危ない?アブナイ。


角名さんと出会ってから1週間が経った。 

あのあと家に帰ってからスマホの電源を点ければ、止まらぬ通知。ほとんどがあのアプリのクソ男からだった、恐ろしい。とりあえずブロックをかまし、アプリも退会した。すっきり。
スマホ自体を変えてしまおうかとも思ったけれど、まだ機種変してそこまで経っていなくて、勿体無いからやめた。

クソ男を消した分軽くなったスマホには、角名さんの連絡先を追加した。まだ連絡は出来ていない。いや、すぐに連絡しようと思ってたけど、今週は無駄に忙しかったのだ。許してほしい。
でもどれだけ忙しくても、家に帰ると角名さんのあの目と牙の記憶が頭にぶわりと蘇ってくる一週間だった。

待ちに待った金曜日。今日は昨日までとは違い、早く帰れるはずだから帰宅したら連絡しよう。
……そう思っていたのに。今日もしっかりと残業。会社を出る頃にはもうクタクタで、お腹もペコペコだった。どこかで食べて帰ろうかとも考えたが、金曜日の夜はどこも遅くまで混んでいるであろう。
一緒に残業を終えた同期と別れ、駅に向かった。
こういうときは決まって定期がスマートに取り出せなくてむかつく。

「やっと見つけたぁ」
「っえ?!」

鞄を漁っていた手をぐい、と引かれてバランスを崩す。目線を上げると、私の手首を掴んでいたのはあのクソ男だった。正直顔も朧げにしか覚えていなかったから、一瞬誰かがわからなかった。
あぁ、分からないままのほうが、この腕を振り切れたのかもしれないな。
ていうかコイツは何故ここにいる。やっと見つけたってなに?張られてた?マジ?

「急にいなくなるから心配したよ〜、連絡も付かないしさ?」
「ちょっと、離してっ!」
「ね、ご飯まだでしょ?食べに行こ?」
「行くわけない、じゃん!っちょ……」

ぐいぐいと駅の裏へと引っ張られる。どうにか抵抗してもヒールの所為で踏ん張れないし、男の力にはやはり敵わない。
え、これはちょっとマズくないか?駅の裏側は人通りも少なく、暗い。普段から夜は近寄らないようにしている。そして、この先には公衆トイレか駐車場しかない。駐車場には1台のバンが停められているのが見えた。

「いい加減しつこいな〜!大人しく着いてこいよ!」
「い、や……っ!」

私は自分の身に危険が迫っているときほど声が出ないタイプだと、今ここで知った。怖い、誰か助けて。

「ねぇ、何してんの?」
「あ?」

あと少しで駐車場に停められていたバンに着く、というところで突然横から掛けられた声。あの日と同じ、暗くて怖い夜には似合わない軽い声だった。

「なんだテメー?こっちはただの痴話喧嘩だから気にすんなって!」
「へぇ?そうなの?」

首を傾げてそう聞いてくる救世主もとい角名さんに、首をぶんぶんと横に振って見せた。

「俺ずっとムービー撮ってたんだけど、どうする?」
「ハァ?!な、マジかよ」
「今すぐその手を離して消えるなら、こっちも消してあげるけど」

私もマジかよって感じなその発言に、クソ男は舌打ちをしながら手を離した。鋭く睨んできたが、ずい、と私を背に隠すように立つ角名さん。「もう金輪際近付くなよ、次は容赦しないから」と角名さんが呟いたと思えば、クソ男の軽い悲鳴と走って逃げていく音がした。
……え、なんでクソ男が悲鳴あげたの?なんかしたの?

「大丈夫?」
「あ……う、ん?!」
「おっと」

安心したのかガクッと脚の力が抜けて崩れ落ち掛けたところを、大きな腕で腰を支えられる。

「ごめん……」
「いーえ」
「……あと、ありがとう、助かりました」

なんでここにいるのかとか、いつから見てたの、とか聞きたいことはいろいろあった。けれどまずは助けてくれたことに本当に感謝しかなかった。

「あれ先週の男?」
「そう」
「そっか、思ったよりヤバいやつだったね」
「ねぇ……」
「立てそう?」
「……まだちょっと無理」
「怖かったね」
「、え」

重いのに支えてもらっててごめんなさい、と続けようとしたのに私を支えている手とは逆の手で頭の撫でながらそう言ってきた。驚いて角名さんの顔を見上げればすごく優しい目をしていて。
よしよし、と撫で続けられるその手の優しさも相まって、鼻の奥がツンとした。必死に眉間に力を入れて我慢したけれど、目から1粒溢れてしまえば止められない。
撫でていた手が後頭部をぐいっと押してきて、角名さんの二の腕辺りに顔が埋められる。もう半分抱きしめられているような形だけれど、顔の横の服を握りしめてその優しさに甘えて少しだけ泣いた。


