終焉 | ナノ



不眠不休のシフトを終え、果てしない惰眠を貪っていたはずだった。
ランドリーにも出していないので湿気ってクタクタのはずのシーツから妙に良い匂いがしている。まるで秋晴れの空の下、昼の一番良い時間に外に干した布団のような、異様に心地の良い香りである。例えば久々に実家に帰ったとき、用意されていた布団からする確かな愛情のにおい……おかあさん………いや、ここはわたしの職場カルデアである。更にはこの施設の外には世界も何も無いのであるからして、母親など決してあり得る筈はない。いや、少し母親みたいなサーヴァントも居るにはいるが。

「……かるな?」

「すまない、起こしたか」

ベッドサイドの椅子に腰掛けて本を読んでいたカルナがわたしの声にぴくりと肩を震わせた。そうか、カルナがいたからお日様の匂いがしたのだな。太陽の神性を持つカルナならば納得だ。他にもガウェイン卿やオジマンディアス王も太陽の神威に連なるサーヴァントは似たような匂いがするのかもしれない。恐ろしすぎて試す気にはなれないが。

「なんで、いる?」

「意見を求められたからな……」

相変わらず言葉が足りないが、それならば納得だ。何のことはない、カルナは動力室から逃げてきたのだ。
きっとエジソン先生と同僚がまた魔力と電気の何たるかについて議論を始めてしまったのだろう。どちらかといえば理論よりは溶接だとか組み立てだとかを得意とするわたしにはちんぷんかんぷんな机上の空論を、彼らは飽きもせず何時間もぶっていられる人種である。時たまバベッジ先生を交えながら行われる動力室会議に、何の役にも立たないオブザーバーとしてカルナと二人肩を寄せ合って見物人に徹するのも慣れたものだ。魔術についてはよくわからないながらもエンジニアとしては一端だと自負しているわたしにすら着いていけない事もある意見の応酬に、電気はインドラの神威だと断言するカルナは(何せ彼は雷を司るそのインドラ本人に会ったことがあるのだ)、内容そのものが意味不明だろう。
ヒートアップしすぎた二人に意見を求められても、口下手を極めたカルナに適切な反応が返せるとは思えない。火に油どころかガソリンをガロン単位でぶち込みかねない危機を回避するためにさっさと逃げ出してきたというわけだ。賢明なことである。

「今日はお前が居なかったから、矛先が全部オレに来た」

心無しか拗ねた口調でカルナが呟く。なけなしの何の理性が働くのか知らないが、あの二人は互いの主張が膠着すると第三者の視点を取り入れようとする悪癖があって、もちろん動力室にわたしとカルナの他に知的生命体がいる訳はないので渋々二人で思ったことを述べ、理路整然とその意見を二人掛かりでけちょんけちょんにされるというある意味お約束の展開があるのだが、そうか。確かにあれを一人で受け止めるのは中々に辛いものがある。片や前所長が直々にスカウトしたカルデア創立メンバー、片や伝記物ではお馴染みの世界の大発明家である。自分が世界一のバカか三歳の子供にでもなったような気がしてしまうのはインドの大英雄でも同じか。

「うふ、お疲れさま」

「笑い事じゃない……」

疑問も解けたところでもう少しこの太陽の恩恵をたっぷり受けた布団を堪能しても構わないだろうか。人理焼滅以前から例えどんなに晴れていたとしても外に出たがるのはバカかイエティだけというカルデアでは久しく感じたことのない心地よさである。
もしかしたらカルナが近ければ近いほど心地よいのだろうか。それともかのイカロスの神話のように近すぎることもまた災禍になるのか。疲労に蕩けた頭でつらつらと考えていると、何を思ったのかカルナが本を置いて立ち上がり、ベッドの端、わたしの頭のすぐ近くに腰掛けた。カルナの重さの分だけベッドのスプリングが軋む。カルナが近くなっても、心地よさに変わりはないような気がした。少しだけ残念である。

「かるなも、ねるのか」

「サーヴァントには眠る必要が無い。無為に女と同衾する趣味もない」

それはそれは、賢明なことだ。無用の誤解ほど疲れるものもない。うとうとしながら左右で色の違うカルナの瞳を見上げる。小さなわたしの部屋に満ちる太陽の気配には何の変化もないが、近くなったカルナからはいつかどこかで嗅いだような、微かな外の世界の匂いがした。森の湿った黒土と、異国の香辛料、そして古い青銅の少し錆びた匂い。それがカルナという大英雄の霊基に刻まれた記憶なのか、それともこれがエーテルのそもそもの匂いなのかわたしにはわからないが、太陽の気配を纏ったカルナに似合いの匂いだ。

「かるな、いいにおいがするねえ」

「そうか。自分ではよくわからないが、お前がそう言うのならそうなのだろう。暫し眠れ。まだ疲れが取れ切っていないだろう」

「そうする……ねえ、何でこっちきたの?」

「女が眠る時は、完全に寝入るまで近くに居てやるものだと昔教わってな」

どうだ、みたいな顔で言わないでほしい。神代の友達か他のサーヴァントの誰かの入れ知恵だろうが、それはさっきの同衾の後の話だと思うぞ。揶揄われたのだ朴念仁め。それかものすごく心配されてのアドバイスだったのか。何でも真に受けてしまうのだからややこしい人だ。
考えるのも億劫になって、ゆっくりと目を閉じる。カルナはわたしが寝入るまでここに居てくれるらしい。太陽の御子が枕元で見守ってくれるのだから何も恐ろしいものはやっては来ないだろう。
シーツをかき寄せて丸くなるわたしの上に、低く柔らかな音が降り落ちる。耳馴染みのない韻律で紡がれるそれは、旋律というには単調で、言葉というには滑らかに過ぎる不可思議な音だった。意味はまるでわからない。それでも、何かを讃え、その加護を願い、幸福を祈る善い歌なのだろうということはわかる。温かな蜜のようなカルナの声に、わたしは深く、深く眠りに落ちてゆく。目覚めればそこに誰も知らぬ新しい日があることを思いながら。



(fate/go 170227)



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