てた。カルナは柔らかな肩口の肉や薄い首筋の皮膚を飽きもせず舐めたり噛んだりしている。明日にはきっと内出血でもしているかもしれない。
少し怖いような熱心さで首元に齧り付くカルナの背を軽く叩き、上半身を起こさせる。少し不満気なカルナの唇は先ほどの酷使で充血したのか艶やかに赤かった。わたしの上に跨ったカルナの腕を引き、今度はわたしがカルナを押し倒す。胸元に埋まった赤い石、薄く割れた腹と淡い色の下生えを唇でなぞると、軽く頭をもたげた陰茎が咲くように色付いているのが見えた。
肌と同じように真白く、けれど少し色の濃い、着脱のできない黄金の鎧に覆われていたそこを、生前カルナは使ったことがあったのだろうか。面と向かって聞くのも憚られるし今となってはどうでもいい問いが頭を過ぎったが、見上げたカルナの頬が今まで見たこともないほど紅潮していたのでそんなことは一瞬で頭から吹き飛んでしまった。片手でカルナの腰に縋り付き、震える先端に口付けを落とす。赤みを増した粘膜は柔らかく、ふくりと膨れてとても熱い。片手でやわやわと睾丸を撫でながら陰茎の先をくちに含んだ。





はかない 淋しい 焼けつく様な
──それでも恋とはちがひます
サンタマリア
ちがひます ちがひます
何がどうとはもとより知らねど
いやなんです
あなたのいつてしまふのが──
おまけにお嫁にゆくなんて
よその男のこころのままになるなんて



(fgo 181123)





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