終焉 | ナノ



河内で戦のあった頃であるから、その年の夏はひどく暑かった。

戦禍を避けて南へ逃れたわたしは、そこの里人たちに不相応の歓待を受け、その後足を砕かれて山へと捨てられた。わたしが次に目にしたのは左右で色の違う、一対の美しい瞳である。

「やあ、やっと彼ら、僕に妻を当てがう気になったんだね。希望より少し幼いけれど、まあいいさ。僕は気が長い方でね。今までは何でかわからないが男の子ばかり何人も寄越してきて。それもまあ、同性だから気心が知れている分楽しくて良かったけれど、僕も男だし、ねえ?」

まだ数えで十四であったわたしにべらべらと直截な話をした挙句、男は狐の子でも抱えるようにしてわたしを戸の内側へ引きずり込んだ。堅牢な印象の、しかし何とも言えない雑さのある掘建小屋のような家だった。わたしはその家の前に捨てられていたのである。

黍を炊いて水で緩めたようなものを食べたような記憶がある。
男は自らをアカシと名乗り、そして正体を魔物、だと言った。アカシは美しい男で、背が高かった。年の頃は十七、八だろうか。顔付きは幼く、微笑うと頑是ない童のようだ。右の瞳が錆びたように赤く、左の瞳が盛りを過ぎた山吹の色をしていた。声はよく通る。その声でころころと笑うところなど、本当に魔物のようであった。
アカシは懸命にわたしの看護をしてくれた。黍の粥に鳥の肉などを混ぜて食わせ、骨を砕かれたために動けないわたしの屎尿の世話をし、柔らかな布地で肌を拭き清めた。
秋が来る頃にはわたしの身体は家の周囲を歩き回れるほどに回復していた。家の裏手には小さな畑があり、ささやかなものはそこで賄っているようであった。馴染み深い穀類の他に、見慣れぬ草が薄い畝の中に何となく埋まっている。アカシはそこで鍬を振るっていたり、外に面した廊下で何かの巻物を解いていたり、土間で肉やら野菜やらを塩漬けにしていたり、まあ、日々のことをこなしていた。
雪のちらつく頃にはもうわたしは完全に健康を取り戻していた。砕かれた足の動きは何となくぎこちなく、前のように走ることはできなかったが、アカシと同じ日々を送るのに支障はない。畑に雪を被せ、夏の間に作り置いたもので飢えを凌ぐ、長い冬の日々を。
アカシは昼間はわたしに字を教えるようになった。そういう時にアカシの話す言葉は、邸で教わっていた大和言葉とは違う、おそらくは漢語であろうと思われた。古い竹簡に記された詩や、何かの記録、木枠に入れた土に細い竹の先でアカシ自身が書いた文字をひたすらに書き写してゆく。わたしがその字を書き写している間に、アカシはその文章を読み上げるのだ。不可思議な韻律は祀りの時に神々に捧げる歌のようで、それでいて民たちが仕事の合間に慰みに唄う戯れ唄にも似ていた。アカシはわたしにその韻律を教え、その形を教え、その意味を教えた。特にアカシが熱心だったのは詩についてである。わたしはその中から生と、悲哀と、幸福と、病と、戦とを知った。

「松と柏は色が褪せないからね。死人の墓に植えるんだ」

「その人を忘れないように?」

「違うよ。どうせ植えた奴もすぐに死ぬ。一時の感傷さ」

そう笑ってから、同じ詩を歌うように繰り返す。物悲しい、杣の間を吹き抜ける風の音である。
そういう時のアカシは、少し寂しげな顔をして西を向く。既に日の沈んだ山の間を、ただずっと眺めている。



***



アカシが初めてわたしを抱いたのは、出会ってからそろそろ七年は経とうかという辺りで、相変わらず畑を耕したり野菜を漬けたりといった日々の中に、例えば夜半に二人でしこたま酒を飲んだり海の方へ遠出をしたりだとか、たまの楽しみが増えた頃だった。



(黒子のバスケ 161109)



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