「こんちはー」

ガタガタと音の鳴る建て付けの悪い引き戸を開けて店の中へ顔を覗かせれば、店の奥で驚いた顔で固まる年配の女性。大きな目をまん丸にして固まるその顔に、思わず笑ってしまった。

「……鉄朗くん?」
「久しぶり、ナマエちゃん」
「あらあら、まぁまぁ……!」

あ、俺のこと分かってくれた。良かった。
椅子から立ち上がってこちらに向かって来ようとするのを制して、俺がそちらまで向かう。近寄るとナマエちゃんがやけに小さく見えた。

「なかなか来れなくてゴメンネ」
「ふふふ、背広似合うわねぇ」
「テツローくん、社会人になっちゃいましたよ」
「来てくれて嬉しいわ」

スーツを見せびらかすように腕を広げてみれば、胸の前で手を合わせてキャッキャと喜ぶナマエちゃん。元気そうでよかった。
いつ振りかしら、と言われて記憶を辿ってみるが、1年くらいは来れていなかった気がする。高校時代までは毎週通っていたというのに、大学に入ってからはぐんと頻度が減ってしまっていた。一人暮らしを始めて、ここまで来るのに少し時間がかかってしまうのが1番の原因だ。

実家から歩いて15分ほどの場所にあるこの駄菓子屋には、幼い頃から通っていた。父さんと引っ越してきてからすぐの頃、2人で街を探検していたときに見つけた。今と変わらないくしゃっとさせた笑顔で、いらっしゃい、と声をかけてくれたのを今でも覚えている。
その日、家に帰ってからばあちゃんに駄菓子屋のことを話せば古くからの友人だったようで、ばあちゃんの真似をして俺も“ナマエちゃん”と呼ぶようになったのだ。
ばあちゃんとはまた違った雰囲気の優しい“おばあちゃん”に俺はすぐ懐いた。

「ナマエちゃんこんにちは!」
「……こんにちは」
「いらっしゃい鉄朗くん、あら?お友だち?」
「そう!研磨!」
「そう、いらっしゃい研磨くん」
「……うん」
「ふふふ、ゆっくりしてってね」

研磨をバレーに付き合わせた後に一緒に寄ったりもして。何度か通っていれば人見知りの研磨も慣れたようで、一緒になってナマエちゃんと呼ぶようにもなっていた。

「今日も食べてく?」
「お、よっちゃん!」

ナマエちゃんが出してくれたのは、ここに来るたび食べていた駄菓子のよっちゃんイカ。甘酸っぱくて好きだった。大人になってからもたまに無性に食べたくなる味なんだよなぁ……。
レジを通す前によっちゃんの袋を開け始めたナマエちゃんに驚きながらも、口を開けた袋をこちらに差し出してくれたから1枚頂くことにした。
1枚食べて、酒に合う味だなと思ってしまった自分が少し嫌になる。俺も歳取ったねぇ……。

「鉄朗くんいっつもこれ食べてたわよね」
「そーそー、ナマエちゃんのとこ来たらこれだけは外せねぇの」

俺が1枚食べ終わるごとに袋をずい、と向けてくるナマエちゃん。食べ進めていいものか一瞬悩んだが、そんなにニコニコしながら見つめられてしまえば食べるしかない。
そのまま1袋分食べ切ってしまった。

「何袋か買って行こうかな」
「そう?」
「あの串のやつとかさー、あれごと買うの夢だったわ」
「子どもはみんなそう言うわよねぇ」

ナマエちゃんの後ろにずらりと並んだ駄菓子の詰まったポットを見つめながらそう言えば、クスクスと笑われる。あれにときめかない子どもはいないでしょうよ。

「じゃあ、これはどうかしら」
「うぉ!なにそれすげぇ!」

よいしょ、と引き出しから出してきたのは大袋に詰められたよっちゃん。何枚入ってんだそれ。

「40袋入ってるのよ」
「ぶっは、40も入ってんの?!」
「持ってく?」
「いや……さすがにデカいわ」
「ふふふ、そうよねぇ」
「半分くらい買ってこうかな」

昔から変わらないビニール袋に20袋詰めてもらった。さっき食べた分もきちんと支払いをして。

「また顔見せに来てくれたら嬉しいわ」
「もちろん、コレ食い終わる前に追加しに来るよ」
「ふふ、身体に気をつけてね」
「ナマエちゃんもね」

店先まで見送りに来てくれたナマエちゃんに手を振って店をあとにした。
おつまみあるし、ビールでも買って帰るかぁ。
あ、次来たときにあの引き戸は調整してあげよう。


ここは東京の駄菓子屋さん




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