sarcophagus
真珠の光沢がさざめく綿菓子のような髪を、無骨な指が絡めた。若葉よりもやわらかな肌を細長い指がなぞった。灰の目が白皙の面を映した。しなやかな肢体に褐色の腕が絡んだ。ゆきあかりよりも仄蒼い頬を金の癖毛がくすぐった。熟れた林檎のようなあいらしい唇を、黒の短髪がかすっていった。
そこに訪れる男たちが顔を合わせることは、そこに訪れる男たちが互いの気配を重ねることは、決してなかった。若く健やかなことだけを同じとする男たちのすべては、そこに佇むちいさなひとがたを花嫁と呼んだ。あどけなさにたゆたうちいさな少女は、夢にとろけるような目をもって、しあわせの輝かしさをもって、小鳥の囀るような声をもって、
「王」
と、そこに訪れたすべての男を呼んだ。
花嫁には侍女がいた。花嫁よりもいくつかだけ年嵩の、少女だった。そこを訪れる男のなかには、時に侍女をもとめる者もあった。すると、侍女はいつも、
「それを王がお望みならば」
と、唇を微笑のかたちに歪ませて、夜露を凝らせた碧の目を伏せた。
象牙の肌の王は饗宴を好んだ。ゆえに、王の滞在は酒と香草と肉の炙られる香で満たされていた。象牙の肌の王が姿を見せなくなると、巨躯の王が代わった。巨躯の王は悦楽を好んだ。ゆえに、王の滞在は花と香油の香で満たされた。巨躯の王が姿を見せなくなると、黒目の王が代わった。黒目の王は、花嫁を慈しんだ。ゆえに、ある夜、跪いた王は花嫁の手を取った。
「ともに森へ逃げましょう」
石の箱に腰掛け、首を傾げた花嫁の髪に、燭火のさざめきが極彩の光沢をのたうちまわらせた。舌足らずな音が、甘えるように、囀る。
「あなたは王であるはず」
「私は貴女とともに歩みたいのです」
「それはもう達成されているはず。ここを離れる理由にはなりません」
「だが、永遠にではない。それどころか、数刻後には、僕はこの世にいないかもしれない!」
王は花嫁の両肩を鷲掴んだ。
「どうして拒絶する? 君はずっとここに閉じこめられたままでいいのか? その命の尽きるまで、集落で安穏と暮らしている奴らの安寧を充足させるためだけに、仮の王に与えられるだけの生き方でいいのか?」
波打つ湖が月光を弾いた。荒らげられた王の声を、湖面を走ってきた風が月へと攫っていく。夜のとろけた灰の目が、拗ねたように、失望を帯びた。少女は黒目の男から顔を逸らす。
「あなたは、もう、王ではないわ」
「なればなおさら――」
「それでは、調和の瑕疵と成り果てた仮王は、贄として捧げるに相応しいものへと変じたのですね」
湖の孤島に、夜露のごとき声音が滴った。
痙攣するように、男の背が反った。夜空に晒された喉笛を月光が洗う。真珠の髪がひるがえり、少女は男の手から抜け出した。樹木がそよぎ、風に引きちぎられた若葉が落ちる。男の脊椎に短剣を沈ませた侍女が、刃に肉を喰らわせたまま、柄から指をほどいた。地鳴りめいた震えが、それまで少女が座していた石の箱の蓋をずらしていく。土と苔に飾られた蓋に、倒れこんだ男の指がかかった。石棺にうつぶせとなった男の胸の前で、蓋のあきゆく棺は緩慢に口を広げていく。爪に土を食ませ、毒が回るにつれ痙攣から硬直へと肉をこわばらせる男を、侍女は背に少女を庇いながら眺めていた。
広大なる森を、静謐なる湖を、小さな孤島の至聖所を、地の底より這い上がる軋みがふるわせてゆく。硬直から弛緩へと肉をゆるませた男の躯は、転落するように、棺に呑まれていった。
やがて、夜が常の静寂を取り戻した頃、侍女は男の喰われた奈落をのぞきこんだ。そして、少女に向き直り、碧の目を伏せる。
「新たな王を、迎える準備を」
侍女を見上げる、灰の目がゆらぐ。やわらかな失笑が、侍女の唇を彩った。
「申し訳ありません、貴女にふさわしくないものをお見せしてしまいました」
真珠の髪を散らして、少女はかぶりをふった。追い縋るように、切迫を滲ませながら、少女は侍女に歩み寄る。身を屈めた侍女の背に、少女は腕を回した。侍女のみみもとで、あいらしい唇が囀る。
「そんなことないわ。ここにあなたがいるのだもの、いけないことなんてなんにもないわ」
ちいさな指先が、侍女の背に爪を立てた。侍女の指が少女の髪を梳く。王を歓待する至聖所は、調和そのものたる王の完全なる魂を祀ったまま、円環の裡に沈んでいく。
+ + + + +
緑に満ちた森の、空そのもののように蒼を映す湖の、小さな孤島。若く健やかな男たちが、ひとりずつ、小舟に揺られ、そこを訪れる。真珠の髪の花嫁は、彼らのすべてを王と呼ぶ。
青目の肌の王は狩猟を好んだ。ゆえに、王の滞在は毛皮と血の香で満たされていた。青目の王が姿を見せなくなると、痩躯の王が代わった。痩躯の王は享楽を好んだ。ゆえに、王の滞在は酒肴と果実の香で満たされた。痩躯の王が姿を見せなくなると、赤毛の王が代わった。赤毛の王は、花嫁の侍女に目を留めた。
唇を微笑のかたちに歪ませ、侍女は碧の目を伏せる。そして、謡った。
「それを王がお望みならば」
(サルコファガス/fin)
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