▽▲▽



「落ち着いた?」
「はい……次から次へとほんっとに申し訳ない……」

泣き終わる頃には脚の力も戻ってきていて、そっと角名さんから離れた。鼻水付いちゃってたらどうしよ。
先週の醜態に続き、泣き顔まで晒してしまったことに気付いてしまい、穴に埋まりたい。誰か私を埋めてくれ。
今日連絡しようとしていたのに、まさかまた助けられるなんて。

「いつもこんな時間に帰ってるの?」
「いや、今日は残業が……」
「そっか、お疲れ様」

はぁぁ……残業からのこのトラブル。もうやだ、なんて日だ。項垂れると同時に、きゅる、と小さくお腹が鳴った。そうだった、まだ食べてないんだった。忘れていた空腹感が蘇る。
帰って何か作る気力なんてもうないよ、もうコンビニでいいや。なんて考えていたら横で笑われた。

「え、もしかして聞こえてた?!」
「うん」
「ああ、もう最悪……消えたい」
「ははっ、消えないでよ、お腹空いたね」
「角名さんも?」
「うん、俺もさっき色々終わったとこでさ」
「……どっか食べてきます?」
「わ、またナンパされちゃった」

きゃー、と棒読みで言ってくる角名さんは真顔。ただでさえマスクしてて顔見えないんだからせめて棒読みはやめてほしい。

「とりあえず今日のお礼に奢らせてください。給料日前だからあんま高いとこはナシで」
「ハーイ……って言っても華金だから空いてるとこあるのかな」
「そこなんだよね」

今いる会社の最寄り駅周辺にはお店もたくさんあるが、その分他の会社やらも多くてすぐに入れるようなところは少なそうだった。ていうか正直、外で飲む気分ではない。自分から誘っといてあれだけど。でもお礼に奢りたいのは本心で。

「……テイクアウトでもしてうちで飲みます?」
「え」
「あ、嫌ならちゃんと断って」
「逆にいいの?そんなに俺のこと信用して」
「え?」
「俺もさっきのアイツみたいにヤバい奴かもよ?」

そっと冷たい手のひらが私の頬に添えられて肩が跳ねた。上から目を細めて私を見つめる角名さん。人差し指でマスクをずらし、口元が露わになる。スッと通った鼻筋に、緩く弧を描いた薄い唇。それらが私へとゆっくり近づいてくる。
まだ会うのは二度目で、なにも角名さんのことは知らない。でも、一週間以上やりとりをしていたあのクソ男より確実に惹かれてしまっているのは事実で。顔も好みだし。ここ大事。

「ぎゃ」
「あ、結構伸びる」

ぐるぐると考えていたら角名さんに頬っぺたを摘まれた。ぐに、と横に引っ張るもんだからちょっと痛い。顔と顔は数cmほどしか離れていなくて、角名さんの顔にピントが合い辛かった。

「どうすんの?」
「え、っと……」
「まぁ、逃げないならいいや」
「!?」

摘んでいた指の力が緩んだと同時に目の前にあった顔が更に近づいてきて、思わずぎゅっと目と口を閉じる。しかし、しっとりとした感触が当たったのは先ほど摘まれていた頬っぺたで。ちゅっ、とわざとらしくリップ音を立てて離れた。
恐る恐る目を開ければまだ思ったより近くに顔があり、その口元は先ほどよりも深く弧を描いていた。あの牙が覗くほど。

その笑みを、牙を、目にした瞬間心臓が一層跳ねた気がした。

頬が熱いのは摘まれた所為か、はたまたあの唇の所為か。
危ない男から逃れたはずなのに、別の意味でアブナイ男に捕まってしまったのかもしれない。


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