「こんばんはー!」
「あら、菅原く……菅原先生いらっしゃい!」
「ちょ、ナマエちゃん!わざわざ言い直さなくてもいいべ?!」
日が沈んだ頃、お店を覗いてくれたのは昔からの常連さんの菅原くん。高校生の時から通ってくれているのだけれど、なんと今年度から近くの小学校の先生になった。私も歳をとる訳だわぁ……。
「もう先生の時間は終わったんだからさー!」
「はいはい、菅原くんいらっしゃい!」
「はいはいは1回!」
「あはは!先生じゃないの!」
ケタケタと笑う菅原くんにお茶を出して「時間大丈夫なら少しゆっくりしていきなよ」と丸椅子を差し出す。「ありがとー!」と丸椅子を引いて今日あったことを喋り出す菅原くん。
……うーん、小学生に感化されているのか、先生になってからさらに元気いっぱいな感じがするわ。でもなんだか今日は少しお疲れの色が見えた。
「あ、なんか食べていい?」
「えー……しょうがないなぁ」
もう子どもも来ない時間だし特別よ、と許可を出せばニヤッと笑って「どれにしよっかなー」と駄菓子を物色しだす。常連さんにはどうしても甘くなってしまう。ていうか、その悪そうな顔、生徒が見たらびっくりしちゃいそう。
「やっぱこいつかなー!」
「ほんと好きよね……」
菅原くんが手に取ったのは真っ赤なパッケージの駄菓子。中身はポテトフライなのだが、でかでかと激辛と書かれているそれは、正直あまり売れない。中高生が怖いもの見たさに買ったり、罰ゲームに買ったりくらい?小さい子が買おうとすれば止めに入るほどの辛さの駄菓子だったりする。
しかし菅原くんはその甘い顔に似合わず激辛好きのようで、わりと高頻度で買っていく。そう言っている今も、目の前で涼しい顔をしてバリバリと食べ始めた。
「辛くないの……?」
「うーん、あんまし?」
「普段どんだけ辛いの食べてるのよ……」
「えーそんなでもねぇけどなー?」
全然辛くなさそうに食べる菅原くんを見ていると、本当に辛くないのでは、と錯覚してしまう。え、久しぶりに食べようかな。
「あれ?ナマエちゃんも食べるの?」
「うん、久しぶりに食べてみたくなっちゃった」
「辛いの苦手って言ってなかったっけ?」
「うん、苦手〜」
大丈夫なのかと心配そうに見てくる菅原くんに笑って大丈夫だと答え、ひと口。
「かっっっっら!」
「はははっ!だから言ったべー!」
「うわ……辛〜い!」
大丈夫じゃなかった。ひと口で口の中がピリピリしている。この辛さを菅原くんは平気で、しかも辛くないと言って食べているのか。恐ろしい。
「あげる……」
「え!ラッキー!」
バキッと口の付けていない側の半分を割って差し出せば、それをヒョイっとひと口で食べてしまう。……恐ろしい。それを横目に私はお茶を一気飲みしてなんとか残りの半分を流し込んだ。
「はぁー笑った!」
「笑いすぎでしょう」
「麻婆丼でも食べて帰ろっかなー!」
「え、あそこの激辛の?!」
そうそう、とニコニコと答える菅原くんに、私の胃がキュッと痛くなった。あそこの麻婆丼は1回だけ挑戦したことあるけど、本当に辛くて辛くて。あのときも確か一緒に行った子と分けたっけね。
「でもまぁ、辛いものは疲労回復にも効くしねぇ」
「……え」
「ちょっとお疲れみたいだったから、菅原先生」
私の言葉にびっくりした顔をして「俺、顔に出てた?」と、少し眉尻を下げて恥ずかしそうに言う。
「ふふ、ちょーっとだけね?」
「あちゃー、ナマエちゃんにはバレちゃうかぁ……」
「笑いの種がなんであれ、笑ってくれて良かったわ」
「ははっ!ありがと!」
笑いの種が激辛に負けた私であろうと、ね。
菅原くんは激辛ポテトフライをさらに2袋買って帰って行った。おやつに食べるらしいけど、小学生に引かれないといいわね?
からいの からいの、疲れが飛んでけ